マオ倒れる①
熱……? ラナの言葉を最初理解できなかった。
「あ、ああ……?」
なんか話すのすらだるい。……頭の中の一か所が熱くなっていくような気がする。反対に背筋が寒くなるような感覚を覚えた。
あたしが合格するには残り2日で60以上のFランクの依頼をこなさないといけない。みんなが手伝ってくれるとしても「依頼を受ける自分」が寝ていたら流石にギルドも認証をしてくれるわけがない!
起きなきゃ! 布団を払いのけて体を起こそうとして、くらっとした。頭が重い。まともに立ち上がられない。
「ん……あ」
体がだるい。
まずい、まずい、まずい、まずい。これはまずい。とにかく起きなきゃ。あたしはベッドから降りようとして両肩を掴まれた。顔を上げるとラナがあたしを見ている。
「起きていいわけないでしょ!」
「でも……今日休んだら……もう!」
もう、ここで終わりなんだ! ラナの表情がゆがんだ気がした。唇を噛んで、あたしをにらむような悲しむような眼で見た後、強く言った。
「寝てないとだめに決まっているでしょ! ふらふらして、そんなんでたとえFランクの依頼だったとしてもやれると思うの!?」
「…………」
あたしたちの言い合いを聞いてだろうと思うけど、モニカとミラも部屋に入ってきた。昨日から泊ったんだ。二人は顔を見合わせていた。モニカが心配そうな顔で言った。
「あの……マオ様……体の調子が悪いんですか?」
答えたのはあたしじゃない。ラナがモニカを見ないように言った。
「そうよ! 今日は外に出られるような体調じゃないわよ」
それを聞いてモニカが目見開いて後ろに下がった。それにミラは両手で口を覆って、一瞬だけ悲しそうにしていた。そのミラはつかつかと歩いてくる。ラナの横に立ってニコっと笑った。ぎこちない笑顔だった。
「ここ最近マオはずっと戦ったり、動き回ったりしていたら多分体が悲鳴を上げているんだと思う。昨日は魔力を全部使ったから……休まないと……ね?」
あたしだけじゃなくて自分にも言い聞かせるように言う。その顔を見て、モニカやラナにあたしは視線を向ける。……ああ、二人とも何も言わないけど……、もうどうしようもないことは分かる。あれ? いつの間にかあたしは掛け布団を強く握っていた、無意識だったね。
あたしもできるだけ作った笑顔で返した。
「そうだね……わかったよ」
☆
時間はお昼だろうか。次に目を覚ました時はいつ頃なのかよくわからなかった。
ベッドのそばの椅子にはラナが座っていた。無言で装飾の凝った分厚い本を読んでいる。なんだろう。
「ラナ……何読んでるの?」
「魔術概論」
「うわぁ」
今の頭であまり聞きたくない言葉だったなぁ。難しいことはあんまり考えたくないなぁ。ラナは起きたあたしをちらっと見てぱたっと本を閉じた。それから部屋から出て行ってしばらくして部屋に戻ってきた。
お椀を手に持っている。湯気が立ち上って、いいにおいがする。ラナはあたしの横に座って木のスプーンでお椀からとろりとした液体を掬う。オートミールのお粥。卵とか入っている。
「ほら体起こして、あーん」
「……い、いや自分でたべられ、むぐ」
むりやり口に入れられた。おいしい。なんか程よい暖かさなきがする。もぐもぐと食べているとラナがほらってまた食べさせてくる。なんか鳥のヒナになった気分。もぐもぐと食べる以外は今のこの時間は静かだった。
時間をかけて食べる。正直おなかは減ってない。というかあんまり食べられそうにない。せっかくラナが作ってくれたんだから全部食べたいっては思う。
ラナはあたしをじーとみてタイミングよく次をくれる。……あれ、思ったより軽く食べられた。いや、違うね。ラナが最初から量を少なくしてくれたんだ。……なんかやっぱりラナって面倒見がいいよね。
「ん。全部食べたわね」
「ありがとラナ」
「別に、まだ寝ないで。そこで待ってなさいよ」
なんだろう。ラナはそっけない言葉でまた部屋から出て今度はなんかコップを持ってきた。え? なにそれどろっとしている。うわ、なにそれ! あたしはにげようとしてラナにつかまれた。
「何逃げようとしてんのよ」
「……な、何それ」
「……さーてなんでしょうね。ほら口を開けなさい」
「うー、い、いやだ」
ああ、力が入らない。ラナがコップをあたしの口につけてどろどろした何かを流し込む。うぇ、苦い。ナニコレ。うぇえ。
「げほげほ。うぇえ」
「……あはは。はい水」
オークがいる。なんで笑ってんのさ。んぐんぐ。水がおいしい。口の中はまだ苦いけど。
「ま、それも魔力を回復させる薬だから、よーく味わってくれないと困るんだけどね」
薬? ラナ。
「何よその顔」
「うん、いや、ありがと、でも薬って結構高かったんじゃないの」
「別に、大したことはないわよ。それよりあんた薬を飲んだんならさっさと寝た寝た」
「…………うん」
気を抜くとぼーとする。それに頭がずきずきするのも変わらない。あたしは一度部屋を見回す。
「モニカ、それにミラは?」
「あいつらは外に出ていったわよ。モニカは昨日受けた仕事があるからマオに御免なさいってさ」
「そう……ニーナは?」
「……あの子は一応あんたと同じ立場だからね。依頼を受けに行ったんじゃ…………あ、いや」
依頼かぁ。いいよ気を遣わなくても。
「じゃあ、ラナもどこか行くの」
「後で用があるから出るかもね」
「用事?」
「そう」
「ふーん」
そっか。あたしはふと思った。今はラナしかいないってことだけ。
「ラナ」
「何よ」
「…………少しだけ話して良い?」
「そりゃあ、いいけど」
ラナが横に座る。赤い髪を指でつまんでもてあそんでいる。
「……もう少しここに居たかったなって思ってさ」
「……」
「正直、済し崩してというか偶然に王都に来ることになってみんなと出会ったけど、ミラもラナもニーナもモニカもみんなと一緒に学園に行ってみたり冒険をしてみたりしてみたかった……て、今更思っちゃって。ラナになら言ってもいいかなって」
なんか話がまとまらないな。あたしは何が言いたいんだろう。そんなこと言ってもラナも困るよね。
「……帰りたくないな……まだ……まださ」
手になんか当たった。あれ? なんだろう、この気持ち。目の前がにじんで見える。情けない。あたしは袖でごしごしと目元をこすった。あはは。ほんと何を言いたいのかわからない。あたしはごしごしと顔をこすって
やっぱり帰りたくないよぉ。
子供みたいに涙が出てくる。こらえていたものがあふれ出てきて止まらない。ラナの前で泣きやむことができない。もっと、もっとしっかりと話そうと思ったのにそれが、できない。
あたしの頭が抱きかかえられた。ラナの声がする。
「あんたは疲れてんのよ。……一応わかってると思うけど、私はあんたより年上だからたまには甘えるのはいいのよ。別にさ……」
うん。
ラナの声は優しい。
「あんたは疲れているのよ。ねえ、マオ」
両の掌であたしの頭を支えるようにラナはしてくれた。あたしが顔を上げると少し目が潤んで、それでいて困ったような顔をしているラナがいた。
「しっかり休んでさ。あとは任せて……休みなさい」
「……わかった」
なんだか素直になってしまう。ラナの手に魔力の光が暖かく光る。呪文を子守唄のように紡いで、ラナが言う。
「おやすみマオ。『ドーミア』」
うん。おやすみ。




