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それぞれの思惑


 木々の生い茂る丘だった。


 そこからは夜の王都が見えた。煌々とした様子は先の水路での騒動の対応に慌てているのかもしれない。


 岩に腰かけたロイは頭を掻きながら、考えていた。


「さて、どうしたものかな」


 水路では先の破綻した作戦の後始末をしていた。戦闘を行ったのは単なる偶然に過ぎない。だが、それでも偶然から得た情報を彼は頭の中で組み立てていた。


「あんた。ふざけてんの?」


 夜の闇の中から現れたのは少女だった。赤い髪にロイと同じく魔族の軍服を見に纏っている。


「クリスちゃんか。なに? 慰めに来てくれたのかな」


 クリス・パラナ。それが彼女の名前だった。ロイは振り返ることもなくいう。赤髪の少女はその瞳に殺気を宿していた。その腰に吊った2振りの剣の柄に手をかける。


「軽口を言ってられる立場かしら? あんたの勝手な行動で人間どもは騒いでいる。魔骸化まで使ってSランクの冒険者(クズ)とやりあったなんてどう落とし前を付ける気なのかしら。いいわよ。今ここであんたの首を落としてやっても」


 ロイは立ち上がった。クリスを振り向いた眼は冷えている。


「まあ、僕にも考えがあったんだよ。そうそう、君をコケにしたっていう変なガキ。たしかマオという名前の女の子に会ったよ」

「……ちゃんと殺したんでしょうね!」

「いいや。殺せなかった」

「……魔骸化まで使って、このゴミクズが」

「あはは。ひどいなぁ。でも、面白い子だよね。常に僕の考えを先読みしたような戦闘感覚もそうだけどさ。それよりもクリスちゃん」

「それをやめろ!!」


 赤髪の少女は殺気を放つ。


「こうして話しているだけでお前の首を切り落としてやりたいくらいなんだ」

「落ち着けよ」


 ロイの周りが揺らぐ。彼の体から放たれる魔力に空気が凍てついていく。


 クリスの赤の魔力と彼の青の魔力が交じり合う。対峙したままロイは話をつづけた。


「あのマオって女の子さ。『魔族の文字』が読めたんだぜ。それに魔骸化のことも知ってたみたいだ」

「……!? どういうことよ」

「さあ? 僕にもわからないな。だっておかしいだろう。生まれ持って強力な魔力を持っているとか、もしくは感覚的に魔法を操る才能にすぐれているならわかる。……でも、あんな子供が魔族の一部しか知らないことを知っている。特に文字については専門の教育を受けなければ無理だ」


 男は口角を吊り上げて笑う。


「面白いだろう? 裏に魔族の裏切り者がいるのか、もしくはそれ以上の秘密があるのか。僕は興味津々だよ」

「はっ。裏切者がいるなら私が刻んでやるわ」


 クリスは吐き捨てるように言った。ロイはつぶやく。


「裏切者ねぇ。まあ、どうなんだろうね。ねえ、クリスちゃん。もしもさ、彼女が誰からも教えてもらっているわけじゃないならどう答えを出せばいいんだろうね」

「そんなことがありえるわけないでしょ」

「そうかなぁ。僕たち『暁の夜明け』は魔王様の復活を目指しているはずなんだけど。魂の存在を信じるなら……過去の魔族が生まれ変わりをしてたりして」

「あんた、本気で言っているの? 頭おかしいんじゃないの?」

「なんてね。僕も本気で言っているわけじゃないよ。でも、どこかに答えがあるはずだ。論的に突き詰めていけば何かがわかるだろう。仮に彼女が魔王様の生まれ変わりだったとしても――」


 剣閃。


 クリスのそれをロイはかがんで避ける。彼の髪先がぱらりと散る。


「あぶないあぶない」

「……次言ったらコロス。あのクズが魔王様の生まれ変わりだって侮辱は許さない」

「ごめんごめん。謝るよ。まあ、とりあえず一度帰ろう。……面白い構想があるんだ」


 ロイは振り返る。遠くの王都を手のひらで握りつぶすように閉じる。


「少し時間が掛かるけど人間の王都を壊滅させるよ。マオ、もし君が本当に何かの力があるなら抵抗してみなよ……楽しみにしているよ」



☆☆




 上着を羽織る。少しリボンが緩いからきゅっとしめる。


 朝の冷たい空気は結構好きだ。ドアを開けて思いっきり吸う。


 街には誰もいない。空はぼんやり暗い、あたしは大きく背伸びした。


「よし、今日も頑張ろう」


 思ったよりも体に疲れは残っていない。昨日あれだけ動き回ったけど、ご飯を食べて、お風呂に入って、ぐっすり寝たのがよかったんだと思う。


「朝っぱらからうるさいんだけど……」

「あ、ラナ。おはよう」


 ラナは大きなあくびをしながら出てくる。あ、リボンが少しほどけてるよ。ほら。


「あ……。あんがと」


 眠たそうに眼をこすりながら言われた。


「とりあえずギルドに行って依頼を整理しないとね」

「そうだね」

「あんた、今何件終わっているんだっけ」

「昨日の合わせて53件だから……あと47件だね」

「うげー」


 残りは6日。だから、えっと。


「一日に8件は消化しないと終わらないじゃない。あんたと私の今のペースだと厳しいし」


 あたしとラナは人通りの少ない街をだらだら歩きながら行く。Fランクの依頼は基本的に街の人たちの雑用とかばっかりだ。だから、逆に朝は何もすることがない。それでギルドに朝早く行って計画を練ろうと思う。



 ギルドは基本的に一日中開いているらしい。職員さんは大変だなぁと思う。


 ぎいっと木製のドアを開けて入ると思ったよりも人がいた。フェリックスの学生もいるし、冒険者の恰好……てっいってもそれぞれまちまちなんだけど、とにかく大勢いた。


 その中に1人知っている顔があった。金髪に耳にピアスをしている。ぶすっとした顔で両手を組んで掲示板を見ている。


「あ、ニーナ!」


 あたしが手を振るとニーナはじろっと見てきて、それでため息をついた。


「なんだ、お前か。Fランクの依頼はどうなっているんだ?」


 ニーナは単刀直入に聞いてくる。


「あと47件!」

「……そうか大変だな」


 口調とは裏腹に心配そうな表情をするニーナにあたしはにやりとしてしまう。


「なんだ気持ち悪い」

「いやさ。なんか最近ニーナが分かってきた気がするんだよ。気になっていることをすぐに言ってくれるんだよね。心配してくれるのすごくうれしいよ」

「……………死ね」


 死ね!? 


 と、唐突すぎるよ。あ、ああ、でもなんか顔を赤くしてるし。て、照れ隠しなのかな。ま、まあいいや。


「なに、知り合いなの?」


 ラナが後ろからやってきた。


「そうだよ。あたしの友達のニーナ」

「いや、ふざけるな。私はニーナなんて名前じゃない。ちゃんと紹介しろ」


 ニーナはラナに向き合う。


「私はニナレイア・フォン・ガルガンティアと申します」

「ガルガンティア……あ、力の勇者の。へー。ほかの勇者の末裔とは違って礼儀正しいのね。私はラナ・スティリアよ……昨日はあなたの一族に助けられたわ。……ん。それにしてもマオはどういうつながりなのよ」

「こいつとは妙なところで出会いました。……一族?」


 そうだ。ウォルグのことだ。だから補足する。


「Sランク冒険者のウォルグに助けてもらったんだよ」

「……っ。そうか」


 ニーナはその時すごいなんていうか、苦しそうな表情をした。ただすぐ咳払いをしていった。


「ということはマオも……ラナさんもカオス・スライムの討伐と魔族の撃退にかかわっていたのか?」

「え? なんで知っているのさ」

「掲示板に貼ってある。というか、地下水路に魔族がなんらかの工作をしていたということでギルドは今、依頼の受付を停止していて困っていたところだ」


 え? なんて? 依頼受け付けの停止? げふぅ。疑問を問いただそうとする前にラナの手があたしを押しのけた。


「あっ! と私たちの活躍が何かの記事になっているの? ニュースペーパーとか?」


 す、すごいうれしそうなんだけど。み、みぞおちに入った。ニーナ少し複雑そうな顔をしている。それにしてもニュースペーパーって何?


「活躍……と言っていいのかはわかりませんが。あっちに貼ってありますよ」

「ちょっとみてくるわ」


 ラナは掲示板に見に行った。そしてすぐ帰ってきた。怒りの形相で。なんでかニーナの胸ぐらをつかむ。


「何よあれ」

「な、なにと言われても」

「掲示板に記事が貼ってあった。タイトルが『剣・力の勇者の末裔 魔族を撃退す』って何? 殺されたいの? どっから剣の勇者の末裔が出てきたのよ?」

「わ、私に言われても。そ、それに、ラナさんこそ会わなかったんですか? ミ――」


 あたしは思いっきり叫んだ。


「あああああーー!!」


 一瞬ギルド内の視線があたしに集まった。今たぶんニーナは「ミラ」と言いそうになったからそうしたんだけどさ、恥ずかしい。あの、その……騒いでごめんなさい。


「あ、あんた何いきなり叫んでんのよ」


 あたしもそう思う。


「馬鹿か」


 ニーナはひどい。



「納得いかない!」


 ギルドに併設されたカフェでもぐもぐとパンを食べる。おいしい。この挟まったハムが好き。ラナとニーナはサンドイッチを食べている。いや、ラナはニュースペーパーっていうのを手にしてうなっている。


「も、もういいじゃん」


 ラナが怒っているのをなだめる。


 ニーナは黙っている。さっき後ろに連れて行って、ミラの事情を話した。反応は「なんで、そんな馬鹿なことをしているんだ?」というものだった。まあ、そうだよね。


「だって。許せないじゃない。魔族はともかく、あのスライムを倒したのはあんたでしょ? なんであんたのこと全然書いてないのよ。あの記事!」

「あ」


 そっちなんだ。


「あと、私のことも全然書いてないし!」


 あ、それもなんだ。


「というか協力した冒険者AとBみたいな書き方で匿名で書いてっあって、あぁあーむかつくぅ。この記事を書いた記者は今度ぶんなぐってやるわ……あ、記者の名前が書いてある。……シャルロッテ・ウィンカード……覚えたからね」


 ラナが頭を抱えている。あたしはパンをもぐもぐたべて、ごくりとした。


「まあ、いいよ。それよりもさ、ニーナ」

「……お前、災害級の魔物を倒したのか?」

「え? いや、手伝ってもらったからさ。そんなことよりもさ。依頼の受付停止ってどういうこと? す、すごい困るんだけど」

「そんなこと……? あい変わらずめちゃくちゃな奴。……まあいい。単純な話だ。魔族の不穏分子が近くに潜んでいるのならどこで何が起こるかわからないからな、ギルドとしては冒険者に依頼を斡旋することを一度止めているんだろう」

「あー」


 確かにあたしもFランクの依頼を受けたら、たまたまロイがいたんだよね。


 うん。運が悪いってレベルじゃないよね。


 そんなんだからどんな依頼でも危険かもしれないって構えているんだろうけど、でもさ、あたしは困る。もう時間がないし。


「そうだ!」


 ラナがばんと机をたたいた。


「どうせ依頼が受けられないんだったら、ギルドの本部に行ってちゃんとこのことの報酬がFランク以上で査定されるように談判してやるわ。それくらいしないと気が済まない」

「ギルド本部?」


 そんなのあるんだ。このギルドの建物にも。適当に街の人に聞いてやってきたから知らなかったよ。


「そもそもあれだけ強力な魔物がいたんだから昨日の地下水路の件はFランク相当じゃないはずよ。Aランクか、Bランクで認められればマオもそのまんま合格でしょ! さすがに」


 あ、そっか、Fランクの依頼で受けたけど結果的に難度が高いからか……


「でもいいよ。あたしが100件の依頼をするのはポーラ先生の勝負だから」

「なにめんどくさいこと言ってんのよ。行くわよ」

「あ、あー。痛いって引っ張らないでよー。ぜ、全然人の話を聞いてない」


 ニーナが後ろで「お、おい!」って追いかけてくる。




 ギルド本部は王都の一角にある。


 円形の敷地にいくつかの棟があり、その中央に尖塔があった。そのすべてが白に彩られていた。


 尖塔を見上げるものが一人いた。艶やかな黒髪とアイスブルーの瞳。背は高い。彼女はまるで深い蒼色ドレスのように見える優雅ないで立ちをしていた。


 ただ、その腰にあるのは白銀の鞘に納められた一振りの剣。


「魔族の蠢動……ですか」


 表情を変えることなく彼女は言う。


「おう、ここにいたのか!!!」


 彼女はその大きな声に顔をしかめた。振り向けば獅子のような髪に子供のような笑顔の男がいる。ウォルグ・ガルガンティア。冒険者の最高峰であるSランクを有し、力の勇者の末裔の一族の男だった。


「女性に声をかける時はもう少し穏やかにするべきですよ? ウォルグさん」

「おう? そうか、すまん!! 気を付けるわ!!!」

「無理でしょうね」


 彼女は髪を手で払い。歩き出す。


「ウォルグさん以外は集まったのですか?」

「いや、全然いねぇ!!」

「そうですか」


 はあ、とため息をつく。Sランクを持っている冒険者はわずかだ。そのため特別な待遇を与えられている。権限もあるが義務もある。緊急の場合には集まって対応をするべきなのだ。


「義務を果たさない方々にはそのうち注意をしなければなりませんね」

「いいぜ!! 俺が喧嘩して全員ぶちのめそうか!?

「いえ、結構です。それよりも剣の勇者の末裔……それが今回の事件にかかわっていたと聞きましたが、彼女はすでに来ていますか?」

「ああ、ミラステーアだったな。大きくなっているぜ。いい女……にゃあ、まだ歳がなぁ!! あと、王都駐在の魔族のなんだかったか、あいつも来てたぜ。娘と」


 剣の勇者の末裔はそんな名前だったかな? と女性は小首をかしげた。そして「大きくなった」というは個人的な付き合いがあるのだろう。


「つい先日起こった船上での一般的には集団幻覚と言われている事件もそうですが、今回の水路での強力な魔物の寄生……何か感じませんか?」

「おう!! 楽しそうだな!!」


 笑顔でニコニコ答えるウォルグに彼女はため息をついた。Sランクを冠するものは高い戦闘力を有しているのだが、問題児が多かった。


「そのようなことでは困りますよ『炎熱のウォルグ』さん」

「俺はその二つ名にゃあ興味がないんだ。血のたぎる戦いができればそれでいいんだよ。例えばあんたとかな」


 2人は止まった。振り向いた女性の顔は笑っている。


「冗談が過ぎますよ? このアリー・ヴァリアンツァに挑んで勝てるおつもりですか?」

「『白銀』の剣士様のその面叩き潰してやりてぇなぁっていっつも思っているぜ!!!」


 アリーはくすりとする。ウォルグの相手を思いやらない直接的な言葉に笑うしかなかった。


「いつでもどうぞ……ただそれは女性に向けてた言葉としてはありえないくらいに失礼ですからね」


 彼女はそれだけ言う。


 透き通った声には余裕をにじませている。


ひと段落して物語を広げていければと思います。何らかの反応をいただけたら力になります。

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