魔族の少女②
ウォルグがあたしとラナは両手にそれぞれ抱えたまま走る。正直なんでこんなことになっているのか全然意味が分からない。
速い。ていうか怖いよ。あと、痛い! ラナの悲鳴も聞こえる。
すごいスピードで敷地を駆け抜けていく。あ、あれ? なんか壁に向かってく……。あれはギルドの建物で。必死に見上げてみると。4階くらいの高さがある。
「あ、あのさ!! か、壁にぶつかるんだけど!!」
「おう!!!!!!!」
「いや、おうじゃなくて!!!!」
ウォルグはあたしの話なんて聞いてない。
「ちょ、ちょっと。なにしてんの!?」
ラナの声がする。ウォルグがさらにスピードを上げた。あたしの顔を風がたたくように吹き付ける。ああー。
ウォルグが飛んだ! 壁に足をかけた。ぐえぇっ。おなか痛い。
そんなあたしたちを全く気にかけずそのまま、ウォルグがさらに壁を蹴って飛び上がった。じ、地面が離れていく。空を飛んでいるみたいな浮遊感があたしたちを包む。
「おっしゃー!!!」
ウォルグが叫ぶ。すごいうるさい。不意に魔力の流れを感じる。見るとウォルグの足元に魔力が収束していく。小さな魔法陣が展開して、こいつはそれを「蹴った」。反動をつけて今度は「建物へ」向かっていく。
「窓、窓にぶつかる!!!!」
「あ、あんたふざけないでよ!?」
あたしとラナの叫ぶ声が響く。
「いくぜぇーーーーー!!」
全然話聞いてないね!! こいつ!!
ウォルグは窓を蹴り破って、中に入った。粉々に砕けたガラスが舞い、衝撃にあたしはうめき声をあげた。
う、あ、ああ。げほげほ。なんだろここ。あたしはゆっくりと目をあける。さっきまで外にいたからかなんとなく視界がぼやける。ウォルグは部屋の中の長い机の上に立っているみたいだった。
周りを見ると数人の影が見える。あたしは目をごしごしとこすってみる。そこでやっとわかった。あたしの目の前に心底驚いた顔をして、いや心配そうな顔をして見上げている少女がいる。
銀髪に白い肌。それにフェリックスの制服に腰に聖剣を佩いた彼女、ミラスティアだ。あたしは手を挙げた。
「あ、へんなところで会うね」
「ま、マオ、ど、どうしてこんなことに?」
「あたしが聞きたいよ……! ぐえっ」
いきなり離された。あたしはテーブルに倒れてしまう。ほ、ほんとめちゃくちゃだよ。ウォルグはさっさとテーブルから降りてしまう。
「あー重かったぜ」
めちゃくちゃ失礼なこと言っているし。
「い、いたた。な、なんなのよ」
「ラナ……大丈夫?」
「あんたねぇ。これが大丈夫と思うの?」
「ふ、2人とも大丈夫?」
あたしとラナにミラが駆け寄ってくる。何でここにいるんだろう、っていうのはむしろミラがあたしたちに聞きたいよね。
「あ、あんた。……ふん。手なんて借りないし」
ラナはミラの手をはねのけてさっさと降りた。ミラが少し目を泳がせてから、あたしを降ろしてくれる。
「ありがと」
「うん」
うーん。ラナからすればミラのことはあんまり好きじゃないってことを前から言ってたからね。そろそろ誤解、というか偏見みたいなのを取り除かないとダメな気がする。
あ、それはそうとここはどこだろう。あたりを見回すとミラのほかに数人いた。そのうちの一人は黒い髪の女の人だった。綺麗な人だ。整った顔立ちは女の子のあたしもすこしうっと思うくらい。
でも、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。ま、まあ、こんな風に窓から飛び込まれたら怒るよね。
「あ、あの。その。なんかごめんなさい」
「…………いえ。あなたが誰かはわかりませんが。どうせそこの常識のない男が悪いことはわかっています。それよりもけがはないですか?」
黒髪の女性は優しくいってくれた。
「私の名はアリー。そこの男と同じSランク冒険者、その筆頭です」
「! あ、あたしはマオ」
「マオさんですか。よろしく……ああ、今回のカオス・スライムの討伐に参加した冒険者見習いですね。たしかF……いえ、失礼」
FFランクと言いかけてやめたアリー。たぶん優しい人なんだろうな。
彼女はくるりと振り返った。そこではウォルグが近くにあった椅子に座って足を組んでいる。
「ウォルグさん? いいことを教えてあげましょう。あそこに見えるのはドア、と申しまして人間は普通あそこから入ってくるものですよ? ご存じでしたか?」
「はあ? 当たり前だろ? 馬鹿かお前?」
「…………獣には人間の言葉が通じないようですね」
「そこのガキども2人は今回の魔族の野郎が暴れたところにいたんだから関係者だろうが、連れてきてやったんだから感謝しろ」
「…………彼女たちのことは報告書で見ていました。そのうえでミラスティアさんにあの事件の事情を聴こうとしていたのですよ。会議中に叫んだかと思うといきなり窓から出て行って、窓から戻ってきたあなたに感謝をするいわれはないですね」
「恩知らずな奴だなぁ」
アリーの腰に白い柄の剣がある。彼女は一瞬それをつかんで、1秒くらいで離した。あたしとミラはちょっとびくっとした。
「まあ、あれは放っておきましょう。あなた方もせっかく来たのですから、お話を聞きましょうか」
優しくいってくれるアリーの後ろでウォルグは椅子に座ったまま寝始めた。両手を組んで、足を広げて……すごいなぁ、こいつ。
「………………………」
アリーのこめかみがぴくぴくしてる。そんな彼女にミラが助け舟を出した。
「あ、あの。と、とりあえず場所を変えましょう。窓も割れてしまって危ないですから」
「ミラスティアさん……そうですね。あの野獣はここに置いていきましょう」
ミラの提案にアリーは手をたたいた。
「それではマオさん、ミラスティアさん。それに赤い髪のあなたも」
「は、はひぃ。わかりました」
ラナがすごいきょどってる。
「あなたのお名前は何でしょうか?」
「ら、ラナ・しゅティリアです」
「ラナさんですね。シュティリアとはいい響きの家名ですね」
スティリア。じゃなかったっけ。
「え、えへへ」
あ、だめだ。ラナが壊れてる。そっかアリーはさっきSランク筆頭って言ってたから有名人なのかもしれない。
「それではみなさんもすみませんが移動をしましょう、準備もありますので一度ロビーでお待ちください。すぐに部屋をとってお呼びします。」
あたしたち以外にも何人かいた。一人は細い目をした青い髪の男。それに……あたしに小さく手を振ってくるふんわりした桃色の髪の女の人……げっ、ポーラ先生だ。反応に困る。
それに奥にいるのは耳の長い、ワインのような深い紅に少しくせのある髪をした男性だった。
あたしはどきりとする。どうみても魔族だ。丸い眼鏡をつけて柔和な表情をあたしに向けてくる。ただ、どことなく冷たい。長身で黒いコート。胸元に小さな宝石を付けたシャツ。魔族の正装……見るのは久しぶりだけど。昔から変わってない。
その男はあたしに軽く会釈をした。どことなくモニカに似ている気がする。あたしが何か話しかける前にポーラ先生たちと一緒に外へ出ていった。
「……うーん」
「どうしたの? マオ」
「いや……なんでもない」
ミラにそう言った。ていうか、それしか言いようがない。なんであの魔族の男性がここにいるかもわかんないし。
「んだ? 移動すんのか? めんどくせぇことするなぁ。あーあ」
そんなあたしの横をウォルグが歩いていく。体を伸ばして外に出ようとするのをアリーが呼び止めた。
「あなたはここにいてゆっくりお昼寝でもしていたらどうですか? ウォルグ・ガルガンティア」
「あーねむ」
アリーに反応せずにウォルグは出ていった。アリーは笑顔のまま固まっている。
「さ,3人もロビーで待っていてくださいね。ここの片付けの手配と、新しい部屋の用意をしてきますから」
それだけ言って出ていく。最後に「剣の錆に……」とか聞こえた気がするけど、聞こえなかったことにしよう。
「じゃあ、とりあえず出ようか。ラナ」
と呼んだラナがあたしを怪訝そうに見ている。
「そいつ、知り合いなの?」
「え?」
あ、もしかしてミラのことかな。あたしは一度ミラを見る。困ったような顔をしている。ミラもそろそろ正体を言えばいいのに、なんか少しあたしの後ろに隠れている気がする。まあ、いいや。こほん。
「うん。友達」
「へー。ふーん、そうなんだ。ちょっと来なさい」
ぐいっとラナがあたしの首に腕を回して引き寄せてくる。小さな声で耳元ではなしてくる。少しくすぐったいんだけど。
「あいつは剣の勇者の末裔よ? あんたなんかとかは格が違うんだからね。めんどくさいことにならないうちに付き合うのやめておきなさい」
「…………ラナ」
「何よ」
「ミ……ミラスティアとちゃんと話したことある?」
ミラって言ったら、まだ駄目だよね?
「……ないけど。いい? あいつの先祖が学校を作ったんだから露骨に贔屓されているんだからね。嫌な目に合う前に……」
「そんなの関係ないじゃん」
「関係あるわよ。現にそういう目にあったやつは」
「だからそんなのミラスティアに関係ないじゃん!!」
あ、叫んでからしまったと思った。思ったよりも大きな声出しちゃった。ラナがあたしを離す。ラナの顔は少し赤くて、むっとあたしを見ている。
「せっかく……せっかくあんたのためを思って言ってやってんのに……そいつとFFランクの奴が付き合ってもいいことなんて絶対ないから! 絶対、そいつの父親が出てくるから!」
父親? あたしが反応するよりも前にラナが踵を返してドアをばぁんと閉めて出ていった。
「ニーナの時と同じだなぁ」
あたしはため息をつく。港町でもニーナと口論をして喧嘩しちゃったんだ。つくづく成長がないなぁ。少し落ち込むよ。
「マオ……」
振り向くと、ミラが少しおびえたような目であたしを見ていた。なんか泣きそうな。そんな顔だった。
「大丈夫だってミラ。ラナがいいやつだってことはわかっているでしょ?」
「う、うん……でも、私のためにマオとラナが喧嘩して……それにお父さんのことも」
ミラが剣の勇者の末裔としてじゃなくて、覆面をしてあたしを助けてくれた時にラナと仲良くできたんだ。じゃあ、大丈夫だよ。……それに剣の勇者の末裔とか、父親とかミラ本人のせいじゃないじゃん。
それにさ。あたしは両手を腰につけて、下から見上げるようにミラににやりと笑いかける。
「へーきへーき。だってさ、あたしは魔王様なんだから、何があっても、負けやしない」
「……っ……ふふ」
あ、やっと笑った。ミラはそっちのほうが絶対いいよ。




