交わる剣
ミラにガオが剣を突きつけている。な、なんでこんなことになっているのかよくわからないんだけど、ど、どうしようあたしも出て行って止めた方がいいのかな。でも、いきなりあたしがでていってもあいつらからすれば意味わかんないかもしれないけど。
「ど、どういうことですか?」
ミラも困惑したように声をあげている。そりゃあそうだ。意味わかんないもん。ガオは肩に剣を担ぐようにして持ってミラを睨みつけたまま言った。
「昨日なんか村のガキが宴会の時叫んでたけどな」
あ、あたしだ。
「ありゃあ、お前のことだろ。……まあ、お前もいろいろと考えることはあるということは分かった。でもなぁ。俺の剣を見ろ」
またミラにガオは剣を向ける。剣を見ろって? なんてことない普通の剣。ただ刀身は光を反射するくらいに磨き上げられている。それでもミラの持っている聖剣に比べればそれだけだ。
「これは俺の親父の形見の剣だ」
ミラは少しだけ驚くような顔をした。ガオは続けて、というか今まで抑えていた何かを押し出すように話し始めた。
「俺の親父も冒険者でな、全然うだつの上がらないような人で、ランクもずっと低いままだった。それでも一生かけて俺を育ててくれた……で、ある日にギルドから受けた依頼を失敗して死んだ」
ガオは剣を地面に突き刺す。
「馬鹿見てぇな話だろ? でも俺からすれば尊敬する親父だったんだ、だから俺も冒険者になった。何年も修行して、何回も死にかけて、何回も仲間を死ぬところも見た、それでも俺は俺のやってきたことに誇りを持ってる」
ガオは顔をあげるミラを睨む眼は猛獣のように鋭い。
「なのに、テメェは剣の勇者の子孫だかなんだか知らねぇけど、聖剣なんてもんもって、俺と同じ場所まで来やがった、気に食わねぇんだよ!! 俺は!!」
ミラは明らかに動揺したような顔をしていた。ああ、なんだあのガオってやつはそういうことだったのか、だからなんとなく冷たくミラに当たっていたのか。
「おめぇはおめえで言いてぇことはあるってのはわかった。昨日酒を飲んだってのに眠れなかったぜ。うだうだするのは性に合わねぇし、気に食わねぇもんは気に食わねぇ。おいボラズ『刃引きの加護』を俺の剣に付けろ」
ボラズと言われたのは黒いローブの魔術師だ。「刃引きの加護」というのはあたしも知っている。なんてことはない武器を魔力で覆って切れないようする簡単な魔法だ。つまりガオは本気でミラと戦うつもりなんだろうと思う。
「いいのか? ガオ」
「すっきりしたいだけだ。なあ小娘」
ミラはびくっと体を震わせる。その間にボラズがガオの剣に魔力をまとわせた。
「は、はい」
「はいじゃねえよ。お前は別に刃引きなんてしなくていいぜ。なんなら殺されても文句はねぇよ」
「い、いえ、自分で、で、できます」
ミラは聖剣に手をかざすと刀身が青い光に包まれた。やるの? というかさっきからミラは何も言い返していない。なに、あの不安そうな顔。あたしは飛び出しそうな自分を抑えるのに必死だった。
いつの間にか盗賊っぽいお姉さんも出てきている。あれ、なんかあの人あたしにウインクした? 確認しようとすると盗賊っぽいお姉さんはそっぽを向いている。気のせい?
「それじゃあ行くぜ、おら!」
ガオは飛び出して剣をふるう。ミラはそれをよけて構えなおす。
赤い髪の冒険者、剣を2度、3度振るうそれをミラは体を動かしてよける。剣をあわせようとはしない。ガオはそれにいら立ったのかさらに激しく剣を横なぎにふるった。
「あ、あぶない」
ミラは聖剣を逆に「ひっこめて」避けた。あ! ころんじゃった。な、なにしているの。でもミラはすぐに起き上がって聖剣を構えなおす。
「何してんだテメェは、何があぶねぇだ」
「………………い、いえすみません」
ガオはゆっくりと歩いているけどその横顔は怒っているとと遠目にもわかる。そもそも、ミラはよけるだけで一度も反撃していない。
そっか、わかった。あの聖剣で「普通の剣」を受けたら逆にガオの剣がおれちゃうかもしれないんだ。……なるほどね。あたしは自分のことでもないのになんでかいつのかにか、唇を噛んでいる。……え? なんで? 自分でもなんでそんなことしているのかわからない。
ミラは優しいんだ。でもきっとガオはそんなことが心底気に入らないんだと思う。ははは、乾いた笑いが出る、何年も人間として生きてきたから、相手の気持ちを想像しちゃうなんてね。
「勇者様の子孫は行儀がいいよな。ぁあ、気に食わねぇよ。俺らみたいな下級冒険者はあの手この手で生き残らなければいけねぇってのに、手加減をするよゆーがあるってのか」
「ち、違います、そ、そんな」
「生き残ってきたんだよ、こんな姑息な手も使ってな!」
ガオは剣を地面に刺す。そして思いっきり振り上げる。砂が舞った。ミラは小さな悲鳴を上げて目を閉じる。
ガオが飛び込む。剣を横なぎにふるう。
姑息? どうだろ、あたしにはわかんない。あたしがされたらぶんなぐると思うけど、でも、その瞬間にわかった。ミラはたぶんあの奇襲も避けることができるし、反撃もできる、でもたぶんわざと「負けよう」としている。
その瞬間あたしは飛び出していた。なんでかなんてわからない。
「ミラっ!! 勝って!!」
「!!」
ミラはあたしの声に反応したのか、ガオの奇襲をよける。ミラは目を袖でこすりながら叫んだ。
「ま、マオっ? なんでここに」
「そんなことどうでもいいじゃん! そんなやつコテンパンにやっちゃって!!」
「んだと、このクソガキ。いきなり出てくんじゃねぇよ」
ガオはあたしを睨みつける。ああ、獣みたいな目だ。あたしはあとじさりそうになる。でも逆に両手を組んで鼻を鳴らしてやった。わかっているよ。
「だーれがクソガキだ! くそ冒険者!!」
盗賊っぽいお姉さんが笑っているのが見える。ボラズという魔法使いは呆然としている。ミラもガオもあたしを見ている。なんでこんなことしちゃったんだろ、でもなんかミラがわざと負けることだけは、しちゃ、いけないこと、だと思ったんだ。
「ミラ! こいつは、あんたに本音で語ってんだから、遠慮なくぼこぼこのぎったんぎったんにしてやらないとだめだよ!!」
「んだとぉ。こらぁ!」
「あんたもあんたよ! 不器用すぎんでしょ!!」
「わかったような口きいてんじゃねぇぞ、ジャリが!」
あーそージャリガキで悪かったわね。でもあたしは魔王様なんだ。だから偉そうにしたっていいの!
「ミラ!」
「う、うん」
ミラはみんなには「はい」なのに、あたしには「うん」なんだね。
「ミラも本気でぶつかって! 後で何てどうしようもないよ。隠したってどうしようもないよ、あたしも、そうだったから! ガオを、めったんめったんにしちゃえ!!」
剣の勇者、ああ、あいつとは記憶があるよ。魔王と勇者は本音では喋る機会は少なかったんだ。……ああ、でもさ、あたしは今ミラに言う言葉なんてこれくらいしかないんだ。賢く、わかりやすい言葉で伝えたいのにでも、あたしの中にはその「言葉」がないんだ。
それでもミラは立ち上がってくれた。
「ガオさん」
「あぁ?」
ミラが構える。
「手加減しません」
「なめた口をきくなよ。ガキが」
二人は向かい合って剣を交える。ガオが先に動いた、上に構えた剣を全力で振り下ろす。なんの小細工もない想うところも全部込めたような一撃。ミラは体の軸をずらして聖剣でそれを受ける。火花が散る。
ガオの体が横によろける。
「ぐおっ」
ミラは力を流したんだ。ああいう技術は見たことがある。剣で相手の力を流す。あたしにはすごい技くらいにしか理解できない。あたしから言える言葉なんてこれくらいしかない。
「いっけー!」
ミラの振るった剣がガオの脇腹をしたたかに打った。ガオは後ろに飛んで、両手を広げたような格好で倒れた。手から離れた剣がからんと音を立てて地面に落ちた。
「……」
ミラは『刃引きの加護』を解いて聖剣を鞘に納める。それからはっとして。
「だ、大丈夫ですか?」
とガオに駆け寄った。あたしもなんとなく駆け寄ったし。盗賊っぽいお姉さんもボラズも来た。ガオから見れば全員に覗きこまれるような格好だった。
「見てんじゃねぇよ」
起き上がらずにそういった。さっきまであった獣のような気配は感じられない。ボラズが抱き起そうとするのを拒否してガオは自分で体を起こした。地面に座り込んだまま「お父さんの形見の剣」を見る。
「結局、ぼんくら2代じゃあ勝てなかったってことか」
あたしはケツを思いっきり蹴った。勝手に足が動いたのだ。
「いってぇ。何しやがるクソガキコラ!」
あたしは両手を組んで見下ろすよう形。そうでもしなきゃ少し怖い。
「あたしは冒険者になりたいの!」
なにいってんだろ。
「先輩のくせに。腑抜けてんじゃないわよ」
ガオはあたしをみながら口をあんぐりあけて、それから言った。
「お前が? むり、だろ」
あたしの体を見てそう言っているらしいんだけど、あたしこーみえても前世は魔王様だ。無理なわけない。でもそれをそのままいうわけにはいかないから、
「あんたもこれからも自分にそういうの?」
あたしはそんな少しずるい言葉を使った。でも、ガオは少し呆然としてからふっと笑った。
「まさか。俺は若けぇんだ。そこの何言っても言葉で返せない、一撃で俺をフッとばしちまう筋肉おんなには負けねぇよ。……訓練のし直しだな」
「………!!!!!!」
ミラが顔を真っ赤にしてむっとした。
「だ、誰が筋肉ですか!?? ま、魔力で身体能力を強化して……わ、私だってちゃんと考えているんですから。それにガオさんを倒したのは、ま、マオが悪いんです」
「やーい。きんにく!」
あたしはとりあえずガオに乗っかっておいた、盗賊っぽいお姉さんとボラズは笑って、ガオも笑った。ミラだけが怒っている。
「うー! マーオー」
ミラがあたしの両側のほっぺたを引っ張ってきた。
「な、なにひんのよ」
いたいいたい。はなせぇ。あたしは反撃としてミラにも同じことをする。
「いひゃいぃ」
ほっぺたをつねりあうバカなあたしたちを見て、ガオは立ち上がって笑っていた。でも、盗賊っぽいお姉さんだけがなぜか緊張したような顔で森の木々を見ている。
「何か来る」
盗賊っぽいお姉さんが言う。ガオが「グル。何か聞こえたのか?」と言っているから、グルさんって名前らしい。その時、バキバキと木の折れる音が立て続けに聞こえてきた。あたしにも何か来ることがわかる。
「モンスターですか」
ミラがあたしを背後に庇いながらグルさんにいった。なんでさん付けしてんだろ。まあいいけど。
「わからないけど、スカウトとしてのカンはやばいっていってるわ」
全員が構える。スカウトっていうのはなんだろ。
「おいガキ。テメェは物陰にいろ」
ガオがあたしの首根っこを掴んでひょいと持ち上げて放り投げた。いったー。抗議しようとしたらガオはにやりとあたしに笑った。たぶん蹴りのお返しだ。
轟音が響く、何かの叫び声だ。木々を震わせるそれは明らかに殺気を交えている。森の奥に黒い影が現れた。いや、あれは影じゃない、黒い魔物だ。
巨大な黒いオオカミ。黒狼とでもいうべきなんだろうか、それは唸り声をあげてあたしたちに近づいてくる。黒い毛並に長いしっぽ。巨大な牙が口元からこぼれるように見える。
ぐおぉおお!
黒狼が近くに合った太い幹の木に噛みつく。ばきばきと音をたてて、それは倒れた。どすんと地面を揺らす。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ。あれは災害級のモンスターじゃねぇのか?」
ガオが「災害級」という。どんな意味かはわからないけど、あれはあたしにもヤバいことがわかる。あれ、いつの間にかあたしは、へたり込んでる。おかしいな、なんでだろ、あれ?
逆にこわさを感じない。あたしの中で何かがマヒしているのかもしれない。だから黒狼の上に「人」が乗っていることに気が付いた。それは黒い服に身を包んだ、長いくせのある赤い髪の少女だった。頭に丸い帽子をかぶっている。
そして長い耳をしている。
「あれあれー。なんでこんなところに冒険者なんているのかなー」
少女は陽気な声で話をしている。短いズボンをはいているから太ももから伸びた白い足が見える。そいつは冷たい目であたしたちを見下ろしていた。
「てめぇはなんだ! 魔族がなんてこんなところに居やがる」
ガオが叫ぶ。
「うっさいーな。別に、そこにある村をえさ場にしよっかって思ってただけだよ。人間様」
え? 魔族。いやそれよりも餌場?
「あーあ。あたしの部下のモンスターたちをこんなに殺してくれちゃってさぁ、この子もお怒りだよ」
黒狼が叫ぶ。空気が振動する。モンスターとはミラたちが倒したオオカミのことだろう。ミラが飛び出す。
「えさ場? あなたは村を襲うつもりなんですか!?」
「そーいったじゃーん。ばかなのー。しんでよー」
「そんなことさせません!」
ミラが剣を構える。その刀身を見て少女が笑う。いや、なんていえばいいのかわからない。口元が真っ赤見えるくらい嬉しそうにほほを吊り上げて、言う。
「それ聖剣じゃん。なんだ。たまたま立ち寄った場所でいいもの見つけちゃった。…………魔王様を殺した忌々しい人間ども。あたしたち魔族の魔王様復活という『暁の夜明け』のためにここで餌にしてやるよ」
少女が黒狼からしゅっと降りる。
「さ、やっちゃって。肉片一つ残さず。聖剣もできたらブチ折っていいよ」
黒狼が咆哮する。
ミラとガオは剣を構え、グルとボラズも構える。あたしは魔族とか魔王とかいう言葉に混乱してしまっていた。