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剣の勇者の子孫は駆ける

 はー。


 あたしは街かどで空を見ながら息を吐く。あれから、街中を回ってみんなに「依頼」をお願いしてきた。


 うー。やっぱり悪い気がする。


 でも、確かにあたし一人じゃどうしようもないのは事実だ。……生まれ変わる前のあたしなら人に頼るなんてほとんど考えたこともなかった。いや、考える暇なんてなかった。


 だめだ、だめだ。こんなところで昔のことなんて思い出しても仕方ないよ。


 ぱんぱんとあたしは自分のほっぺたをたたく。痛い、やりすぎた……。ち、ちがう。そんな弱音を吐いている場合じゃないよね。腰のポーチに入れた依頼書を数枚取り出して、あたしは確認する。


「みんなに頼ってばかりじゃなくて、あたしが一番やろう!」


 1人で気合を入れて顔を上げる。


 その時、遠くの屋根から跳んだ少女が見えた。綺麗な銀髪。あれは「手紙を届ける」依頼を頼んだミラだ。


 あたしの宿敵と言っていい「剣の勇者」の子孫。


 でも、まあ、一番頼れる友達。王都の地理に一番詳しくて、魔力の身体強化が一番うまいミラならあたしたちの中で一番早く「手紙を届ける」という依頼をやってくれるはずだ。


 あれ? 昨日悪いことだって言ってた屋根を走るのをやってる。う、うーん。あたしは……ま、まあいいや。ミラが怒られそうになったらあたしのせいだし。一緒に謝ろ!



☆☆




 王都には人が溢れている。


 様々な地域から集まった、多様な階層の多様な人間がひしめき合ってそれぞれの生活を織りなしている。


 太陽が空の真ん中に上る時間。翔ぶように駆ける一人の少女がいた。


 連なる大きな建物の屋根の上を走る。銀色の髪。フェリックスの制服についた純白のぺリースが風に揺れている。その腰には鞘に収まった「聖剣」がある。


 ミラスティア・フォン・アイスバーグ。


 剣の勇者の子孫である彼女は今、体に青い魔力を通して、疾風のように駆ける。麗しい容姿の中にある凛々しさが、彼女の躍動を彩る。


「ごめんなさい……」


 しかし、彼女の内心はその爽快な動きとは別に申し訳なさでいっぱいだった。


 知らない人の、知らない家か店の上かわからない屋根を伝って彼女は走ることを悪いことと思っていた。だからこそできるだけ着地の時や足を動かすときに衝撃を伝えないように彼女は気を配っていた。


 だが、今はそれ以上に彼女の大切だと思っている友達のために彼女は走った。後で怒られたらちゃんと謝ろうと生真面目に思いながら。


 魔力を体に循環させる。息を吐くことにすら神経を集中させる。ほのかに体を包む魔力が青く光る。人込みを避けて「Fランクの依頼」を遂行するための最短距離を走る。それに最善を尽くすことを彼女は考えている。


 ミラスティアはマオという少女に出会ってから、何度か死線をくぐった。もともと天稟の才に恵まれている彼女はその戦いの中で得た経験を自ら解釈して、考えて実践していた。


 魔力の循環の調整により聖剣の力を引き出したこと。


 (ドラゴン)息吹(ブレス)に耐える魔力の障壁を作ったこと。


 そして先日の魔族ロイとの闘い。


「マオがやっていたのは……魔力の流れを整理していること」


 自らの力を持たない元魔王。ただ魔力の扱いはミラスティアが見たどの人間よりも高い技術を持っている。その彼女にミラスティアはなんどか力を引き出してもらったことがある。それは体内の魔力の循環を整理しただけで増幅したわけではないはずだった。


 つまりミラスティアにはそれを「本来発揮できる力」が備わっていることを彼女は理解した。だからこそ魔力を体に通すたびにそれを意識して魔力の循環の技術を磨く。ただ過去に経験しただけでそれを行える彼女は「天才」と言っていいだろう。


 ミラスティアはそうして力をつけることで友達を守ることができるよう願っている。そして彼女の脳裏には少しだけ自分より背の低い元魔王の顔がある。


 マオの生まれ変わる前の魔王であれば、その高度な魔力操作に加えて人間など及びもつかない魔力量を誇ったのだろう。ミラスティアはその時に彼女とであったならば、どうなっただろうと考えることがある。


 剣を交えたのだろうか? そう思っては頭を振る。想像ができなかった。ミラスティアはそのことを考えるたびに答えの出ないまま思考を打ち切る。


 今は別のことを考える。


 ミラスティアは立ち止まった。心地よい風が彼女の髪を揺らす。屋根の上では遠くまで見える。見上げた空はその果てまで蒼い。ミラスティアは一度だけ目を閉じて、先日の夜のことを思いだした。


 魔王と剣の勇者の子孫が語り合った夜の日。ミラスティアは両手を胸の前で組んで目を閉じたまま少し微笑む。柔らかで、優し気な彼女の表情が心の中にある言葉にできていないものを少しだけ表している。


 彼女はゆっくりと目を開けて、魔力を体に流す。そして大きく跳躍して屋根から降りる。その眼下には古びた教会があった。


 そこには神父が一人いた。その男性はミラスティアの新しい友達でもラナ・スティリアの師匠でもある。


「おや?」


 いきなり空から降りてきたミラスティアに彼は驚くこともなく。


「天女かと思いましたよ」


 軽口をたたく。目をぱちくりとさせたミラスティアは困ったように笑いながらぺこりと頭を下げて、懐から一通の手紙を出した。


「お手紙を届けにきました」


 これで依頼は1つ完了。手紙はあと何通かあった。


ミラスティアから手紙を受け取った神父はにこりと笑う。


「もしかして、マオさんの友達だったりしますか?」

「……マオを知っているんですか?」

「知っているというほどではありませんが、私の弟子――ラナというのですがね、気が強くて気難しい子なのですが仲良くしてもらっているみたいで感謝しています」


 神父は風と息を吐いた。


「不思議な子ですね。あの子は。……普通とは少し違うとは思うところですが」


 ミラスティアはその言葉を聞いて、一度目を閉じた。そして微笑みながら応えた。


「でも……優しいですよ」


 ミラスティアの艶やかな髪をなぞるように魔力で織りなした蝶が一羽、ふわりと羽を動かした。

 

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