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姉妹の会話


 ミラスティア・フォン・アイスバーグは戦闘のさなかに立ち止まった。ブーツから火花のように彼女の足に纏った魔力が散る。


「……止まった?」


 シャドウ達の動きが一瞬動きを止めた。だが次の瞬間には彼女に向って突進してくる。それを腰をひねって避け、聖剣を半円を描くように振るう。シャドウの体が両断され霧になって消える。


「完全に止まっているわけじゃないけど……動きが遅くなっている。モニカ……」


 立ち止まって気が付いた。わずかに息切れしている。疲労感を感じつつ彼女は汗を袖でぬぐう。まだシャドウ達は無数にいる。動きが多少悪くなったとしても脅威であることは変わりない。


 聖剣を構えるミラスティアの前に揺らめく黒い影たち。正確な数はわからない。どれだけ斬っても後からあとからやってくる。戦っていた時間はどれだけだろう。


 汗が頬を伝う。模擬戦とは違う命のやり取り、いやシャドウに命があるのかはわからない。無益であり、そしていつかすりつぶされる戦いだった。それを打開する方法は術者を打倒することだった。


 ミラスティアの脳裏にモニカを一人で行かせたのは正しかったのだろうか、そんな言葉が頭に生まれた。今までの戦闘のさなかに考える余裕がほとんどなかった。相手は彼女の姉であるクリスである。


 クリスとはミラスティアとマオに因縁がある。あの時イオスの策略で3勇者の子孫が集まったのは必然だろうが、クリスがマオの村の近くを荒らしていたのは偶然かもしれない。2度の戦闘を経てクリスは完全に彼女たちを敵として認識している。


 ――そこに付け入る。


 こだわっているからこそマオの居ない今はミラスティアを攻撃してくるだろうと彼女本人は予想した。シャドウを操っているといっても最低限の指揮をとらなければ攻撃は散発的になるはずだ。ここまで集中的に集まってくるのであればどこかで見ているはずだった。


「ミラ! 大丈夫!?」


 後ろからラナの声がした。


「うん」


 振り返らずに返事をする。シャドウの奔流を止めることのできるのは聖剣を持つ自分しかいない。打ち漏らした敵は仲間に任せて正面から多数を相手する。弱音を吐く暇はない。ここは自分がやるしかないと彼女は聖剣を握りなおした。


 シャドウ達が再度動き始める。動きは緩慢だった。しかしその数は多い。


「私が……やらないと」


 ミラスティアは腰を沈めて剣を構える。魔力を開放し、踏み込み。敵を両断する。黒い影たちは彼女にとびかかるように迫る。その間を縫うように彼女は動きまわる。


「……っ!」


 足が引っ張られた。見れば右足に黒い影が掴みかかっている。両断したシャドウの上半身が彼女のブーツにつかみかかっている。そのすきに四方からシャドウが迫る。


 ――雷撃が間に合わない。


 黒い影たちは魔力でできた剣をもっているそれらが彼女に突きかかる。串刺しにされるくらいならとミラスティアは聖剣に魔力を集中させる。青い光が放たれる刹那、彼女の胸元に黒剣が迫る。


「少し動かないでね、ミラスティアさん」


 魔力が迸る。ミラスティアの前に一人の女性が飛び込んだ。彼女は手に持ったレイピアを振るいシャドウ達を突き刺す。一瞬のことだった。数体のシャドウが形を失って黒い霧になっていく。


 白いマントを翻して青い髪が靡く。その背中にミラスティアは安堵した。振り返って赤い瞳がミラスティアを見る。にこりと彼女は笑う。


「ごめんごめん。ちょっと調べ物があって離れてたけど、大変なことになっているね。ここから助太刀するよ」


 エリーゼ・バーネットはそう言った。


☆☆


 クリスの頬をおもいっきりビンタしてもまだモニカは怒っていた。


「はぁ~。はあ~」


 信じられないという目で自分を見ている姉を見るとなぜだか心の底から怒り湧いてくる。この姉がいなくなった時どれだけ泣いたか、悲しかったか。次に会えた時はどんな顔をすればいいのか、そんな風に思っていたこともすっ飛んでいた。


 ミラスティアから姉のことを聞かされた。シャドウを操っていることも殺そうとしていることもすべてを聞いた。この島でミラスティアが隠していたことの意味が分かった姉について自分が何か悲しいだとか感情を持つと思ったのだろう。


 モニカは怒った。マオにしろミラスティアにしろ重要なことを隠して自分のことを守ろうとしてくることに腹が立った。そして友達を傷つけようとしている姉にも腹がった。ずっと心配し続けていたことが反転して何をやっているんだという気持ちになった。


 そして今モニカはこの城の上に立っていた。姉の魔力の拡散する空間でハルバードを手にしている。それを逆さにしてがきぃいんと手に持ったハルバードを両手で屋根に突き刺す。


 モニカは自分が怒っているのが自覚できている。だからこそ武器を手放した。そもそも姉妹間に武器等いらない。こぶしは握り締めている。


 彼女は少し足を広げて両手を組んで言った。この姿勢は『彼女の敬愛する少女』の真似でもあった。


「こげなところでなんばしとっとね。お姉ちゃん!!」


 クリスは惚けた顔をしている。頬を抑えながら、だがはっとして立ち上がった。


「も、モニカ……なんであんたがここに、それになんでおばあちゃんのところの訛りを……」

「そげなことはどうでもよか!」

「ど、どうでもいいって」


 クリスは久しぶりにあった妹の剣幕に一歩下がる。魔骸を発動している彼女からすればモニカは実力的にはかなり低い相手だろう。だが家族相手であれば実力など関係なかった。


 むしろ姉であるクリスは知っていた。


「あんた……怒っている?」


 普段おとなしいだけにキレた時は手が付けられなくなる妹のことを。クリスの額に汗が浮かび、両手を前に出して言う。


「お、落ち着いてモニカ……!」

「落ちついとう!」

「ひえ……」


 全然落ち着いていないことは明白だった。すさまじい勢いで睨みつけてくる妹に対してクリスは目が泳いだ。普段のクリスは狂気に満ちている、常に怒りを押さえつけている。だが妹の前で妙に常識的になっていた。


 モニカは一歩踏み出した。


「今下にいるシャドウとかいうのを操っとうのはお姉ちゃんでしょ。あそこにいるのは私の友達やけん……止めて」

「ともだち……?」


 クリスはその言葉を聞いて一瞬言葉を失った。唇を噛んで逆に妹を見返す。


「人間と友達って正気?」


 クリスは両手を広げる。


「あいつらが私たちに何をしたのか忘れたの? お母さんに何をしたのか忘れた?」

「……っ」


 モニカは一度目を閉じて下を向く。握りしめた両手を前に垂らして頭が少し下がった。両の手がわなわなと震えている。ワインレッドの髪が目元にかかり。彼女の表情は見えない。クリスはさらに言った。


「人間どもとなれ合いなんてうまくいくわけない。あんたもそれはわかっているはず。……あそこにいるミラスティア・フォン・アイスバーグなんて聖剣なんていわれてる殺しの道具を振り回しているだけの屑だって」

「…………」

「それに力の勇者の子孫だとかあと、有象無象はともかく、あのマオとかいうガキだって……魔族と人間の共存だとか抜かしていた……ぺっ。現実を知りもしないガキの分際でさ」

「……マオ様が?」

「様? 何その言い方、モニカ……あいつにそんな風に呼ばされているの?」

「違う……! マオ様はそういう人じゃなか。私が勝手にいっているだけ」

「……あいつは人当たりがいいように見えても人間の屑の一人でしかない。人と魔族が一緒になれとか、はっ。そりゃあ人間様から見れば奴隷にしている魔族が一緒に居た方がいいに決まっているわ」

「お姉ちゃん……」


 モニカは顔を上げたクリスをまっすぐに見つめている。


「私はお母さんがいなくなった後……お姉ちゃんがあの日いなくなって悲しかった……自分が泣いてばかりだからそうなったと思ったと……そう思った。だからできるだけお父さんの言うことも聞いて……理不尽なことがあっても耐えようと思った」


 彼女は一度目を閉じた。そして少し笑う。


「お姉ちゃんの言う通り。人間のほとんどは魔族の私には冷たく当たった……正直恨んだことも……ある。だけど、私にも友達ができた。確かに人間かもしれないけど……お姉ちゃん、この前みんなで食事をしたと。その時……人間とか魔族とかそんなことは忘れてて……楽しかった」


 モニカは顔を上げる。表情から怒りが消えて、しかし意志を宿した瞳をしている。


「マオ様が共存ができるというならきっとあの人はやるよ。お姉ちゃん。いつも想像を超えていくのが私の友達だから」


 クリスはひくひくとひきつった表情をした。不快感を押し殺しているのだろう。だが、彼女はかろうじて言葉を紡ぐ。


「ば、バカ。た、たとえあの頭のおかしい女がひとりでそんなことをしても、他の人間どもが賛同するはずがない……いや、魔族もあんな夢を見ているようなガキの言葉に耳を傾けるわけがない」

「……そう……。マオ様は私のために怪我をしたことも、私自身が殺しかけたこともある。それでもあの人は変わらなかった。…………あの人はバカなんよ。人のことばかり気にかけているくせに、今回みたいに危ないからってみんなを遠ざけて。……人間と魔族の共存……? そんなこと誰も理解してくれるわけないのに、そんなことを言えば自分が一番傷つくのに」

「そ、そう。誰も理解してくれるわけないってモニカの言う通り……」

「でもお姉ちゃん。マオ様はきっとそれでも前に進んでいく。……その先で私やお姉ちゃんの思っていることとは全然別の方に……きっといい方に走って行く」


 モニカは息を吸った。はあと息を吐く。


「どうしようもなくそんな風に思えるくらいには大好きだから。私は一緒に居たい。人間相手じゃなくて、マオ様とみんなと」


 クリスは苦し気に顔をゆがめた。


「甘い、甘いよ……! モニカ! 人間の邪悪さが分かってない。魔族が居ようといまいと……あいつらは殺し合っている。王族も貴族も他の連中も裏で……」

「……? よくわからないけど、お姉ちゃん」


 モニカは笑った。正確に言うと笑顔を作った。


「私の友達を屑とかいったの……普通に許さんけんね……」


  ぱきぱきと手を鳴らすモニカにクリスは後じさりした。

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