魔族と人間
とりあえずやらないといけないことは2つだ。
「ニーナを探しに行くことと、シチューの材料の買い付けに行かないといけないね」
街中をのんびりと歩きながらラナに言う。
Fランクの依頼は受けられないから、急いでやらないといけないことがない。ポーラとの勝負は「3日で100件の依頼をすること」だからあわてないといけないのかもしれないけど……。
「ニーナってどこに住んでいるの?」
ラナが聞いてきたけど、あたしは知らない。
「知らないよ」
「友達でしょ?」
「そうだけどさ……あたしもニーナもここ最近王都に来たばかりだから、お互いどこにいるのか全然知らないや。今朝ギルドで会ったのは偶然だよ」
「ふーん。ま、いいわ。まだいるとは思わないけど、ギルドに行ってみるわよ。窓口でどこにいるのか教えてもらえるかもしれないし」
「そうだね。……近くに商店や市場もあるし、買い物にも便利だよ。あ、お肉はいいやつで」
「あんた……人のお金だと思って……」
そりゃあね。あたしもおいしいものを食べたいからさ。
「ところでマオ。あいつさ」
「うん……」
ラナが後ろを親指で指さす。少し離れたところをモニカが歩いてる。あたし達と一緒に歩こうとしない。
「モニカ―! 遠いって」
「マオ様……いえ、私はここで十分です」
何が十分なのかわけがわからないよ。たぶん、魔族のモニカとあたしたちが一緒にいることにならないようにしているんだと思うけど……むかっ、それを考えるとなんかムカついてきた。モニカに対してじゃないよ。
あたしは走り出してモニカの右手を取る。
「ほら、遠いって」
「あ、あのマオ様」
半ば強引に連れてくる。ラナは額に手を当てて、あきれてる。し、しかたないじゃんこんなことしか思いつかないんだから。
「あんたってほんと単純よね」
「悪かったね」
「悪かないわよ」
「あ、あの、マオ様」
見るとモニカの手を握ったままだった。あ、ごめん。
「いえ……」
「モニカもへんな気遣いをしなくてもいいよ」
「…………はい、気を付けます」
「だーから、その感じだよ」
「………すみません」
う、これは時間がかかりそうかも。まあ、いいや。とりあえずさっきラナが言った通りにギルド支部へ行こう。
☆
お昼は過ぎてる。ギルド支部の中では職員さんたちがあわただしく動いているけど、冒険者らしき人は少ない。見ると掲示板に「依頼受付の停止」って書いてある。やっぱりポーラの言ったことは本当だったんだ。
あたりを見回す。ニーナの姿もないや。当たり前だよね。
掲示板の前でコートと帽子をかぶった青い髪の女の子が張り出されたニュースペーパーを読んでる。
誰だろ?
あとは……あ!
いつもあたしの依頼を受けてくれる受付のお姉さんだ。初依頼が終わった時に拍手してくれたこともある。
「お姉さん!」
「は、はい! あ、マオちゃん」
「ちゃん……まあ、いいけどさ。忙しいところごめん。ニーナ……ニナレイア・フォン・ガルガンティアって女の子がどこに行ったか知らない?
「力の勇者の……? ああ、ニナレイアさんはさっき帰ったわ」
「そっか……さがしているんだけどさ。あとニーナはさん付けなんだ」
「さすがにどこに住んでいるのかは教えられないけど。あとニーナってあだ名?」
「そう」
「ふーん。……あ、いけない。ご、ごめんね。今日は忙しいから」
お姉さんはそれだけ言って足早に離れていく。うーん、ニーナがどこにいるのかわからない。どうせなら今日一緒にご飯食べられたらいいのに。
「見つからなかったの?」
「ラナ……うん」
「仕方ないでしょ。とりあえず買い物して帰りましょ」
「そうだね、あれ? モニカは?」
「あいつならギルドの外で待っているみたいよ」
また、気を遣っているのかな。はあ、結構難しい問題かも。
あたしとラナはギルドから外に出る。あれ? いないや。どこに行ったんだろう。
「……ね……」
ん、ちょっと声が聞こえる。ギルド脇の小道からだ。細くて暗い、建物と建物の間にモニカがしゃがみ込んでいる。後ろからだけど、癖のあるポニーテールが揺れている。
近づいてみる。
あ、この前ついてきた白猫だ。水路についてきたんだよね。……モニカの前でころんと転がっている。それをモニカは優しくなでている。
「こんなところでなんばしよっとねー。どこの子~?」
「!」
「!」
あたしとラナは顔を見合わせた。モニカは楽しそうに猫をなでている。あたしたちには気が付いていないようだった。そういえばさっき嫌がってたもんね。
……あたしは人差し指を唇に当てて、後ろに下がろうってラナにジャスチャーをする。ぬきあし、さしあしで後ろに下がる。
ぱきっ。き、木の枝ふんじゃった。ラナの軽いチョップがあたしの頭をたたく。
びくりとモニカが震えた。それから本当にゆっくりとぎぎぎぎと後ろを振り向く。目を見開いて、少し唇をかんでる。ほのかにほっぺたが赤い。
「……ア、ア。マオ様。用事は終わりましたか?」
「あ。はい」
あたしは頷いた。モニカはそれから目を泳がせながら言う。
「今、何か聞きましたか?」
「…………よーし、買い物いこっか!」
「あ、あの。マオ様。……あの、ラナ様は何か聞きました!?」
「…………それじゃあ! 市場に行くわよ!」
「おー!」
「あの……」
あたしとラナは通りに出た。
☆
「よいしょっと」
あたしは大きな包みを両手で抱える。中にはジャガイモとかが入っている。どうでもいいけど、ジャガイモってあたしが魔王だったころはなかった。ラナに聞いたら遠くの国で見つかったんだって。
ラナもモニカも同じように包みを抱えている。
「…………すみません」
突然モニカが謝った。
理由はわかる。あたしたちが買い物しようとするといくつかのお店で断られたんだ。魔族に売るものはないってさ。だからもう結構な時間だ。太陽が傾きかけている。
「モニカのせいじゃないよ」
あたしはそういうしかない。なんどか喧嘩しそうになったけど、そのたびにラナに止められた。……正直それだけじゃない。モニカが歩くとどこかでひそひそと話声が聞こえた。なんて言っているのかまではわからないけど、ひどく冷たい感じがした。
「…………」
ラナも何も言わない。モニカは申し訳なさそうにうなだれている。
「魔族が起こした事件があって昨日の今日ですから、仕方ありません。それよりもお二人にご迷惑をおかけしたことが申し訳ないです」
モニカはあたしに向かって言う。その表情はとても寂しそうで、あたしは胸がきゅうっと締め付けられるような気がした。
「だから! モニカのせいじゃないって言ってるじゃん!」
だから叫んでしまった。モニカはびくっと震えている。……やってしまった。
「ごめん。いきなり叫んでさ」
「いえ、お気遣いありがとうございます。でも、今回のことがなくても私たち魔族は数百年前に人間と戦争をして多くの命を奪ったのですから……。先ほどの方々の気持ちも正当なものと思います」
正当? 当時生まれてもないモニカを責めることが?
あたしは唇をかんだ。胸の中に黒い何かが生まれそうで、声が出せなかった。首を振った。
「なにしてんのよ。早く帰るわよ。あんたら」
ラナの言葉にはっと顔を上げる。正直声をかけられて助かった気がした。……はあ、戦争……戦争か……。昔のあたし……魔族も必死だった、なんてことを今のあたしが言っても誰も聞いてくれやしないだろうと思う。……ミラくらいかな。
夕日の中で坂道を下りる。ラナを先頭に3人並んで。お互いに言葉はない。
「なに、落ち込んでんのよ」
不意に、振り向かずラナがいう。あたしから見ると背中が目の前にある。
「あんたはいつもみたいに変に元気なくらいがちょうどいいんじゃないの?」
「…………」
「それにさ、モニカ、あんたも」
「は、はい。私ですか?」
「言いたいことがあればこいつには………………………私にも………はっきり言ってもいいわよ」
ラナがふんと鼻を鳴らす。表情は見えない。どんな顔をしているんだろ。
そのまま坂を下りて街路を歩く。
あれ、なんだろう、この先はいったらいけない気がする。そう思った時は遅かった。
路地を曲がると開けた通りに出る。
そこは昨日ロイとウォルグが戦った場所だった。巨大な穴が開いた広場、そしてその周囲には崩れた家屋や商店が立ち並んでいる。
「あ」
モニカの声がする。
☆
大穴の前に顔の前に金髪のフェリックスの制服を着た女の子がいた。
ショートカットで片方の耳にピアスをしている。ニーナだ。
あたしは声をかけるか迷った。でも、早くここを通り過ぎたほうがいいと思う。ラナも同じ気持ちみたいだった。ニーナが何をしてるのかわからないけど、あたしたちは足を速めた。
そういえば、ウォルグはニーナの関係しているはずだ。それを何か確認しに来たのかな。
「魔族!」
その時、あたしの視界の端に飛び込んでくる何かがあった。
「モニカ危ない!」
あたしは包みを手放して、モニカを抱いてかばった。その横を握りこぶしくらいの石が飛んでいき、かつんかつんと地面ではねた。危なかった。
「な、なにすんのよ! 誰よ。今の!」
ラナが叫んでいる。あたしも困惑するモニカに怪我がないか聞きながら振り返った。
そこには普通の女の子がいた。背丈からあたしよりも年下だと思う。
黒くて長い髪をへアバントで留めたその子は、目元に涙をためて、あたしたちをにらみつけている。
「なんで、私たちの街に魔族がいるの!? 出てってよ!!」
少女が叫んだ。明らかにモニカを憎悪して睨んでいる。
「マオ様、平気です。大丈夫ですから」
「……なにがさ」
モニカがあたしをやさしく押して離す。散らばったジャガイモを踏まないように少女の前に出る。
「……私はモニカと申します。こちらの住民の方ですか?」
「お前の名前なんてどうでもいい! ……私の家はあそこだ!」
見る。少女の指が指さした先には半壊した家屋がある。
騒ぎがだんだんと大きくなっていく。周りの大人たちも、いやここの住民たちが集まってきている。それぞれがモニカを一目見て、驚いてから睨んでいる。
「いきなり……いきなり家の前に大きな穴が開いて……昨日は、家が崩れているから、家族で固まって寝たんだ……なんで、なんでこんなことにならないといけないの? 全部、全部お前ら魔族のせいだ!!」
その少女が力の限り叫んだ、そういう風にあたしには見えた。モニカはそれにただ頭を下げた。
「申し訳ございませんでした。魔族の起こした事件で皆様が感じた苦痛にはお詫びのしようがございません」
静かに、ゆっくりとモニカは言う。
なんでさ、なんでモニカが謝らないといけないのさ。
あたしは踏み出そうとした、だけど、一瞬だけ立ち止まった。いろんな人の声が聞こえてくる。
――ふざけるなよ
――私の家を返せ
――お前ら魔族はやはり危険だ。
怨嗟が渦巻くのが目に見えるようだった。声がどんどん広がっていく。その中でただ一人、モニカがたたずんでいる。
この人たちは昨日、ただ不運だったからいろんなものを失ったんだと思う。どうしようもない感情があると思う。全員悲しんだと思う、でもそれでも。
罵声の中でさっきの少女が足元の石を拾った。あたしは飛び出した。
石が飛ぶ、頭に、衝撃があった。……くらりとする、ラナとモニカのそれに、ニーナ?の声がするけど、なんて言っているのかわからない。
ただ、その場でちゃんと立てるように足に力を入れた。
前の前に大勢の人たちがいる。あたしを見て、困惑したようなそんな顔をしている。右の視界が赤い……? まあ、いいや。
「あたしはマオ。昨日の事件の当事者だった冒険者見習いだよ」
あたしの言葉に動揺がさらに広がっていく。これが怒りに変わったりしたら、きっともう話なんてできない。モニカが心配そうに言葉をかけてくれるけど、気にする余裕がなかった。
「地下水路にいた魔族と戦って。あたしが弱かったから街が壊れたんだ……それが事実、この子は関係ないよ。何一つ関係なんてない」
くらくらする。でもあたしは気を張った。
「そ、そいつだって魔族だろうが! いつ暴れだすかなんてわかるわけがない!」
中年の男性が叫んだのが見えた。あたしはそちらを見る。
「じゃあさ……この子の名前をあんたは知っているの?」
「……関係ないだろうが!」
「関係ある! 魔族がどうかじゃない。この子がどんな子で、どんな名前なのかも知らないなら……責めるのは……おかしいじゃん」
女性の声がした。姿は人影の中で見えない。
「魔族は昔いきなり王都を攻めてきたのよ!? あなただって3勇者の話は知っているでしょう!?」
「それは、その時代の魔族に責任があるだけ! モニカが謝ることなんて何もないっ!」
そうさ、あたしとそして「父」に全部責任がある。今いるのがあたしだけなら、責められるなら、それは「自分」だけだ。
さっきの女の子が前に出てきた。涙をぽろぽろと流している。あたしの顔を見て少しびくりとしながら、それでも唇を開いた。
「じゃあ、私は誰を恨めばいいの? なんでいきなりこんなことになったの? 私たちが何かしたの?」
「…………何も悪くなんてないよ。でも、それはモニカだって悪くなんてない。恨む相手が欲しいなら、当事者のあたしを恨んでくれていいよ。でも……お願いだから、魔族だってことだけで、モニカを恨むのはやめて……お願いだから」
あたしもお願いすることしかできない。この場の恨みを、この場の感情を、魔族と人間の対立を……どうすることもできない。
「あ、あんたたち……こ、これいじょうや、やろうってんなら。私が相手になるわ」
震えた声でラナがあたしの前に出た。
「マオもモニカも私の後輩なんだから、それにマオが当事者なら私も事件にかかわっていたわ。文句があるなら……とことんやってやるわ! 口喧嘩でも、ただの喧嘩でも!」
ああ、足が震える。なんか立っているのがしんどい。ふらふらする。
「大丈夫ですか!? マオ様」
モニカが支えてくれた。
「うん、大丈夫。あんがと」
「はい…………いえ………そんなわけないでしょう! あなたは馬鹿ですか!?」
モニカの目から大きな涙が落ちてくる。赤い瞳から透明なそれが夕日に光って綺麗だって言ったら、怒られるかな。
「そいつは馬鹿だ。今さらだな」
あたしを抱えてくれる腕があった。金髪の少女……ニーナだ。
「ニーナ」
「今だけはその変な名前の呼び方は許してやる。そもそも何をしているんだ馬鹿」
「あの、あなたは」
この子はニーナ、って言おうとしたら。声が出ない。なんかすごく眠たい。
あたしは、深い、暗い場所に落ちていく。
☆
「んん」
あたしは目を覚ます。目の前に合ったのはラナのうれしそうな顔だった。ただすぐにむすっとした表情になる。ころころ変わるなぁ。
「やっと起きたの? 馬鹿!」
「今日はさ、もういっぱい、ばかばか、言われるね。ここ、どこ?」
「ほんとのことだから仕方ないでしょ……。どこって、家よ」
「家?」
あたしが起き上がろうとすると、ラナが止めた。
「頭打ったから、軽い脳震盪だろうって、さっき神父様が来て言ってくれた。あ、ちゃんと治癒の魔法をかけてくれたんだから今度お礼を言いなさいよ」
そっか、神父様が来てくれたんだ。たしかラナの先生だったね。
あれ、ここはラナのベッド。みるとラナは制服の上着を脱いで椅子に足を組んで座っている。
「あんたさ……」
「なに?」
「あんたが気を失ってから。大工の人が来て教えてくれたんだけど。なんか……あの一帯の修繕のお金を出したって?」
「あ……」
親方だ。……。
「モニカとあんたを責めてた連中はさ、しょげかえってたわよ」
「……勝手なことしたから……あの人たちに悪いこと、したかな」
「……そんなわけないでしょ!? なんでそうなるわけ!?」
「わっ」
びっくりした。ラナがあたしの肩をつかんだ。
ラナは笑っているようで、顔がひくついている。
「あのねー。そういうことは年上とちゃんと相談しなさい。あれで持っているお金使い切るなんてほんと馬鹿? 足りるわけないでしょ!! ていうか、私にちゃんと言いなさい」
「う、うん。ごめん」
「いい? 今後わけのわからないことをする前に私に相談! はい、は?」
「……は、はい」
ぱっと手が離れる。ばふんとあたしは枕に倒れた。ラナは両手を組んで立ち上がる。
「今シチューを作っているから終わったら呼びに来てあげる」
「うん」
ラナがそれだけ言って部屋から出ていこうとする。ドアノブに手をかけたところで、少し止まった。
「マオ。あんたの秘密。ミラスティアの知っている秘密はいつかちゃんと私にも教えなさいよ……あんたはさ、ニナレイアと……あとモニカと同じで私の後輩なんだから、知ってないとわかんないわよ」
それだけ言ってラナは出ていった。




