入学試験
大通りの先に「学園」はあった。
その大きな敷地は太陽の光を反射してまぶしいくらい白い塀に囲まれていた。
あたしがそれを触ってみるとわずかに魔力を感じた。たぶん何かの魔法の構造があるんだと思う。ていうか、ずっと先までこの「塀」は続いてて入り口が見えないんだけど。
ミラの案内がないとやっぱり迷ってたかもしれない。
あたしとニーナはミラの後ろについていく。ミラはなんだかご機嫌なのは気のせいかな? 育ちがいいからと思うけどミラはあんまり無駄なことを言わないから、なんで機嫌がいいのかは想像するしかないけど。
「ほら、マオ、ニーナあそこ」
「おー」
「……」
あたしは声をあげた。ニーナは緊張した顔をしている。いやニーナ、校門があるだけじゃん。そんなに難しい顔しなくてもいいって。大きな門には鉄格子のようなものはない。というかもうどうぞどうぞと言う感じで開いている。
校門をくぐる時に一瞬だけあたしたちの制服がほんの少しだけ緑色に光った。ふーん。なんか防犯みたいな魔法はあるみたい。詳しくはわからないけど。
「広いな」
ニーナがぽつりと言う。
あたしも同じこと思った。校門をくぐると広場だった。芝生が綺麗に整備されて、一本の道が奥にある建物に伸びている。見ると、あたしたちと同じ格好をした人たちが大勢いた。
「あそこが校舎だよ」
ミラの指さした先にあるのは白い建物。尖塔を持ったその建物には鳥のような紋章がある。……なんか、どっかで見たような気がする。
そう思っているとミラがなぜかあたしたちの前でにっこりと振り返った。両手を広げて、優しい顔であたしたちに言った。
「ようこそ、2人とも。フェリックス学園へ」
青い空と白い校舎を背にミラが言った。嬉しそうな顔にあたしは一瞬だけ、意味もなく自分も嬉しくなった。ただ、ミラはすぐに恥ずかしそうに顔を赤くしてあたし達から目をそらした。
「……ミラ」
「な。何。マオ」
「いまさ……ちょっと恥ずかしくなった?」
「! もうマオは案内しない。いこっ、ニーナ」
「お、おお?」
ミラはニーナの手をつかんで歩き出した。いや、待ってよ、こんなところで置いて行かれても何にもわからないんだから! まってぇ。
☆
3人で並んで歩く。ミラは歩きながらいろいろと教えてくれた。
「校舎とは別に図書館と生徒の寮があるよ。ほらあそことあそこ」
指さしながら教えてくれる。あたしはふんふんと頷きながら、あたりをすれ違う生徒があたしたちのことを見ていることに気が付いた。いや、あたしとニーナと言うよりもミラを見ている。
まあ、有名人なんだろうなあ。剣の勇者の末裔というのは大変だ。
「それに武闘場や運動をするための広場とかもある……。そのあたりはまた説明するね。そういえば入学するときには学生課に行かないといけないはずだから……ギルドマスターから聞いたよね?」
なにそれ。
あたしは助けを求めてニーナを見た。……ニーナもあたしを見てる? 二人して見つめあった。
「あ」
「あ」
あたしもニーナも察して同時に声を出しちゃった。つまりニーナも分かってない。あたしも全然話を聞いてない。
全部イオスが悪い。
変なところ段取りいい癖に肝心なところをぼかしている気がいつもする…………きっとわざとだ、あたしは確信してる! 頭の中であははって笑っている緑の髪のあいつがいる!
「と、とりあえずそこに行かないといけないんだね」
あたしは取り繕った。ミラは頷いて「じゃあ、案内するね」と言ってくれた。
学生課という表札のかかった部屋に入ると、なんだかギルドみたいな場所だった。
奥に受付があって、待合室がある。掲示板には乱雑にポスターとかが貼ってあったりする。ただ、いるのは冒険者じゃなくてフェリックスの制服を着た学生だけだった。
ミラが入るとやっぱり周りがざわめく。少し恥ずかしいね。なんだろ。
受付にいくとそこには一人の女性が座っていた。桃色の髪をポニーテールにして、ゆったりとしたローブにさらにゆったりとした笑顔な人。美人だ。あたしは正直思った。
「今戻りました、ポーラ先生」
「あら、ミラスティアさんおかえりなさい……今回は大変だったわねぇ……Eランクの依頼だったのに災害級の魔物と戦ったり、『暁の夜明け』に襲われたり、先生心配したわぁ」
先生? この人先生なんだ。それにしてもゆったりと話すなぁ。あとよく知っているなぁ。流石に船でのことはわからないと思うけど。
ポーラ先生と言われたその人はあたしたちを見た。
「あらあら、貴方たちはマオさんとニーナさんねぇ。イオス君から話は聞いているわぁ」
「がっ??!??」
ニーナがのけぞった。
「ちょ、ちょっと待ってください。私の名前はニナレイア・フォン・ガンガンティアと申します。そ、そのニーナというのはこの、この馬鹿が勝手に言い出しただけで……」
ゆーびーさーすーなー。あとミラも言っているその時、まわりがやがやし始めた、
――ガルガンティア?
――力の勇者の?
――また、学園にもう一人入るのか。
ん。力の勇者の末裔ってことで騒がれるのはわかるけど「もう一人」ってなんだろ。ニーナも周りの声に気が付いてぐぬぬって顔して、あたしをきっと睨みつけてきた。あと、
「あのギルドマスター……ぁ」
イオスに恨みごとを言った。そうそう、あたしよりあいつの方が悪いと思う。
「ふふふふ」
それを見てから「ポーラ先生」は優しく笑っている。意外と怖い人なんじゃないのかな、この人。
「先生はニーナの方がかわいいと思うんだけどなぁ…………それよりも入学の試験のことだったわねぇ」
は? 試験。
「いやいや。試験って何?」
あたしが言うと、くいっとスカートを引っ張られてみるとミラがニコニコしてる。怖い。
「あ、あの、試験って何のことでしょうか?」
言い直す。ポーラ先生は驚いたような顔で。
「ええ? それも聞いてないのぉ。まあ、安心してねぇ。落ちるようなことはないはずだから。フェリックス学園は年に2回の入学機会があって、それが2週間後になるのぉ。その間にポイントを集めるだけよぉ」
「ポイント?」
「難しい話じゃないわぁ。ギルドの依頼には学園がポイントを設定してて、Eランクで50ポイント、Dランクで80ポイントみたいにねぇ。入学に必要なのは100ポイントだから2週間もあればEランクの依頼を2つこなすのは楽勝ねぇ」
ふーん、つまりギルドの依頼をこなす必要性があるんだ。Eランクっていえば私の村の依頼は「Eランク」だったってミラが言ってたことがある。……黒狼のことは抜いてもけっこうきついんじゃないの。
あたしが考えているとミラが言った。
「大丈夫だよマオ。実際の依頼は現役の冒険者と共同で行うことになるから、それに私も手伝うよ」
「あんがと、そういえばガオ達と一緒にいたねミラ」
「学生は基本的に単独で依頼は受けずにギルドか自分でパーティに入るの」
「ふーん」
だからガオ達とミラはいたのか。安全に依頼をやるって感じかな、まあいいや。
「ちなみにぃ」
ポーラ先生は言う。
「学生になった後もこのポイントは成績に求められてくるからねぇ、その練習みたいなものよぉ。Fランクの冒険者でも落ちることはないから…………先生たちがちゃーんとしっかりしたパートナーを見つけて合格させるからねぇ。そもそも合格させるつもりがなければ冒険者カードに学園ランクは現れないわぁ」
冒険者カード……。あれ、どうなったんだろ。
「それじゃあ冒険者カードを出してねぇ。それをもとにギルドを通して現役冒険者に依頼するわぁ」
え? 持ってないけど。あれ、ソフィアに燃やされたからイオスにもう一回貰うはず……。
ニーナもミラもあたしを見ている。あたしが事情を説明しようとしたらミラがあたしの代わりに言ってくれた
「あ、あの先生。実はマオはここに来る途中にトラブルに巻き込まれて冒険者カードをギルドマスターに再発行してもらう依頼をしています……」
「あらあら。そういえばそんなことイオス君から報告書にもあったわねぇ。じゃあ、仕方ないわぁ、マオさんのもともとの冒険者ランクから依頼を……」
ポーラ先生はがさごそと手元にあった書類をめくっていく。一枚の書類を出して難しい顔をした。
「あらぁ? FFランク? マオさん」
「そ、そうだけど、あたしカードにはFFランクって書いてた、あーいや、書いてました」
「………………あー。まずいかもねぇ」
「ま、まずいって?」
「あのねぇ。冒険者カード自体はギルドの管轄だからこっちでどうしようもないのぉ。あのカードがないと学校から依頼ができないから……ランクがFFのマオさんにはEランクの依頼は出せないわぁ。本当なら冒険者カードを使ってギルドに高いランクの依頼をお願いするのぉ」
………そ、それやばいんじゃないの。入学試験ってことは一応合格しないと入れないはず。
「そ、そんなこと言ったって、今はないもんはないんだからどうしようもないじゃん。どうしたらいいの!」
「うーん」
ポーラ先生はあたしをまっすぐ見た。少し開いた目がギラリと光る。あたしはそれに威圧感を感じて下がった。
「今年はあきらめて、来年にもう一度きたらいいわぁ」
さあ、とあたしは背中が冷たくなった。ミラとニーナも「何!?」「ええ?」と声をあげている。
「正直冒険者は命がけのことよぉ。いろいろと事情があるのはわかるけど……、結果としてマオさんは冒険者カードを失っているわ。そう……重要なのは結果。冒険者になるとそんなことで、というほど簡単に死んだりするの」
優しい口調で淡々を話すのは、なんか怖い。
「さ、さっきと言っていること違うじゃん。みんな合格させるって」
「うーん。正直、FFランクなんて先生初めて見たわ。実力がない者を簡単に冒険者候補にするのは心配なのよぉ。ましてやぁ…………冒険者カードを燃やされちゃうような子にはねぇ」
! 最初からこいつ知ってたんだ。じゃあ今までの話は全部……芝居? いや、よくわかんない。あたしはもう一度このポーラ先生を見た。
値踏みするような視線にあたしは気が付いた。
このおっとりしたように「見える」この人はたぶん腹の中が黒い。イオスとはまた違う、なんかもっといろんなものの混ざったような視線だ。
なんか……だんだんむかむかしてきた。
「…………わかった」
「マオ! あきたらだめだよ!」
ミラ、あたしはあきらめたんじゃない。
あたしは受付をばあぁんと両手でたたいた。乾いた音が響き渡る。
それからこのポーラ先生を睨みつける。正直喧嘩を売られている気分だよ。あたしは魔王だ、こんなくらいでへこたれていられるもんか。
「100ポイントだっけ? 依頼をこなせばいいんだよね。……あたしのランクでうけられるのはFランクの依頼だったはずだよ。それでもいいんだよね?」
ポーラ先生は特に表情を変えることなく、いや、ちょっと首を傾けて微笑のまま短く言った。
「1依頼1ポイントぉ」
「…………いいよ」
ニーナがあたしの肩をつかんだ。
「お前、落ち着け。Fランクの依頼とはいえこの2週間で100件するということだぞ!」
「わかってるよ。この先生が言ったように理不尽がどーのこーのなんてあたしにはなんでもないって示してやるんだ」
それを聞いてポーラ先生は口角を吊り上げてにやぁと笑った。
「そーお? じゃあ、2週間ねぇ。そうそうミラスティアさん、それにニーナちゃん」
「に、ニーナちゃん??」
「は、はい」
「2人ともマオさんを手伝ったりしちゃだめよぉ」
「……! せ、先生」
「なーにミラスティアさん」
「……そ、そのマオを、いやマオに対して厳しすぎるとおも」
あたしはミラが言い切る前に受付にばーんと右足を載せた。ポーラ先生はあたしをただじっと見ている。あたしはポーラ先生を睨みつけた。
「つまり、あたしに対して思うところがあるってことだよね」
「そーよぉ」
ニコニコしながらいけしゃあしゃあと言ってくる! むかぁ。
「上等だよ……! あたしがそんなくらいでへこたれないってこと、思い知らせてあげるよ!!」
ポーラ先生は目を見開いた、笑っているような、ただ見ているだけのような何とも言えにあ表情。その大きな瞳にあたしを映しながら言った。
「楽しみにしているわぁ」
天使のような、悪魔のような笑顔だった。




