世界の形
目が覚めた。
まだ夜だ。……何時くらいだろう。ソファーの上で起き上がって目をこする。
みんな寝ている。ラナのベッドの横に本とか机とかを置いて、足がおけるように無理やり寝る場所の面積を広くして、ラナとモニカ、それにニーナ。
「ん、んんん」
ラナが苦しそうな声をだしているけど、うん。狭そうだね。ほんと無理やりだよ。
あれ? ミラがいないや。どこに行ったんだろう。……それにしてもあたしだけ怪我で寝ていたからだと思うけど、もう全然眠たくない。……だめだ、ちょっと誰かを起こしたくなるような気がしてきた。
1人で過ごす夜って永いよね。
あー、だめだ。ちょっと水でも飲んでこようかな。
あたしはみんなを起こさないように静かに部屋を出た。ドアを開けるときも閉めるときも音を出さないように気を付ける。
調理場に行って水を少し飲む。……さらに頭がすっきりしてしまった……。どうしよう。ほんともう全然眠たくないや。
夜風にあたろうかな……それこそもう眠れなくなりそうだけど。いいや。もしもどうしようもなくなったらお風呂にでも入ろうかな……って、ラナがいないとお湯も沸かせないや。つくづくあたしって一人じゃ何もできないなぁ。
とりあえず玄関から外にでる。寒くもないし、暑くもないちょうどいい気候。
通りに出て心地よい風に目を閉じた。
「マオ?」
ミラの声。あたしは目を開けてみると桃色のパジャマの女の子。
「ミラも眠れないの?」
「…………うん。いろいろと気になることも多くて」
「そっか。あたしもさっき寝ちゃったから全然眠たくないよ。でもよかった」
「え?」
「あたしさ、夜に1人だけ起きているのあんまり好きじゃないんだ。やることないし」
ミラはあたしをじっと見てからふふと笑った。それから空に目を向ける。
「私は一人の夜が好きだよ。誰にも気を遣う必要がないし、本を読むのも静かでいいから」
「そっか。なんだかミラらしい気もするね」
あたしも同じように空を見た。
「ミラ」
「なに?」
「最初に会った時さ、星空を見たなぁって思って」
「そうだったね」
「でも、街の王都とあたしの故郷の空じゃ違うよ」
「そうかな……?」
「だって、あたしの村は田舎だからこんなに建物なんてないし。こう、空全部が見えていた気がするんだ」
別に悪いってことじゃないよ。ただ、空を見るだけでも建物とかで遮られるなぁって。ただ、それだけなんだけどさ。
「………そうだ!」
あたしは手をぽんとたたく。ミラは驚いてあたしを見てくるから、にやりと笑いかける。
「ミラ。さっき言った初めて会った日にさ、あたしは悪いことをしに行くって言ったよね」
「…………そうだったね。みんなの前で、マオが叫んでくれたことは、私はしっかりと覚えているよ」
「…………じゃあさ、今日も悪いことをしよう」
「わ、わるいこと?」
ミラが困惑した顔をしている。あたしは近所の建物を見回して、一番高い建物を見る。赤い屋根。あたしはミラに耳打ちをする。
「え? ええ? だってあそこはだれか知らない人の家だと思うけど……!」
「大丈夫だよ。こっそりやれば。ね、ミラ!」
あたしはミラににこーって笑顔を向ける。こう、威圧をする感じ。
「う、うん」
やったね。落ちたよ。ミラは「ごめんなさい」ってつぶやいて息を吐く。
ゆっくりと青い光がミラを包む。魔力を体に通しての身体の強化。……よどみのない綺麗な蒼の光。どことなく暖かい気がするのは、なんでだろ。魔力そのものにはそんな違いなんてないのにさ、おかしいや。
ミラがあたしの手両手を取る。
「行くよ? マオ」
「いいよ!」
ミラが地面を蹴って飛び上がった。あたしもミラに引かれる。
一瞬だけどさ……飛び上がった瞬間に夜空と王都の火のその夜の真ん中にミラと二人だけいる気がした。
二人で屋根の上にあがる。屋根におりるときミラが足に魔力を通して、音をたてないように衝撃を殺して降りた。
「うう、ごめんなさい」
「へーきだって」
まあ、人様のおうちの上に上がるくらいの悪事はさ「魔王様」だから、このくらいはね。
あたしは屋根の上で寝そべった。遮るものがない空に星が浮かんでいる。あたしは手を伸ばしてそれをつかむ真似をした。
「全然つかめないや」
当たり前のことなのに何言ってんだろ。あたしはむくりと起き上がる。その横にミラも座った。高いところに来ると王都の全体がよく見える……いや、城壁の向こうにもいくつかの光が見えた。
後ろを振り向くと港が見えた。夜の暗い海にいくつかの船の光が見える。もともと王都は海沿いにある。あの海の向こうにあたしの家もあるんだ。
「マオ。あっちがお城だね」
王都の東側をミラが指さした。遠くに純白のお城が月の光に照らされている。
「きっと王様がいるんだね。ミラはあったことがあるの?」
「うん。あるよ」
「そっか、すごいなぁ。でも王都の東側にはあたしは全然行ったことないや」
王都は中心に大きな川が流れていて、そこから東西に分かれている。ギルドとかフェリックスがあるのは西側だ。Fランクの依頼もだいたいこっちで行ってる。
「東は……領主とか貴族の家とか……教会とかがあるよ」
「ふーん。じゃあさ、ミラ。ずーっと遠くにあるあの光はなんだろ」
王都の先にある。明るい場所。城壁の向こうだから別の街だね、ただ王都からすーっとまっすぐに街道が引かれている。
「あそこはたぶんバニールだよ。交易都市って言われているから、王都で陸揚げされた商品とかをあそこでいろんなところに運んでいくんだよ。あ、あの西の方はバルクール。工業が盛んで魔鉱石の加工とかいろんなものを造っているところだね」
「へー。じゃさ、それよりもずっと遠くにあるのは? 北の方も明るいじゃん」
「あれは……北の守りの要塞があるヴァレンシアの街。あそこには、私のお父さんがいるの」
「ミラの?」
「そうだね…………」
なんだから話しづらそうだね。
「じゃあもう何も見えないけどそのさらに北には何があるの?」
ミラは一度あたしを見た。少し迷っているような、そんな顔。
「魔族の自治領だよ」
「そっか」
あっちがモニカの故郷なんだ。もしかしたらあたしの故郷かもしれないけど。
「いつかあたしも行ってみないといけないかもね」
「…………」
ミラはそれには答えなかった。
でもこうやって見ると世界は広い。あたしの視界いっぱいに広がるさらに向こうに大勢の人や魔族がいるんだから。
「前の」あたしは戦争でそんなことを考える余裕なんてなかった。あたしはミラを一度見た。この子は、あたしが魔王の生まれ変わりだと知ってもこうして横にいてくれる。
「ねえ、ミラ」
「……なに? マオ」
「甘えていいかな?」
「え!? え?」
「いや、今まで誰にも言えなかったことを少しだけ言っていいかなって」
「…………いいよ。私でよければ聞かせてほしいな」
あたしは寝そべる。夜は静かで音がない世界。いろんなことを思い出した。前世のことも今までものこと、ミラと出会ってからのことも。
ゆっくりと話そうと思う。
「あたしはさ、魔王だった。人間とも戦って、敗けて。失ったものも多かった」
「…………」
「あたしが最初にこの体に生まれてきたときはさ、まだ人間のことが憎かった。お父さんとお母さんも……ごめんねミラ、ひどい言葉をいうけどさ……殺してやるって、思ってた」
「…………」
「でもさ……15年も生きていると、人間にもいろんな人がいて、いろんな感情があって。想いがあることが少しだけわかってきたんだ。……それは、魔族だって変わらないけどさ……。でもクリスとかロイとか、あの『今の魔王』だとか……モニカだとか見ていると人間と魔族の溝を感じちゃうんだ」
「…………」
あたしは自嘲気味に笑った。
「あたしはさ人間としても中途半端で、魔族としての記憶も消えないんだよ。……だから、この先どうなるのかな? ……それが少し怖いんだ」
不意に、夢のことを思い出した。「父親」の影にひどいことを言われて、闇の中に落ちていきそうで、それで伸ばした手をミラは――。
「……私は一緒にいたいよ」
掴んでくれたんだ。
「私は口がうまくないから……うまく伝わらないかもしれないけど、これからもマオと友達でいたい……。人間と魔族のことは、私なんかじゃどうしようもないかもしれないけど、マオが悩んでいるときは……私は一緒に考えたいよ」
あたしは一度目を閉じた。それだけでいい気がする。うれしいんだと思う……でもさ、それをはっきりいうと恥ずかしい。あたしは横にごろんと転がって「ありがとう」っていう。
ミラには聞こえたかな? ……わざわざ聞けないから別のことを言った。
「そういえばミラ」
「……ん」
「ギルド本部でさ。アリーさんとか何か言ってた? 帰っちゃったし」
「…………『なんで待っているように言ったのに帰るんですか? 人の話を聞けないゴブリンの群れですか?』って……」
わ、悪いことしたかな。で、でも言い回しがおかしくて少し笑ってしまう。ミラもつられて笑ってる。
あ、そっか、今は時間があるんだ。
「ミラ。もっと話をしよう。なんでもいいよ。最近のことでも昔のことでも。……明日のことでもさ」
「……うん」
夜空の下。たっぷりとある時間。ゆっくり流れる時間。
ミラとあたしはいろんなことを話した。村からここまで来る時のことを思い出したり、ニーナはかわいいとか。ご飯がおいしかったとか。ラナのこととか、モニカのこと。夕方のけがのこと。
ミラからは学園のことや王都のお祭りのこと。好きな本の話。……好きな物語のこと。とにかくいろんなことを話した。……Fランクの依頼をどうやってやるかも。
そういえば、ミラとはあんまりゆっくり話す機会がなかった。忙しかったり、何か別のトラブルにあたしが巻き込まれてたりしたね。
だからこんな風に笑ったり、真剣に悩んだりできる時間が本当は欲しかったんだと思う。
だから、今ミラにしか聞くことのできないことを言ってみた。
「ミラ……もし、もしさ。ニーナやラナやモニカに……あたしが魔王の生まれ変わりだって言ったら……ど、どうなるかな」
「…………わからない。……ごめん」
「謝らなくていいよ。いつか言わないといけないかもしれないけど、たださ……全部壊れそうで、怖い……、だめだね。あたしは怖がってばっかりだ」
ほんと、今はミラに甘えていると思う。純粋に弱音を吐けるのはミラしかいないんだ。……勝手だね。ミラはしばらく考えてから答えてくれた。
「マオ。絶対……みんなと一緒に学園に行こう」
「……?」
「これからいっぱいいろんなことをして、いっぱい話して、それから私と一緒にみんなに打ち明ければ……きっと」
「そっか」
そうか。そうだね。あたしはにやりとする。少しわざとらしく。
「じゃあ、まずはポーラとの勝負には絶対勝たないとね」
「うん……! 私も全力でやるから」
あたしとミラは顔を見合わせて、笑った。




