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捻じれ合うもの


 空の上であたしはヴァイゼンと向かい合う。


 対峙した現代の魔王の表情は変わらない。ただ、あたしを見る赤い瞳には底知れない魔力を感じる。こいつが本気を出した時にあたしは今の手元に魔力だけで対抗できるかはわからない。そう思うと自然とクールブロンを両手で握りしめていた。


 そんなあたしからヴァイゼンは簡単に視線を逸らした。彼は眼下にあるセレーナ島を見ながら言う。黒髪が風に揺れて、その横顔から感情は読み取れない。


 青い竜はあたしたちを乗せたまま飛んでいく。翼を広げてゆっくりと旋回している。さっきまでの激しい動きとは一転して穏やかさすら感じる。これもヴァイゼンが操っている……いや、ぴーちゃんにあたしが伝えていたようにあいつも何かを伝えているのかもしれない。


「あの島は」


 ヴァイゼンが語る。


 セレーナ島で聞いた話。もともと人間と魔族は仲良く暮らしていたって、ずっと昔にあそこで……。


「人間の王族が管理している。建前としては過去の戦争において聖剣などの神造兵器を授かった神聖な地として……高貴な……まあ、人間の価値基準としてはそうなる一族が治めることになっている」

「…………それがどうしたのさ」

「建前と言っただろう。本当に過去に敬意があるならばあの古城は荒れたままにされている?」


 そういえばそうだ……古いものとしてもあたしを打倒した神の兵器をもらった地なら大切してもいいはずだ。ヴァイゼンはあたしの反応を見ている。それに気が付いてあたしはむっと真面目な顔をした。何を考えているのか悟らせたりしないよ。


 ふっと少しバカにしたようにヴァイゼンが笑った。むかっ!


「なんで笑うの!」

「いや……」


 あたしの質問にヴァイゼンは答えなかった。


「人間であれ魔族であれ、大勢が集まれば様々な考えが集まってくる。正しさというものは常に多面的だものだ。一方が正しければ、別の側面から見れば間違っていることがある。……例えば魔族の迫害は人間たちにとっては正義だろう」

「全員がそんなこと……思っているわけじゃない!」

「そうだろうな……だが全体してそうならばそれは正義として見られるものだ」


 ヴァイゼンは何がいいたい? あたしはできるだけ多くのことを考えてみるけどわからない。


「……立場によってさまざまなものの見方はある……昔話をするならば、過去に魔王が打倒された後、魔族の多くは残党狩りにあった。組織的な抵抗のできない中で殲滅されていった……それを指揮したのは王族で……その行為を魔族の一部と結託して阻んだのは『剣の勇者』と言われるものだ」


 ――あたしの中に学園で見た本のことが蘇った。魔族自治領の成り立ち。『剣の勇者』であるあいつが魔族を助けたことをあの時知った。


「『剣の勇者』はそれだけではなくギルドを創設して冒険者の保護を行い、荒廃した土地を抱えている人間の貴族たちをまとめて戦後の復興を行った」

「……ずいぶんさ、歴史に詳しいんだね」

「……ふっ」


 自嘲するように笑ったヴァイゼンの顔。少しだけ寂しそうに見えたのは気のせい……だろうか。だけどあいつはすぐにいつもの無表情に戻った。


「『剣の勇者』の行ったことはおおむね善行と言っていいだろう。戦争中に魔族を殺した罪滅ぼしか……あるいは別の目的があったかはわからないがそれは重要ではない」


 あいつのことだから……たぶん、みんなのためにやったのだろうと……あたしは思う。


「だが、本来であれば魔族を支配下にし、貴族を粛正し、冒険者を使役したかった存在があった。それからすれば『剣の勇者』は悪そのものだっただろう……」


 ヴァイゼンはセレーナ島を見下ろす。


「それが王族だ。人間の王族にすれば戦争で生まれた英雄である『剣の勇者』をはじめとした勇者の一族は魔王を倒した後、邪魔な存在だった。……魔王を殺した後の『聖剣』も『聖甲』も『聖杖』も……ただの凶器にすぎなかった」


 ……! あたしはごくりと息をのんだ。正直考えたことはなかった。自分が殺された後に3勇者と言われているあいつらがそんな風に思われることがあると、言われるまで思いつかなかった。だからかな、あたしは勝手に叫んでいた。


「でも……そんなのおかしいじゃん。……魔王を倒したあいつらは命がけで人のために戦ったのに……。それこそ当時の人間の王様も助かったはずだよ!」

「……魔王がいる間はそうだろう。魔王がいなくなった後に人間の王と戦争の英雄は考えが分かれていった。3勇者と言われた者たちはその行為は完全なる善意でやったのかもしれないが……それだけで人も魔族も動くわけではない。そして――」


 ヴァイゼンはあたしに一歩近づく。


「イオスから聞いているな? 貴様と私が最初に対峙したあの船上での戦い。……あそこに3勇者の子孫が集まったことは偶然ではない。そして聖剣や聖杖を葬ることのできる絶好の機会が生まれたことも同様だ」

「……まさか」

「もともとイオスを使い、魔族がそれをやると王族に取引を持ち込んだ。……奴らからすれば有力な貴族の抹殺を魔族がやってくれるならこれ以上にいいことはない。セレーナ島を拠点として確保し、あの船を破壊した後に油断しているだろう王都を灰燼にすることが我々の計画だった。……島では『シャドウ』も見たな? あれも兵力に乏しい我々の力を補うため王都で暴れさせる予定だった。王族との取引……くく、正確にいえば奇襲といったところか」

「…………なんでそんなこと」


 あそこであたしがいなかったらミラもニーナもソフィアも死んでいた。それを考えると体の奥が冷たくなる感覚を覚える。


「なぜ? 言っただろう。敵を失った神造兵器など凶器でしかない。貴族と対峙する王族からすれば強力な力を持つそれらはあっても困るだけだ。かつての敵である魔族は自治領に押し込めている状況で必要などどこにもない。……マオ」


 名前を言われてあたしは顔を上げた。


「わかっただろう。人間同士でもそう簡単に分かり合えるものではない。権力をはじめとする様々な思惑があれば善悪を超えて物事は進んでいく。あらゆるものを利用することを考える存在は常にいる。……私もそうだ」


 その言葉に一歩下がりそうなった。だけどその時あたしはミラの顔を思い出した。……一緒に歩く道を一緒に探す……。おもったより大変そうだけど、下がるわけにはいかない。むしろ胸を張ってやる。


「あたしは……それでも、人間と魔族が一緒に居れる道があると……思う……いや、探す」

「…………」

「王様がどう考えているのか……あんたがどう考えているのか……あたしは頭が悪いから全然わからなかったけどさ……でも知ったからにはそれを踏み越えてでもあたしはあたしの親友と一緒に道を探すって決めているからさ!」

「……ふっ。子供の考えることと笑われてもか?」

「どーせあたしは子供だよ。でも、『剣の勇者』は魔族と人間の間を取り持とうとしたっていうなら負けてなんていられないじゃん。そうだよ……王様も貴族も魔族も……あんたも!」


 あたしはびしっとヴァイゼンを指さす。


「マオ様をなめるなっ」


 あたしはそのうえで腰に両手を当てて言う。


「そもそも王様が考えて、あんたのやろうとしたミラ達をこう……あれ……しようとした作戦はあたしがぶっ潰したってことじゃん! そんなの何万回でも同じように止めてあげるよ」


 あたしはついでに言ってやる。すごいこと言っている気がするけど、ええい! もういいや!


「くくく、ふははは」


 ヴァイゼンが笑った。愉快そうに笑う。


「…………ならばマオ、取引をしよう」

「取引?」

「そうだ」


 ヴァイゼンの赤い瞳があたしを見る。


「お前の正体が何者か、それと引き換えにセレーナ島から私も他の者も退こう」


 あたしは、その言葉に固まった。


 

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