リリス・ガイコ 魔法工学概論①
あの事件の翌日。
まあ、あの事件っていうか、最初の授業で先生が教室をぶっ壊したんだけどさ。あれからなんとかゲオルグ先生から逃げ切った。うーん、実のところ結構やばかったかもしれない。あの先生めちゃくちゃ怒ってたし。
怒っているといえばラナだ。朝から首根っこ掴まれた。
「あんたさぁ。いきなり教室を爆破したんだって?」
「は、はあ?! あ、あたしが爆破したんじゃないし! そんなのできるわけないじゃん!」
「どうせマオが何かしたんでしょ……はあぁ」
ラナがため息をついてあたしのほっぺたをつまんでひっぱる。
「いてて、てて」
「なーんで入学して早々学園中の話題になるのかな? しかも悪い方向に」
赤い髪が頬に当たるくらいに顔を近づけてラナは言う。
「少しはおとなしくしてなさいよ!」
「ふぁ、ふぁい」
なんだか最近ラナに頭が上がらなくなってきた気がする……。あ、あたし魔王だったんだけどなぁ。
☆
と、ともかく! 今日も頑張ろう!
朝のそんな一幕があってから今日も学園に向かった。途中でニーナとも合流して教室に向かう。
教室は昨日と同じような形をしていた。適当に机に座って先生を待つ。
横のニーナはあたしを見ると遠い目をして言った。
「今日も何かあるんだろうな」
「な、なにそれ!?」
「お前といると退屈しないよ」
どこ見ているのかわからない顔でニーナが言う。ほんとにどこ見てんのさ! ……ま、まあ昨日あんなことがあったから否定できないけど。教室を爆破したのは繰り返すけどあたしじゃない!!
「まあいい。ある意味覚悟の上だからな……それよりも今日の『魔法工学概論』……だったか……魔法工学か……」
「自分で授業を選択しててなんだけどさ何それ」
「……お前、詳しいことと詳しくないことに差があるな。魔法工学とは魔力を使って物体を動かしたりする仕組みのことだ。魔力によって自立するそういうのを『機械』という。一番簡単な例で言えば私たちは魔鉱石で動く船に乗っただろう?」
「ああ、なるほど。ああいうのを作るんだ」
「本当にわかったのか? まあ、正直言えばこんなものは私たちには役に立たない」
「え? なんで?」
「なんでも何もない。お前が昨日吐いた言葉と同じで個人が持つには複雑な話だというだけだ、作るのも大変なら動かすのも大変だ。あの船だって多くの魔鉱石を積んでいただろう? 大きくて複雑な機械を作ってもそんなものを持ち歩く冒険者など居ないし、持ち歩けても燃料の魔鉱石だとか自分の魔力だとか……大変すぎる。それこそ昨日の魔法陣以上に厄介だ」
なるほど。そうかもしれないね。うーん。でもあんな船を作る知識や技術は個人的には興味がある。これこそ魔王としての時代にはなかった。
あ、そういえばあの時と同じように大量の魔鉱石があれば船で出したような力をまた取り戻せるのかもしれない。そうしたら――やめよう、あんな力はきっと誤解しか生まないし。
それにお金のないあたしからすれば大量の魔鉱石なんてどうあがいても手に入らないから安心だね。……むなしい。
そんな感じでニーナとおしゃべりをして時間を潰す。
「今日お昼は何を食べようかな」
「食堂があるらしいからな……行ってみるか」
「おお! いくいく」
そんな感じのたわいのない会話なんだけどさ。ニーナとゆっくりと話をする機会って結構貴重かもしれない。時間はたっぷりある。
だって生徒も先生もだーれも来ないんだから。
「……おいマオ。これは教室を間違えたとかじゃないのか?」
「そんなはずはないんだけどなぁ」
もう少し待ってみる
誰も来ない……。
誰も
こない。
「……!」
ニーナが立ち上がった。
「なんだこれは!」
お、落ち着いてよ。
「魔法工学なんて受ける生徒はマオくらいしかいないのは分かるが……! なんでマスターも来ないんだ!!」
「マオくらいって! で、でも本当に誰も来ないのは困る……」
ここに来るはずの先生に認められないと退学になる。……あ! よく考えたらゲオルグ先生にも認められないとやばいじゃん! ど、どーしよ。……ま、まあ今は考えるのをやめておこう、後で何とかするしかない。
「とにかくさニーナ。来ないなら会いに行こう!」
「会いに行くだと?」
「だって学園のどこかにいるはずだから探せばいるよきっと!」
☆☆
先生たちは一人ひとり工房というか学園から研究や修練のためのエリアを与えられているらしい。学園の職員さんたちに聞くと教えてくれた。あと、教えてくれた職員さんが
「ああ、マスター・リリスか……」
ってなんか遠い目をしていた。さっきあたしもニーナから同じような顔をされたからすっごく複雑な気持ちだ!
それでも会いに行かないといけない。ニーナと一緒に急いで教えてもらった工房に向かう。そこは学園のはずれ、結構広い敷地の中の戦闘訓練用の森を超えて、さらに奥にあるということだった。
ていうか道がないよ! 草をかき分けて進む。なんでこんなところに工房があるのか知らないけど、森を進んで、人口の池に落ちそうになるのをニーナに助けてもらったりして進む。
でもあたしも助けてもらってばかりじゃない。森を歩いていると悲鳴が聞こえた。
「へ、へびぃ!」
ってニーナが蛇にビビった時はあたしがでてきたそいつの首を抑えて持ち上げる。舌をちょろちょろ出すかわいいやつだね。
「す、すてろ、そんなの」
おびえた顔でニーナが言うから仕方なく逃がす。ばいばい。
「こほん、な、なんでこんな場所に工房があるんだ。……それにお前あんなの触って平気なのか?」
「そりゃあさ、あたしの村は山の中にあるから結構いたよ」
弟と一緒に追っかけまわして遊んだこともある。楽しかったなぁ。
ニーナはじとっとした目であたしを見る。なんか何が言いたいかわかった!
「あ! 田舎者って思ってない!?」
「……い、いや、そ、そんなことは思っていない」
顔に出てるし! 失礼だなぁ! まあ、田舎だけどさ……。
仕方ないからその辺に落ちていた木の棒を拾ってフリフリしながら進む。
「何やってんだお前」
「ニーナが蛇を怖がっているから草を払いながら進むの」
「怖がってない!」
「うんうん、わかっているわかってる」
「わかってないだろお前!」
そんな感じでさらに森を進む。すると大きな建物が見えてきた。いや廃墟と言った方がいいかもしれない。巨大な穴の開いた2階建ての建物。てっぺんに尖塔のついたどことなく教会に似てる気もする。
「ここか?」
「ここかな」
二人で見上げながら言う。木の棒をその辺に捨てて、建物に近寄る。
すると建物が音を立ててぶっ壊れた!!! ばりばりばりどーん! って。
はああ??
いきなりのことに驚きに頭が付いていかない。濛々と砂煙が立ち上る。
「マオ。お前何をしたんだ!?」
「流石に何もしてないよ!!」
ニーナもこの状況であたしのせいにするのは無理があるよ!
次の瞬間だった、建物を中心として魔力が迸る。蒼い風が過ぎ去る。そして砂煙が晴れていった。
そこには壊れた建物から巨大な黒い岩の塊――人の形をした何かがいた。顔の真ん中には赤い宝石のような一つ目がぎらりと光っている。
巨人ともいうべきそいつは手をふるう。それだけで風が巻き上がり、建物の残骸を蹴散らす。そして腰を回して腕を振り回す。その拍子にというべきなのかはわからない。巨人の体から人影が飛んだ。くるくると回ってあたしたちの前にどしゃって落ちてくる。ひえっ! し、しんだ??
その人影は白い半そでと黒いインナーそれに短いやっぱり黒いズボンを履いた女性だった。青い髪をして頭の後ろで髪をまとめている。
死んだかと思ったときむくりとその人は起き上がった。
「いやー、失敗失敗。ゴーレムの制御はまだまだ難しいな、あっはっはっ」
その場に座って豪快に笑う女の人。その後ろでは巨人……ゴーレムというべきそいつがドスンとにじり寄る。
女性が立ち上がった。あたしとニーナにニコッと笑う。
「さてさて、あんたら誰か知らないけど。私が作ったゴーレムはこれから暴れまわるから。沈めるの手伝ってね。あ、私はリリス・ガイコ、これから死ぬかもしれないから名乗っておくね」
ねっ? ってぱちんとウインクするその人こそ探していた先生だ。
ゴおおおおおお!! その先生の後ろで魔力をまき散らす巨人がうなりを上げる。




