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対峙


 戦場。


 あたしは何度もそこに行った。勇者と言われるあの人たちと戦った以外にも多くの戦いを経験した。


 戦場で強いということは最終的に生き残ること。そして戦場には人間にも魔族にも戦う人たちを『束ねる者』がいる。それは勇者だったり、魔王というあたしだったり、将軍とか言われてたり……名前が違っても結局は全員の命を預かる人が必ずいる。


 強いということが生き残るということなら、みんなを『束ねる者』の強さは生き残らせることだと思う。……あたしは結局最後に負けてみんなを不幸にした。だから魔王としてのあたしは弱いってことだと思う。


 ただ、経験をしているからこそわかる。


 敵にも味方にも優秀な人は大勢いた。でも、どんなに才能が溢れている人でも豊富な魔力を持っていたとしても何かに拘ってしまう人が全体を巻き込んで酷いことになるって。撤退するべき時に退けなかったり、前に出すぎたらいけない時に大勢の兵士を連れて突撃してしまうこと、その結果を……あたしはみてきた。


 ソフィアはミラとの模擬戦で明らかに違う行動をしていた。あたしにこだわって一人で別行動をしていた。もしもあの時にミラにもっと協力していたらあの時にあたしは負けていたかも知れない。


 だからこそこの戦いでソフィアをぴーちゃんの上に乗せた。ヴァイゼン以外の二人も相当に強いからこそ才能のあるソフィアをあそこに置いておくわけにはいかなかった。


 ――あたしは顔を上げる。


 打ち抜かれたぴーちゃんの羽。魔力の残滓が空に散る。一瞬の攻撃の機会にあたしはソフィアの協力を得ることができなかった。読み切れなかったことが心が「なんで」と言葉にするのを自分の胸を掴んで押さえつける。


「理由なんて後でいい」


 あたしはソフィアもぴーちゃんもみんなも生き残らせないといけない。怒っている暇はない。振り返ってソフィアを見る。


 びくっとソフィアがあたしを見た。睨みつけているようで不安そうな顔をしていた。聖杖を持って何も言わない。そこに短く言葉をかける。


「ソフィア……今から少しだけ本気を出すからさ。聖杖で自分を守ってほしい」

「……本気を出す……ですって?」


 空に浮かぶ青い竜の影を見る。その背に乗るヴァイゼンの姿が見えた。魔力で身体能力を強化しているからだと思う。その顔が見えた。さざ波も立たないような無表情で赤い瞳が見下ろしている。あたしはそれに対して舌を出してやる。


 青い竜が口を開けた。羽に攻撃を受けたぴーちゃんは徐々に降下している。あたしはかがんでその背中に手を置く。胸が苦しい。それはぴーちゃんに無理をさせることになることが分かっているから……。


「ぴーちゃん……あたしに力を貸して」


 あたしの言葉が聞こえたのかはわからない。何かを感じたようにぴーちゃんが鳴いた。


 竜の魔力。それを手で感じる。流れるマグマを感じるようにその圧倒的魔力を感じた、さっきまであたしはあくまでぴーちゃんの行動を強化することや相手の牽制のための攻撃に魔力を借りていた。もうそれじゃあこの状況はひっくり返せない。


 ぴーちゃんの全身から魔力が溢れる。


 人間や普通の魔族には扱えないほどの魔力。


「な、なんですのこれは」


 ソフィアの声も耳に入らない。


 魔力は光の粒子になって、あたしが手を空に伸ばすと渦を巻いて手の中に集まっていく。集中する。竜の魔力を自分の中に取り込む。体が壊れないように、戦えるように。本来であれば『魔骸』を模してあの船の上のように角として魔力を結晶化させたいけどソフィアの前でそれはできない。

 

 代わりにクールブロンに魔力を集める。白い魔銃に魔力が集まり、結晶化させて形を作る。クールブロンに魔力の装甲を纏わせる。そしてあたしの体の中にもありったけの魔力を取り込む。ぴーちゃんが悲鳴を上げるように鳴いた。ごめん。本当にごめん。無理をさせているよね。


「ぐっ」


 吐き気がする。竜の魔力をそのまま体に取り込んでしまうことはかなり体に負担になっている。心臓の音が聞こえる。集中しろ。……落ち着け。あたしは魔王だ。魔力を扱うことなら誰にも負けない。


 体の隅々まで魔力を通していく。肌に魔力の文様が浮かんでいるのが見えた。……だけど魔力の器として自分の体は小さすぎる。ぴーちゃんの魔力をどうしても受けることができない。……『魔骸』のように結晶化させる必要がある。


 瞬間、相対している青い竜のことを想った。


 そっか、ここは空だ。なら必要な形にすればいい。


 あたしはクールブロンを掲げる。


「レザレクション!」


 緑色の魔法陣がぴーちゃんを包む。『レザレクション』はあの船を直したあたしの魔法だ。『ヒール』とは違う、魔力で無理やり形を作る魔法だ。治癒とは違うけど、それでもぴーちゃんの羽の傷を閉じることはできる。


 ――それをヴァイゼンが許すはずもない。


 青い竜が上空から一筋の光線を放つ。強大な魔力を圧縮したそれは死の光。瞬きをする一瞬に打ち下ろされたそれをあたしは、指を振る。呪文なんていらない。『レザレクション』に利用した魔力をそのまま防御に転移する。


 プロテクション!


 心の中で叫ぶ。一瞬で築き上げた白い防壁に光線が直撃する。四散した光が海に落ちていく。


 ばきりと白い防壁にひびが入る。前に同じ方法で『竜の息吹』を防いだときはミラとソフィアとニーナとあたしで防いだ。今回は一人。それでも通すわけにはいかない。白の防壁にひびが広がっていく。


 あたしは叫ぶ。魔力をつぎ込んで防壁を強化する。


「――!」


 クールブロンを両手で持つ。魔力を注ぐ。


 白の防壁と『竜の息吹』がぶつかりそれぞれの魔力が収束していく。


 すべての音が消えた。錯覚かもしれない。でも一瞬の静寂の後に強烈な光なって弾けた。強烈な風を感じてよろけそうになる。あたしはその中で言う。


「ソフィア! ぴーちゃんをよろしく!」


 あたしは光の中に飛び込んでいく。


「クリエイション!」


 残りの魔力を背中に集めて結晶化させる。


 ぴーちゃんの魔力を宝石のように結晶化した6枚の羽に風を纏わせる。一枚一枚の羽に強力な魔力を内包させる。ぴーちゃんの背中を蹴った。


 口の中で呪文を唱えて、風の魔法を唱える。


 光の中を進む。光の向こうに出た時、青い竜が目の前にいた。宝石のような鱗をした竜。あたしは両手を組んで胸を逸らす。なんだか負けないって気持ちでそうしたくなった。


 巨大な体の前であたしは浮いている。そして『空中』を蹴る。感覚の問題。背中に作った魔力の羽は本当の羽じゃない。魔力を溜めておくためのものだ。


 青い竜が爪を振るう。豪風とも共にあたしを切り裂こうとしたそれを避ける。そしてそのまま青い竜の背中に飛び乗る。


 着地した。


 目の前には少し笑う男がいる。黒髪の魔族。ヴァイゼンは刀を手にしてあたしを見ている。


「次々に考えもつかないことをする奴だ……まあ、いい。あの時の続きをするか」


 ヴァイゼンが言った。それにあたしは視線を向ける。戦う……そうだ。みんなを守るためそうする必要がある。でも、あたしは言った。


「ここまで来ても、あたしは戦いたいわけじゃない。ヴァイゼン……あんたがさ、人と魔族が本当は仲良く……一時的でも共存できるって言ったことを驚いたけど、でもさ、もしかしたらその一時が永く続けられるかもしれないなら、人間と魔族が戦う必要がないかもしれない。……この場だって、クリス達を連れて退いてほしい……よ」


 ヴァイゼンはあたしの言葉を聞いて黙る。しばらくして彼は言った。目を閉じて。


「…………マオといったな。お前は…ほどの人間……いや、人間なのか? 前に見せた姿は明らかに『魔骸』のように見えた。その上竜を操るととはな……本当は何者なんだ?」


 あたしは答えない。答えることができない。


「……人間と魔族の共存は融和という形をとることはできてもその実は利害の関係にしかならない。互いに利用価値を探りあい、邪魔になれば消すだけだ」

「それでも。そうじゃない道もあるかもしれない」

「……細い道があるとして人間も魔族も大勢が渡れるわけではない。ひとりふたりの歩く道とは違う」


 ……その言葉は正しい。……でも、それを肯定するわけはいかない。あたしは心の中にみんなの顔を浮かべる。ミラのことを想った。


「……ヴァイゼン……。それでも優しい人たちは居るよ」

「あの島は」


 突然にヴァイゼンは言った。彼は眼下にあるセレーナ島を見ている。マントが風に揺れている。


「人間の王族の所有する島だ。歴史もある人間たちにとって重要な場所だろう」

「それが……どうしたのさ」

「…………物事は偶然で済ませることができるわけではない。人間たちの中にもお前の言う心優しい人間がいるように、利害しか考えることのできないものもいる」

「利害……しか考えられない……?」

「ああ、我らがあの場所にいたことが偶然と思うか」


 あたしにはわからない。




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