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自責


 イグニス……という男がいた。……ちがう、私が魔王としてあった時に一緒に戦ってくれた人たちがいた。


 もう彼らのことを知っている人がこの世界にどれだけいるのかはわからない。


 ……あの時代を生きた私は覚えている。人間として……『マオ』として生まれ変わっていても忘れることがなかった。ただ、魔王としての過去をあえて思い出すことをしなかっただけ。


 いや、本当にそうだろうか? 本当は思い出すと苦しいからできるだけ思い出さないようにしているだけなのかもしれない。そう考えると自分の卑怯さに胸の奥に苦いものを感じる。


 イグニスは魔王の親衛隊を率いた剣の達人だった。黒い鎧と赤いマントに身を包んだ大柄の男。戦場では誰よりも先に敵へ切り込む……そんな勇敢な人だった。だけど出会った時はそんな印象はなかった。


 私がまだ魔王と呼ばれる前、戦争の最中に彼と出会った。場所は魔王城とでもいえばいいのかもしれない。その中庭だった。


 男が手を振っていた。


 中庭で大勢の子供に戯れている大男が手を振っているという記憶。それが彼に出会った時だった。中庭にある噴水のふちに座っている大男。その鎧によじ登る子供達。それで私にも手を振って、おいでおいでとしてくる。


 何が何だかわからずに近づくとイグニスは私に対して言った。


「よかったら食べないか?」


 そう言って足元にあるバスケットからなぜかお菓子を取り出して渡してきた。どう答えていいのかよくわからないから普通に「あ、ありがとうございます」とお礼を言って受け取ってしまった。


 この人は私もただの子供だと思っているのかもしれない。初めて思ったのはそんなことだった。


 子供たちは人間の侵攻で故郷を追われた子たちだということだった。魔王城の一角を開放して避難してきた人たちを保護しているのは知っていた。……父はむしろ彼らを切り捨てようとしていた。食料の問題で避難民を受け入れればさらに多くの人々も危険にさらすことになるというのを聞いた。


「ははは」


 イグニスは子供達に囲まれたまま笑っていた。子供達も嬉しそうに戯れている。


 戦争の中での光景とは思えないと考えた。それでも、現実はそこにあった。


 子供の一人が彼に聞いた言葉を覚えている。


「おじさんは人間を倒してくれるの?」


 イグニスはその子の頭をなでながら「ああ」と一度答えた。その後に子供が言った。


「お父さんの仇を取って」


 すぐには……イグニスは何も言わなかったけれど、少しだけ間をおいて「ああ、わかった」と答えた。その言葉に周りの子供たちはみんな嬉しそうにしてたり、泣いたり、お願いしたりしている。私はその光景を覚えている。


 イグニスは笑っているのにどこか悲しげだった。


 ――戦争は時間が経つごとに魔族側は不利になっていく。


 もともと人間の方が領地が大きく、兵士の数が多い。各地の強力な魔族の幹部たちが戦線を支えてくれていたけど、それもじりじりと後退せざるを得なかった。そしてついに先代の魔王……要するに私の父が討ち取られた。三人の勇者と称される人たちの仕業と聞いた。


 ……残された魔族をまとめていくために私は立った。


 当時私の魔力は他の魔族を圧倒していた。人間の強者と言われるものでも私にかなう人はほとんどいないはずだった。だからこそ自分が前に出て戦えば何かが変わるのではないかとそう期待してしまった。


 だけど戦争は狡猾だった。


 私は魔法を使い圧倒的な力で人間に勝利する。兵団を焼き尽くし、街を破壊した。


 …………。


 それを人間は学習する。


 だんだんと私のいるところではない魔族の拠点を人間が攻撃する。私がそこへ助けに動けば別の場所を攻撃する。魔族の幹部たちはそれでだんだんと討ち取られていく。勝つためには何でもするということが当たり前の世界では自分のような小娘の愚かしい善意のようなものは役には立たなかった。


 いや、善意なんてものは口にするだけでもおかしい。


 どんな理由があっても。


 どんな動機があっても。


 人を殺しているのには変わらない。行く先は地獄なのは決まっている。それでも自分が前に立つことで魔族の仲間が一人でもそんな思いをすることをしなくていいのならと思った。


 イグニスも私と一緒に戦った。彼は前線で剣を振るい続けた。多くの人間の血を浴びて、いつの間にか彼は『鮮血』とあだ名されるようになった。


 彼は私の護衛としての親衛隊を率いていた。だからこそ私とともに多くの戦場を駆けた。


 親衛隊の兵士たちはだんだんと数を減らしていく。必死になって戦っても魔族の領土はだんだんと侵食されていく現実に狂ってしまうものもいた。


 ……私が魔王として立ったのは周りに求められていることが分かったからだ。人よりも優れた魔力を持っていることでみんなが何かが変わるのかもしれないと願っていることが見えた。


 だけど、みんなの心の中の期待は絶望に塗り替えられていくのが分かった。魔族の中でも私を見る目が変わっていく。……それは全て私が悪い。不安に押しつぶされそうなみんなの期待に応えることのできない自分が憎かった。


 ……だけどあの時の自分にはなんの考えも浮かばなかった。誰よりも前に出て、誰よりも戦う。私の後ろにいる人たちに戦火が届かないように。私の傍いる人たちが戦争に殺されないように。それだけを考えてしまった。


 ……本当は別の道もあったのかもしれない。人間との和解の道もあったんだろうか。私が賢ければ。


 私は『マオ』として生まれて、いろんな人と出会って、そしていろんなことを教えてもらった。……今の時代で過去の魔王がひどいやつだったと人間からも魔族からも言われるべきなのは……当たり前のことだってわかるようになった。


 私……あたしが……人間を憎んだことはお父さんとお母さんが晴らしてくれた。


 毎日を懸命に生きる人たちを見てきた。一緒に土まみれになって働いた。暑い夏も寒い冬も超えて、ミラ達に出会って。一緒に居て楽しい友達ができた。学園でのことは大変だけど、それでも好きだ。


 だからこそ思う。


 魔王として自分がやってきたことは許されない。いずれ報いがあると思う。


 『神』が言った罰なんかじゃない。あたしにはきっと何かがあると思う。それは予感している。その時にできれば死ぬにしても苦しむにしても自分だけに降りかかってほしい。こんなあたしを友達とおもってくれるみんなも今まで出会った人たちも巻き込みたくはない。


 イグニスはあたしに巻き込まれて命を落とした。


 魔王城に乗り込んできた3勇者と人間の軍勢との戦い。魔王城と言っても魔族の都だからこそ多くの人たちが暮らしている。そこに敵が来た。


 3勇者と戦うあたしは燃え盛る城下を救うこともできず、魔王城の内部まで侵入された。人間の軍勢は各所から攻撃をしてくる。劣勢としか言いようがない状況中で、城内に避難していた魔族の人々も死んでいった。たぶんイグニスと遊んでいたあの子たちもそこで。


 その時のあたしは満身創痍だった。3勇者との戦いだけじゃない、周りのことに気がとられていた。


 それでも魔王城の奥で『剣の勇者』と対峙していた。あいつらもあたしと戦って無事だったわけじゃない。『剣の勇者』だけが立っていた。それでもあたしも血を流しすぎていた。


 聖剣が光る。


 すさまじい魔力が流れ込み、雷撃が奔る。その攻撃を前にあたしは避ける力がなかった。だけどその攻撃が届くことはなかった。


 イグニスが私の前に立っていた。何かが焦げるにおいと煙が立ち上り、彼は膝をついた。あたしは彼の名前を叫んだと思う。ただ彼の赤い目があたしを見た。


「……子供に……魔族の命運を預ける……間違っていた……」


 その言葉の後に彼は倒れた。もう起きることはなかった。


 それを覚えている。……そうだ、ただの子供が『魔王』なんて言われているだけでこの状況を作った。あの時あたしは……自分が間違っていることを突きつけられた気がした。でもどうしようもない。だからこそ目の前の『剣の勇者』を見た。


 殺す。


 愚かしい子供だったとしても『魔王』として何をしててでもみんなを守らないといけない。あたしはあの時に明確な殺意を抱いた。心の中の感情をすべて憎悪に変えて、魔骸として発動させた。


 ――あの時の戦いはそれからも何度も戦うあいつらを明確に『敵』として認識した最初だったと思う。


 バカだよね。


 全部あたしのせいなのにね。


 


執筆頑張ります!

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