死闘④
最初から3人でやらないと勝てないってのは分かっていた。……うーん相手のことを考えると3人で勝てるっていうもの結構思い上がっているかもね。でも最初からそう考えていたからミラとモニカに走ってとお願いした。
モニカがあたしに肩を貸して支えてくれる。フェリシアの魔銃はもうすっからかんだから置いていこう。とりあえずクールブロンを脇に抱えて落とさないようにして……。
屋根から飛び降りる。
浮遊感に少し気持ちがすっとなる気がする。モニカが着地をしてくれた。衝撃を抑えるためにほんの少しだけ早く彼女が着地して、力を逃がしてくれる。……意外と器用なのかもしれない。いや、よく考えたら無意識でモニカを信用していたから着地のことなんて何にも考えてなかった! わぁ、怖!
すっときれいにミラも降りてくる。私たちを守るように前に立ってくれる。
三人で見据えた先にはさっき弾き飛ばした仮面の男。あいつの体が濡れているのは水人形を破裂させたときに被ったものだ。そして、流石にもう力の勇者と同じ動きのできる人形を作る余力はあたしにはない。
でも言う。肩に銃を担いで。
「覚悟しなよ!」
空元気なのはわかっている。はったりって大事だからさ。
男が構える。対するミラの体から魔力が迸る。すごい、白い力の波があふれ出している。これは術式とは違う純粋に魔力で体を外から強化する方法だ。
……それでもミラははるかにあの男に及ばない。聖剣の力を加味しても正面から打ち負かされる。
「正直きついと思うけど、あいつと打ち合えるのはミラだけだから……だからさ、あたしを信じて」
ミラは振り向かない。でもなんとなく頷いてくれたような気がした。
雷が奔る。ミラが聖剣を振ったと同時に雷撃が飛ぶ。男はそれをよけてミラに迫る。
火花が散った。多分剣と剣がぶつかった音だ。それをあたしが認識した時には2人はその場にいない。斬撃の応酬とともに雷が奔る。ミラの聖剣と男の鉄剣がぶつかるたびに風を切る音と金属音が響く。
「わ、わたしも」
モニカが前に出ようとするのを抑える。今のモニカは武器すら持っていない。あの中に入っていけるわけがない。
「マオ様……」
不安そうな目であたしを見る。綺麗な瞳が少しうるんでいる。悔しそうな顔をしているのが分かりやすい。でも泣いている暇なんてないよ。今のミラはすべての魔力でなんとか「付いていっている」だけだ。あんな動きがそう続くわけじゃない。
だからここはやらないといけない。クールブロンを手に銃弾を入れる。この子はあたりの魔力を吸収してくれるが今その力を発動するとミラの力を吸い込んで、術式で強化された男は何の影響も受けない。体内にある魔力までは多分引き抜けない。
そう考えると相性すらも最悪だね。それにあたし自身の魔力も空っぽに近い。正直もうまともに銃弾を撃つことも無理。
「モニカの力がいるのはここ。ここに埋め込まれている魔石にありったけの魔力を貸して」
「……魔力を」
「そう、触って、流し込むだけでいいんだ。あとはあたしがやるから、あとさ、あたしが叫んだらなにもいわず『そうして』ね」
「……そうして? ……わかりました」
クールブロンを両手で持つ。右手だけは魔石につける。モニカも何か決心したように両手でつかんだ。左手を魔石に当てている。
目の前の戦いはだんだんと速さを増していく。男の着地した石畳が割れる音がする。それだけすさまじい踏み込みから繰り出される斬撃にミラが押されて始めている。
モニカの手から魔石に力がたまっていく。魔石に赤い炎のような光がみなぎっていく。
「水の精霊ウィンディーネに問う」
あたしはそのままゆっくりと呪文を紡ぐ。集中して魔石に魔法を刻む。
この魔石は魔力を保持するだけのものじゃない魔法を保存する力がある。フェリシアが氷の魔法を銃弾に乗せて攻撃してきたように、あたしもまた、魔法を使う。モニカがくれた魔力は全部使う。
クールブロンを中心に青い魔方陣が光り。そして魔石に収束していく。魔方陣が糸のように吸い込まれて魔石の中で文様を描く。
男が気が付いた。あたしに向かって来ようとするのをミラが止める。聖剣と鉄剣でのつばぜり合い。仮面の男が踏みこむとミラが下がる。それでも崩れない。モニカも一歩も逃げずに魔力を込めてくれる。
ミラが叫んだ。
「マオ!」
「ミラ!! モニカ!! いくよ!!」
ミラの声がする。あたしは目を開ける。銃口を動かす。仮面の男の――少し上に向けて引き金を引く。迸る魔力に撃ち出された銃弾が奔る。
青い光を放つ。
「アクア・クリエーション!」
あたしが手を伸ばして叫ぶ。水の輪が浮かびそれが数体の水人形になって落ちてくる。力の勇者の形をした水人形だ。仮面の男の動きが止まる。ミラから一歩離れた。警戒したね? 残念でした。
べっ、っていたずら成功した気持ちで舌を出す。伸ばした手のひらを閉じる。もーあんな精密な水人形なんて作れないよ!
水人形がはじける。あたりに思いっきり水びたしにする。仮面の男もずぶぬれになる。モニカの魔力をたっぷり使ったんだからさ、結構な水量が流れる。
「モニカ! 飛んで」
あたしが叫ぶ。ハッとしたモニカが魔族の跳躍力で思いっきり飛ぶ。地面が離れる。
ミラも飛んだ。手には雷をまとった聖剣を構えている。
「ライトニングス!」
ミラが空中で剣をふるう。全力の雷撃が男に向かって叩きつけられる! 水浸しの状態でよけることなんてできない。いや、よけても無理だ!
青い雷撃が奔る。水を通って男の体を包むようにバチバチと閃光が飛ぶ。一瞬の光の後に男は叫ぶでもなく片膝をついた。はあはあとやっと人間らしい声がする。
その前にあたしたちはまた着地する。ちゃぷと踏んだ足元で音がする。仮面の男は鉄剣を杖代わりに立ち上がる。……流石にしぶとすぎるよ。魔力で内部強化しているといってもさ、そこは倒れてよ。
「…………見事だ」
仮面の男が言った。それからすっと後ろに下がって、そのまま夜の中に消えていく。
「……勝った?」
自然とあたしの口からそう言葉が出た。そういったとたんに力が抜けて、倒れそうになった。それをモニカとミラが支えてくれる。と思ったら3人とも転げた。
ばしゃーん! 自分で濡らした地面に倒れる。……石畳でよかった。土の上とかなら、どろだらけだ。
「はあはあ、きつい、きつかった」
ミラもごろんと倒れていった。いつものどことなく余裕のある態度じゃなくて、息を切らして本当につらそうに言っている。
「……急に安心したら足が、ごめんなさい」
モニカは別の理由で倒れたみたい。うん、でも二人の気持ちはそれぞれわかるよ。きつかったし、安心して力が抜けた。
「あー。疲れた!」
正直にあたしが叫んだ。そうするとモニカとミラが顔を見合わせて、笑った。
「あはは」
「ふふ」
あたしも笑う。
「ていうかさ、あいつ何者だったんだろ。あんな強い奴がなんでいきなり襲撃してきたか訳が分からないじゃん……」
それにあたりを見るとあんなに大暴れしたのに人が出てこない。工房の集まる地区と言っても無人じゃないんだからさ。うーん、なんで、とかそんなことを考えそうになってやめた。……早く寝たい。
☆
「ばーかー!!!」
ラナがあたしの頭にげんこつをくれた。いってぇ!
ラナの家に帰った時にいきなりそうされたのだ。連れてきてくれたモニカもミラもぼろぼろであたし自身もやばい顔してたと思うから心配してくれたんだと思うんだけど、殴ることないじゃないか。
「な、なにするのさ!」
「ばかだばかだとは思っていたけど、まーた訳の分からないことに巻き込まれて死にそうになってんじゃないわよ! それにあんたらもあんたらよ。何黙って夜もはたらこうとしてんのよ。街ってのは田舎と違って夜は危ないの! わからないの!?」
ラナがじろりとミラとモニカを見ると二人はしゅんとしている。
ところでラナはあたしたちが帰ってきたときに玄関の前で座っていた。もしてかしてずっと待ってくれてたんだろうか? ……たしかに心配かけたのはわるかったよ。
「ごめん。ラナ。待ってくれてたんだよね」
「……!」
ラナが顔を赤くして。むぅとする。
「待ってないけど?」
いや、そんなこといっても。
「どうでもいいからさっさとお風呂はいって、ねなさい! あんたらもそんなぼろぼろで帰るくらいなら泊まった泊まった。特にマオ、あんたはあと2日しかないんだからね!」
そう言ってラナはあたしたちを無理やり家に押し込んだ。……なんとなくうれしかった。ただいまーって入ったときに自然と口に出た。
☆
そうして夜が過ぎていった。夢の中ではなんとなく昔に戦った力の勇者のことを思い出した。
殴られそうになっときありがとうとか言ってしまう、へんてこな夢。こんなことを思うことになるとは正直思ってもみなかったよ。
ベッドの上で目を覚ました時乾いた笑いが出た。
「ん、朝だね」
起きないとね。あ…………れ。
体が
動かない。
あれ。
「おはよっ。はよ起きてギルドに行くわよ」
ラナの声がどこか遠くからする。
「あんた……」
ラナの顔が目の前にある。掌が額に当てられる。気持ちいい。
「何この熱……!」
ねつ……? そんなことより起きなきゃ……ぎるど……いかないと……。
2部はもうすぐクライマックスです。




