魔王の戦い方②
右手を開いてから指を一本ずつ確認するようにゆっくりと握りしめる。体から溢れそうになる魔力を無駄なく浸透させていていく。
頭には結晶化させた魔力の『角』。それは魔王だった時と同じで羊のような形をした双角を手で触る。
前にこうなった時は気を失っていた……ほとんど暴走していたから意図的にこの姿になったのは生まれて初めてだ。あたしは右手に持ったクールブロンを魔力で覆う。装甲のように結晶化された魔力が魔銃を覆う。
視線の先にいるのは刀を持って佇む男。
あたしはあいつを信頼する。『魔王』としての戦いをしてもそれでもあいつは容易に倒せる奴じゃない。ましてや…………簡単に死ぬことなんて絶対にないって。そう『信頼』する。
「行くよ」
あたしは左手を空に掲げる。周囲に魔法陣が展開する。魔力さえあれば無詠唱で魔法を構築することはできる。だけど呪文を唱える。古い……自分の生きていたとの魔族の言葉で言葉を紡ぐ。
『永久に世界を照らす天空の王。……私は命じる。暗く、暗く、暗く、眼前に広がる全てを黒の炎で灰燼となせ』
魔力が収束する。太陽のようにすさまじい熱量を持った球体が手の上に乗る。それはだんだんと小さくなり黒く。中心だけが赤くなっていく。灼熱を秘めたその黒い球体は触れたすべてを熔解させる。
「……古い魔族の言葉か? なぜ貴様がそのようなことができる」
「…………ヴァイゼン」
その言葉には答えない。あたしが左手をぐっと握る。黒い太陽が弾けた。黒の球体が分裂する。小さな太陽があたしの周りを囲むように浮かぶ。小さなそれはひとつひとつが強い魔力を帯びている。それを背にあたしは口を開く。
「今からの攻撃は今までのものとは違うから……。うまく避けなよ」
あたしは手を振り下ろす。
「ダーク・ノヴァ」
黒い太陽が分裂していく。無数に分裂した球体はあたしの指の動きに合わせてヴァイゼンに向かう。小さな球体に込めた魔力は触れた相手を蒸発させるには十分だった。球体は直線的に、あるいは迂回して、変則的にそれぞれの軌道を描いてヴァイゼンに向かう。
球体がすさまじい速さで動く。それは人の目には黒の線の様見える。
――瞬きするよりも短い時間。
ヴァイゼンが刀を振るった。刀身に込めた魔力による衝撃波が広がる。
黒い太陽のいくつかが斬り落とされる。行き場を失った魔力が暴走して爆発する。だけど全てを落とすには足らない。あたしは指を動かす。まだ小さな太陽はある、いくら斬り落とそうと関係ない。
ゆっくり移動しながらヴァイゼンに向けて黒い太陽を動かす。ヴァイゼンは竜の背を動き、回避する。一瞬一瞬で刀を振るい。衝撃波を放つ。四方からのあたしの攻撃をしのぐ。
「ソード・クリエイション」
指先に魔力を纏わせ糸にする。描くのは白い剣。魔力で編んだ剣。
「いけ」
剣が飛ぶ。直線的な一撃。最速の攻撃をヴァイゼンは刀で防ぐ。火花が散る。魔力の剣が両断され、そこに『黒い太陽』を突っ込ませる。ヴァイゼンの体勢をわずかに崩すのが目的だった。避けきれないはずだ。
「……………」
ヴァイゼンの体が赤く光った。
次の瞬間にあたしの目の前にいた。刀を下段に構えて踏み込んでくる。一瞬で自己強化を高めて間合いを詰めてきた。回避不能なはずの攻撃の速度をはるかに超えてきた。
「!」
クールブロン。
あたしは右手の魔力の結晶を纏わせた銃に呼びかける。そこにある魔力を高速で魔法に構築する。
「グラビティ・バインド」
地面からの引き込む力……重力とか言われたけど、あたしの周囲のそれを引き上げる。押しつぶれるくらいに。ヴァイゼンの速度がわずかに鈍る。……やばい、その感覚を信じてあたしは避ける。
ヴァイゼンが斬撃を放った。赤い一撃が空を切る。
遠くの雲が両断されるのが見える。斬撃の風圧を感じる。
……それでもヴァイゼンに向けてクールブロンを向ける。強力な魔力を魔石につぎ込んで引き金を引く。撃ちだされた銃弾がヴァイゼンの体に纏った魔力の障壁とぶつかり合う。
魔力のぶつかり合いに光が弾ける。魔力の障壁がガラスのように破れてヴァイゼンのこめかみに直撃する。だけどあいつは止まらない。あたしに向けて手を開いて見せる。そこにすさまじい魔力が収束していく。
「ギガ・フレア」
――音がなくなった。炎に視界が包まれる。だけど大したことはない。魔力を操作してあたしも障壁を作る。ヴァイゼン。あいつはきっと。
炎の中からヴァイゼンが刀を突き入れてくる。あたしの障壁に簡単に穴をあけた。クールブロンに纏った魔力の結晶を盾にして防ぐ。体がもっていかれないように身体能力を強化する。
炎が消えていく。
刀と銃で唾ぜり合う。この姿勢はあたしが不利だ。次の手を――
「まだ、手加減をしているな」
「……なんのことさ」
「ファーヴニルのことを気にしなければ私を追い詰めることができるはずだろう」
ファーヴニル……この青い竜のことだろう。確かに昔の『私』なら周りのすべてを利用したはずだ。甘くなっているのは間違いない。無意識に……いや意識的にヴァイゼン以外を傷つけないようにしている自分がいた。
ヴァイゼンが離れる。明らかに意識的に離れた。彼の額から一筋の赤い血が流れた、さっきの一撃だろう。彼はそれを指でぬぐってふっと笑った。
彼には余裕がある。あたしは魔力を開放して何秒経った? 借り物の力だからこそ残量を気にする必要もある。
「くくく」
ヴァイゼンは笑う。
「手加減をしている相手に傷を負うとはな。くくく、愉快だ。お前の正体をますます知りたくなった。だが……妙なところで貴様は甘いな。そんなに何かを傷つけることが嫌いか」
「……嫌いだよ。あたしはできればあんたとも戦いたいわけじゃない」
「私は……お前と戦いたいと思っている」
「…………」
ヴァイゼンの体から赤黒い魔力が溢れていく。それに呼応して青い竜が咆哮を上げる。赤い魔力があたりを覆っていく。竜もあたしもヴァイゼンも囲んでいく。
なんだ?
ヴァイゼンを中心に闇が広がっていく。それは急速に広がり視界全部を塗りつぶしていく。これは攻撃のための魔法じゃない。
――気が付けばあたしは暗闇の中に立っていた。
広い空間。青い竜の背中じゃない。巨大な魔力で構成された空間とでもいえばいい……のかな。あたしは神経を研ぎ澄まして奇襲に備える。
だけどその前に声がした。
「この空間は私の魔力で生み出したものだ」
暗闇の中に赤い魔力を纏ってヴァイゼンが立っている。暗闇の中だからこそ赤い魔力に光る彼だけが見える。
「ここには貴様と私しかいない」
彼は私に静かに語りかけている。それに対してあたしも笑ってしまう。
「はっ」
そこまでしてあたしと本気で戦いたいということ。それが伝わってきて笑ってしまった。確かにこの魔力で作られた空間の中ならあたしとヴァイゼンだけがいる。ここまでしてくれるとは思わなかった。
「……そもそも手加減しているのはあんたも同じじゃんか」
「…………ふっ」
それだけで何を言っているのか伝わったらしい。ヴァイゼンは刀を鞘に納めた。その仕草があまりに自然だった。そういえばウルバン先生もそんな感じだったっけ。
あたしは相手の姿勢や魔力の流れから行動を読む。ヴァイゼンには常に淀みがない。
……ヴァイゼンの体に流れる魔力を感じる。
あいつの周囲の空間が捻じれて見える。
彼の中に強大な力が溢れていくことがあたしにはわかった。あたしが生まれて感じたことのないほどの大規模な魔力の集中。なのにすごく静かだと思った。それだけあいつは自分の力を支配しているってことだ。本当ならこの場から逃げることが正しいはずだ
ヴァイゼンの体から魔力が溢れる。赤い魔力の奔流がこの暗い空間を流れていく。その中心にいる男の額には一つの巨大な『角』があった。おとぎ話に出てくるような一角獣のような形をした魔力の結晶。彼の顔には魔力の文様が浮かんでいた。
空気が重い。心臓が鳴る。心がやばいって叫んでいる。
これがヴァイゼンの『魔骸』。それがなくてもぴーちゃんを斬り伏せたあいつの本当の力をあたしは……対抗できるのか……って一度だけ自問する。
だけど、あたしは構える。魔王としてはあたしの方が先輩なんだ。ここでビビっているわけにはいかない。そもそも……『私』は何度も強敵と殺し合ってきた。勇者なんていう無茶苦茶なやつらとどれだけ戦ってきたか。
ヴァイゼンの黒髪が少し伸びている。赤い瞳に魔力を宿してあたしに問いかけている。ああ、魔力を纏ったその姿は『魔王』という肩書は十分に似合っているよ。あんたの言いたいことはわかる。本気を出せって言っているんだよね。
わかった、わかったよ。
少しの間だけ昔の私に戻ってやる。




