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魔銃の思惑

 朝の時間に来客があった。


 王都の一角にある魔族自治領ジフィルナの高等弁務官の公館。応接室でギリアムは椅子に深く腰掛けて人を待っていた。ワインレッドの髪に整った顔立ち。丸眼鏡をかけて沈思する姿には知的さが漂う。


 数百年前の魔王戦争により魔族は人間に自治を許された領域に住み、隷属して暮らしている。そのかろうじて存在する自治権から発される政治的な申し入れを人間の王権に対して行うことがギリアムの役割であった。


「やあ、待ったかい?」


 応接室に入ってきた青年は手を挙げて気さくにギリアムに声をかけた。


 彼は緑色の髪を後ろに束ねた青年だった。イオス・エーレンベルク。


 冒険者ギルドの支部ギルドマスターであり、マオを冒険者として送り出した人物であった。彼の後ろに髪が短く背の高い青年が立っている。イオスとは正反対に一切言葉を使わず、少し頭を下げた。彼の手には包みに入った長い棒のようなものが握られている。


「ようこそおいでくださいました。イオス殿。さ、こちらにかけられてください」

「ああ、ありがとう」


 ギリアムとイオスは向かい合って座る。イオスを案内してきたのか部屋に少女が入ってきた。青い服に身を包んだ彼女。頭頂は黒く、艶やかな毛の先が黄色になった特徴的な髪色をしていた。


 彼女はイオスとギリアムに紅茶の入ったカップを出す。白い湯気がやらかく立ち上った。それからぺこりと頭を下げてから出ていく。


「かわいらしい女の子ですね。しかし、妙な服を着ている」

「フェリシア……ああいや、あの子の着ているあれは軍服というものですね。古来より魔族は戦時……いや公務にあたるものが身を包む装束です」


 イオスはカップに口を付けた。


「おいしいね」

「ありがとうございます」

「……それにしてもギリアムさんはなんだか機嫌がよさそうだ」


 ギリアムはその言葉に目をしばたかせた。少しはにかむように言う。


「……お恥ずかしい。顔に出ていましたか? いえ、たいしたことではありません。私の娘に友達ができたのです」

「へえ、それは喜ばしいことだ。素直に僕も思うよ。おめでとう。確かに彼女は友達にしておくといいよ。いい子だから」


 イオスの言葉にギリアムは薄い笑みを張り付かせた。今の妙な言い回しに対して警戒したといっていい。まるで「娘の友達」を知っているかのようだった。


「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」


 笑顔のままギリアムは聞いた。イオスも笑顔だった。


「いえ、数日前の魔族が地下水路に潜んでいた一件に関して、王都の貴族たちが討伐隊を組織するべきと騒いでいるようだからね。忠告を兼ねて」

「……討伐隊ですか」

「物騒な話だよねぇ。……君たちのような善良な魔族からすれば『暁の夜明け』のような不逞分子の割を食うのは不経済だしね」


 イオスは軽い調子で口を動かし、紅茶を楽しむようにゆっくりと飲む。


「全くおっしゃられる通りです」


 ギリアムは沈痛そうな表情をして、暗い声を出してうなだれた。


「恥ずかしながら魔族の中にもまだ過去の戦争の罪を認識できていないものも大勢おります。今回の事件はまさにそのようなならず者の起こしたことと私も大変残念に思っています」

「……うん。心中察するよ……つらいよね。でも、今は王城のおいての貴族や宰相とのやり取りではさ、魔族の疑いを晴らすよい方法が検討されているようなんだ」

「そうですか!」


 ギリアムは声を上げた。まるで救いを求めるような「表情」をつくりつつ、イオスに向かう。イオスは少し逡巡したかのように目を閉じて、ゆっくりと開ける。


「うん。討伐隊を魔族に編成させてはどうかとね」


 ギリアムは表情を崩しそうになった。ひやりと背中に冷たいものを感じる。だが、彼は声音には一切の動揺を出さずに冷静に聞く。多少の皮肉も込めて。


「…………なるほど、共食いをせよと?」

「いやいや、そんなことはないよ。この事件はさっき君の言った通り、魔族の一部『ならずもの』の起こしたことだ。それを人間が手を出すよりは、魔族内で処断を行えるように政治的配慮を行う……慈悲深い話だよ」

「はは、ありがたいことです」


 ギリアムは乾いた笑いを上げた。


「しかしイオス殿。ご存じの通り魔族には軍のようなものはなく、治安保守程度の人員しか許されておりません。その点、ならず者とはいえ『暁の夜明け』は強力な武装集団です。それこそ実際に事件に対処されているギルドマスターのあなたならご存じのはず」

「そうだね。僕も自分の支部の管轄下で赤い髪の少女……双剣を操り魔物を使役する少女に襲撃されたよ」


 ギリアムは息をのんだ。だが、イオスはふふと笑う。常にこの緑の髪の青年は優し気な雰囲気を放つ。言葉を交わしていると深い穴に落ち込んでいくような、そんな感覚をギリアムは覚えた。


「まあ、実際どのような要請がギリアムさんにあるかは僕にはわからない。……それよりも今度の討伐隊に関しての編成で君にお願いしたいことがあるんだ」


 イオスは後ろに立つ男から包みを受け取り、しゅるしゅると外す。中から出てきたのは加工された魔鉱石が組み込まれ、鉄の銃身が黒く光る「魔銃」であった。


「それはなんでしょうか?」


 ギリアムは純粋に疑問に思った。イオスはにっこりと笑う。


「これは魔銃と言われる簡易的な兵器だよ。ここから銃弾というものをいれて、魔石に使い手が流し込ませた魔力で射出するという」

「…………」

「頼みというのはほかでもない。これを討伐隊の装備に加えてほしいんだ。なに、すでにテストは終わっている。とある魔力の素養が全くない女の子にこれを渡したところ……『暁の夜明け』を撃退し、知の勇者の末裔の側近をはねのけた」

「……なかなか強力そうですな。しかし、イオス殿は不思議なことを言われる。討伐隊を魔族で組織するとはまだ正式には申し入れがあるわけではありません、それに、そのような兵器を魔力の素養高い魔族が使用して……果たして大丈夫でしょうか?」


 イオスは銃身をなでながら冷めた目でそれを眺めている。


「それは当然の疑問だね。もちろん正式に要請を受けてからでいいよ」

「まるでそれがあることを知っているかのようですね」

「ははぁ? そうだね。どうなるかわからないけど。まあ、僕の勘もたまにはあたるかもしれないね」


 ギリアムは目の前の得体のしれない青年を観察した。なにを考えているのかわからないが、言動の端々に「微妙な情報」を匂わせて話をしてくる。そして、直接的な答えを微妙にはぐらかせている。


 ギリアムは紅茶を口に含んだ。彼は所作に時間をかける。その空白の、張り詰めたような、無言の時間をイオスに与えるが、彼はギリアムに柔らかな笑みを向けるだけだった。


 ――踏み込むか。


 ギリアムは己の中の「線」を確認する。会話には超えてはいけない線がある。彼は常にそれを意識していた。それを超える。取りようによっては危険な考えを彼は言った。


「……なるほどわかりました。その魔銃については宰相閣下より正式に要請があれば改めてイオス殿にご依頼をいたしましょう。討伐隊を結成するとすれば兵士に対して行き届くようにしなくてはなりませんからな。しかし、不安でもあります」

「不安? なんだい?」

「我々は今まで極小の軍事力以外を持っておりませんでしたからね……討伐隊結成となれば強力な兵器を支給されるだけでありがたいことですが……様々な調整が大変そうですな」


 今よりも強大な武力を編成するが、いいのか? ギリアムは言外にそういった。相手の取り方次第では彼の、いや彼の後ろにいる魔族全体の立場を悪くしかねないことだった。


 イオスとギリアムは双方軽く笑う。


「存分に役立ててくれいいよ」


 イオスは明るい声で答えた。


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