答えを得ようとする者
とある船上にその青年はいた。
優しい風が緑色の髪を揺らしている。その小柄な青年の瞳は海を見つめている。
まるで少年のようにしか見えない彼はイオスという。とある街のギルドマスターの地位にある。彼は今は一人、じっと遠くを眺めている。
白い鳥がどこかに飛んでいくのを見ながら彼はぱちぱちと瞬きをした。誰かが見ればただそのしぐさが可愛らしいというかもしれない。
「イオスさん」
その彼に声をかけた少女は。美しい透明感のある紫の髪を手で押さえた彼女の名はソフィア・フォン・ドルシネオーズ。過去に魔王を打倒した「知の勇者」の末裔だった。
彼女はイオスの横に立ち、同じように遠くの景色をその瞳に映しながら、その唇を開いた。
「あれはいったいなんですの?」
「あれ? あれっていったいどれのことだい?」
イオスはけらけら笑いながら言った。ソフィアはそれを睨んで言う。
「あの戦場に現れた者のことですわ」
イオスは緩やかに微笑みながら答える。
「あのことは取りあえず集団で幻想の魔術に掛かったということになったみたいだね」
「…………突然空に現れた竜とそこから降りてきた『魔王』などと称するものが現れた……夢としたくなる気持ちもわかりますわね」
「へえ、ちゃんと覚えているんだ。力の勇者の末裔君はうろおぼえだったみたいだけど」
「未熟者と一緒にされては困ります」
ふんと、軽く鼻でソフィアは笑った。その様子をイオスは楽し気に見つめている。
「そうだね。まだまだ彼女は発展途上だ。それはソフィアさんも変わらないし、ミラスティアさんも……そしてあのマオさんもね」
「……あの野蛮人はいったいなんですの?」
「野蛮人はひどいな、一応彼女もかわいい女の子だよ」
「……秀でた魔力もない、あなたの与えたあの妙な武器だけが取り柄……と思ってましたが『夢』の中では私たちの力を増幅することを当たり前のようにやってのけましたわ。おそらく一流の魔法使いでも及ばないような技術……それをあれが」
ソフィアは忌々しいと吐き捨てた。夢であることを否定した彼女はマオのことを「夢」と言った。素直に物事を表現するには感情が勝ちすぎているのだろう。
「うん。僕も彼女のことは楽しみにしている。なんか、得体が知れなくて」
「……化け物の様に言うのですのね」
「本当に化け物だったらどうする? 僕はね、そっちの方が面白そうかな」
イオスがソフィアを見ながら心底楽しそうに笑った。そこにはなんの邪気もない。ただソフィアは「化物」とつぶやいて苦虫をかみつぶすような表情になった。
「マオさんには僕は期待しているのは間違いないよ。学園でもなかなか面白いことをやってくれると思うけど、ポーラに紹介状を届けているから……きっと大変なことになっているんじゃないかな」
「ああ、あの腹黒い先生ですわね」
「ひどい言い草だね、ソフィアさん。彼女は一応先生だよ」
「……はあ。まあ、あの生意気なあれをこらしめてくださるなら何も言うことはありませんわ」
ソフィアは胡散臭げに彼を見た。彼女は一度はあ、と息を吐いて、下を向く、その表情はイオスに見えないように冷たく沈んでいた。
赤い瞳が光っている。
「あの船には3人の勇者の末裔がいてかろうじて何とかなりましたわね」
「そうだね。偶然助かったよ」
ソフィアは続けた。
「あの魔王と言った男は私達勇者の末裔を始末することで人間に宣戦布告をするといいましたわ……。明らかに私たちを狙っていたのは偶然、とはいえないのではなくて?」
「そうなんだ、それは僕は聞いてないな」
「そして、私もあの時不覚にも気絶をしてしまいましたわ……正直あの男はミラスティアさんの剣技だけで倒せるとは思えませんわ」
「何が言いたいんだい?」
ソフィアはイオスを見た。緑の髪の彼は優しく微笑んでいる。
「だったら、なぜあの魔王と称する男は消えたのでしょう? 私たちが目的ならば、殺されていても不思議ではないですわ……いえ、それ以前に魔鉱石が消えていたことも船がほぼ無傷だったことも異常ですわ。あの時いったい何が起こったのか……ギルドマスターはもしかして見ていたのでは?」
「……なるほどね。それは不思議なことだ、でも残念なことに僕から君に言えることは何もないな……。あの時のことはよく覚えていないんだよ」
イオスは「ごめんね」とソフィアに言った。ただ彼の話しかけたその「知の勇者」の末裔は彼をじっと見ている。
「こわいよ」
イオスは笑みを崩さずに行った。
「まあ、人生はさ。永いからどこかで答えも見つかるんじゃないかな」
☆
「ねこさがしー?」
あたしは王都のギルドにやってきていた。
あのポーラとかいう先生の勝負……もとい入学試験を合格するために!
でも、やっぱり「F」ランクの依頼は全部すごいヘンテコなものばかりだった。
・猫を探してください。
・煙突の掃除をしてください。
・犬の散歩願い。
・話し相手になってくださる?
・剣を磨く
・子供の遊び相手をしてください。
「あぁー!」
頭が痛くなる。これ冒険者のやることか―!?
はあ、でも今のあたしに受けることできるのはあくまで「F」ランクの依頼だけだ。ポーラ先生に臨時でもらった仮の冒険者カードを見ると「この子はFランクだからね―♡」みたいに書いてある。
「んんんん」
見るたびにむかつく!
あたしはギルドの受付の前でじたんだを踏みそうになってなんとか自分を抑えた。
「あの、大丈夫?」
受付のお姉さんがあたしに聞いてくる。大丈夫というか、これからこれを100個も受けないといけないって考えるとうーってなるよそりゃ。
「まあいいや。それ全部受けるよ」
「ぜ、全部ですか?」
「だってそうしなきゃあたしどうしようもないし」
「よ、よくわかりませんけど流石に全部は……」
「わかったよじゃあ、受けられるのを教えて」
「じゃあこれなんてどうかしら」
受付のお姉さんはあたしの前に一つの書類を出した。そこにはこう書いてある。
・お手紙を届けてください。
「手紙を届けるだけ?」
「そう、でも少し治安の悪い場所ですね。魔物を相手にするよりは簡単なことですよ」
ふーん。今のあたしはなんの武器もないんだけどな。そうは思ったけどあたしは承諾する、するとお姉さんはカードに指を置く。ぽうっと光る。
「はい、これで大丈夫です。それじゃあこれが依頼書なので頑張ってください」
にっこり笑ってお姉さんがあたしに一枚の紙をくれた。報酬とか依頼主が書かれている。それをもってギルドを出る。
がやがやと人通りが多い、王都のメインストリート。
いい天気。あたしは大きく息を吸って、ふうと吐く。
「……やってやる!」
あたしの初の依頼は手紙を届けるだけ、それでもここからが一歩なんだ。




