学園へのいざない
あたしとミラはいきなり現れたギルド長とかいう少年についてギルドの奥に入った。ぎしぎしなる階段を上がって、ギルド長の部屋というところに入った。
なんていうか、思ったよりも何も置いていない。机と向かい合わせのソファーに本棚、それくらいしかない部屋だった。
奥に窓があって月が出ている。いつの間にか暗くなってたんだ。今日は街に泊まることになると思うけど、なんだかお泊りってわくわく……す、するわけないじゃん。
イオスは燭台に火をつけてソファーに座った。
「どうぞ、おかけください」
いわれてあたしはそのままソファーに座る。ミラは一礼して座る。ぐっ、なんか品位とか言われそう。でもイオスは微笑のままあたしたちを見ている。それにしてもこんなに若いのに「ギルド長」とかたぶん偉そうな感じなのは意外。
「僕の外見に驚いているようですね。僕は思ったよりも歳をとっていますよ」
そうなんだ、あたしは「そうなんだ」と気のない返事をした。幼い顔をしているのに反応に困るんだもん。
「まあ、僕のことは気軽にイオスって言ってもらっていいですよ。ギルド長って呼んでもらってもいいですけどね」
何がおかしいのかイオスはくっくっ笑いながら言う。なんだかあたしの内心を見透かされているような変な気分になる。細身の彼は足を組んでもなんだか絵になる感じがする。
「それで、イオスはなんであたしたちを呼んだの?」
「ちょ、ちょっとマオ、そ、そんな失礼だから」
「くく、かまいませんよ」
ミラがあわててあたしの口を押える。うーん。言われたから「イオス」って言っただけだったけど軽すぎたかな。反省。こほん。
「じゃあ、イオスさんはなんであたしたちを呼んだんですか?」
「うん。そんな感じで僕に向かうならそれでもいいですよ」
なんだかちょっとずれたような返事。立っていた時には気が付かなかったけどソファーの間に小さな机があって上にクッキーが置いてある。一瞬そんなのにあたしは目がとられた。
「いいですよ。どうぞ、食べてください」
「…………」
こいつ、なんか苦手だ。相手のことを見透かしているような感じで油断ならない。
「やだなぁ、そんなに警戒しないでくださいよ。僕は善意で言っているだけなんですからね。マオさん」
「…………あたしの名前をなんで?」
「登録された冒険者や候補の名前は全員覚えておこうと心掛けているだけですよ」
「フーン」
「そんなことよりも冒険者のランクの質問でしたね。マオさんとミラスティアさん、それぞれ冒険者のカードをこちらに置いてもらえますか?」
ミラは「はい」といってすぐに出した。あたしは無駄に警戒してから出す。
2枚のカードが並んでいるけど、ミラは「SC」あたしは「FF」うーん、よくわからないけどすごい差があるのはわかる。
「はい、たぶんマオさんはこのカードに関して疑問だったと思う、他の冒険者と違って2文字のランクになっていること、違うかな?」
そう、それ、聞きたかったの。
「2文字のランクにはそれぞれ別の意味があるんだよ。前のランクは『学園ランク』後ろのランクは全員の冒険者が持つ『ギルドランク』」
学園ランク? そういえばミラも学園に行けるとかなんとか言ってた気がする。あたしの疑問をまた見透かしたようにイオスは話はじめる。
「冒険者と言う職業は不安定で命を懸けたものだ、昔は依頼を誰でも受けることができるようで成功したら報酬、死んだら何もなし、っていうのが続いた」
イオスはあたしにクッキーを勧めてくる。食べながら聞けっていうの? まあいいけど、
「こら、マオ」
いいこちゃんのミラの注意。
あたしはクッキーをミラの口に押し込んで黙らせる。そしてあたしも食べる。ミラとマオは二人でクッキーを食べながら聞くことになった。後から考えると馬鹿みたい。
「続けようか?」
うん、はやく。
「冒険者ギルドを作ったのは元々、そちらのミラスティアさんの先祖である剣の勇者だ。それまでは王様なんかが冒険者を雇っていたようだけど、まあ傭兵みたいなものだったろう、待遇も悪くて、死ぬような目にあっても報われないことが多かったみたいだ」
あいつ、そんなことしてたんだ。あたしが死んだ後に。
「だから彼のギルドは冒険者のランクと依頼のランクを作ったんだ。冒険者のランクが低ければ高難度の依頼を受けることができないようにして、じっくりと冒険者たちの実力を養っていくことにしたんだね」
なるほどね、ガオが冒険者ランクよりも高い依頼を受けることができないっていたのはそういうことか、おいしい、クッキー。久しぶり。
「それでも若い冒険者の犠牲がでた、血気盛んで功名心に燃えたものたちは時に自分の実力以上のこと、いや自分の実力ではどうしようもないことをしようとしてしまうものだ。だからギルドと、もともと冒険者の雇い手であった王や貴族は冒険者候補養成の学園『フェリックス』を王都に創設した。そこの生徒にはこの冒険者ランクの前にある『学園ランク』をつけるようになったんだ」
イオスはふうと息を吐く。ムカつくくらい仕草が優雅。
「この学園ランクも『F』から『S』まである、これは学園の成績に左右されるから依頼を多くこなしただけでは上がるかはわからない。ちなみにギルドランクは必ず『学園ランクよりも下になるようになる』つまり学園ランクがひくければギルドランクはあがらないし、難しい依頼も受けることはできないって、こういうわけだ」
はあ、なるほど。じゃあその学園ランクとかいうランク、
「いらないんだけど」
あたしは率直に言った。
「外せないよ?」
イオスはにっこり答えた。
「え? マオ?」
なんでか不安そうにミラは言った。
いや、あたしは別に学園とかいうところに行きたいわけじゃないし。冒険者として成り上がりたいだけだからガオ達みたいにしてくれればいいんだけど! なんで外せないのよ。
「そ、そもそも! なんであたしに無断でこんなランク付けてんの?」
「特定の条件を満たしたものには全てつくようになっているんだ。ギルドとしても未熟な冒険者を出すわけにはいかないから、学校行って勉強してほしいって感じだな」
じょ、ジョーダンじゃない。あたしにはそんなお金はなんだけど。
「もちろんいかないって選択肢もある。ただ、その場合は学園ランクがずっと『F』だからギルドとしてもそれ以上のランクを上げることはない。ちなみにそちらのミラスティアさんはカードの通り成績『S』の生徒だ」
「え、えへへ」
ミラが照れてる。いや、そんなことはどうでもいいんだけど。
「お、横暴よ」
「そんなことはないさ。Fランクの依頼はいくらでも回すよ。命の危険はないものばかりだ。あ、そうそう、勝手にEランク以上の依頼をこなしても報酬は一切出ないよ」
「ぐ、ぐう」
報酬が出ないタダ働きなんてしたいわけじゃない……。イオスは悪魔のような顔をしているように見える……くっそう。
「そんなに悔しがる必要はないさ。特に今回は災害級のモンスターを討伐したんだ、ガオ君は優しいからきっと山分けしてくれるんだろう? そのお金でしばらくの間の学費は賄えるよ。安心していい、事務処理は僕がやってあげよう」
「あんた、話聞いてたの?」
「いやいや、そんな無粋な真似はしないさ。傾向と対策ってやつをいつも考えてたら、わかるだけだよ」
やっぱりこいつのことあたしは嫌いだ。なんか、悪いやつではなさそうだけど、いたずらが好きって顔に書いてある。はあ、学園?
「マオ」
なにってミラを見るとあたしを不安げな目で見ている。あ、こいつ、あたしが来ることにすごい期待していることがわかる。やめて、強い癖にそんな小動物みたいな目であたしを見ないで。
イオスはそれをみてくすりとしている。むかつく。
「そうそう、学園の入学は年に2度だ。今年の最初にミラスティアさんは入学したから今入れば同学年だね」
どうがくねん、ってなに? あたし過去の記憶から文字とか読めるしわかることも多いけど、学校行ったことはないんだけど。まあ、今は言わないけど。あたしはクッキーを掴んでじっと見る。
頭の中にお父さんやお母さんロダの顔が浮かぶ。王都……もちろん行ったことはない。どれくらい遠いんだろ。
「クッキー」
「うん?」
あたしの問いかけにイオスは首をかしげる。
「弟に食べさせたいから持って帰っていい?」
「……どうぞどうぞ。家族とも話すことはあるだろうからね」
かちん、やっぱり人のことを見抜いた発言にあたしはむっとする。この狸。みどりの狸!
あたしは立ち上がる。クッキーはハンカチに包んだ。一枚だけ持っているそれははお母さんのくれたものだ。ミラも心配そうに立ち上がる。イオスは座ったままだ。
「そうそう、マオさん。一週間後にギルドから港町バラスティに向かう馬車を出すよ。それに乗ることが学園に入る第一条件だ」
あたしはイオスを一度見てふんと鼻を鳴らして部屋からでた。
「失礼します」
礼儀正しくミラが出てくる。廊下には夜の月明かりが差し込んでいる。あたしははあーと大きく息を吐いた。どうしよ、あたしは、そう思う。
「マオもしさ、一緒にいけたら楽しいと思うけど、その、迷惑だったら、無理に行く必要はないとおもうよ?」
じろり。あたしの眼光にミラがひるんだ。
「ミラと行きたくないわけじゃないよ」
それだけ言うとミラはなんか少し嬉しそうにする。意外と辛口なところがあるくせに反応がわかりやすい。あたしはとにかくガオ達もとにもどろっ?、とミラに声をかけた。ただ、返事をもらう前に廊下の向こうから声がした。
「失礼。ミラスティア・フォン・アイスバーグ殿とお見受けする」
凛とした声だ、ってあたしは思った。
みるとそこには一人の少女が立っている。
胸元に大きなリボンをしてシャツの上から刺繍の入った黒い上着、それに左肩のマントをたしかペリーヌだったっけ……あとスカートをはいている。短い金髪で右耳にだけ小さなピアスをしている。
「はい、私はそうですが。その服はフェリックスの制服ですね」
「やはりそうですか、お初お目にかかります。私はニナレイア・フォン・ガルガンティアと申します」
そう言った少女は手を胸の前で合わせる。片手は握って、もう片方手でそれを包むように持って頭を下げる。ミラへの慇懃な態度とは変わってあたしを一瞥する、それは、なんだか見下したように冷たい目だった。
あれ、ガルガンティア? げえ、ここいつ。
「剣の勇者の末裔とお会いできて光栄です。私は『力の勇者』の末裔の一族の出身です。どうぞお見知りおきを」
にげよ。あたし、こいつ嫌い。いや、こいつの先祖嫌い。