王都の地下水路
それからFランクの依頼をラナと一緒に受け続けて一週間がたった。
1日7,8件くらいやって精いっぱい。今は、えっと……全部で……52件終了した。
やったことと言えば草むしりとか、お買い物とか手紙の配達だとか。あと、猫も探した。それに子供とのおもりと言うか、遊び相手とか犬の散歩とか……雑用ばっかり!
あたしは王都の公園のベンチで頭を抱えた。
「目標の100件かぁ、あと7日でやらないと」
約束の日まであと一週間。Fランクの依頼を100件やるって啖呵切ったからにはあたしは絶対やる。マオ様を舐めんな。
「よっし」
立ち上がって気合を入れた。
今日は城壁近くで仕事だ! 手元の依頼書を見ると内容は「水路に関することで地下に潜っての調査」と書いている。
なんでこんなことしないといけないんだろ。……いけないいけない弱気になったら。ちゃっちゃと終わらせてやろう。どうせ魔物も出ないような依頼しかFランクにはない。
とりあえず現地に向かうことにする。
石畳を軽く奔る。ここ1週間走り回ってたから地理は頭に入っている。今日の仕事場所は市街地を抜けていく方が早い。
たったか、たったか。
子供のころから山道になれているから逆に舗装された道ってすごい走りやすい。でも、あとで足が痛くなるんだよねぇ。
「ああ、マオちゃん」
川沿いを通っているとこの前草むしりを依頼したおばさんがいた。あたしは手を振ってる。
「あ、おばさん元気!? 急いでいるからまたね」
「今度よってね。ケーキを用意しておくよ」
!
足が止まりそうになった。でもあたしは急ぐ。
人通りが多い大通りを避けて路地に入る。狭いところだ、あ、先約がいる。白い猫がうずくまっていた。あたしを見ると「にゃあ」と話しかけてくる。こいつは猫探しを依頼されたことがある、ここにいるってことは……また逃げたんだ。
あたしは立ち止まってそいつの顎を撫でる。ふわふわで気持ちさよげにしている。
「あんたさ、ちゃんと帰らないと飼い主が心配する……って、急がないと」
はっとして猫にお別れを言って走る。てか、付いてくる。まあ、別にいいや。
路地を抜けると小道に入った。左右が石造りの家に囲まれた場所だ。上から声がした。
「おお、マオ」
屋根の上に大柄のおじさんがいる。頭にハチマキを撒いて、手にハンマーを持っている。
「今日は手伝わないのか? 屋根の修繕を教えてやるぞ」
「今度ねっ!」
にゃあ
あたしの足元で白猫も鳴いた。
あの人は大工さんで資材運びとかをたのんできた人だ。あたしとラナが行ったら露骨に嫌がった。まあ、女の子2人きたらそうなるかもだけど、あたしが怒って。全部やった。きつかった。……すっごくきつかった!
でもなんか大工とのおじさんには気に入られた。なんでかなんて知らない。
猫を引き連れて走る。街中を走ると上からも下からも横からも声がかかる。
――「マオ」
「あ、この前のおじさん。腰は大丈夫? また、買い物するんだったらするからね」
――「マオちゃん」
「お花屋の姉ちゃん。今度川辺のおばさんが花壇作るらしいよっ! お花の手入れ手伝うからさっ、何とかしてあげてね」
――「お嬢ちゃん」
「じいちゃんも今日はお話聞けないから、今度ね」
――「クソガキ」
「だーれがクソガキだ! 不良ぶってお母さんに迷惑かけてるんじゃない! また喧嘩してあげるよ。今度ね!!」
――「「「マオ姉ちゃん」」」
「うわー。引き返す、道はないかぁ。ちょっと横通るから、こら、服を引っ張るな。今日は遊ばないから!! ……遊ばないって!!」
――「マオさん」
「あ、神父さん! ラナはすごい手伝ってくれるから助かっているよ」
話しかけられる。そのたびにあたしの足が一瞬止まる。
あとなんかもらったりもする。あたしの両手にパンとかミルクとか……小さいからいっぱい食べないと、とか言われるけど大きなお世話!
少し立ち止まってあたしは視線を下げる。胸元を見て――はっとした。
「今は急いでるんだって!」
悲鳴のように叫んで、走っていく。猫もちゃんとついてきてるし……もう。
城壁が近づいてくる。
集合場所には腕を組んでいるラナがいた。じろりとあたしを見てくる。
「なんでパン持っているの?」
「あたしが聞きたいよ」
みんながくれるんだから仕方ないじゃん。ていうか、猫もついてきてあたしの足元ですりすりしている。かわいいなぁ……じゃない、なんでついてきたのさ。
「ほら、もうお帰り」
みゃー
「いや、みゃーじゃなくて! にゃお、にゃーお」
猫語はわからないけど適当に言ってみたら。機嫌よさそうにすりすりしてきた。
「はあ」
「一人芝居してないで今日もやるんでしょ? Fランクの依頼」
「もちろん。今日は水路をたどって地下に潜るんだってさ」
「はー、なんで私もこんなことしているんだろう」
さっきのあたしと同じようなこと言っている。ラナは大きなため息をついた。
今回の依頼は街中に走っている下水道についてだ。
この石畳の下には縦横無尽に水路が通ってて、それぞれの街の井戸に繋がっているらしい。あ、ちなみに汚したら重たい刑罰があるんだってさ。
いくつかの街の井戸の出が悪いのは下水道に何らかの故障とか汚れとかがあるんじゃないかってことで、見てくることになった。専門の人に頼むとみるだけでも高いらしい……あたしなら安いってことか!! うー。
あたしとラナは街中を歩く。少し坂道になっている。そういえばこのパンとかどうしよう。全部食べられないし。
少し行くと橋になっていた。もぐもぐ。
橋の下は土手になっててそこに木造の小さな船が繋がれている。人もいる。あ、刺繍の入った長い袖の服に丸帽子……役人だ。
「来たか、遅いぞ」
土手に降りるとイライラした様子で役人はあたしたちを睨みつけた。ラナがむっとしているしあたしもむっとしたけど、まあいいや。
「この船で水路を見てくるってこと?」
「そうだ。壊すなよ。王都の地下水路に潜れるのはこことあと数か所だけだ。ほかの場所から出るには遠いからここにもどってこい」
壊すなっていっても船なんて漕いだことほとんどないけど。
「壊れている場所があったり、気になったことがあれば報告をしろ。繰り返すが決して水路を汚すな? いいな。貴様ら低級の冒険者もどきに仕事を斡旋しているだけありがたく思え」
短く、乱暴に役人はそう言った。
「あんた――」
ラナが何か言いたそうだったからあたしは両手で口をふさいだ。
「んー」
「わかった。じゃ、仕事始めるから」
そう聞くと役人はふんと鼻を鳴らしてどこかに行ってしまった。ラナを離すと、地面を蹴って、悪態をついてる。
「何、あいつ。マオだけならともかくこの私に低級冒険者もどき……ぐぐ」
あたしはそれを無視して船に乗る。うわっ、おっとと、両手でバランスをとる。結構揺れるんだ。猫も乗ってきたし。帰らないの?
「マオ、怒らないの!? ムカつかないの!?」
「んー」
あたしは振り返った。
「ああいうのはさ、ビョーキみたいなもんだから」
村でも役人は偉そうだった、いちいち相手しないように染みついている気がする。あ、税金取られるのはムカつくかな。
「それよりも早く行こう」
ラナはぶつくさ言いながら乗ってきた。あたしの顔をじっと見てくる。
「な、なに?」
「あんたさ……船を漕げて楽しんでない?」
あっ!!
いや、そ、そんなことないけどさ、いやでもさ、うん。まあ、……はい。
「と、とにかくいこー」
にゃーお
あたしは照れ隠しで元気に言ってオールをつかんだ。ぎこぎこ漕いでみると、全然進まないし。ラナがあきれ顔で言う。
「貸して。ほら」
そうしてラナの漕ぐ小さな小舟が水路の中に入っていく。
あたしは猫が落ちないように胸に抱きかかえながら。
感想もらえると嬉しがります。




