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あたしの記憶の中にあるもの


 あたしが朝に目を覚ますとお酒の匂いがした。


 その匂いの「元」であるおとうさんのいびきに眉を顰めつつゆっくりと起き上がる。


 朝って空気が冷たい。なんとなくその感じで今がどれくらいの時間なのかわかる気がする。まーあ、てきとうなんだけど。


 あたしと弟を中心におとうさんとおかあさんの4人で寝ていた。あたしはそこから抜け出してそろりそろりと音を出さないように外に出る。立て付けのわるい引き戸にも音なんてさせない。


 外に出ると今日もいい天気。遠くでちゅんちゅんと鳥の声がする。大きく息をすると、胸いっぱいに冷たい空気が満ちていく、そんな気がする。あたしははーと息を吐く。


 それからあたしは頭を抱えた。


(昨日のあたしテンション高すぎ―!)


 頭を抱え込んだままぐるぐるとその場で回ったり、しゃがんだりする。声なんてださない! 誰もいない朝の時間だからこんなことできるけど、けっこう思い出すと恥ずかしい。あたしはひとしきり変なダンスを踊ってしまった後に、にわとりの囲いの中を掃除したりした。


 それから家の前にたって小さく。


「いってきまーす」


 っていう。聞こえたら両親が起きてくるかもしれない。だから、ちいさな声でそう言った。持っていくのは腰に巻いた袋の中にパンを2つ。それに小さなナイフ。錆びているから役に立たないかもしれないけどないよりましかな。


 今日の朝ミラたちは森の中に入っていくはずだった。あたしは村の中を森の入り口まで走っていった。まだ殆ど誰も起きていない。裏の森はあたしの村の貴重な材木とか薪を取るために林道がある。だから登るところもだいたい決まっている。


 いた。


 ミラと冒険者たちがあたしの目に映る。4人だ。ミラと赤髪と盗賊っぽいお姉さんと、魔法使いっぽい男ね。


 その瞬間にミラがこっちを振り向きそうになったからあたしは物陰に隠れる。あ、危なかった。流石についていくなんていったら止められるだろう。でもあたしは冒険者になって成り上がるために一度どんな風に戦うのか見てみたい。


 あたしは魔王として冒険者と戦ったことはあんまりない。あたしのもとにたどり着くことのできる奴なんてほんとに一握りだった。だから冒険者が何をしている職業なのかもよくわかっていない。騎士団とか軍とならいっぱいやったことはあるけど。


 物陰からこっそりとみるとミラが銀色の鎧に身を包んで姿勢よく立っている。朝日に照らされたその姿が、ちょっといい感じがする。羨ましいなんて言わない。


「おら、行くぞ」


 ガオだっけ、赤い髪のリーダーを先頭に森の中に入っていく。夜に魔物は凶暴化する、だから朝に森の中に入って様子を見に行くのだろう。


 あたしはモンスターが夜型が多くて朝が苦手な奴が多いってことは知っている。魔王として当然の知識ね。あ、やばいやばい、はぐれないようについていかないといけない。あたしは木の間とかに隠れながら4人を尾行した。


 くしゃりとはっぱを踏み潰す音にも気を付けてあたしは後ろをついていく。


 時折ミラが後ろを振り向くのであたしはそのたびに心臓が止まりそうになる。だって、あの子何の前触れもなく後ろを振り向くんだからっ。ああ、木の間に隠れるために枝と幹にあわせて変なポーズをしてしまった。


 少し開けた場所で4人は立ち止まった。なんか話をしているけど聞こえない。あたしははいつくばって腕だけで前に進むなんて妙なことをしながら近づくけど、遠い……近づきすぎるとなんかミラが後ろを向くことが分かったからこうしている。あいつ……カンが鋭い……。


 ガオが何かを指示しているみたい。盗賊っぽいお姉さんが何かを広場の中央に置いて


「フレア」


 と魔法でぼわっと火を起した。


 するとなんだか甘いにおいがする。くんくんとあたしはその匂いを嗅ぐ。なんだろ、ああ、ふんわりした気持ちになる。甘いものってたまにしか食べられないし……はちみつって前に食べたのいつだろぉ。


 はっ!! 今私、ばかっぽい顔をしてた。ぱんぱんとほっぺを自分で叩いて気を取り直す。誰かに見られてたら1週間は悩む自信はある。


 気が付くとぱちぱち燃える広場の真ん中、甘いにおいの元。そこには4人の姿はなかった。あ、あれ? どこ行ったんだろ、あたりを伺う。いない、なんで? 


 

 ぐるるるる


 唸り声がする。この前追い払ったオオカミのような声、しかも一匹じゃない。わかった! 燃やしたのは香草でモンスターをおびき寄せるためのものだ、あーなーんだ。あたしやばいじゃん。


 近づいてくるモンスターと鉢合わせになったらやばい。それしか言えないくらいにヤバイ。あたしは茂みの中で小さくなってあたりを見回した。なんかいろんなところから唸り声が聞こえる。口元を抑えて、目だけを動かしてあたりを伺う。黙っているからか心臓の音が聞こえる。


 バウゥ!


 急な咆哮にあたしは心臓が飛び出るかと思った。でも両手で口を押えて声を噛み殺した。あたしの隠れている茂みを飛んで数匹のオオカミが香草の燃える広場に走りこんでいく。灰色のくすんだ毛並みに血走った目をしているそいつら。

 

「ふぅーふぅー」


 口元を抑える手に力が入る。見つかるわけにはいかない。でもあたしのそんな恐怖はあまり意味のないになった。


 あたしの目の前が一瞬光った。オオカミ達の上に光る矢のようなものが降り注ぐ。その矢はオオカミの数匹に突き刺さってあいつらの悲鳴が上がる。あたしにはわかる。あれは光魔法だ。そんなに威力はないけど、あいつらを相手にするには十分。


 木の上から冒険者の一人、黒いローブに身を包んだ魔法使いっぽい男が飛び降りる。そいつが手をかざすとまた光の矢が現れてオオカミを仕留める。きゃいんと憐れな声を出してオオカミ達は逃げ出した。


 その先に赤い髪のガオが立ちふさがる。肩に剣を背負っている。なんか強そう。


 ガオはそのまま剣を一閃、また一閃と確実にオオカミ達を倒していく。やっぱり強い。それにここに誘い込む慣れた手際はあいつのおかげなんだろうと思う。

 


 ぐるぐるる

 ぐううるう


 あ、唸り声がいつの間にか増えていた。香草に釣られたというか、血の匂いに引き寄せられた? どっちかわからないけど、こんなに多くのモンスターがいたなんて。


 あたしの脳裏に弟を助けた時のことが蘇った。もしもあと数匹いたら今頃は……いや、今考えることじゃない。でも、あたしには今なにもできない。


 ガオと魔法使いっぽい男は背中合わせになってあたりを警戒している。唸り声はそこら中からする。


 そんな中、銀髪を揺らめかせてミラが茂みからゆっくりとでた。ミラはガオの前に立った。


 ほんとうにゆったりとした動きにあたしには見えた。剣を鞘からゆっくりと抜く。


 黒い刀身、久々に見た。魔力を帯びた聖剣は青い光をまとってその姿を現す。ばちばちとミラの周りに雷の力が奔流。黒い刀身に魔力で描かれた紋章が浮かび上がっている。ほんと、それをみるのは久しぶり。いまいましいなぁ。あいつのこと、おもいだしちゃうじゃん。


 一瞬ミラの姿が「あいつ」に重なって見えたから、あたしは首を振る。幻覚を見るほどあたしは夢見がちな女の子じゃない。


 ミラは聖剣を空にかざす。聖剣「ライトニングス」。神の作った神造兵器の一つで魔王であるあたしを倒すために作られたもの。ああ、光に寄せられてオオカミ達が一斉に飛び出した。無駄なことなのに。


「聖剣よ、我が求めに応じ。雷の鉄槌を振り下ろせ!」


 ミラを中心に魔法陣が浮かび上がる。


「ライトニングス!」


 聖剣の名をミラが呼ぶ。青い光が刀身から放たれる。それは魔力をこめた雷の力。神の刃から放たれるその(いかづち)をあたしは不覚にも綺麗などとおもってしまった。


 とびかかったオオカミ達をただ一匹も許さずに青い雷の餌食になる。一瞬の光の後、オオカミ達が一斉に倒れていく。焦げたようなにおい。黒くなってしまったオオカミをみてあたしは意外と冷静だった。


 昔の因縁があったからかもしれない、確かに強力な力だと思うけど、あたしと剣の勇者が戦ったときにはあの聖剣はもっとはるかに強かった。ミラの周りに展開された魔法陣が光の粉のようになって消えていく。


「ふぅ」


 ミラが息を吐く。


 あたしも口から手を放して息を吐く。あれ、なんだろ、なんか涙がでてる。あたしは意味不明な涙を袖でごしごしとこすった。剣の勇者の子孫なんて見て泣くなんて訳が分からないや、わけわかんないことにしとく。


 ミラをまたみると聖剣を鞘に納めていた。ガオと黒ローブの男も武器を納めている。


 それにしても冒険者ってのは結構強いのね。あたしがなれるかな……いやいや、あたしは魔王様だし、普通によゆーよゆー。はあ、と強がってみても今のあたしは今まで生きてきてどの程度かよくわかっているつもり。


 いつの間にか赤髪のガオとミラが向かい合ってる。何をしているのかな。あたしは身を乗りしてみる、するとガオが剣を抜いた。ミラに剣を突きつける。ええ? な、なにしてんのあいつ。


 ガオはミラを睨んでいる。ミラは驚いた顔であとじさってる、そりゃあそう。意味わかんないもん!


「ミラスティア。聖剣を抜いて一度、俺と手合わせしろ!」


 何言ってんのあいつ??


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