魔族の少女③
ミラと連れ立って廊下を歩く。
大理石でできた白くてまっすぐに伸びたそこは窓からの日差しで明るい。ふぁぁ、少し眠たくなってくるね。
「マオはさ、今日はなんでここに来たの?」
「あー、昨日のFランクの依頼はFランク以上のことしたからそれを認めさせようってラナが」
「あ、なるほど」
ミラは頷いた。
そうだ、今聞いておこう。あたしは振り返る。
「ミラもさ、ラナに対して正直に言わないとダメだよ。ちゃんと言えばわかってくれると思うよ」
「うん……そうだね」
「ちゃんとあたしも応援するからさ」
それだけ言っておこう。あとはミラが考えてくれるよ。
「そういえばミラは聖剣を持っていないときと全然戦い方が違うんだね。昨日は驚いたよ」
「…………戦い方は武器や場所によって変えるべきだって私の先生から教えてもらったんだよ」
「ふーん。先生か……んー? じゃあ、ミラはいろいろな武器を使えるの?」
「ちゃんと使えるのはやっぱり剣だけだけど、槍とか斧とか……あとは弓とか」
へ、へえー。すごいなぁ。
「それじゃあ、ミラがニーナを格闘で倒しちゃったりして」
「……………」
あ、なんか怖いや。あんまり触れないでおこう。ミラは結構底が見えない子かもしれない。
……そういえばミラもソフィアも当たり前みたいに思っていたけど、あたしと同じ歳で聖剣や聖杖を扱うことができるってすごいことだよね。
「聖剣かぁ」
なんとなくつぶやいた。別に意味はない。ただミラはそのつぶやきに反応した。
「私もマオに聞きたいことがあったんだ」
「何?」
「きいて……いいかな」
「なんでもいいよ」
今更隠すことなんてないじゃん。でも、ミラはどことなくすまなそうな顔をしている。目をあたしと合わせない。……聞きたいことって何かな? ほ、ほんとにわからないや。
「その、あのね。あの」
「いいって。すぱーって聞いてくれていいよ」
「……じゅ、純粋に気になるだけで、き、気に障ったら答えてくれなくてもいいんだけど」
気に障る? なんだろ、ミラがあたしに聞きたいことでそういう風になることって……ううーやっぱり全然思いつかないんだけど。
ただミラは真剣な顔をしていた。ぎゃ、逆に身構えちゃうなぁ。なんだろ。
少ししてから意を決したようにミラがあたしをまっすぐ見た。そして言う。
「剣の勇者ってどんな人だったの?」
あ、なるほど。そういうことか。…………あたしは黙り込んでしまった。何か言おうとしたんだけど、言葉にならない。剣の勇者はあたしの宿敵、何度も何度も戦った。
恨んでもいいんだと思う。あたしを最後に殺したのはあいつだ。でも……なんとなくそんな気持ちにならない。なんだろう、へんな感じだ。どういう関係と言われたら宿敵としか言いようがないんだけどさ。
「ご、ごめんマオ。……そ、そうだよね。お、思い出したりしたくないよね」
そういうわけじゃないんだけど。ミラがおろおろしている。
あいつのことか……。あー。いろいろなことがあったというか。どういえばいいだろうか。あたしは腕を組んで少し考えた。どんな人間だったか? 戦争以外であいつと出会った時のこと……う、うう。
「ま、マオ?」
「ミラ。あいつさ」
「え!? う、うん」
「あいつはさ」
「うん……」
「スケベ」
「え???????」
言って恥ずかしくなった。顔が熱くなるよ。……恥ずかしいし、ああもう、変なこと思い出した!
「あああああー」
あたしはたまらず走り出した。
「ま、待ってマオ! ど、どういうことなの? マオ! ねえ!?」
狼狽したミラの声響くけど、あたしは振り返らなかった。
☆
ロビーまでの階段がまっすぐ伸びている
手すりにつかまって下を見ると広い場所だ。白い大理石の床ってどこなく冷たいような、綺麗なような、そんな感じがするよね。
あたしは階段を2段飛ばしでとんとーんと降りた。
「待ってマオ」
あ、ミラも追いついてきた。
「先に言っておくけどミラ。さっきの話はなし!」
「…………あの」
「あ、でもほかのことならちゃんと答えるよ」
「……で、でもさっきのことが気になる」
「だめ!」
言わない! ……そんな複雑そうな顔をしないでよ。大した話じゃないんだから。聞いたって面白い話じゃないし。あ、でも「昔」の話はミラと2人の時のほうがいいよね。変な風に聞かれても疑われても困るしさ。
そう考えると周りが気になって確認してみる。あ、ロビーにはさっきの部屋にいた男性がいる。深い赤色の髪の魔族だ。あれ? そばにいるのは……さっき外で出会ったモニカだ。
髪を後ろで結んで、少しくせのあるワインレッドの髪。整った顔立ちをしているからモニカはどことなく気品がある。あたしは自分の髪をつまんでみる。うーん、普通。
そんなモニカはあたしに気が付いて頭を下げてきた。そんなにかしこまらなくていいのにさ。……そっか! さっきお父さんを待っているといってたからあの魔族の男性は父親なんだ。
「マオ、あの人を知っているの?」
ミラが聞いてくる。
「うん、さっき会ったばかり」
でもなんでここに魔族がいるんだろう。正直気になる。あたしが近づいてみると魔族の男性は笑顔のまま片手を自分の胸に当てて、丁寧にそしてゆっくりと頭を下げた。
「これは先ほどは挨拶もせずに失礼しました。あなたは当事者として不逞の魔族が起こした事件の解決に尽力いただいたと聞きました。私はモニカの父であり、魔族自治領ジフィルナの高等弁務官を拝命しておりますギリアム・パラナと申します」
「あ……えっと、あたしマオっていいます。その、よ、よろしく」
自治領ジフィルナ? あたしは今のギリアムさんの丁寧なあいさつに散りばめられた言葉で頭がいっぱいになってしまった。言葉通りにとれば魔族は国を持っているのではなくて、どこかに自治を許されている状況なのかもしれない。国を失ったのかな、聞くのは怖い。
「マオさん、どうぞ今後ともよろしく。あなたは娘のモニカとお友達だったのですか?」
「お父さん」
考え込むあたしの反応が遅れた。モニカがギリアムさんにいう。
「私が友達などというのはマオ様に対して迷惑でしょう。先ほどたまたまお会いしたばかりです」
迷惑? なんでさ。あたしはその言葉に素直に反発した。というか、ちょっと怒った。だからむきになってしまう。
「モニカとはさっき会ったばかりだけど、友達って言ったらだめなのかな」
「え? い、いきなりどうしたのですか、マオ様」
「そのさ、様っていうのもおかしいから普通にマオでいいよ」
「……いえ、私などにそのような呼び方は」
なんでさ。やっぱり意味が分からないよ。あたしは周りからマオ、マオ普通に呼び捨てにばっかりされているんだから、逆に様付けされたら困惑するよ。まあ、あたしは自分のことたまに様っていうけど。
あたしはモニカの手を握ってぎゅうって力を入れる。ギリアムさんは少し驚いている。
「とりあえず改めてよろしく!」
「あ、あ、あ、よ、よろしくお願いします」
とりあえずこれくらいで許してあげるよ。それであたしは離れた。
モニカは自分の手を見てる。
そのモニカに握手を求める手があった。ミラだ。なんか笑顔だ。代わりにモニカが手を振って慌てている。せっかく綺麗な顔なのに……いや、慌てているほうが可愛いかも。
「私はマオの友達でミラスティア・フォン・アイスバーグといいます。よかったら、私も」
「そ、それはいけません。け、剣の勇者の末裔であるミラスティア様とは魔族の身である私と近寄られるのはそ、その世間体というものがあります。お、お許しください」
何を許すのさ。
「たとえ魔族であったとしても、同じ学園の仲間ですし」
ミラはゆっくりと話す。この子の声は優しい、聞いてて落ち着く気がするんだ。
なのにモニカは目が泳いでいる。あたしを見たり、ギリアムさんを見たりしている。だからあたしは聞いた。
「あたしやミラと友達になりたくないの?」
その言葉にモニカがあたしを見た。目を開いて、口を少し動かしているのに声はない。
「そ」
そ?
「そげなこつじゃなか……あ」
かあぁって、とたんに真っ赤になったモニカが両手で顔を覆った。
「ち、違うんです。い、今のは。ち、違います」
……あたしにはわかった。モニカは素を隠している。でもまあ、たぶん悪い子じゃ絶対ないね。さすがにわかるよ。
「ふっ」
ギリアムさんが笑った。
「失敬。思わず笑ってしまいました。我々魔族は王都では至極当然ではありますがご存じの通り肩身の狭い思いをしております。もしよろしければモニカとも今後も仲良くしてくださると、私としてはうれしい限りです」
さっきの挨拶は演戯な気がしたけど、今の言葉は本心な気がした。
「「はい」」
あ、ミラとかぶった。ミラはあたしを見て口元を押さえて微笑んでる。あたしも笑った。
「…………」
モニカは一人だけだまりこんでいた。ギリアムさんは苦笑して続けた。
「お二人はモニカと同じくフェリックスの生徒なのですよね。であれば――」
「残念ながら、ミラスティアちゃんだけが生徒ですよ~」
ほわほわした声。それなのにどこか冷たいそれが響く。
振り向いた。そこには笑顔を張り付けた桃色の髪の女性がいた。ポーラ先生だ。そりゃ、まだあたしは入学してないけど、こんなところで言う必要ないじゃん。そう食って掛かろうとする前にポーラ先生が口を開いた。
「マオちゃんは不合格なので。仲間にはなれないと思いますよ~」
ゆっくりしたその宣告。
「は?」
あたしは絶句した。
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