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『魔』を操る者


 島中の『影』が動き始めていた。


 シャドウと呼ばれる異形の者たち。生物のような形はしているが生物ではない。その姿はオオカミや小型の人型の魔物、あるいは巨大な虫のような形をしているが共通点があった。その体は漆黒でおおわれているということだ。


 彼らは島の中心に向けて歩き出していた。ゆっくりとした歩みであるが、一歩一歩歩くたびにその体が崩れていく。もともと体を構成しているのは黒い魔力の粒子だった。彼らはそれが寄り集まって形を作っているに過ぎない。


 崩れた黒の粒が集まって形を成していく。


 それは人の体のように寄り集まって、その手には剣の形をした『影』を握りこんでいる。


 人型のシャドウ達はその数を増やし、城を目指している。彼らは単純な意志しか持たない。それは敵を攻撃するというだけである。


 ――城の頂上から見下ろせば集まってくるシャドウ達の動きが見えた。

 

 そこに立つのは赤い髪をした少女。


 目の下に魔力でできた文様を浮かべ、結晶化した魔力の角が伸びている。


 あふれ出す殺意と力に自然の笑みを作ってしまう。


「きゃは」


 クリスは笑った。


 彼女は城の屋根に上り。両手を広げる。彼女の魔力が空気に溶けるように広がっていく。


 自ら手を下すまでもない。彼女の周りに黒い霧が溢れそれが拡散していく。薄く島中に広がる魔力の因子。それが島の中にいる魔物とそして『シャドウ』の体にしみこんでいく。


 魔族は魔物を操る力がある。本来であれば一人が操ることができるのは一匹にすぎない。だがクリスは多くのものを操ることができた。それは彼女だけの異能だった。島の中だけで力を使うがいずれは人間の世界をこの力で血に染めることを想っている。


 彼女は笑う。真っ赤な口を開く。


「人間ども。無事に帰れると思わないことね。きゃは。きゃはは」


 ☆


「力になるために来たんじゃないの?」


 走りながらラナ・スティリアは言った。唇を噛み、それでも足を止めることはない。彼女は制服の胸元のあたりをぎゅっとつかんだ。そうしなければ何かを叫びそうだった。


 力になりたい相手に置いて行かれたこと。その現実を否定してでもここにやってきた。彼女が口にしたようにその動機はただマオという少女を一人にしないため、そして力になってあげるためだった。


 しかし、現実はただ冷たく横たわっていた。


 城の奥では轟音が響く。


 ラナはそれを振り返った。おそらくあの大男とアリー達がぶつかる音だろう。『魔骸』を解き放った魔族の強大な魔力。それを感じた時ラナはすぐに「むりだ」と呟いていた。その次の瞬間には口元を押えて悔し気に顔をゆがませる。


 力不足なのは感じていた。マオという少女の未来にはおそらく何か大変なことがあるのではないかとぼんやりと考えてたことが、目の前で輪郭をもって形を成した。自らの全力を投じてもおそらく歯牙にもかけないだろう敵がそこにいた。


 ラナはいつの間にか足を止めて右手を見ていた。白い手だった。小刻みに震えている。それを抑えるために左手でつかむ。それでも止まらなかった。


 彼女の肩を誰かがつかんだ。


「!」


 振り返れば銀髪の少女。ミラスティア・フォン・アイスバーグがいた。マオとエトワールズの中で一人だけ同行した彼女に一瞬ラナは感情をぶつけそうになった。だが、ラナは自らの感情を抑え込んだ。


「ラナ。今は海岸まで下がろう。私が前に行くよ。森の中は敵がいっぱいいると思うから」

「敵……? ほかに魔族がいるってこと?」

「違う……魔物でも人でもない黒い影みたいな敵がいる」

「めちゃくちゃね……わかったわよ」


 ラナを待つようにモニカ、ニナレイア、エルがいた。エルは今は弓をもっている。こんな時だが彼女は大きなあくびをしていた。


 すでに場所は城の城門が見える場所だった。ここを出れば森の中に行くことになる。


 ――不意に巨大な魔力の波動に島中が揺れる。


 ミラスティアはかがんで耐えたが、ラナ達は驚きに悲鳴を上げた。ミラスティアが空を見れば二匹の竜が交差していく。今の衝撃は竜のぶつかり合いの余波だろう。


「マオ」


 ミラスティアは小さく親友の名を呼ぶ。だが彼女はすぐに「今は」と口に出して立ち上がる。彼女は全員の状況を見る。その時に気が付いた。


「エリーゼさん……?」


 いつの間にかエリーゼの姿がなかった。はぐれたというよりは忽然と姿を消したように感じた。その意図が分からずミラスティアは困惑した。しかし首を振って今目の前のことに集中する。


 アリー、チカサナそしてマオのことはミラスティアは心配だったが、今は彼女たちを信じるしかない。意図的か不意にかわからないがここにいないエリーゼも剣の技量を考えれば簡単に倒される人物ではない。


「私のやることは、エトワールズを守ること」


 自分に言い聞かせるように彼女は言う。


「まずは城を出よう。安全な場所に……」


 そう言って城の入り口を見たとき、ミラスティアは戦慄した。崩れた城門を無数の黒い影がはいずりながら侵入してきている。人の形をしたそれらはどんどん数を増やしていく。


 黒い影。シャドウは口を開けて咆哮するように動くが声はない。


 ただ右手に剣のようなものを持ち、走ってくる。


 数が多かった。黒い津波のように生き物にはある躊躇を彼らは持たない。ただただミラスティア達を殺すために向かってきていた。


「彼らは……」


 ミラスティアはクリスのことが頭に浮かんだ。彼女がネヴェ・クラーケンもシャドウも操っていた。『魔骸』を解放した彼女の操るシャドウはおそらくその力を増している。いま目に見えているものを葬ってもどれだけの敵がいるのだろうか。


「みんな。城の中に戻ろう。はやく!」


 ミラスティアは叫んだと同時に地面をけった。向かってくるシャドウたちに雷を浴びせては数体を切り裂く。一瞬の攻撃で向かってくる彼らの足を止めようとしたのだが無理だった。ミラスティアはさらに数体を切り伏せて後方に下がる。


 シャドウの数体が矢を体に受けて倒れる。見ればエルが弓を構えている。しかしミラスティアの攻撃もエルの攻撃も増えていくシャドウたちをとどめることはできない。


「フレア!」


 ラナが炎の魔法を放つ。炎の球体にシャドウたちが燃えて黒い霧になるが構わず進んでくる。


「炎も怖がらないなんて」

「ラナ。やっぱりだめ。彼らは怯まない」


 ラナの声を聴きながらミラスティアは前に出て聖剣を天にかざす。蒼い雷光が奔り、黒い聖剣の刀身に魔法の刻印が浮かぶ。


「ライトニングス!」


 ミラスティアが向かってくるシャドウたちに魔力の電を浴びせる。蒼い光に身を焼かれらた彼らは悶え、倒れてはその場で黒い霧になって消える。だがその向こうからさらに多くのシャドウたちが向かってきた。彼らは怯まない。森で相手をした時よりもはるかに好戦的だった。


「私が後ろにつく! みんな! 行って」

「ま、まってください。ミラさん。私も戦います」

「……モニカ」


 モニカはハルバードを手にしている。ミラスティアは首を振った。


「彼らをまともに相手をしててもキリがない。もし、千体、二千体のシャドウが向かってきたら流石に支えきれない。モニカは私に任せて、城に行って。この敵は操っている本体を倒さないと……」


 そこまで言って気が付いた。『クリス』を倒さなけばならない。ミラスティアははっとモニカの顔を見た。しかし次の言葉が探せなかった。


「はやくいって! ラナたちの周りはモニカが守って」


 そう伝えるしかなかった。モニカはわずかに躊躇した様子だったが「はい」と言って走り去っていく。


 ミラスティアは向かってくるシャドウたちに向き直る。無数の黒い影が奔ってくる。彼らはただミラスティアに殺到している。


 彼女は聖剣を手に構える。黄金の瞳を光らせて彼女は言った。


「少し本気を出すよ。…みんなが下がるまでここから先は行かせない」


 彼女の体から白い魔力があふれる。


 次の瞬間に一体のシャドウの体が二つになった。


 少女は剣を振るう。


 


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