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工房の戦い

 工房の中は暗い。それに埃っぽい感じがする。


 目をこすって何とか奥に進む。何かに躓きそうになるけど踏みとどまる。あたしの開けたドアから外の月明かりが入ってくる。だから完全に闇の中ってわけじゃない。


 あ、上のほうに窓もあるからそこからも光が入ってきている。お昼とかならいいかもしれないけど、それでも目が慣れるまでかかりそう。


 物陰にしゃがみこんでクールブロンを撫でる。フェリシアが入ってくるのが見えた。


 ドアの前に立つフェリシアは後ろから月明かりを受けてシルエットだけがくっきり見える。その表情はよくわからない。


 もともと工房だけあっていろいろなものがあるから、隠れる場所はいっぱいあるけど、ばれたら即座に撃たれそうだ。あたしは息を殺して様子を見る。


「マオさん。どこにいるんですか? あれだけ大口をたたいていたのに(オーガ)ごっこの次はかくれんぼですか?」


 答えない。フェリシアがゆっくりと歩くと床のきしむ音がする。ぎし、ぎし、ぎしって一歩ずつ不気味に音が鳴る。


 あたしの手元のクールブロンを制服で隠す。魔石のほのかな光がばれないようにだ。そして足元にあった石……かどうかはわからないけど黒い塊を手に取る。もしかしたら昔使った鉱石とかの破片かもしれない。


 暗闇に投げる。遠くでかつんと音がした瞬間にフェリシアが銃撃をした。


 ただあたしの場所を移動する。この工房は吹き抜けになっているけど2階があるみたいだ。その階段の影に身を隠した。


壁が崩れる音がする。さっきの銃撃で壊れたんだ。


 フェリシアはすぐに銃弾を装填してレバーを引く。ああ、なるほど。魔法を構築するんじゃなくて純粋に高い魔力で銃弾を打ち出すことにしたんだ。


 これならクールブロンで魔法陣を吸収できないし、シンプルに強い。物音をたてたらあたしは撃ち殺されるかもしれない。


「ん-。陽動ですかねー」


 そのとおりだよ、あたしは手を口に当てて声を上げないようにする。階段を一気に駆け上がりたい。だから――


「フェリシア!」


 立ち上がって銃撃をする。フェリシアは回避で横に飛びながら即座に撃ち返してくる。あたしのそばの壁が音を立ててはじける。怖い。でもあたしは歯を食いしばって階段を一気に駆け上がる。


 2階から下を見るとフェリシアが青い光を放っている。魔銃を撃つ。青い魔法陣を展開したそれは氷の槍を形成して、あたしの駆け上がってきた階段を破壊した。離れたらクールブロンの領域を展開する前に攻撃ができるって計算してるね。


「逃げ道はないってこと?」


 そういうことを言いたいんだね。


 あたしは下にいるフェリシアを狙って撃つ。あたしの魔力じゃ致命傷は与えられない。いや、それどころか簡単によけられる。フェリシアは奔る。すごい速さで。


 そのまま壁を「走って」2階まで駆け上がる。


 壁に足をつけたまま、あたしめがけてにこっと笑顔と一緒に氷の槍をまとった銃撃。


 あたしだって走るしかない。もともと自分のいた場所に大きな氷が突き刺さる。その間にフェリシアは厭味ったらしく優雅に降りてきた。


「マオさん。そろそろあきらめましょう」

「やだよ!」


 狭い2階を走りながら叫んだ。そして物陰に滑り込む。なんか大きな木の箱に背中を預ける。笑っちゃうくらいに戦力差がある。もともとの魔力も身体能力もずっとフェリシアのほうが上だ。


 クールブロンの領域の展開も魔法陣を崩すタイミングじゃないと難しい。魔銃の中に取り込まれた魔力まで集めることはできないと思う。


 あたしは視線を動かして周りに役に立ちそうなものがないかを見る。何もない。


「ほんと、魔王だっていっても」


 小さな声で自嘲する。今の体にはほとんど魔力はないなんて昔からの話だけど、もうすこし何かあれば……って、そんなことを言うなんてあたしらしくないや! ぎゅっと目を閉じて頬を自分でたたく。


「こんなことでくじけてたら笑われてちゃうね」


 誰に? なんとなく口にした言葉に自分で不思議に思う。ただ、あたしの頭の中には「あいつ」がいた。今の時代には勇者なんて崇められているあたしと殺しあったあいつ。


 クールブロンを握りしめる。短く息を吐いて、吸う。


「フェリシア!!」

「はーい。なんでしょうか?」


 軽い声がする。ぎしぎしと一歩ずつ近づいてくる音がする。ガチャっとレバーを引く音。声とは裏腹に油断なんて全然してない。たぶん物陰に隠れているあたしが出てきたらすぐに撃つつもりだ。


「もうこんな追いかけっこはやめにしようよ」

「賛成ですねー」

「……じゃあさ、あたしは今からみっつ数えたらここから出てあんたを倒す」

「…………」

「脅しじゃないよ」

「ふーん」


 足が止まった。床がきしむ音が消える。ただ空気が冷たくなった、そんな気がする。あたしの背中には木箱がある。その向こうのフェリシアの顔まではわからない。


「ひとつ」


 あたしの声が響く。


 その間に上着を脱いだ。特殊な繊維でできているフェリックスの制服は魔力を通すといろんな衝撃から体を守ってくれる。いや、そんなことよりこれが魔力を浸透させやすい素材なのが重要なんだ。ペリースも外す。


「ふたつ」


 足に力を籠める。クールブロンにきっとうまくいくと伝えるように力を込めた。脱いだ上着の袖をクールブロンに巻き付けてしっかり縛る。そして魔力を通す。上着からほのかに光が漏れる。ゆっくりと上着に魔力が流れていく。


「みっつ!」


 あたしは上着を巻き付けたクールブロンを木箱の影から投げる! あたし自身が飛びだしたようにこの薄暗い場所なら見えるはず。


 即座に銃撃を受ける。上着に閃光を伴って銃弾が撃ち込まれた。あたしは上着を投げたその反対側に飛び出す。


 フェリシアが見える。あたしをにらみつけているのはさっき撃ったのを囮と思っているから。叫んで、フェリシアに突進する。魔銃の性質はわかっている。銃弾の装填に時間がかかる。距離を詰める間にそれはできない。


 フェリシアの手元の魔銃。そこにはめ込まれた魔石には魔力の光が灯っている。それでも銃弾が装填されていなければ銃撃もできない。


「うあああ!」


 直進する。数歩の距離。


 でも、フェリシアの唇が動くのが私には見えた。それはきっとこういっている。


 ――馬鹿ですか?


 フェリシアは目の前。


 突然腹部に衝撃が走る。足が浮く感覚がする。視線を落とすとフェリシアの蹴りが突き刺さるように。視界が白黒にゆがむように思えた。床にうずくまってしまう。口の中が苦い。


 髪の毛を掴まれる。無理やり上を向かされた。フェリシアの赤い目がそこにある。


「何を考えているんですか? 魔銃を手放してあなたが私に敵うなんて妄想を抱いて死ぬのがあなたの最後なんですか?」


 苦しい。涙が出そうなるくらい痛い。


「無様ですね。まあいいでしょう」


 髪の毛を離される。言われた通り無様に床に手をついた。お腹を抑えてしまう。唇をかんで痛みをこらえる。あたしの上、床に手をついたままでは見えないフェリシアの口から呪文を唱える声がする。そして赤い光が広がっていく。


 赤い魔法陣。きっと最後は炎であたしを燃やそうってしているんだ。


「それじゃあ、マオさん。さよなら」

「……へ……へへ」


 あたしはやせ我慢して笑う。顔を上げて言ってやる。


「いったじゃん。脅しじゃないって」


 あたしがにやりと笑ったその時。工房いっぱいに白い光が満ちていく。


 フェリシアがまぶしさに目を閉じる。光はあたしの後ろ。


「こ、これは。あの銃の……」


 そうだよ。これはクールブロンの「領域」を展開した光だ。


 もちろん手にはない。ただあたしの後ろには「魔力を通す上着を巻き付けて」クールブロンが床に落ちている。


 さっきクールブロンの領域を展開した時。あたしは呪文を唱えたりしてない。銀細工の文様が魔法陣になっていてそこに一定の魔力を通すだけであとは発動する仕組み。ワークスさんの説明はそうだった。


 だから巻き付けた上着から魔力が浸透すればそれだけで発動したんだ。


 白い光が赤い魔法陣を吸収していく。あたしは痛みをこらえて立ち上がる。痛い。でもここだ! この白い領域はあたしがクールブロンを持っていなければすぐに消えていく。


 右手を伸ばす。フェリシアの魔銃。その魔石の部分を掴む。掴んだ手を通して魔力を感じた。魔石に込められた魔力は持ち主以外にも使うことはできる。


 白い光が消えていく。黒い闇が戻ってくる。


 これだけ近い距離。どんな魔法でもフェリシアを倒せる。魔力がちゃんとあれば呪文なんていらない。そんな暇なんてない。左手をフェリシアの顔の前にかざす。


「ドーミア(眠れ)!!」


 甘い匂い。フェリシアの周りをシャボン玉のような桃色の泡が出てはじける。彼女は「くぅ」っと声を上げて、ふらふらと後ろに下がった。


「……く、あ。こ、これ……は」

「ただの催眠魔法だよ。すぐ眠らないのはすごいと思うけどさ」

「……さ、さいみん?」


 フェリシアはよろよろと壁にもたれかかる。うつらうつらとしながらもあたしをにらんでくる。


「こ、殺すなら、い、いまの、うちですよ」

「殺したりするなら別の魔法を使っているよ」


 あたしは両手を組んでふんと鼻を鳴らす。


「ぜ、全部計算のうち、ですか。あの魔銃を、て、手放したのも」

「あたしが手ぶらのほうが油断すると思ったからさ。それにそうしないと魔法陣を展開しないでしょ?」

「わ、ざわざ3つ数えて上着を、う、撃たせたのモノ」

「3つ数えたのはフェリシアに集中してもらいたかったから。投げたクールブロンを仕留める気で銃弾は使ってもらわないとあたし自身が撃たれちゃうからね」

「……くっ。あ、あは。はは」


 フェリシアは笑った。その赤い瞳があたしをまっすぐ見る。首をかしげるようにおしりをついた格好。眠気が体中を覆っているはずなのに。


「ああ、気に食わない……」


 かくんとそれだけ言うとフェリシアは眠りに落ちた。そう簡単に起きないはずだと思う。


「あいてて」


 ほんと痛かった。


 あたしは眠っているフェリシアを横にして、その手から魔銃をとる。万が一復活してきても怖いし。あとは……風邪をひかないようになんかかけるものがないかなって探したけど、なんでそんなことをするんだって自分の頭を軽く小突いた。


 とりあえず上着を羽織ってペリースもつける。クールブロンとフェリシアの魔銃を両手に持つ。


「でもさ。あたしはぎりぎりだったよ」


 だって、木箱なんてものに隠れていたんだから気にせず撃たれていたら終わっていた。それにクールブロンの領域の展開は失敗することだって考えられた。


 あたしは下に降りようとして階段が壊れていること思い出す。ああ、外に出るには窓くらいしかないや。踏み台にちょうどいい小箱に乗って、さび付いた小窓を開けると夜風が顔を撫でてくれる。結構星も出ている。


「ミラたちを助けにいかないと」


 窓の枠に足をかけて、クールブロンを肩に担ぐ。あたしの上着を夜風がなびかせる。


振り返ったフェリシアは眠っている。


「自慢できることじゃないけど経験の差だね」


 あたしは夜の中に飛び出す。


 


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