正面から受け止めること
こ、こうしんおそくなってすみません
魔法の炎が燃え盛っている。ぴーちゃんが地面に倒れる。それを見て胸がギュッと押さえつけられる。
焔。あたしはその向こうに聖杖を構えるソフィアを見る。
最初に出会った時はなんでかわからないけど攻撃してきた。冒険者をけしかけて、エルにあたしを狙撃させた。
ヴァイゼンの現れた『船』の上でソフィアの張ってくれた防御魔法でみんな助かった。乗客にけが人がいなかったのは彼女のおかげだと思う。
学園で再開した時、いきなり決闘のようなことを挑まれた。……あたしはその時に彼女を『天才』だと思った。『クリエイション』を真似されたのは初めてだったから……その後の模擬戦では彼女とは相対していない。
魔王から生まれ変わったあたしは最低限の魔力も持っていない。それを才能というならソフィアははるか上にいる。確かに経験の差はあるかもしれないけどさ。
ソフィアは言った。
彼女が記憶のないこと。そして過去に『ソフィア』という少女を乗っ取った、ばけも……いや、彼女が口にしたからと言ってあたしはそうは言いたくない。
――あたしがあの子の居場所を奪った?
……そんなつもりは全くない、だけどそれはあたしからすれば、だ。ソフィアはずっと何かを抱えていた。
「どうしましたの? あなたの竜で逃げることはできませんわよ」
聖杖『オルクスティア』に魔力が再度収束していく。あたしの両手には何もない。クールブロンも今は使えない。使えたところであの神造兵器にはかなわないはずだ。もちろん空手のいまはなおさらだ。
だけどあたしはソフィアに言った。
「ぴーちゃんをこれ以上傷つけないでソフィア。……こっちだよ!」
後ろを見せて走り出す。ソフィアの怒りをにじませた声がした気がする。一瞬後にあたしの後ろから炎が迫ってくるのが分かった。あたしは慌てて横に飛んで避ける。炎の球を真正面から撃ちだしてきたのだ。
すさまじい音共にその炎の球が弾けた、その陰に隠れるようにあたしは逃げる。少し高台に行って叫んだ。
「ソフィア。そこまで言うなら相手を『してあげるよ』」
……ぐ、明らかな挑発の言葉を言って少し嫌な気持ちになる。あたしは彼女の返答を聞かずにこの島に帰ってくるときに見た灯台を目指す。ひとつはぴーちゃんからソフィアを引き離すこと、もう一つは……。
とにかくあたしは走った。
――風。魔力を含んだ風をあたしは感じた。はっとして後ろを見る。ソフィアの姿が宙にある。そしてオルクスティアに風の魔力が集まっていく。身体を強化したんじゃない。風の魔法で自分を浮かしたんだ。
あたしは口の中で呪文を唱える。リリス先生と鍛冶屋に突っ込んだ時に見たように靴に向けて魔法を付与する。
「ウインドフロー!」
あたしの魔法。ふわりと浮く感覚のままに前に跳ぶ。遅れてソフィアの放った豪風が空から叩きつけられる。周りの木々が切断され倒れていく。一瞬の判断ミスであたしは死ぬ。ソフィアは明らかに殺意を持って魔法をつかっている。
正面から迎え撃てば勝てない。
風の魔法であたしは走る。はあはあ、体の中に残してある魔力はかなり少ない。何度でも思うけど正面からソフィアと戦うにはあまりにも少ない。
灯台が見えてくる、坂を上って石造りのそれを見た。かなりぼろぼろだけど結構大きい。中に入ると意外に明るい。天井が崩れて日の光が差し込んでいるからだ。灯台の塔と一緒になったこの建物は……もしかしたら昔誰かが大勢で住んでいたのかもしれない。
日の光の中であたしは策を考えた。真正面から戦わないならそれ相応の戦い方がある。ソフィアの弱点は実戦経験が少ないことだ。もしもソフィアがあたしならこの建物に入ったあたしを『建物ごと叩きつぶす』だろう、いちいち中に入ってきたりはしない。
何か利用できるものはないか……。そう思ってあたりを見回す。その時ふっと思った。
……実戦経験云々だといった矢先に頭に浮かんだ言葉にあたしは首を振った。自分で自分の考えたことを否定しないといけないくらいばかげた考え方なんだけど……だけど……。
「はあ、あたしはバカだな。昔から」
そう一人で自嘲した時に建物の入り口に影があった。殺気を纏い、強力な魔力を帯びたその少女はソフィア。彼女のくすんだ赤い瞳があたしをじっと見ている。そうだ、あの子はあたしを見ていたんだ、最初から。
「ソフィア。あたしと勝負がしたいってことだよね」
「…………」
ぎりと歯ぎしりをソフィアの表情が歪む。あたしは彼女を真正面に向かい合う。状況は明らかに不利。手には何の道具もない。魔法の純粋な打ち合いでは負けることは必至だ。
なのになんでこんなことをしているのか、自分のバカさ加減には呆れちゃうよ。だからいつもラナに怒られてばかりなんだろうな。ちょっと笑ってしまう。
「笑うくらいに余裕があるということですわね? ……わたくし程度が相手なら」
「いーや」
あたしは言う。
「今も昔も余裕なんてないよ、いつもいつもバカな自分でも考えて前に進まないといけなかっただけ。きつい状況でも少しだけ慣れているからね」
「………それは今くらいならなんとでもなるといっているように聞こえますわ」
ソフィアの周りの魔力が高まっていく。あたしの目にはかなり綺麗に魔力の流れが見える。そこに彼女の才能と研鑽が見える。努力してきたってことはよくわかるよ。
あたしは上着を脱いで地面になげる。少しだけリボンを緩めた。
「あたしはソフィアの居場所を奪おうなんて考えたことなんてなかったし、正直に言ってソフィアの才能はすごいと思っていたよ」
「…………」
あたしの言葉は届かないかもしれない。だけど言った。
「あたしは魔力もないし、ただの村生まれだしソフィアがあたしをそこまで憎んでいるなんて思ってなかった。だから模擬戦でもあたしはラナやニーナに任せたんだ……だけどさ、今日は違う」
あたしはおなかに力を入れて静かに言った。
「……今ここで正面からあたしはあんたを倒す」
ソフィアの殺気が一段と高まる。
「倒す?」
彼女は笑う。
「この状況で?」
両手で聖杖を握りしめている。
「聖杖を持つことのわたくしを?」
あたしは返す。両手を組んでふんと顎を上げる。腐っても魔王なあたしなんだ。少しくらいの強気は許してほしい。
「そうだよ。あたしは今この場から逃げない。純粋な魔法の勝負をしよう」
「……」
ソフィアはふるふると屈辱に震えるように肩を揺らす。だけど嘘は言ってない。あたしはこの場を動かない。
ソフィアの手にある聖杖に魔力が躍動する。それだけでこの建物全体がきしむように音がした。だけどあたしは表情を動かさない。真っすぐに彼女を見る。彼女は顔を上げてあたしを見た。
「くくく、くくくく。……な、なめていますわね」
「舐めてなんかいない。ソフィア、あたしは。あたしはさ。ソフィアの抱えているものは全部は見えてない。だから言葉で何を言えばいいのかはわからない。でも……それはソフィアにとって大きなものだってことはわかる。だから、それを正面から受け止めたい」
あたしは前に出る。
「もう一度言うけど舐めてなんかいない。ただ、命を懸けているだけだよ。あたしの魔力は少ない。でも魔法の戦いは魔力だけじゃない」
あたしは体に魔力を通す。右手を伸ばして魔法陣を展開する。
「あたしの本気を見せてやる」




