死闘③
頭痛がする。
それでも笑ってやる。仮面の男が誰でなんでこんなことをしてくるのかはさっぱりわからないけど、ミラもモニカも傷つけた奴だから弱いところなんて見せてられないよね。
男が鉄剣を振る。あたしが指を動かして水人形が一瞬であいつの懐に飛び込む。剣をふるう腕の内側に肘を当てて相手の動きを制限する。
「!」
動きを止めた間に左拳で数発殴る。水の重さしかないけど、その拳には魔力を含ませる。ダメージがあるはず。
それでも男は止まらなかった。素早く切り返してくる。痛い、痛い痛い。頭が痛い。
水人形が足を動かす。常に有利な位置。理に敵った場所で……むかつく。筋肉バカと思ったらちゃんと一番考えて攻撃してくるのが力の勇者だった。あたしは両手をふるう。
水程度の重さであれば、
両手、両足の打撃部分だけに魔力で攻撃力をまとわせるだけなら。
あいつの動きを再現できる。
数秒の攻防に音が消えていく。頭痛すら感じない。男が剣をふるう。水人形がわずかに体をよけ、反撃する。常に間合いが近い。だから短い時間の中で何度も何度も攻防が繰り返される。
集中力を切らした瞬間に終わる。鉄剣が風のように振るわれる。それを水人形がよける。いや、そのまま反撃して蹴り飛ばす。男がまた下がったところで、
「ぶはっ」
はあはあ、音が戻ってきた。頭が、痛い。でも笑ってやる。
「あ、あんたさ」
水人形が構える。
「ここまでおいで」
あと数歩を近づけることができないこの状況。おもいっきり挑発をする。表情は分からないけど、少し怒気? みたいな何かを感じる。かりかりかりと鉄剣の先が足元の屋根を削る音がする。ふふだふふ、やば、正直限界なんだよね。だらだらと汗が流れてくる。
男が飛び込んでくる。あたしは手を閉じる。水人形がはじけた! あたりいっぱいに水が飛び散る。目くらましだ。ただこんなことをしても相手はひるまないだろうけど、あたしを「強敵」って誤解してくれている今なら少しだけ効果的だと思う。
水人形なんて何度も言うけどこけおどしのいたずらみたいなもん。ほんと短い時間稼ぎにしかならない。
魔銃を掴んで後ろに逃げよ。フェリシアの魔銃はもう魔力はすっからかんだ。それにあたし自身の強化魔法も限界だった。逃げないとやばい。
あ。
足がもつれて転んだ。転んだっていうか、なんか体が動かない。力が入らない。……全然体に力が入らないや。ほとんど思い付きでやったから、反動を考えてなかった。頭がずきずきする。でも立たなきゃ……あ、これは冗談抜きにまずい。
立てない。何とか半身だけ起き上がって後ろを見る。そこには仮面の男があたしを見下ろしていた。高く剣を片手で構えている。月がそれにかかっている。それが振り下ろされる――
白い閃光が奔った。
「はあああ!!」
声が聞こえる。仮面のあいつに向かって横なぎに聖剣をふるう白い髪の少女が見えた。体中から魔力を迸らせて渾身の一撃を叩きこむ。
男は素早く反射して防御する。でも受けた鉄剣ごとミラの斬撃で弾き飛ばされた。男の体が宙を浮いて屋根の下に落ちていく。
あたしはくらくらする中でそれを呆然と見ていた。ミラがあたしに背を向けて立つ。夜風に髪が揺れている。でもその姿はぼろぼろだった。手には光る聖剣が握られている。
また屋根の上に飛んだ人がいる。ワインレッドのくせのある髪が見える。とんがりな両耳にそれに大きな瞳に涙をいっぱい溜めている。
「マオ様」
モニカがあたしをみるとぎゅっと抱きしめてくる。
「よかったです。間に合った。間に合いました」
泣きそうな声でモニカが言う。ありがとうって言ったつもりだったけど、声が出せない。苦しい。ぐるじい。モニカが抱きしめるのがつよすぎるぅ。ぐえー。
「ああ、すみません」
「げほげほ。し、死ぬかと思った」
「ご、ごめんなさい……」
モニカがしゅんとしたけどなんだかおもしろくて笑いそうになる。でもその前にミラが振り返らずに言った。
「マオ! 決めて」
決める? 何を。なんて聞かないよ。なんとなくだけどミラが言いたいことは分かっている。でもミラが言ってくれた。
「今だったら私が二人を連れて逃げることができるよ。でも」
そうだね。そのでもの先を飲み込んだのは分かっている。そうだよね。今すぐに決断すれば逃げることはできると思う。だからあたしも言うんだ。でもって。
モニカの肩を借りてあたしは立ち上がる。
「でもさ、このままじゃ悔しいよね」
モニカがハッとした顔をしている。何か言いたそうにして「それでも」口をつぐんでいる。多分同じ気持ちなんだと思う。あたしは言う。
「ミラ。モニカ。あいつをぶっ倒そう。あたしに力を貸して」
大きな声が今は出せないし、まともに立ち上がることもできない。そばのモニカに視線を移すと彼女は少しだけ目を閉じてすぐに開いた。そのままこくりと頷いてくれた。
そしてあたしの言葉をミラが振り返って笑って返してくれる。
「うん」
月明りを背にそう言ってくれる親友の顔が何よりも頼もしかった!




