王都到着
ここは、どこだろう。
あたしはふわふわした気持ちであたりを見回してみた。整然と並んでいる長椅子。振り返るとそこには神の像、かな? それが安置されている。それに鳥のような紋章があった。
ああ、ここは教会というやつだね。あたしはなんとなくそう思った。神様に祈るなんてばかばかしい。そもそもあたしがここにいるのはあいつのせいだし。
いやでもなんでこんなところにいるんだろう。あたしは考えてみたけど、よくわからなかった。
一度目を閉じる。
次に目を開けた時、あたしの瞳に燃え盛る炎が映った。教会は炎に包まれて、あたしは叫ぼうとしたけど声が出ない。
いつの間にかそこには誰かがいた。
そいつは、あの魔王ヴァイゼンと同じような軍服を着ている「そいつ」は燃え盛る教会の中で高笑いをしている。短い茶髪で毛先にそって金色になっている。手には開かれた本があった。
そいつは頭に「角」があった。顔の半分が黒く塗られている。
あたしはそれを知っている。力のある魔族はそれを知っているんだ。
炎が広がっていく中で「そいつ」の高笑いが教会を満たしていく。あたしは、なにもできない。まるで体が水の中にあるように重かった――
☆
体が揺らされている。
「んん、もう少し」
あたしは思わずそう口に出していた。
「何がもう少しだ! 起きろ!」
「んぁ」
あたしの上から掛布団が引きはがされた。あたしは眠いけど体を起こして目をこする。そして掛布団を強奪した奴を見ると、短い金髪、片方の耳にきらきら光るピアス。ニナレイアだ。
「ニーナ……」
「もうすぐ王都に着く。そろそろ起きろ」
「わかったって」
大きくあくびをしてベッドから降りる。ギイギイ揺れている船室はそんなに広くはない。ベッドも小さい。ああ、背中痛い。体を伸ばして、大きくあくびをする。
「ふぁー」
「……はあ、なんで私がお前なんかを起さないといけないんだ」
「いや、ありがと」
あたしは近くの椅子にかけてあった黒い制服の上着を取って袖を通す。それからリボンを結びなおした。
あたしは船室を出る。まぶしい陽の光に目を細めた。
それからあたしは甲板から海の先を見た。
青い海を囲む湾にそって、整然と並んだ街並みが広がってる。太陽の光が白い街を輝かせている。
ざぁっと波の音とぱたぱたと帆の音がする。あたしたちの乗っているのは帆船だった。
「ここが王都……わぁ」
広い、海から見ても街の果てが見えない。潮風になびく髪を抑えながらあたしは正直わくわくしてしまった。こんなに広い街は生まれてからは初めて見た。
あたしは甲板を歩きながらその巨大な姿に目を奪われていた。魔王だったころのあたしの時代にもここまでの場所はなかったと思う。ここにフェリックス学園もあるのかぁ、と思う。
ミラスティアがいた。
ミラも手すりに手をおいて、銀髪をなびかせながら王都を見ていた。ただ、静かに見ている姿は絵になる。ただ、あの顔は、
「ミラ。船酔いは大丈夫?」
「…………んーん」
ゆったりと首を振るミラ。優雅なしぐさに見えるけど、それはただ気持ち悪いのを我慢しているだけ。……あたしは背中をさすってやるんだけど、ミラは遠くを見ている。
「それにしても遠かったな」
ニーナもミラに並んで言った。そう遠かった。
魔王に襲撃されてから主にあたしのせいで魔鉱石がなくなった前の船は航行不能になった。それから近くの港町まで救援をたのんだり、この帆船に乗り換えたりしたんだ。
「遠かったー」
あたしもニーナに同調した。ミラは無言で王都を見ている。
ニーナは険しい表情で王都を見ている。いっつも仏頂面なんだけど、ニーナがこんな顔をするときは何か考え事をしている時だ。一緒にいてなんとなくわかってきた気がする。
もともとニーナは聖甲を継承するために冒険者になるつもりらしい。きっと思うところいっぱいあるんだろうなぁ。あたしはニーナの肩をぽんとたたくと、睨みつけられた。
「なんだ。その手は」
「別に」
ニーナのこういうところを気にしてたら付き合えないしね。そう思っていると船の船員の声が聞こえてきた。
「もうすぐ港に接岸するぞー」
ぱあぁっとミラの目が輝いている。さっきまでお淑やかに見えたのに今は期待に目を光らせている。ただすぐに気持ち悪そうにして、手すりに縋って遠くを見ている。あたしはやっぱり背をさすってあげる。
帆船って揺れるもんね。
「そういえばマオ。お前は魔銃の代わりはどうする気なんだ」
ニーナに言われて思い出した。そうだ、あたしの魔銃はいつの間にか消えていたんだった。あれがないと確かに困るかもしれない。剣とか弓とかは正直あたしには扱えない。
「そうなんだよね。どうしようかな」
腰には銃弾が入ったポーチだけがある。あたしはそれをなんとなく開けて、まさぐってみると何か入っている。
「ん。なんだろこれ」
手紙だ。ミラとニーナも覗き込んでくる。ミラは無理しない方がいいと思うんだけど。
中には住所のようなものと魔銃のことで困ったらここに行くようにと書いてあった。ポーチをもらったのはイオスだから、あいつの手紙だと思う。
でも、それしか書いてない。住所はアルミタイル通りの1丁目。
「それは…………王都の……なかにある通り………だね」
すごくミラはゆっくり話している。上品な響きを感じるんだけど、本人はたぶん普通に気持ち悪いだけだ。
「この手紙は誰からのものなんだ。マオ」
「イオスから」
「ギルドマスターからか……あやし……いや」
やっぱりニーナも怪しいって思っているみたいだ。そういえばあいつどうしたんだろ、あとソフィアも途中から見なくなった。
☆
船を降りると港は人でごった返していた。港町バラスティとは活気が全然違う。気をつけないと歩いてる人と肩が当たりそうだ。
「マオ! 学園はあっちだよ!」
ただミラは元気になった。あたしの手を引いて、どんどん歩いていく。いや元気になりすぎぃ。あたしとニーナは速足でついていく。
きれいに整備された石畳。道は広い。それに一つ一つの建物が大きい。
「おぉー」
あたしはきょろきょろしてしまう。見るもの全部が新鮮だった。
「あまりよそ見をするな」
ニーナもあたしではなくてどっかを見ながら言ってる。ニーナも普通にきょろきょろしているじゃん。ミラは流石にそんなことはないけど、歩くだけで楽しそうだ。船酔いがよっぽどつらかったみたい。
「あ」
ニーナが言ったのであたしとミラが立ち止まった。みればニーナの視線の先に一軒の出店がある。旗が立っているけど、なになに「アイスクリーム」と書いている。
なにそれ。
「なんでもない。行こう」
ニーナがそう言って通り過ぎようとするのをミラが止めた。
「せっかくだから私は食べたい、かな?」
「…………………まあ、ミラがそういうなら仕方ない」
何嬉しそうな顔をしているのさ。ていうかあれ、なに? あたしにも説明して。あとちゃんとミラって呼ぶようになっているんだね。
☆
なにこれ。小さな容器に白いどろどろの何かが入ってる……。ていうか、冷たい。あと結構高かった。
「氷の魔法に応用で作られたお菓子だ。ほらマオ食べてみろ。王都くらいでしか食べることはできないものだ」
ミラもニーナも手に同じものをもってる。あたしたちは近くにあった噴水の縁に3人並んで腰かけている。
あたしは警戒した。
「いや、ほら食べてみろ」
ニーナをあたしはじっと疑いの目で見る。
「な。何だその目は」
「実は辛いとか……」
「そ、そんなわけがあるか!」
「あやしい」
じーーー。
ピザに「タバスコ」とかいう毒をつけられたから。あたしはじっとニーナを見た。横を見るとミラが小さな木のスプーンで黙って美味しそうに食べている。
「ミラが食べているなら大丈夫かな」
「おい。なんで私のことをそんなに疑っているんだおまえ」
前科ありだから。まあ、とりあえずいただきまーす。ぱくり。
ひっくりかえった。
「あ、あぶない!」
ニーナが背中を抑えてくれないとあたしは噴水に頭から飛び込んでた! ていうか美味しいなにこれ、甘くて、冷たい。んん。
「ニーナが食べたかったのもわかったよ!」
「べ、別に食べたかったわけじゃない」
言いながらニーナもぱくりと食べると頬が緩んでる。
あたしたち3人は王都で「あいすくりーむ」を並んで食べた。その時ミラがあたしたちに言った。
「ほら、2人とも。あの坂の向こうの少し遠くに尖塔が見えるとおもうけど。あれが学園フェリックスのシンボルだよ」
それは高く伸びたもので鳥のような文様が刻まれていた。
ある意味この旅の第一の目標はもうすぐそこだった。




