死闘①
廃工房で少年のような人影が歩いている。
ここは先ほどまで2人の少女が死闘を演じた場所だった。砕かれた床、破壊された階段、戦いの後がそれを物語っていた。氷の槍が壁に突き刺さり、2階の開いた窓から月明かりがこぼれている。
その月明かりの下で少年、いやイオスは両手を広げた。整った顔立ちの彼は左目を閉じている。
「ああ、そうだ。フェリシアは敗北したようだね。いや、予想外だった。流石に新しい魔銃があるからと言ってもね」
くすりとやはり少年のような笑顔で浮かべる。彼は一人だが、誰かに語り掛ける。
「ああ、大丈夫さ。あの子は眠っているだけみたいだ。甘いと言えば甘いのかな……? でもまあ、これで彼女への興味はますます強くなったけれどね」
イオスは傍に倒れていた椅子を起こして座った。
「……君も思いのほか苦戦しているようだね。そうだね、さすがに剣の勇者の子孫だ。僕が見込んだだけのことはある。……でもまあ、今は彼女だ。ほんと驚かされっぱなしだよね。ただの村娘だと思っていたけど黒狼を打ち負かして、何度も『暁の夜明け』を撃退し、それに船の上でのこともさ……これはまだ君にも言えないね。だって僕自身信じられないから」
彼は笑う。
イオスは左目を閉じたまま、窓の外に浮かぶ月を見た。
「水路の奥から生きて帰ってきたのも計算外だった。Fランクの依頼に紛れ込ませておけば魔族と遭遇すするとは思っていたけどね」
彼は左目をゆっくりと明けた。その目には魔法陣が浮かび蒼色に光り輝いている。
「そうだ、君を銃撃したのがその少女。マオだ。僕はその子の力を計りたい。だから言うよわが半身」
イオスの左目がさらに光を放つ。一瞬だけ月明かりを雲が隠した。
「マオを殺せ」
☆☆
男の仮面がぱらりぱらりとわずかに崩れる。
マオの銃弾は遠距離からの狙撃であり、その仮面自体を破壊するには至らなかった。
その隙にモニカとミラスティアは距離を取った。彼女たちは自らの武器を構え、お互いに目を合わせてそして頷く。2人の脳裏にあるのはマオという一人の少女である。
仮面の男がゆらりと剣を構える。その体から立ち上るのは青い魔力の波。魔力が流れ、びりびりと空気を振動させる。道のわきに転がっていた木箱がぴしりと音をたてる。
そこに一羽の蝶が舞い降りてくる。魔族の魔法で作られた美しく光る蝶はそこではじけた。
――光が映し出したのは狼と剣を持った人間が戦う場面だった。そして一言だけ「あたしのところまで走って」と描いて消えた。
モニカはそれを見て意味は分かりかねた。だがマオならば何かを考えているのだろうとハルバードを持つ手に力を入れる。
「大丈夫」
ミラスティアはモニカに言う。この夜の戦闘で彼女は悟っている。剣技において仮面の男は自らを上回っているということ、そしてモニカと2人がかりでもそれを埋めるには足らないことを彼女は冷静に感じていた。
モニカはそのミラスティアの落ち着いた様子に一瞬驚いたように目を開いた。ただそのあとに少し寂し気に笑う。自分にわからないことをミラスティアには通じたことモニカにほんの少しだけ悲しかったのだ。
「はい」
伝わってくるのはミラスティアがマオを信頼しているということだった。
仮面の男が動く。
割れた仮面の下から男の目がのぞく。その目は蒼く魔力を纏って輝く。彼はゆらりと手をおろした。その瞬間に彼が纏っていた魔力が消えた。
「?」
ミラスティアは油断せずに一歩下がる。彼女は白い魔力で身を包み、だらりと構える男の次の動きを備えた。
はずだった。
次の瞬間にミラスティアの目の前に仮面の男がいた。
「!?」
鉄剣がミラスティアを襲う。辛うじて聖剣で防いだが次の瞬間に彼女の腹部を男は蹴り飛ばした。壁に当たりミラスティアが背中を強打する。魔力で体を強化してなければ死んでいただろう。
「……っ!?」
ミラスティアは声も出せずに地面に倒れてうずくまる。モニカが悲鳴を上げた。
「ミラ――」
名前を呼ぶ前に男はモニカの胸ぐらをつかみそのまま大通りに投げ飛ばした。すさまじい勢いで飛ばされるモニカ。彼女は何が起こったのかわからずに地面にたたきつけられた。彼女の小さな体は地面に当たり何度も跳ねた。
「……う、う」
一瞬の出来事だった。ミラスティアとモニカをわずかな呼吸で男は打倒した。彼の周りには魔力は纏っていない。だが、彼の身体能力は先ほどまでとは比べ物にならないほど向上していた。いや性格にいえば本気を出したといってよい。
男は無言でその鉄剣を銃撃の合った方向に向ける。
殺す。そう伝えるためだった。
☆
ああ、そうか。
あたしには仮面の男が剣を向けてきたのが分かった。
屋根の上で膝をついて集中する。
ミラとモニカを一瞬で倒したあれはきっと『術式』だ。
力の勇者が使っている身体能力の強化の技術。普通なら魔力を体にまとって強化するけど、あれは神経に魔力を流して体中を強制的に強化するものだ。あれは失敗したら体が壊れるくらい高度なものだ。
ニーナがクリスとの戦いの時にやっていたように体の一部にだけ魔力を流して炎を生み出すのとはわけが違う。
あたしはクールブロンとフェリシアの魔銃に銃弾を込めた。あたしの強化された目には仮面の男があたし向かって構えるのが分かった。かなり遠いようにも見えるけど、強化されたあいつならすぐだと思う。
……ああ、もうさ。冷静なふりしているけどさ! 目の前であれだけ友達をやられるとほんとはらわた煮えくりかえる!
あたしは屋根の上で座りクールブロンを構える。照準はあいつだ。……これだけ離れているのに殺気を感じる。ちょっと右手が震えているのをぎゅっと握る。
「マオ様をなめるな! かかってきなよ」
男があたしに向かって駆ける。




