水路大疾走
小船がゆっくりと進んでいく。ちょっと身を乗り出してみると水面に自分の顔が映っている。
みゃー
あ、うごくなって。猫が落ちたらどうしよ。ていうか、なんでついてきたんだっけ。
船が橋の下をくぐる。一瞬暗くなって、すぐ明るくなる。この橋はさっきあたしとラナが渡った橋だ。下から見るなんてそうそうない、なんてあたりまえか。
橋の上を見上げる。うっ、一瞬でも暗いところをくぐったからかな、まぶし……。橋の上に人影があった。フードを被って、緑色のマントを羽織った誰かがあたしたちを見下ろしている。
そいつが急に飛び降りた。
「え!!?」
「マオ、急に何叫んで……ひゃ!??」
そいつが船にどーんと飛び乗ってきた、船が揺れる、うわぁ。ばしゃーんと波が立つ。
いたたた、しりもちをついちゃった。猫を抱きしめてたから受け身が取れなかったし……。うううー。なんだってのさ。意味わかんないよ。水にぬれちゃったし。
いきなり飛び込んできた「そいつ」はあたしを見下ろしている。顔の半分は黒い仮面をしているけど、そこからみえる金色の瞳がなんだか心配そうに……ってさ、いきなりあんたが飛び込んできたからじゃん!
「い、いきなり何なのよ! あんたは!」
ラナが突っかかる。仮面のそいつは首をふって、頭を下げた。その時一瞬あたしを見てきた。考えるような顔をして。
「す、すまなイ。私も冒険者で、その、今回の依頼を一緒にさせてほしい」
妙なイントネーション。いやそれよりもなんでいきなり見ず知らずに奴と一緒にやる必要があるのさ。
「いや、ちょっと待ってよ。この依頼はあたしとラナがやるからいきなり言われても困るってば」
「……そ、そのことはよくわかっている。こ、こほん。わ、私は手伝うだけだ。報酬などはいらなイ」
そういったってさ。
「あやしい」
ラナがずいっと前に出る。
「そもそもあんた名前はなんてのよ」
「名前……? えっと」
「今から偽名考えてんじゃないわよ!!」
あ、あやしい。
「ち、違う。私にはれっきとした名前があってその、ラミっていうんダ」
「ラミ? 偽名のくせになんか私と名前が似ててムカつく」
ラナとラミ。確かに名前被っている感じがする、ラミ……知らないなぁ。どことなくニーナのような話し方をしている気がするんだけど……でもニーナじゃないよね。
どっかであったっけ……ラミ、うーんラミ、ラミラミラミ……ラ。
「あ! そ、そうダー」
あたしは自分でもわざとらしい声を出した。ラナと「ラミ」があたしを見てくる。
「ま、まあさ。ラナ、依頼なんて何人でやってもいいんだし。手伝ってもらっていいんじゃないかな」
「……あんたの知り合いなの、こいつ」
「いやー、初めて会ったけど」
「どう考えても怪しいし、偽名使っている変人を仲間にする意味が私にはわからないんだけど、どう考えたらそういう結論になるのよ」
「……た、旅は道ずれだし」
「旅じゃないし、たかがFランクの依頼。……はー、まあいいわ。あんたさ、報酬はいらないってのだけは守ってもらうからね」
フードをくいっと下にひきながら「そいつ」は頷いた。
「わ、わかった」
☆
「あ!」
水路の中に声が響く。反響しているのを聞くと面白い。
「何してんの、ばか!」
ばか、ばか、ばかぁってラナの声が反射してるし。
小舟がゆっくりと進む。あたしたちが黙ると水の音だけがゆっくりと聞こえる。
「なんか地下っていっても結構明るいんだ」
水の中にぼんやると光る球体が一定の間隔で沈めてある。だから水路の中は意外と奥までちゃんと見える。まあ、すこし暗いんだけど。
光る球体があるから、水路の底まで見える。あ、魚だ。手を伸ばしてみると冷たい。もちろん魚なんて取れるはずないじゃん。
みゃー
あたしの胸元で猫が鳴く。そういえばこいつ名前とかあるのかな。
そうしたらあたしの横に「ラミ」が来た。猫に興味があるみたいだ。あたしは手渡してやる。
「わっ、わっ」
慌てながらもしっかりと抱きしめてる。よく見たら仮面の間から銀色の髪が見えてる。
あたしは「ラミ」に顔を近づけて言う。
「何してんの? ミラ」
「!!!」
目が泳いでいる。すごいわかりやすい。
なんで変装しているのかはわかる。あたしの依頼についてミラとニーナは手伝ったらだめって言われているからだと思う。あー。ギルドで隠れてたしね。
ようするにあたしのためだ。こんなヘンテコなことしているのは。
でもたしかに、黒狼と一緒に戦った盗賊風のお姉さんっぽい格好をしているのが聖剣の勇者の末裔とは思わないよね。
ミラはあたしに目で訴えかけてくる。声を出さないのは何を言っていいのかわからないんじゃないかな。だからあたしから何か言ってあげるべきなのかな。
「……ありがと」
それくらいしか言うことないや。ミラは目を見開いて、それからちょっと笑った。
「ねえ、マオ」
「はひっ!」
ラナの声が反射してる。振り向くと少しふくれっ面の赤髪の少女がいる。きゅ、急に話しかけるから驚いたし、なんで怒っているのさ。
「私ばっかり船を漕ぐの疲れたんだけど。代わってよ」
「……いいけどさ。あたしはうまく漕げないかもしれないよ」
「役立たず!」
「……な、なんだよ」
そこまで言うならやってやるよ。ほら貸して。船の両端に固定された2つのオールを動かしてみる。ミラは目で応援してる……気がする。
「ちょ、ちょっと。壁にぶつかるんだけど」
「そ、そんなこといっても」
船が壁にぶつかる直前にラナが手で壁を押す。ゆっくりやってよかった。これ結構難しいや。
「……へたくそ」
じとーってラナが見てくる。む、むう。
「う、うっさいなぁ。そもそもこんな人力で漕がなくてもこの船の周りの水を操ってしゅばーって動かした方が速いじゃん」
あたしが魔王だった時の船はそうやって動いてた。いや、今のあたしにそんなことできないけどさ。
ラナが目をぱちくりさせる。それからにやぁっと笑った。な、なに? 怖いんだけど。
「あんたさ、魔力が全然ない癖にたまに面白いこと言うよね。へたくそなあんたに任せておけないからもう一度私が代わってあげる」
ラナはオールをひとつ引き上げた。そしてもう一つを持って立ったまま小舟の後部の水面につけた。
ラナの体から青い光が柔らかく放れた。え? もしかして本当に水を操るきなのかな。
青い光はラナの手にあるオールを伝って水面へ。そして小舟の周囲を輝かせる。
『水の精霊ウンディーネよ。悠久なる蒼き流れを一筋の道に統べ。我に示せ』
「わぁ」
青い光が水路に反射していく。青って優しい感じがする。……少し見とれてしまう。
ラナを振り返る、この美しい光景を作り出した少女があたしとミラをみて、にやぁっと歯を見せて笑う。
「ちゃんと摑まってなさいよ」
「え?」
あたしが疑問を言葉にする暇もないし。がたっと船がゆれて、一気に加速した!
えっ? ちょ、まって。
船が波を切って進む! 船の先端が少し浮いてばあぁーっと音がする。怖い!
「う、うわーぁあ!」
「!!!」
怖い。何度だっていうけどさ!
狭い水路をすごいスピードで船が進んでいく!!
ていうか、水路の奥が曲がっている!!!
「おっ。やばっ」
ラナの声が耳に響く。操っている人間のその言葉はほんと怖いから止めてよぉ!
船が傾いた。ぐいいーと体が横に引っ張られるのを飛沫をあげて船が「曲がる」。
「イエー!」
ラナの調子に乗った声がする! ミラ、ミラぁ。あいつを止めてよ。
「楽しい!」
え? ミラ。今なんて?
「よくわかってんじゃない。ラミ! ほら、もっとスピード上げるわよ。こーんなつまらない依頼なんだから遊んでやらないとねっ!」
「う、うん……い、いや、そうだナ!」
ラナの魔力の高まりを感じる。スピードがさらに上がる。あたしの顔に水の飛沫が当たる。
うあぁあ。怖い、怖いよぉ。壁にぶつかって死にそうぉ。
ああああああああ、なんか先に段差が見える。このスピードで突っ込んだら! 下に落ちる!
「ラナ!」
「わかってるってマオ」
止めてくれるよねっ!?
「あんたがこうしろって言ったんだから! ご期待に沿ってもっとスピードを上げるわ!!」
「ち、違うし」
船の周りが青く光る。
「捕まってなさいよー!」
「捕まるところがない!」
「…………♪」
小舟は全力で突っ込んだ! 浮いてる!
一瞬後にばっしゃーんと水面に勢いよく落ちた。はねた水がぱらぱらと雨みたいに降ってくる。
「あー楽しかった」
ラナがほんとに楽し気に言うのが聞こえた。ミラの胸元で猫も鳴いてる。楽しそうに。
「面白かった」
「ふふふ。ラミのこと最初は怪しいって思ったけどなかなかいいやつかもね。あ、勘違いしないでよ。報酬はやらないからね」
「そ、それは心配しないでいいよ。いや、いいゾ」
ぐす、ぐす。
「マオ、あんたそんな端っこで何をしてんのよ。調査をしないといけないんでしょ」
「…………二人とも嫌いだ」
ミラがびくっと後ろにのけぞっている。ラナはあたしのにやにや近づいてきた。
「あんた怖かったの?」
「そ、そんなわけないじゃん」
「少し泣いてない?」
「飛沫がかかっただけだし! そんなことよりもこんなに早く進んじゃったら異変があったのかわからないじゃん」
「まー、そのあたりはてきとうでいいんじゃないの?」
ラナは大雑把。あたしはわかった。




