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夕焼けに青い竜は降臨す


 あー、おなかいっぱい。

 おなかをぽんぽんとたたく。ごはんを食べた後ってさ、なんか幸せな感じがする。


 あたしとミラとニーナは特にやることがないから船の中をなんとなく散歩していた。この魔鉱石で動いている船はあたしとっても初めてだったから結構新鮮。


 お客さんは結構いるみたい。あたしたちみたいな制服を着ている人も数人見かけた。たまにミラに挨拶をしてくるのもいたから、やっぱり剣の勇者の末裔って有名なんだなぁ。


「おい」


 力の勇者様の末裔があたしに話しかけてきた。なに? 


「よく考えたらさっきギルドマスターに会ったときに冒険者カードについて相談するべきだった。失念していた」

「あ」


 そうだ! 忘れてた。ソフィアにひっどいことされてから……ごはんが美味しくて頭から消えてた。そ、それにしても冒険者カードってもう一枚もらえるんだろうか。

 ニーナも言ってくれれば…………もしかしてあたしと同じでごはんのことで頭がいっぱいだった……? ま、まあいいや。


「そ、そうだ。あの緑頭を探そう! あたし行ってくる」

「あ、待ってマオ」


 ミラが肩をつかんでくる。


「手分けして探した方がいいよ。マオと私、それにニーナで」

「え? な、なんで?」


 探してもらって悪いけどそれなら3人別れた方がよくない?

訳が分からずあたしがニーナを見ると、なんか頷いている。


「マオは一人にはならない方がいい。流石に船の上で何かしてくることはないだろうが、お前と喧嘩した『知の勇者の末裔』も船に乗っているのを見た。その点、ミラ………………さんと一緒ならなお安心だ」

「げ」


 いるんだ、確かに鉢合わせはしたくないかな……。というかニーナも往生際が悪いなぁ。ミラっていえばいいのに。ミラのほっぺたが少し膨れているように見えるんだけど。


「ごほん、と、とにかく、2手に分かれて探そう」

「おー」


 あたしが「おー」と言って手をあげると、ミラが少し恥ずかし気に「お、おー」と小さく右手をあげた。



 船の中を回る。

 あの緑頭どこに行ったんだろう。食堂にもどってみたり、甲板に出てみたりしたけど、全然いない。もしかして部屋にいるのかと思ったけど、よく考えたら部屋を知らない。


「ギルドマスターいないね」


 ミラがふうと息を吐いた。いないね。ミラは腰に鞘に納めた聖剣を帯びてる。意外と目立つ。


「ニーナは見つかったかな」


 ミラが言うけどどうかな。あたしとミラは歩きながら探すけど、あの目立つ頭は見当たらない。いらない時は出てくるのに、探したら全然見つからないし……あれ。


「ミラ。あそこ」


 あたしが指さした先に地下に降りる階段があった。上には「機関室」と書いている。


「だ、だめだよ。ああいうところは船員さんしか入っちゃダメだから」

「でももう、あそこくらいしか探してないし」


 あたしは階段を降りる。後ろを振り向くと、おどおどしたミラがいる。


「大丈夫だよミラはここにいて、あたしもちょっと見てくるだけだから。怒られてもまあ、うん。悪いことしに行くわけじゃないしね」


 そういったら銀髪のこの勇者様の末裔はすごい迷ったような顔をして。


「い、いくよ」


 と階段を降りてきた。無理しなくていいのに。



 暑い。

 それになんかゴウンゴウン音が聞こえる。「機関室」の中は広かった。階段を降りていくと魔鉱石のライトが紫に光っている。これ結構高そう。


「だ、大丈夫かな」


 ミラはあたしの裾を掴んでおっかなびっくりついてくる。


「大丈夫だって」


 中は2階建て構造になっている。吹き抜けになってて、上の階は手すりのついた通路くらいしかない。そこから見下ろすと下に大きな「炉」かな? 円形の機械が並んでる。作業している人が数人いた。


 ていうか、2階の手すりにもたれかかってそれを見物しているイオスもいた。


「あ、見つけた!」

「ん? ああ。どうしたんだいマオさん。僕に用事かい?」


 ミラとあたしは少しほっとしてイオスに事情を話した。するとイオスはなんてことないように答えた。


「ああ、そのことか、すでに手配しているよ」

「え?」

「君が紛失したことについては僕のギルド支部から書類を王都に送るから、それが終わってから届けてくれるよ」

「手が早い……いや、紛失っていうか」

「紛失。ということになったんだよ。すまないね」


 イオスはつまらなさそうに言った。ああ、なるほどなんかあるんだ。まあ、戻ってくるなら安心。ミラもほっとして「ありがとうございます」と言った。そうなるとあたしもちゃんと言わないとだめじゃん……。


「あ、ありがとうございます」


 ぎこちなく頭を下げた。イオスは下の「炉」を見ながら言う。


「気にすることないよ。仕事だから。マオさん、それにミラスティアさんも見てごらん。あそこにある魔鉱炉は最新鋭のもので魔鉱石を溶かして取り出した魔力で動いているんだ。こんな巨大な船を動かすなんてすごいことだね」


 魔鉱炉っていうんだ。それから紫の光が漏れている。魔鉱石は古代からずっと自然にため込まれた魔力の結晶体だった。魔族と人間の間で戦争の間奪い合いをした記憶がある。高度な魔法を発現させるのに有効なんだ……。


「この船にも大量の魔鉱石が積んである。かつて魔王の支配していた地域には鉱山があって、僕らはそれで豊かになったということだろうね」


 そっか。

 ミラは真面目に聞いているみたい。……その鉱山はたぶん、魔族が頑張って開いた、んんー考えたって仕方ない。あたしは頭を振った。



「そうか、見つかったのか」


 甲板にもどるとニーナも待っていた。

陽が傾きかけていた。陽光に海が光っている。


「まあ、何はともあれ問題がなさそうでよかった」

「ニーナもしんぱいしてくれてありがとね」


 あたしが言うとニーナはぱちくりと目をしばたかせて、「ふん」と横を向いた。


「別に、私は何もしていない。お礼を言うなら一緒に探しに行ってくれたミラ――」


 ずいとミラがニーナの前に行った。


「あ」


 ニーナは気圧されるように目を泳がせている。


「み、ミラ……さ」


 じとーとミラが見ている。無言の圧力ってこういうことなんだ。え、えらく強硬手段。ちょ、ちょっと笑っちゃうよ。


「ミラ……にお礼を言うんだな。……マオ!!」


 顔を赤くしながらニーナはあたしを呼ぶけど、ミラは満足そうにしている。

 

「そうだね。ミラ、ありがと」

「…………う、うん。結局何もしてないけどね」


 なんとなく夕日を見て、まぶしくて手をかざす。地平線の向こうに夕日が帰っていく。そういえば太陽ってどこにいくのかな。魔王って言ったって知らないことばかりだ。


 そういえばふと気になることがあった。ちょうどミラもいるし聞いてみよう。


「そういえばソフィアが言ってたんだけど、ニーナと港町でこう、けんか? しちゃったときのことをみててあたしに突っかかってきたらしいんだけど。あの時周りにいたっけ?」


 ギルドで喧嘩を売られたときには確かそう言ってた。ミラは小首をかしげている。ニーナは両手を組んで「あの時はお前が変なことを言うから」って。いや、蒸し返そうってんじゃないんだって。


「いなかった気がするんだよなぁ」


 大したことじゃないけど。


 気になると言えばもうひとつある。3勇者の末裔が一か所に集まっているって結構すごいことなんじゃないな。でも、まあ、そういうこともあるよね。


「あら、ごきげんよう、ミラスティアさん」


 その声にあたしはぎくりとした。振り返るとそこには夕日に照らされる美少女がいた。

 知の勇者の末裔ソフィア・フォン・ドルシネオーズだ。陽に照らされた赤い瞳が輝いているように見えた。


 げ、しかも後ろに金髪の弓使いがいる。あっちもあたしの顔を見て驚いている。服装もフェリクスの制服を着ているし……。やっぱりソフィアの仲間だったんじゃん。


 弓使いの手には長いなにかを包んだ袋を持っている。ソフィアの背よりも高いそれは、弓っぽくはないかも。


「ソフィア……」


 ミラが振り返って言う。心なしかあたしをかばうようにしている気がする。


 ソフィアは両手を組んで偉そうだった。そういえば、こいつミラと「友達」とか言ってたな。


「たまたまお見掛けしましたから声をかけさせていただきましたわ。貴女も学園にもどるところですの?」

「……そうですね」


 ミラが敬語を使っている。あ、そうか忘れていたけどミラはあたしとかニーナの前以外ならこんな感じだった。


「いくつかギルドからの依頼が終わりましたから一度戻るつもりです」

「そう」


 海鳥の鳴く声がする。うーん、話に入っていけない。というかあたしこいつ苦手。ニーナも固まってるし。


「ミラスティアさん。友人としてひとつ忠告を差し上げたいと思っておりましたわ。港町バラスティでは親しくお話する機会はありませんでしたが」

「……なんでしょうか?」


 ソフィアの口が開く。もてあそぶような表情だとあたしは思った。ソフィアはあたしの顔を見ながら言った。


「お父上の手前、ご友人はお選びになられた方がよろしいと思いまして」


 びくりとミラの肩が震えた。少し震えてうつむきそうになっている。たぶん、「お父上」ということに何かあるんだと思う、村のお父さんじゃなくて「父上」にはあたしも思うところがある。


 でもさ、こんなの単なる嫌味じゃん。あたしは前に出た。


「あんたさ」

「わたくしはミラスティアさんとお話しているんですの、部外者は黙っていてくださる?」


 余裕のある顔しているけど、黙らないよ。そうだ、


「黙るわけないじゃん。あたしの友達に対して嫌味言わないでよ」

「厚かましいことですわね。ミラスティアさんはご存知の通り『剣の勇者の末裔』であり、聖剣の所有者ですのよ? ご自分が友人としてふさわしいと思って?」

「ふさわしいから友達なんて、バーカじゃないの?」


 ソフィアの眉が上がった。あたしはミラがあたしを「友達」と言ってくれたことを覚えている。だからあんたの言葉に惑わされたりなんかしない。


「あたしのことをミラが友達と思ってくれるなら、あたしもそう思うよ。剣の勇者? はあ? それはミラのことじゃないじゃん。お父上? それもミラのことじゃないじゃん。それに聖剣の所有者だからなにさ!」


 すうと息を吸う。


「ミラと一緒にいるのはそんなどうでもいいことでいるわけじゃない! あたしが友達じゃないなら、それを決めるのはミラだ!」


 あたしは両手を組んでふんと鼻を鳴らす。ソフィアの偉そうなポーズの真似。

 ソフィアはあたしの前でわざとらしくため息をついて、首を振った。


「下賤なものはかくも傲慢ですのね……」

「好きに言ったらいいよ」


 それ以上話すこともないし。あたしは振り返ってミラを見る。


 ミラは黙ってあたしを見ていた、大きな瞳にあたしの姿が映っている。驚いたような、泣きそうなような、うれしそうなような。そんな表情だと、あたしは思った。


「マオ」

「な、なにさ」


 ミラは何かを言おうとしているんだけど言葉が出ないみたいだった。ただ、ぽつりと言った。


「なんて、言えばいいか、わからないよ。で、でも、私の気持ちは変わらない……よ」


 それだけ言ってくれるならいいよ。あたしがそういおうとした瞬間だった。

 世界が振動した。

 

「うわ、うわわ」


 船が揺れる。あたしが倒れそうなったけど。なんとか踏みとどまった。


「な、なんだ!?」


 ニーナが叫ぶ。


「マオ、ニーナ。空!」


 ミラが指さす。

 船上の空がゆがんでいた。黒い魔力が収束していく、そしてそれは放射線状に魔法陣を形成していった。

 あたしたち以外の乗客も騒ぎ出している。


「巨大な……召喚の魔法陣……?」


 ソフィアの言葉にあたしははっとした


 天空に展開されたそれは信じられないくらい巨大な魔法陣だった。六芒星を象ったような紫に光る線が広がっていく。さっきの衝撃波あれを作るための魔力の波動だったんだ。



 空の色が変わっていく。闇に覆いつくされていくように黒く染まっていく。


 魔法陣が強く輝き、そこから大きな影が現れる。


 牙をもった頭部。空を覆うような2つの翼。その体は蒼いうろこを纏っていた。


「ドラゴン? ……な、なんで、こんなところに」


 あたしは知っている。ドラゴン。あたしが魔王だった時にも世界に数えるほどしかいなかった。数千年の時を生きる天空の王があたしたちの前に姿を現した。


 その圧倒的威容に船上がざわめく。青いドラゴンは口を開け、咆哮を放った。


 グァアアアア!


 空気が震える。波が逆巻く。


 あたしもミラもニーナも揺れる甲板の上で船にしがみつくのに精いっぱいだった。ただ、青い竜は牙をむき出しに船よりも大きな口を開けたまま、そこに急速に魔力を収束し始めた。


 光がドラゴンに集まっていく。あれは……「(ドラゴン)息吹(ブレス)」だ! 収束した魔力を全力で打ち出して。街を一つ消し飛ばすくらいの力があるって、……ど、どうしよう。今のあたしじゃどうしようもない。


「エル!!」


 ソフィアが立ち上がった。

エルと言われたのはあの弓使いだ。あいつは手に持っていた包みを解いた。


 それはソフィアの背よりも高い「杖」だった。


 赤い魔石のはめ込まれた黒いそれはソフィアの手に捕まれた瞬間にまばゆい光を放ち始めた。


 あれは、「聖杖オルクスティア」だ! 知の勇者が持っていたものと同じだから見間違えるはずはない。


「ミラスティアさん! あれは間違いなくわたくしたちの船を狙っていますわ。防ぐには貴女の聖剣の力と共鳴させるしかありませんわ!」


「……わかった!」


 ミラスティアも頷いて、「聖剣ライトニングス」を抜く。


 黒い刀身に魔力で象られた文様が浮かんで、ミラの周りを青い光が満たしていく。


 ソフィアはそれを見てから詠唱をする。聖杖に魔力を通していく。


「清浄なる白の守り手よ、我が呼びかけに答え、ここに顕現せよ!」


 ソフィアの呪文と白い波動が聖杖から放たれる。あいつを中心に魔法陣が広がっていく。そして白い光はミラの聖剣の放つ青い光と溶け合っていく。


「プロテクション!」


 ソフィアの声に船を白い光が覆っていく。聖杖は魔力を増幅させることや高等な術式を単独で完成させることのできる神造兵器だ。それにミラの聖剣の力が加わっている。


 船すべてを覆う防御の魔法なんて規格外だと思う。


 ドラゴンの元に集まった魔力が渦巻き黒と紫に収束していく。それはドラゴンの咆哮とともにそれはあたしたちに撃ち込まれた。


 禍々しい魔力の渦が空から落ちてくる。


 ただ、その瞬間に何故かあたしには見えた。なんで見えたのかはわからない。でもあのドラゴンの上に一人たたずむ人影が見えた。


 遠くで見えないはずなのに、あたしには「そいつ」がひどく冷たく見下ろしているように感じた。

 


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