友達として
魔族の少女。
ワインレッドのくせのある髪を一つに結んだ愛らしい少女が片手でハルバードを振るう。
空気を切り裂く音とともに巨大な戦斧が仮面の男に振り下ろされた。男は手に持った鉄剣に魔力を浸透させる。光が剣を包み、ハルバードをはじく。火花が散り。重い音が響く。
「くっ」
魔族の少女――モニカは驚愕と焦りを混ぜた表情で後ろに下がる。渾身の力を込めた強撃がいともたやすくはじき返された。ハルバードを両手でつかんだが、その重さに体が振り回されそうになる。
その瞬間に仮面の男が懐に飛び込む。電光石火の身のこなしにモニカは声を出す暇もない。
雷撃が奔る。青い雷が側面から男を襲った。だが彼は剣を一閃する。切り裂かれた青い光がバチバチと彼の鉄剣にまとわりついて音を鳴らす。その「隙」にモニカが態勢を立て直そうとするがその前に、仮面の男の蹴りが彼女を襲う。
ハルバードでかろうじてガードしたが、ふわりとモニカの体が浮き上がり。そのまま数丈の後方へ飛んでいく。
「かは」
彼女は地面に足をつけて息を吐く。汗が止まらないことすらも認識の外だった。心臓が音をたて、体が熱い。無意識に胸元のリボンを緩めていた。仮面の男が視界の中でゆらりと構えている。ただ見られるだけで息苦しいほどの圧力を感じた。
モニカのそばにもう一人の少女が立つ。ところどころ破れたシャツを着た銀髪の少女。手には黒い刀身に蒼い雷をまとわせた剣の勇者の末裔であるミラスティアであった。一瞬仮面の男の攻撃を制した雷撃は彼女のものである。
ミラスティアは何も言わず息を整えている。体の正面に剣を構えるでもなく脱力したように聖剣を持ち、仮面の男と一定の距離を取りつつ歩く。
ミラスティアの体を魔力の光が包んでいる。モニカは逆に男から離れるようにゆっくりと後じさった。彼女の武器であるハルバードは巨大な攻撃力と範囲を含むが、むやみに振ればミラスティアも巻き込みかねないということだった。
仮面の男は依然として何もしゃべらない。鍛え上げられたその腕に平凡な鉄の剣を握りしめている。ややミラスティアに注意を割くように姿勢をわずかに向けている。
ミラスティアもそれを感じたのか、その眼光が鋭さを増した。この銀髪の少女は天賦の才を持ち、努力を怠らない。剣技においてはすでに実績のある冒険者などを凌駕していた。
その彼女を仮面の男は数段上回っている。純粋な剣技だけではなく、聖剣という強力な武装を加味して、さらにモニカの助力を得てもまだ届かない。
以前の彼女であれば折れているかもしれない。事実。マオの村での黒狼との戦いではあきらめかけた。しかし、彼女はふとマオの顔を思いだしてほんの少し口元を緩める。
明らかに力の劣る状況でも諦めることのない親友を持ったことを純粋な彼女はただ幸運だと思っている。
仮面の男とミラスティアが間合いを探り合う。空気の重さが増すような緊張の中。あたりは虫の声すらも聞こえないほどの静寂に包まれていた。
ミラスティアの歩く音が石畳からこつこつと響いた。そしてミラスティアの体の光が強くなる。地面を蹴って飛び込んだ彼女は腰をひねり、「敵」までの最短で剣を振るう。
聖剣と鉄剣がぶつかり合う。閃光のような火花が散り、さらに剣撃の音が重なり合う。2人の研ぎ澄まされた剣技がぶつかり合い。一瞬の刹那に幾重のもの死線を交わす。仮面の男の踏み込みが地面を割り。強烈な上段からの振り下ろしにミラスティアは体をひねり、すらりとよける。
男の強烈な振り下ろしは何度も見た。ミラスティアは半歩進み。剣を薙ぐ。男は鉄剣を逆手に持ち替え、根本でそれを受ける。まるで岩に切り込んだような手ごたえに打ち込んだミラスティアの方が態勢をわずかに崩す。
男はその一瞬に彼女の胸元に一直線に蹴撃を放つ。たまらず下がったミラスティアだがかすったのかシャツの胸元がわずかに切れた。体技を持って剣のように相手を切る練度に彼女は驚く。
だが不用意に離れたことで仮面の男と数歩の距離が開く。その数歩で男は魔力を込めた足で飛び込んでくる。ミラスティアは手の聖剣に魔力を込めて雷撃を放った。攻撃のためではない。彼女と男の間に一瞬の壁を作り、その間にさらに距離を取った。
「…………はあ、はあ」
息が苦しい。ミラスティアは自分が息そのものをしていなかったことにやっと気が付いた。
「大丈夫ですか! ミラ様」
「……はあ、はあ。大丈夫。モニカ」
ミラスティアとモニカは互いに連携できる距離を保つ。仮面の男にモニカが叫ぶ。
「それほどまでの腕を持っているあなたが、なんで私たちに戦いを挑んでくるのですか!」
「…………」
男は答えない。モニカは両手で武器を握りしめる。
「それにフェリシアと一緒に……マオ様が目的……?」
「…………」
男は反応すらしない。その様子にモニカは怒った。彼女は感情を表に出すようなことはほとんどない。だが、彼女の心の奥から湧き出すような感情が叫んだ。
「わけのわからないことでマオ様もミラ様も傷つけるなら、私は許しません!」
その瞬間にモニカを中心に赤い光が起こる。黒と赤を混ぜた魔力の本流がモニカからおあふれ出てくる。ミラスティアが「モニカ!」と声と叫ぶ。だが、それが届く前にモニカは飛びだした。
暴風のようにハルバードを振るう。
魔族の全力。人間よりも優れた筋力と魔力を備えた彼らの攻撃。ハルバードを振るうたびに仮面の男の剣とぶつかり。重い音があたりに響く。彼はそれをことごとくいなす。彼は荒れ狂う斬撃の暴風の中、的確にいなし。正確にハルバードをはじく。鉄剣が折れていないのは彼の魔力を武器に浸透させる技術の高さを物語っていた。
「くそぉ!」
モニカは渾身の力を込めた。いつの間にか彼女のほほに文様のようなものが浮き上がっている。魔力を体に通したことで発現したのだろう。常人が見れば悪鬼と見間違えるかのような鬼気迫る表情だった。
だが、仮面の男は彼女の斬撃を躱し。下段から切りつける。彼女の制服が切れ、血が飛んだ。
「モニカ!」
ミラスティアが間に入ろうとする。モニカはひるまずに体からさらに赤い魔力をほとばしらせる。
「ああ……わかってます。私ではあなたには全く届かない。でも、許せないですよ。私の……私の……私の友達を傷つけようとすることが!」
赤い髪の少女がハルバードを引く。赤い魔力がそれを包んでいく。彼女は口元で魔力を唱え。右手を男にかざす。赤い魔法陣が展開し、熱が収束していく。
「ディノ・フレア!」
黒い炎が湧きあがった。自ら生み出したそれにモニカは飛び込む。炎ごと男に魔力を込めた一撃を打ち込む。
ハルバードが炎を裂く。彼女の周りに火が散っていく。
その戦斧の上に仮面の男は乗っていた。
「あ……え?」
モニカがその驚きを声にすることができない。自らの武器の上に男が乗っている。それは一瞬のことだろうが、モニカには永い時間にすら思えるほど困惑が体を支配した。
仮面の男の剣を振り上げた影がモニカの表情を覆う。あたりを炎が散っていく。モニカは及ばない自分の力に泣きそうなほどの悔しさがこみあげてきた、だが男の剣は振り下ろされることを彼女に止めるすべはなかった。
空気を切り裂き。一発の銃弾が男の仮面に直撃する。
仮面の男がハルバードの上から飛び降り、ぱらぱらと仮面が崩れていく。モニカは何が起こったか判らなかったが、助けに入ろうとしていたミラスティアは銃弾が飛来した後方を振り返った。
☆
なんとか当たったみたいだね。
あたしは屋根の上で座って構えていたクールブロンを肩に担いだ。フェリシアの魔法陣から吸収した魔力があれば数発だけでも強力な銃撃ができる。あとは前に港町でやったみたいに視力と必要な力を強化すればいい。
「でも、流石にこの距離なら驚かせただけだよね。んーどうしようかな」
あの仮面の男ははっきり言って強い。それどころか手加減しているようにも感じる。嫌味だなぁ。まあいいけどさ。でも、今の奇襲はもう通用しないと思う。
だからあたしは手を空に掲げる。そこに刻まれたモニカの紋章に魔力を通すと光がはじけて蝶の姿になる。
「ミラとモニカに伝えてよ。あたしの言葉を」
夜の中に蝶は飛んでいく。




