魔王の戦い方③
ヴァイゼンの作り出した空間には音がない。
外界と完全に遮断されているのは強力な魔力を結界のように構築しているのだろう。……こんなことができるという時点でヴァイゼンの持つ魔力は規格外だってわかる。
だけど、あたしの前にたたずむ男の目は静かだった。
ヴァイゼンの手には一振りの刀。
魔力を内包した赤い瞳はあたしに向けられている。伸びた黒髪と『魔骸』の発動とともに生まれた魔力の角。
魔族の切り札である『魔骸』は体内にある魔力を短時間に開放して強引に力を引き上げるものだ。だからこそそれを開放した魔族の体からは魔力が溢れる。ロイにしろ、モニカにしろそうだった。
それなのにあいつは、目の前のヴァイゼンはむしろ魔力を纏っていないようすら錯覚してしまいそうになる。
「この姿を見せるのは久しぶりだ」
「そうだろうね」
必要がないだろうからね。あたしは自分の体の中の魔力の量を計りながら会話する。ぴーちゃんからもらった魔力は借り物だからこそ、その量を把握しておく必要がある。ぴーちゃんには悪いけどヴァイゼンの魔力量に比べたら遥かに小さい。
魔力量が相手より小さい。それは単なる事実にすぎない。
強いものが勝つとは限らない。相手の方が優れていることがあるなんて普通だ。そもそも「3勇者」と戦っていた時から相手があたしより勝っているところを常に意識してきた。目の前の現実を否定する意味なんてない。魔力が少ないなら少ないだけの戦い方をする。
あたしは右手を空に掲げる。
「悪いけどさ。ヴァイゼン。あたしは手加減をしないよ」
赤黒い魔力があたしを中心に渦を巻く。さっき生み出した『黒い太陽』が形を崩して渦に溶けていく。渦は線に分かれ槍のように分かれる。圧縮した魔力をあたしは呪文を唱えて組みかえる。
「ダーク・ランス」
あたしの声とともに黒の槍が無数にヴァイゼンに向かう。
放射状に広がり、そして四方から彼を襲う槍。黒の太陽を埋め込んだそれは触れたものを『融かす』必殺の槍。燃やすんじゃない。ただただ炎の魔力を重ねて、重ねて熱を圧縮した。それは高速でヴァイゼンを葬るために殺到する。
――その時に前にラナと一緒に草むしりしたことを思い出した。あの時にも同じように熱を操って褒められた。
唇を噛む。
そんなことを思い出している場合じゃない。
魔法を攻撃にだけ集中する。ヴァイゼンに刹那の時間も与えない。避ける空間も予想して塞ぐ。無数の黒の槍は彼の死に向かって奔る。
閃光。
一瞬の間に複数の光。あたしは表情を動かさない。次の瞬間にはすべての黒の槍が両断されていた。
その真ん中でヴァイゼンが刀を手にたたずんでいる。何が起こったのかはわかる。あいつは斬ったんだ。触ることもできない『黒の槍』をあの刀で。霧散した魔力が黒い霧になっている。
「まあ、予想通りだけどさ」
「………………」
ヴァイゼンが踏み込むのが見える。音もなく、消えた。
一瞬の間に切り込んでくる。
その僅か前にあたしは左手に持ったクールブロンに魔力を浸透させる。次の瞬間に白い魔法陣が展開して周辺の魔力を『集める』。熱を帯びたあたしの『黒の槍』の残骸が集まってくる。周辺の魔力を集める力にも使い方はある。
目の前にヴァイゼンがいる。刀を振り下ろそうとする姿。
――その背中に戻ってくる『魔力』の残骸を操作する。避けなければあたしごと串刺しになる角度。ヴァイゼンはそれに気が付いて言う。
「道ずれのつもりか?」
「まさか」
ヴァイゼンの言葉にあたしは笑って返す。あんたはそういうやつじゃない。ヴァイゼンは地面を蹴って離れる。そしてあたしに黒の槍が向かってくる……あたしは右の人差し指を立ててそれを操る。黒の槍は霧散してあたしの周りに漂う。そしてクールブロンに一部は吸収する。
「魔力の扱いにかけてあたしの上を行く人はまだ知らないよ」
クールブロンがある限り魔力の再使用ができる。魔力量が劣っていてもそう簡単にはあたしは倒せない。くく。
なんだ今の笑い。あたしは口元を隠す。……どちらにせよさっきの攻撃じゃまだヴァイゼンを仕留めることはできない。あたしは体に魔力を浸透させる。身体の強化を行う。そしてさらに重ねて魔力を使う。
「クリエイション」
宙に魔力で象った魔銃を複数浮かべる。そしてあたしは地面を蹴ると同時にそこから魔力を放つ。ヴァイゼンがその魔力の光を剣で斬る。
私はさらに魔力を使う。
「ソード・クリエイション」
黒の魔力を剣の形にする。1本じゃない。私の背に無数の『剣』を生み出す。黒い剣の剣先をヴァイゼンに向けて一斉に発射する。そしてクールブロンの銃口を奴に向ける。
ヴァイゼンが刀を地面に刺した。そして何かを叫ぶと刀を中心に魔力の障壁が生まれる。あたしの生み出した剣はそれに阻まれて防がれる。一瞬遅れて私は引き金を引く。クールブロンにはめ込まれている魔石の中で魔法陣が光る。
さっき吸収した『黒の槍』の魔力を再構築する。
クールブロンの銃口から黒い閃光が放たれる。一点に集中した魔力はヴァイゼンの障壁を破るだろう。そしてあいつを貫く。……はずだった。
黒い閃光と障壁がぶつかり激しく光る。障壁を貫いた黒い閃光。その中でヴァイゼンは左手でそれを掴んだ。手の中にあたしの魔力を掴んで、握りつぶす。黒い魔力が四散する中、あいつの赤い目だけがこちらを見ている。
まあいいよ。次の手を考えるだけ。
そう思った後だ。ヴァイゼンの体が消えた。上。顔を上げればそこにはヴァイゼンの刀に赤い魔力が迸り頭上に魔法陣が浮かび上がる。私はクールブロンを構える。瞬き程度の時間。ヴァイゼンは言った。
「デスクトラシオ」
赤い魔力を帯びた刀を振るう。刀身から紅い斬撃が飛ぶ。それに内包されている魔力は竜の息吹すら超えるだろう。正面から受ければ死ぬ。
「プロテクション」
白い防壁を構築する。赤と白の光がぶつかり合い。衝撃波が奔る。私が右手をかざし、打ち破られないように魔力を供給する。左手でクールブロンを起動して周囲の魔力を自分に集める。構築したプロテクションがひび割れる。
ぱきり。
私の頭に伸びた魔力の角が音を立てた。かまっている暇はない。気を抜けば吹き飛ばされる。いや、両断されて死ぬ。私は叫んだ。防壁に魔力をつぎ込む。まばゆい閃光。赤い魔力が粒子になって消えていく。
「はあはあはあ」
右手が重い。
一気に体の魔力が持っていかれた。ただ、この一瞬を逃すような奴だとは思えない。
そう思った瞬間だった。私の前の前に黒いマントを靡かせてヴァイゼンが降り立った。刀を構えたその姿。一秒先に私の死を予感させる。
「クリエイション」
魔力を使い糸を作り、体を作る。人の形を編む。
ヴァイゼンが刀を振るう。
その刀が私の魔力で作り出した黒い剣が阻んだ。いや、剣だけじゃない。それは魔力で形作られた人形だった。巨大な体躯をした男の姿。ヴァイゼンと鍔ぜり合うその姿。黒い影のような魔力で作った人形の耳は長い。
魔王としての私を支えてくれた魔族のことを私は覚えている。剣の勇者とも斬り結んだ。魔王軍の幹部。その姿をかたどった人形だ。
アクア・クリエイションで生み出した力の勇者は魔力を拳にだけ集中した半端な形だった。だけど今の自分であればさらに強力な人形を作ることができる。
「イグニス」
私は名前を呼ぶ。この人は私を庇って死んだ剣の達人。
……その、ただの人形だ。
ヴァイゼンとイグニスの剣がぶつかる。これだけ距離が近ければ正確な動きができる。剣撃は光のように交差する。イグニスの手にある剣には強力な魔力を込めている。そう簡単に折れはしない。
「……なんだその顔は」
ヴァイゼンが私にそういったのを聞こえないふりをした。




