悪いこと
空を見るとそろそろ陽が沈みそうだった。
オレンジ色の太陽がだんだんと山の間に隠れていく。あたしは結構この時間が好きだ。
なんとなく振り返るとながいあたしの影が伸びている。なんてことないけど、なんとなく好き。ただそれだけ。ま、誰にも言ったことはないけど。魔王は秘密がおおい。
あたしとお父さんたち、それに冒険者たちとミラは村についた時にはもう暗くなりそうだっていうのに篝火をたいて村のみんなが集まっていた。
おかえりー
街はどうだった。
あたしに聞いてくるおっさんたちに「まあまあかな」って胸を張って、ふんと鼻を鳴らしながら答える。もともとあたしが街に憧れているなんて妄想で送り出されたことには多少想うところはある。ちゃんと誤解は解いておきたい。
なのにワシワシと隣の家のおじさんなどはあたしの頭を撫でてきたりする。痛いって、もう。あたしは手で髪を整える。
別の歓声が上がる。みればミラがみんなに囲まれている。
「あんた剣の勇者の子孫なのか」
「これでこの村も安泰だわ」
困惑顔のミラをみんなが囲んで好き勝手言っている。
「あ、あの」
ミラは目をぱちくりさせながら、愛想笑いを振りまいている。
なんでいきなりばれたんだろうか、まあ目立つ格好をしていると思うし目立つ武器を持っていると思うけど、とあたしは疑問に思ったけどそのなぞはすぐに解けた。あたしのお父さんが村のみんなの中で大声で話しているのが見えた。
あと、冒険者の赤髪のリーダーを盗賊っぽいお姉さんがなだめているのも見えた。ミラだけがちやほやされて、納得がいかないのかもしれない。
そのミラはあたしの方をチラチラ見てくる。助けを求めているのは明らかだった。
どうしよ、うーん。いちおーあたしにとってはは不倶戴天の敵といえばそうなんだけど、魔王の度量を見せつけてもいいのかもしれない。あの子の先祖とはいろいろと合ったことは間違いないし。
「ほら、みんな! 冒険者さんたちは疲れているんだから明日にして明日にっしっしっ」
あたしは大声で言って回り、村のみんなを追い払った。しぶったやつには「あたし、もう何も手伝わないけど、いい!!?」って言ってやったらすごすご帰っていった。普段あたしはお手伝いをよくしているからね。いざと言う時武器になる。
最後に村長が出てきてミラに挨拶をしようとしたので、あたしは肩を小突いて赤髪のリーダーに挨拶をさせた。
「依頼を受けていただいてありがとうございます。今日のところは私の家にお泊りください」
村長が丁寧にそういう。あたしはふと気が付くとお父さんもいないことに気が付いた、気づかない内に追い払ってしまったのだろうか。そう思ってきょろきょろと見回すと、遠くで手を振っている。
「おーい村長。酒を出しておくからな」
お酒は貴重。村のお祝いの時くらいにみんなで飲むのがしきたり。まあ、幼いことになっているあたしには関係のないことだけど、冒険者を囲んで宴席をするつもりなんじゃないかな。
☆
うるさいなぁ。
なんかどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。あたしは自分の家でぼおぉっとしていた。お母さんは宴会のお手伝いに行ってて、弟はお父さんに連れられていっている。宴会は男のものって古臭い村の風習があるけどまあ、お父さんたち楽しそうだからいいかな。お酒には興味はないし。
一人でいると明かりをつけるのももったいないけど、一人でしかできないことがある。
あたしは手を前にだして集中する。手にだんだんと熱い感覚が宿ってくる。囲炉裏の中で組まれている薪に向かって小さく叫ぶ。
「フレア」
目をカッと見開いて。手に宿った魔力を開放する。赤い火がぼわっとでて、じゅっと薪を焦がす。
「ふー! ふー!」
あたしは急いで息を吹きかけて火を大きくする。顔を真っ赤にしてふーふーと息を吹きかけるこんな姿他に見せらんないじゃん。やがてぱちぱちと燃え始めると、あたしははーと息を吐いて横になる。
薪を燃やす音が、
ぱちぱち
ぱちぱち
と耳に響く。意外と嫌いじゃない。だんだんと眠たくなってきた。でもちゃんと火の始末をしてから眠らないといけないから頭をふって、眠気を払う。
「あー」
だめだー。ねむーい。よく考えたら一日中あるきっぱなしだったんだった。あたしは起き上がってうつらうつらと体を揺らす。するときぃっと家の入口の引き戸開こうとしてガタン。ごとッと立て付けの悪さに苦戦している音が聞こえる。
あたしははっとして、口元の涎にも気が付いて、すぐに袖で拭きとる。
「誰!?」
と聞くとわずかにあいたドアから顔を出したのはミラだ。銀色の髪があたしの起こした火に照らされている。
「入って言い?」
聞かれたからあたしは
「いい……けど」
だって追い返すわけにはいかないじゃん。ミラはがたんごとんと引き戸をなんとか開けると丁寧に閉めようとしてまた苦戦している。見れば鎧を脱いでいた。中に来ているのは黒い、黒い、えっとたしかシャツとかいうものを着ている。前に街で見たことがある。
「おじゃまします」
ぺこりと頭を下げてミラは中に入ってきた、手には聖剣を鞘に入れたままもっている。ミラはあたしの向かいに座った。行儀よく。あたしは普通に足を組んでいる。ミラははあぁと息を吐いた。
「少し疲れちゃった」
なんていえばいいんだろうか、わかんねー。あたしは一応は魔王様なんだけどね。ミラはあたしに微笑みかけて、自分で言った通り少し疲れたよう顔であたしにいった。
「私はお酒は飲めませんし」
「ああー、わかるー」
たぶんおっさんたちに勧められたんだろう。あたしも経験がある。酔っぱらったおっさんたちの終わりのない昔語りは疲れる。まあ、ミラはそこまで言ってはいないんだけどね。なんとなくあたしが勝手に理解した。
「勧めてくれるのは、うれしいのですけどね」
あ、やっぱあたりっぽい。あたしはきししと少し意地悪な感じで笑う。勇者の子孫が困っていることを喜ぶのも作法なんじゃないかなって、そこまで考えたわけじゃないけど。
「あたしのところに来たのは逃げてきたんだ」
「……えっ、……あ、……」
軽く言った言葉にミラはあたしの顔を伺うようにして言葉を詰まらせた。いや、別にあたしは追い詰めようとして言ったんじゃないんだけど。
「……逃げてきたっていえばその通りかも……」
体を抱くように小さくなりなりながらミラはうつむいたままそういった。え? 違うから、あたし別に嫌味でいったんじゃないから! そんな深刻に受け止められても逆にこわい。
「みんな私を剣の勇者の子孫として見てくれるけど、私はそんな大それた人間じゃなくて、……私が分不相応に持ち上げられるのはあのガオさん達にも悪いし。でも、村の方々は私にすごい期待してくれているし」
ガオ? がおってだれ?
「え? あの赤い髪のリーダーさん。冒険者の……」
そ、そんな名前なんだ。確かに全然気にしてなかった。
「私はギルドを通してでパーティーに加えてもらっているだけなの……だから私はみんなの期待に応えなきゃいけないから……」
ふーん。なるほど。
なんでギルドを通して仲間になっているのかはよくわからないけど、勇者の子孫ってのも大変なのね。あたしはどうこたえることせずに、目の前でぱちぱちと燃える炎を見ている。向こう側には暗い顔をしたミラがいる。
あー。なんだろ、あたしにとって剣の勇者の子孫がどうなろうと知ったことじゃないの。でも、これは両親とか、弟とか、村のせいだと思うけど、自分はおせっかいなんだと思う
あたしはあ両手床についてずいと前に出る。ミラと目を併せて、にやりと笑う。
「あんたは勇者の子孫かもしれないけど、あたしは魔王の生まれ変わりだから」
「え?」
ミラは目をぱちぱちさせる。純粋に驚いたようなその顔はけっこうかわいい。
あたしは立ち上がった。どうせあたしが魔王の生まれ変わりで記憶をもっているっていっても信じるわけがない。今まで信じてくれた人はいないしね。
「がおーっ、て襲い掛かったら。どうする?」
「…え?え?? き、斬る」
意外と容赦ないなぁ。今のあたしならすぐ死にそうなんだけど。
あたしとミラの間でぱちんと薪が音を立てる。見下ろすあたし、見上げるミラ。あたしは手を伸ばす。
「ほら」
「……?」
ミラがあたしの手をつかむ。あたしは引っ張って立ち上がらせる。
「おもっ」
「……!!!」
ミラはむぅううっと無言でほっぺたを少し膨らませる。いや、あたしが力がないだけだから。それよりも行こっ。
「わっどこへ」
「悪いことしにいくの」
「わ、悪いこと!??」
あたしはそんな言葉は無視してずんずんと行く。引き戸をがらりと開ける。これにはコツがいる。簡単に開けたことにミラは驚きの声をあげた。
外は星空、
魔王のあたしは勇者の子孫の手を引いてその下歩く。足ははだし。これで十分。
行くのはがやがやしている村長の家。ミラは「わっ、わっ」と言っているだけで何が何だかわからないみたいだった。あたしだって自分で何をしているかわからない。
村長の家の入口は開いていた、お祭りの時はいつもそう。暖簾をぱぁーんとあたしは勢いよくあける。
「こーぁらー!」
入ったがすぐにあたしは叫んだ。ミラの手をつかんだままだった。
お酒を飲んで顔を真っ赤にした連中が並んでいた。あたしの姿を見るや、こっちにこいと誘ってくるがあたしはその前に言うことがある。村長の傍でガオだったか冒険者のリーダーもいた。
あたしは全員を見回して、首をこきこきならしてから言う。後ろにはミラがいる。どんな表情をしているのか見えてないけど、あたしにはわかる気がする。でも、気にしてなんかいられない。
「あんたら! いい歳こいて! ミラを偏見でみるなぁ!!」
一瞬静まり返った。何を言っているのかと全員があたしを見る。あたしはふんと鼻を鳴らす。
「剣の勇者の子孫だか何だか知らないけど、ミラスティアはミラスティアなんだって! なんだよっいい大人が、いい歳こいた男が、張り合ったり、期待したりしてさっ!」
あたしはミラを前に出す。あたしはその横に立つ。
「ほら、あたしとあんまり背も変わらないじゃん! だーかーら、ちゃんと女の子として扱え―!!!」
あたしは部屋いっぱいに響くようにいってやった。
がやがやと大人たちが話し始める。「マオちゃんなんで怒ってんだ」とかいったり「剣の勇者様としてあつかったらだめなのか」とか聞こえてくるあと、「胸が」とか聞こえてきた。
ぶっころすぞぉ、誰だ今言ったやつぅ!
いつの間にかあたしは息を切らしていた。言いたいこと言ってやっただけ。あたしはあたしの言いたいことをそのまま言っただけ。よく考えたら恥ずかしいことをしてるのかもしれない。そう思うとほっぺたがほんのり熱い。
というかめっちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。もういい。
「以上!! わかった?? よっぱらいどもー! ばーか!!」
あたしは捨て台詞をはいて村長の家から飛び出す。ミラの手をちゃんと握っていた。あたしとミラは走って、草の上にバタンと倒れこんだ。あたしは仰向けになって、空を見る。
「はあはあ、ほら、悪いことしてやったわ」
どんな反応をミラはするのだろう……。どんな反応でも構わない。あたしはそう思うし、あたしの中の魔王はそう思う。
ミラも仰向けになって空を見る。
「…………みんな、驚いてたね」
星が綺麗な夜。田舎の夜なんだけどね。ミラは言った。
「わるいこと……か……しちゃったのかな。みんなにあんなこと言って」
「何言ってんの。言ってやらないとわからないって」
二人で寝転んだまま会話する。地面がひんやりしていた。ミラはふふ、と笑う。あたしもつられて笑う。なんだかほっとしてしまう。あたしは勢いであんなことをしたけど、今考えると余計なことをしたかもって……不安だった。
ミラとあたしは少しの間。笑いあった。
「マオ……」
「何?」
「マーオ」
「なに!?」
「なんでも!」
頭の悪そうな会話をする。あたしは起き上がって、そろそろ帰ると伝えた。眠たい。
「ありがとう」
え? あたしが振り向くと、ミラは立ち上がっていた。
「わたしの方が背が高いかも」
ぐっと悔しそうな顔をしちゃったあたしに、ミラは楽しそうにいたずらっぽく笑った。