勇者の末裔と魔王
まるで空が落ちてくるみたいだった。
青い竜のはなった魔力の塊は真っ暗にあたしたちの上空を覆う。
ソフィアとミラ隣り合って魔力を開放している。構築された白い防護壁が船を包んでいる。
衝撃が来た。轟音が耳に響く。
「うわっわ」
地面が揺れる。あたしはその場にしゃがんでなんとかやり過ごす。空には白と黒の魔力が混ざり合って、ぶつかり合う。
「う、ううう。ミラスティアさん。もっと魔力を」
ソフィアの手にある聖杖が光を増していく。それはミラの聖剣も同じ。でもあたしにはわかる、きっと足りない。これだけの防御の魔術なんて続くわけがない。
あたりのざわめきと悲鳴が耳に響く。あー、もう、考えているんだから。
2人の魔力量はやっぱりすごい、でもそれは普通の冒険者と比べての話だ。あたしの戦った3勇者とは全然違う。だから聖杖を使おうと聖剣を使おうと同じことはできない。
あたしの頭の中に黒狼と戦ったときのことが思い浮かぶ。ミラの魔力を循環させて聖剣の力を出せるだけ出した。あれをやるしかない。
でも、魔力の総量もたぶん足りない。
でも、ソフィアもあたしを信頼してくれないだろう。
でも、あきらめるわけにはいかない! あたしは死にたくない! あがいてやる!
だからあたしは叫んだ。
「ニーナ!」
「……!?」
へたり込んで空を見上げている力の勇者の末裔ににあたしははいずって近づく。無様だっていいさ! ニーナがあたしを見ると耳のピアスが揺れてる。轟音の中であたしはニーナに近づいて言う。
「ニーナ聞いて! たぶんこのままじゃ、ソフィアの張ったプロテクションは破られるよ」
「…………そ、そんなことわ、私に言われても、ど、どうしようもないじゃないか!」
おびえ切った目をしている。ええい、いっつも強気だったじゃん。
「だからニーナの力を貸してほしいんだ。立って! 詳しいことを説明している暇はないよ」
「わ、私やお前に何ができる!? ソフィア殿も……ミラも!! わ、私が、お、おちこぼれの私が継承できなかった勇者の装備を持っているじゃないか!!」
「ばっかー!!」
胸ぐら掴む。
「あたしが今あんたが必要だって言っているんだから、聞いてよ! あたしの言葉を!!」
「……ば、馬鹿とはなんだ!」
「馬鹿だから馬鹿って言ったんだよ!」
「お、お前に言われたくない!」
それだけ元気があればいいよ! もう時間がない。あたしはニーナの手をひいて無理やり立たせる。強引に引っ張る。
「お、おい」
白い防壁が崩れかけている。その欠片が空から落ちていく。
不謹慎だけど、少し幻想的だなって思った。
あたしはソフィアとミラの間に立った。
ミラは苦しそうに片目をつぶっているけど、あたしを見て少しだけ笑った。だからあたしも笑い返す。
こういう時は言葉に出さなくても分かってくれるんだ。
片手を伸ばして聖剣をミラと一緒につかむ。
あたしの魔王の時の知識はこの場のだれよりも「魔力の扱い」に長けている。ミラの魔力の循環を調節して、聖剣に無駄なく送り込む。
聖剣の青い光が増していく。
あたしはもう一方の手をソフィアの聖杖オルクスティアに伸ばす。
「触らないで! 何をする気ですの?」
ソフィアがあたしを拒絶した。わかっていたけど、これしか方法がない。
「ソフィアあたしを今だけ信じて! あとで好きなだけ馬鹿にしていいから」
「なにをいってますの!? 引っ込んでいなさい」
拒絶されたまま掴んでも寧ろ危険だ。
防壁が崩れていく。こ、こんなところで口論して終わりたくない。あたしにはソフィアに届くことがない。
「そ、ソフィア! ま、マオを信じて!」
「ミラスティアさん……」
「大丈夫……絶対大丈夫だよね。マオ。だって、だってさ、マオだから」
理屈も何もあったもんじゃない!
ミラの言葉にあたしはちょっと笑っちゃった。少し涙が出るよ。
「……ソフィア! お願いだよ!」
あたしは叫ぶ。
「……くっ、好きにしなさい!」
聖杖をつかむ。
魔力が循環していく。ソフィアの構築した魔法陣にミラの魔力を流していく。それでも足りない。
「ニーナ! あたしに、あたしに魔力を流して」
「そ、そんなことしても」
「いいから! ピザ奢るから!」
「ば、ばかっ! いいさ、私も今だけ信じてやる!」
ニーナの手があたしの背中触れる。フェリクスの制服は魔力を通す。そこに流れ込んだニーナの魔力をあたしは全て「プロテクション」の魔法陣に上乗せする。
剣も力も知もそして魔王であるあたしが力を合わせているんだ!
白い防壁にひびが入る。
黒い竜の息吹が轟音を響かせる。
「ま、負けるか―!!」
あたしが叫んだ時、白と黒の光がまじりあってはじけあった。
☆
「はあ、はあはあ」
空に浮かぶ一匹の青い竜が羽ばたいている。
あたしたちはその場でへたり込んで肩で息をしている。ぶつかり合った魔力は粒子になって雪のように降っている。
竜の息吹を防ぎ切った。
歓声が上がったのは他の乗客だと思う。あたしは体が重い。無理をしすぎたと思う。それにまだあの青い竜をどうすればいいのかわからない。
「な、なんとかなったね」
ミラが聖剣を杖のようにしてよろよろと立ち上がる。そして竜を見据えていた。ミラにもわかっているんだ。まだ終わってはいないことが。
「マオ……ニーナ、ソフィア。あれ!」
ミラが指で空をさした。そこには黒い落ちてくる何かがあった。
ドラゴンから飛び降りたように見えたそれは甲板におりて、黒い風をまき散らす。吹き飛ばされそうになったあたしの手をミラが掴んだ。
手を握ったままミラとあたしは黒い風に向かいあう。それが止んだ時、そこには一人の男がいた。
黒い服に身を包んだそいつは鷹の目のような鋭い眼光であたしたちを見ている。手には鞘に入った刀を持って、マントを翻していた。黒い短髪に少し長い耳。魔族だ。
「……………」
ただ、男がそこに立っている。それだけであたしには圧力を感じた。ミラがあたしの手にぎゅっと力を籠める。
あはは、向かい合っているだけでわかる。こいつ、やばい。たぶん、クリスよりも、あの空の竜よりも。
「あ、あんた、誰?」
やばい。声がふるえてる。怖いというか、勝手にそうなった。男はあたしを見る。それだけで息が吸えない。足が震えているのがわかる。
「私は『暁の夜明け』の総帥……いや、今はそれも正確ではないな。私は魔族の王である。…………我名は魔王ヴァイゼン」
ま、おう?
「魔王ですって?」
ソフィアが立ち上がろうとしてできない。一番魔力を使ったのはソフィアだ。
「何をふざけたことをいってらっしゃるの? 時代錯誤も甚だしいですわ!」
ヴァイゼンはソフィアを無視してミラを見てる。
「お前が剣の勇者の末裔か。かつてはお前の聖剣を持つものに先代の魔王が討たれた。我らそれから虐げられ……数百年王を持つことができなかった、ゆえに我ら魔族はこの場において貴様ら人間に宣戦布告を為す」
淡々と、感情を交えない冷たい言葉でヴァイゼンはそう言った。ミラの手に力がこもる。
「言われる通り、私は剣の勇者の末裔であるミラスティア・フォン・アイスバーグです」
「…………」
「魔王ヴァイゼン……?……、貴方の狙いは私ですか?」
「3勇者の末裔を殺す…………。わざわざ私が降りてきたのはただ、賞賛をしに来ただけだ」
「賞賛?」
「未熟な身でありながら竜の攻撃を防いだこと、賞賛に値する」
「ああ」
ミラがあたしを横目で見る。どんと突き放されるのを感じた。ミラがあたしを押したんだ。あたしは後ろに飛ばされ、ミラの体が青い光を纏うのが見えた。あれはなけなしの魔力だ。
「ミラ!」
叫んだ。
ミラの聖剣が光を帯びて、青い雷光が魔王を襲う。
ヴァイゼンはただ優雅に立っていた。刀を抜き、軽く振る。次の瞬間に黒い風が起こり、全てが揺れた。
ばきばきと何かが折れる音がして。風が船を切り裂く。雷撃は弾き飛ばされ、次にあたしが目を開けた時には。甲板に一筋の剣の後が刻まれていた。がくんと船が揺れて、どこかで爆発する音が聞こえる。
悲鳴がこだまする。ニーナもソフィアも動けない。刀を斬ったというよりも魔王から見れば「撫でた」ようなものだろう。
「……あ」
だめだ。あたしは思った。ミラはただ茫然と立っている。魔王はその前にゆっくりと歩いてくる。
「御覧の通り私は未熟者です……私を殺せば聖剣を使えるものもしばらく現れないと思います。だから」
「他を見逃せということか?」
そうだ、ミラのあの「無謀な攻撃」は自分に怒りを向けさせるためのものだ。ただ、不器用すぎる……あはは。あたしは、あたしは。……顔をあげる。
ミラの前で魔王は刀を引く。あたしは駆け出した。
「だめだ」
ミラと魔王の間にあたしは飛び込む。
あたしの体を刀が貫通する。口の奥から熱いものがこみ上げてくる。
あたしの目の前には魔王がいた。ただ冷静にあたしを見下している。
「ま、マオ! マオ!!」
ミラの声が聞こえる。何か言おうとして、何も言えない。ただ、逃げてほしいし、出来たら生き延びてほしい。
ぐちゅりとあたしから刀が抜かれて魔王の手があたしの頭を掴んで投げた。世界がぐるぐると回る。一瞬の浮遊感と同時に体が落ちていくことを感じる。
空に手を伸ばして、何もつかめない。ミラにもニーナにも、ついでにソフィアにも生き残ってほしい。でも、あたしには何もできない。
落ちていく。これはヴァイゼンの開けた穴だ。どこまで落ちていくんだろう。がしゃんと何かに突っ込んだ。上には甲板の傷跡から刺しこむ光が見える。
血がながれていく。情けないなぁ。寒いよ。ここ、どこだろ。下の方におちたから機関室かな。体を動かすと背中に何かが当たっている。振り返ることはできない。
血がながれていく。
手に何かが掴まれる。紫の石。魔鉱石だ。もしかして貯蔵庫におちたのかな……背中にあるのは大量のそれからな。ああ、意識がとんでいく。こんなところであたしは死ぬのか……な。お父さん、お母さん、ロダ。みんなごめんね。いやだなぁ……いや……だ。
魔鉱石にあたしの血がついて、紫の光があたりを満たしていく。なんか、あったかいな。
☆
「なんだ?」
ヴァイゼンは何かを感じて振り返った。目の前で涙を流している銀髪の少女から目線を外す。
「貴様!」
力勇者の末裔が拳に炎を纏ってとびかかってきたが刀を振り。打ち払う。吹き飛ばされた少女は壁を突き破っていく。船の中にいた冒険者たちもそれぞれ得物を手に出てきた。
「! プロテクション」
ソフィアが彼等を防御の魔法で守るが、次の瞬間にはヴァイゼンの刀の起こした黒い風に振り払われていた。プロテクションで形成された防護壁が彼等の命をかろうじて守ったが、無事なものはいない。
「く、くぅ」
無理な魔力消費のたたったソフィアは聖杖をつかんだまま、気を失う。
「私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ」
呆然と涙をながらしながら贖罪の言葉を口にする剣の勇者の末裔。小娘の友人を失った程度でくじけるような弱者を魔王ヴァイゼンは憐れむ。
「――終わらせてやろう」
その言葉を叫んだ瞬間だった。
彼の背後から紫焔が勢いよくふきあがった。紫の炎が船底から吹き出し、黒い瘴気があたりを包んでいく。それは人間には毒になる禍々しい魔力をはらんでいた。
「これは……」
魔王ヴァイゼンは振り返る。彼も魔力を集中していく。
紫焔の中に人影が写る。小柄な少女のような姿、その頭部には羊のような2つの角が生え。赤い瞳がヴァイゼンを見据えている。
纏った魔力はまるで黒い衣装のようだった。
紫の魔力が「彼女」を包んでいる。開けた口に牙のように並んだ白い歯。愉し気に笑うその姿は邪悪そのものだった。
「…………ふっ」
ヴァイゼンも笑った。赤い瞳を煌かせて。魔力を開放していく。彼の刀を魔力が覆っていく。
2人の魔王はここに相対する。
もうすぐ1部完結です。読んでくださりありがとうございます。応援いただければありがたいです。




