今の世界に魔王はいて
「ああ、くそくそくそくそ」
赤い髪の少女、クリス・パラナは怒りのままに叫んだ。
広い場所だった。数百人は収容できるであろう空間。奥にただ一つ玉座がある。
「あの剣と力の勇者の末裔……あとわけわかんないクソガキめ」
クリスは数日前の失敗を思い出すたびに沸き上がるような怒りを覚えた。自らの「ペット」と称するモンスターが倒されたことよりも彼女は自分をこけにした3人に対してこの上ない屈辱を感じてた。
「必ず殺す……あいつら、許さない」
「こまるんだよねぇー」
気の抜けたような声。クリスは振り向きもしない。クリスの後ろからかつかつと音をたてて歩いてきた男は背が高く、若い男だった。茶色の髪は毛先になるほど金色になっている。整った顔立ちと尖った耳、優男と言う形容がぴったりなほどうっすらと微笑んでいる。
彼の身に着けているのは黒の軍服。小脇に分厚い本を抱えている。
「剣の勇者の子孫も、力の勇者の子孫も勝手にさー、殺しちゃったらだめでしょー、クリスちゃん」
「あ? ロイ。あんたに指図される覚えはないんだけど」
「指図っていうかさー。3勇者の子孫をぶっ殺して僕たち『暁の夜明け』が宣戦布告を全世界にするっていう手はずなんだからさー。ルールまもろーよ」
ロイと呼ばれた青年は間延びしたような話し方をしている。クリスは青年を見据えて静かに言った。
「そんなのどうでもいい、あいつらの首を並べればどうとでもなるでしょ」
「あーあー、これだから馬鹿は、いけないんだよぉ」
「あんた、あたしをなめてるの?」
「あれ? そうとられるようにわかりやすくしてたつもりだけど」
赤い魔力があたりを包んでいく。クリスは無言でロイを見据え、ロイは小脇の本をぱらりとめくってニコニコしていた。空気が張り詰めていく。
「やめよ。貴様ら」
野太い声が響いた。
太い男がいた。身の丈は2メートルはあるだろう。黒い軍服は筋肉で膨れ上がっている。褐色の肌に顔にいくつかの大きな傷がある。ただ特徴的なカイゼル髭を持った男だった。
彼の言葉でロイは「はいはい。ドンファンさんには逆らいませんよー」と言い、クリスは舌打ちして魔力を収めた。
ドンファンと言われた男はふんと鼻をならし。
「先ほど族長会議において魔王の選出が為された。これで我らの王はあの方だ」
ロイはひゅーと口笛を吹く。
「族長会議ってたって魔王戦争を生き残った少数の魔族のそのまた少数の連中だからね。僕たちが数人暗殺……いやいや不幸な事故に立ち会ってしまったから、僕たちを恐れていいなりってね」
「口は災いの元であるぞ。ロイ」
「はいはい」
ロイは両の掌を上にあげて、肩をすくめる。器用に脇に本を挟みながら。
「なんであれ、これで私たち『暁の夜明け』が魔族の主導権を握れるってわけでしょ」
クリスは視線の先にある玉座をみたまま笑った。
「これで殺しても誰も文句言わないじゃない」
「……貴様は自重するのだ」
ドンファンはため息をついた。しかし、次の瞬間に彼ら3人は巨大な圧力を感じた。
クリスの額から汗がにじみ出る。ロイは苦笑しつつ、その場に片膝をついた。ドンファンもそうする。
男が歩いていた。ただそれだけであたり全てを屈服させるような重みを感じさせた。
彼はクリスたちと同じ軍服に身を包み、外套をたなびかせて歩く。その腰には「刀」がある。黒い髪は短く切り、精悍な表情で前だけを見ている。
クリスもまるで押しつぶされるように膝をつく。その表情は屈辱にゆがんでいた。
男はゆったりと玉座に座る。
「……首尾はどうなっている」
男は短く言った。目の前の3人をその燃えるような赤い眼で見ている。刀は柄を持ち、鞘のまま床に立てる。
「はっ。ヴァイゼン閣下」
ドンファンが答えた。
「手筈通り3勇者の末裔の動向をつかみ、一挙に葬れるように整えております」
「そうか」
「しかし、まだ相手は小娘共。私どもで十分かと思いますが……」
「……いや、私は曲がりなりにも族長共に選ばれた身だ。私自らが出向き、始末する……おごり高ぶった人間共への制裁の意味もある」
ドンファンは「はっ」と短く答えた。クリスは何か言おうとして歯を食いしばっているが、ロイに肩を持たれて制止された。
黒い魔力を纏う男、ヴァイゼンは玉座の上で、一人哂う。
「魔王。それが私のこれからの呼び名だ。私は全ての敵を斃し、魔族の繁栄を取り戻そう、数百年前の魔王に果たせなかったとことを果たすため、その名を私が受け継ぐ」
魔王は全てを背負い、立ち上がる。
☆
へっくち。
うー、くしゃみすると誰か噂しているっているけど、迷信だよね。
あたしとニーナは甲板に出た。あたしはおニューのフェリクスの制服を着ている。結構いい感じ。魔銃をケースに入れて肩紐で持っている。でも、もう弾がないしなぁ。イオスにもらわないといけないかな。
ミラは着替えてくると言ってたから待機だ。
甲板から海を見るとどこまでも広がっているように感じる。地平線の先まで陸地がない。ただ、鳥がそっちから飛んでくるのは不思議。
というか一番不思議なのはこの船だ。なんだこれ。あたしが振り向くとそこには2階建ての建物がある……というか帆がない……。代わりに変な煙突みたいなのがある。
「この船ってなんで動いているの……?」
「なんだ知らなかったのか」
あたしの横にニーナが来た。耳のピアスが揺れている。
「この船は最新の魔鉱石を使った機関を使った船だ。王都まで、1日もあればつく」
「へえ、魔鉱石」
あたしはそれを知っている。古代の魔力を封じ込まれた鉱石だ。たしか人間との戦争でも原因の一つになった。
「あの煙突は?」
「あれは魔鉱石で熱を発生させて……詳しいことは私にも分からないが熱を逃がす仕組みらしい」
「ふーん」
船の船体は黒く塗られている。あたしが港町で一番に目に入った船だ。ただ、どうやって乗り込んだかは覚えていないけど。
「とにかくこのまま待っていれば王都にまでつく」
「王都かぁ、どんなところなのかな」
「私も昔行ったっきりだからよくわからないな」
ニーナとあたしは海を見ながらたわいのない話をする。
「おまたせ」
ミラだ。振り返ると、そこにはリボンを胸につけてフェリクスの制服を羽織ったミラがいた。スカートのすそを抑えている。
「久しぶりだと少し恥ずかしいね。この服魔力を通せば防具にはなるんだけど」
少し顔を赤くしている。かわいい。っは。あたしは普通にそんなこと思ってしまった。
「とりあえず食事に行こうか。マオも腹をすかしているだろうし」
ぐーとおなかが鳴る。いや、今回はあたしじゃない。ニーナが無言で顔をほんのり赤くしているけど。
「ほ、ほら。マオがな」
がな、じゃない。
☆
食堂と言うところは丸いテーブルがいくつもあって、そこに大勢の人が座っていた。厨房が吹き抜けになっていて奥でコックが働いているのが見えた。
「おー」
一角にはテーブルにパンとか見たこともなような料理が並んでおいてある。え? 何これ。あたしはニーナとミラを見た。
ミラがくすりとして答えてくれる。
「お皿に好きなのを取ってきていいよ」
え? 好きなのとってきていいの?
「な、なにそれ。注文しなくていいの?」
「うん。決まった金額で食べ放題」
「は?」
何それ。馬鹿じゃないの? あたしの頭の中でぐるぐるとピザとかギルドで食べたおいしいものが回っている。思わず駆けだそうとして、襟首をつかまれた。
「ぐえっ」
「待て」
「なにすんのニーナ」
「私も一緒に行くから。節度を持て。おまえを一人にすると不安だ」
ミラはあたしたちのことをくすくす笑って。
「じゃあ、私はテーブルを取っておくね。マオ、私の分も何かとってきてね」
「う、うん」
ミラは私たちから離れていく。入れ替わるように緑の髪の黙ってれば美少年。イオスがやってきた。なんか久しぶりに見たように感じる。
「やあ」
笑顔で手をあげるイオス。
「ギルドマスター。こんにちは。マオもおかげさまで元気になりました」
ニーナが言う。
「それは何よりだ。マオさんも今回は無茶をしたね」
「まあね」
言う通り無茶した。一歩間違えたらほんとに死んでたかも。
「そろそろ弾丸も尽きたんじゃないかな。ほら、マオさんこれ」
イオスはあたしにポーチを手渡してくる。中には弾丸が詰まっていた。危険な贈り物だなぁ。
「まあ、ありがと」
「こら、マオ」
ニーナがチョップしてきた。イッたい。
「ギルドマスターへの礼儀」
「はーい……ありがとうございました」
「うん。どういたしまして」
なんか今日は嫌味がないなぁ。なんだろ、イオスに違和感がある。あたしはポーチを返そうとしてイオス「あげるよ」と言われたのでそのままお礼を言って腰に巻いた。
イオスはそれをみて頷いた。
「それじゃあね、僕も王都まではゆっくりしているけど。ミラスティアさんもニナレイアさんも、そしてマオさんも。これからの幸運を僕は祈っているよ」
1部の完結までもう少し。




