最後の日②
時間がどんどん過ぎていく。太陽は待ってくれない。
依頼を終わらせるたびに空を見上げてしまう気がした。いい天気だけど、もう太陽は空の真ん中を通り過ぎてだんだんと西に向かっていく。うう、焦るけど、それでも頑張るしかない。
そんな時にあたしのもとに蝶が舞い降りた、ラナが呼んでいる――よーし、やるぞー。
走って向かうとラナとニーナとモニカが来ていた。そこは海の見える料理屋さん。ラナがあたしに手招きしている。綺麗に切られてバスケットに入ったパンとかサラダとかスープとかが並んでいる。
「マオ。早く来て、ほら、少し遅いけどお昼ご飯食べないと」
お、お昼!? そんな暇はないよ! あたしは次に行かないと……そう思ったとき、ぐぎゅうってあたしのばかなおなかが鳴った。恥ずかしくなる。そんなあたしの首根っこを猫みたいにラナがつかんだ。
「夜まで仕事することになるから、一生懸命食べないと体がもつわけないでしょ。さっさと食べて」
「一生懸命に食べるって何……?」
わけわからないけど、もういいよ。あたしはテーブルに座ってパンを齧る。……柔らか! おいしい。……あ、モニカがあたしの顔を見て笑った。し、仕方ないじゃん。ニーナはあきれた顔でパンを齧っている。
急いで食べる。げほっげほ。
「よく噛みなさいよ。ほら水」
ラナが背中をさすってくれる。そこに大きなお皿を持った店員がやってくる。そこにはなんだろう、見たことがない食べ物がエビとか貝とかいっぱい載せている。でもいいにおいがする。
店員さんはにこにこしている。頭に白いキャップを被ってシャツの上からエプロン。綺麗な銀髪をサイドテールにしている。彼女……ていうかミラがどーんとあたしたちのテーブルにお皿を置いた!
「お待たせしました! 遠くの国の『コメ』を香料と炊いた……パエージャ!」
なんか楽しそうに言ってるミラ。コメってなんだろう……でもいいや、おいしそうだ。
この料理屋さんも依頼をくれたところ。依頼は芋の皮むきとか接客とか薪割りとかいろいろ考えるだけ多くの仕事を作ってくれたんだ。それをミラは自分がやってくれている。……剣の勇者にあんたの子孫を芋むきを手伝ってもらっているよって言ったらあいつどんな顔をするんだろ。
ラナがパエージャをよそってくれる。これ……スプーンですくって食べたらいいの? 恐る恐るコメを食べてみる。
……んー。おいしい!
「あんたってホントに顔に出るわよね」
ラナがあたしを見ながらはっと鼻で笑ってくる。い、いいじゃん。これ言うの二回目! ミラもなんだかうれしそうだし。えーいとにかく食べて力をつけよう。おかわり!
☆
陽が落ちていく。
王都には篝火がたかれて夜でも明るい。そんな中でも仕事は続く。前にやったウエイトレスの仕事。お夕飯を代わりに作る仕事……これはラナがやってくれたけど。それに掃除もあるし、また手紙の配達もある。
月が昇っても王都をみんなで走り回った。
どれくらい依頼を受けたのかわからなくなりそうなほどだった。 依頼書があるだけ一日中仕事をして回った。教会の鐘をきれいにするなんて仕事もあった。神父さんの教会の屋上に吊られたものだ。
「ほらほら、さっさと手を動かす」
ラナが掌の上で炎を燃やしてくれて明かりを作る。その中であたしもミラもニーナもモニカも手に持った雑巾で大きな鐘を掃除する。ていうか大きいなあこの鐘。外側はともかく中を掃除するのは大変だ。鐘の中に入って見上げると
「マオ様」
モニカがあたしを肩車してもまだ届かない。
「ニーナ来て」
「はあ? 何がだ」
「あたしの上に乗って」
「三人で肩車なんて危ないだろう!」
「でもほら、ミラも手伝って」
「うん。ニーナ!」
「い、いやいい。危ないから。いい!」
ニーナが往生際が悪い。ミラが抱き着いて持ち上げようとするのに抵抗する。そんな中でニーナとミラに後ろからラナがチョップする。
「あんたたち何やってんの。こんなのほらマオがモップ持ったらいいでしょ。擦れるでしょ」
「「あ」」
力の勇者と剣の勇者の子孫が間抜けな声を出す。ま、まあ。魔王のあたしも気が付かなかったんだけど……な、情けない。
「はい」
ラナがモップを投げた。あたしは手を伸ばす。おっとと、
「マオ様! あ、危ないです」
う、うわ。モニカが体勢を崩した――ラナが「た、倒れてくるんじゃないわよ」って驚いてる! そ、そんなこと言ったって。どしーんって倒れる……かと思った。倒れてきたあたしをみんなで支えてくれた。モニカが足、ミラとニーナが手、ラナが肩……これこそ情けない恰好だ……。
「あ、ありがと」
それくらいしか言えなかった。みんながはーって安心したような溜息を吐いて。
「あんたはいつでもしょうがいないやつね」
ラナがそういうとみんな笑った。うう、恥ずかしい…………ま、いっか。あたしもなんだかおかしくなって笑ってしまった。
教会の中に笑い声が響いている。
☆☆
深夜だった。
ギルドの中で受付嬢のノエルは手に燭台を持ち、見回りをしていた。
ギルド。
それは過去に剣の勇者がその形を作ったといわれれる。当時は冒険者と言われた者たちは貴族や王族に使われてそして使い捨てられる存在だった。
魔王を倒した剣の勇者はそんな冒険者を守り、教育する機関を創設した。
適切な報酬を払い、そして個人個人の依頼を実力以上に負担させて命を落とすことのないように庇護する存在だった。そういう意味では今回の仕事はよかったとも無理をさせすぎたとも彼女は思っていた。
ギルドに居れば多くの冒険者が来ては去っていく。去っていく中には二度と戻ることがなかった者たちもいる。ノエルはその現実の中で自分のできることの小ささを自覚しつつも、誇りとしていた。
「……」
ギルドの扉はすでにしまっている。もう今日ここに冒険者が来ることはないだろう。昼には大勢の人でごった返す。受付のフロアも今はほとんど誰もいない。
端っこにある円卓を除いて。
そこにはかわいらしい寝顔をした5人の少女が眠っている。その中には栗色の髪をした小柄な少女――マオも眠っていた。ノエルはその寝顔を見て少しほっぺたをつねってやろうかと思ったがやめた。代わりに円卓に座ったまま眠っている彼女たちに言う。
「お疲れ様」
彼女たちの中心にはやり遂げた依頼書の束が置かれている。
次のエピソード(一話かはわからないですが) が2部の最後になります。ご感想などもらえたらうれしいです!




