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『魔骸』の戦士

注意:前の話を少し加筆修正しています(早めに読んでくださった方すみません)


ぴーちゃんが飛び出す前にマオがヴァイゼンが絶対防げると確信して炎で攻撃している場面が追加されてます!※この注意書きは少し後に消します。

 

 わずかに時は戻る。


 炎が揺らめていた。


 突如として突っ込んできた黒い竜が吐いた息吹。すさまじい火力をもって放たれたそれにヴァイゼンは刀を抜いた。黒のマントを揺るがして、刀身に赤い魔力を収束させる。彼の周りに魔法陣が構築される。


「スクルトゥム・ヴォーゼ」


 構築された魔法陣の中心にヴァイゼンが刀を突きさす。魔法陣からあふれ出した魔力の奔流が彼と彼の眷属を包みその身を守った。その後ろで姿勢よくたたずむ大男と尻もちをついていたクリス。


 クリスは「あ、ありがとうございます」と立ち上がる。


 炎の向こうから声がする。


『ヴァイゼン! あたしが相手をしてやる! ついてきて!』 


 そしてすぐに後に黒竜が飛び立つのが見えた。


 その言葉にヴァイゼンは笑みを浮かべてしまった。すぐに己の不覚に気が付いて片手を口元に当てる。自らを呼んでいる少女は自分の力に比べれば遥かに劣っているはずだった。だが、あの船上においてヴァイゼンと互角以上に戦ったこと、その戦いの記憶が彼に深く刻み込まれていた。


 要するに自分を他のものから遠ざけたいということだろう。ヴァイゼンはマオという少女のあまりに単純でわかりやすい挑発の意図を読み取っていた。だが彼はそれに乗ることにした。彼は振り向いて二人の部下に言う。


「ドンファン、クリス。私を奴が呼んでいる。残りのものはお前達で片付けろ。……聖剣の勇者の子孫は可能なら殺すな」

「は」


 ドンファンと言われた大男は頭を下げた。クリスは前に出た。


「ヴぁ、ヴァイゼン様がわざわざあいつを相手に」

「いや……奴は私が相手をする」


 ヴァイゼンは刀を収めて、懐から『札』を取り出した。それに魔力を通すと彼の体が闇に包まれるように消えていく。自らを別の場所に移動させる召喚術を応用した転移の魔法だった。この分野において魔族は人間よりもわずかに先を行っている。


 炎が揺らめく部屋でクリスは両手を腰に当てて不満な顔をした。


「あのマオとかいう人間。何者なのよ」


 そして彼女は炎の向こう側を見た。その向こうに残った人間がいるはずだ。


「そんなことはどうでもいいであろう。我らは求められたことをするのみだ」

「ドンファン殿……じゃあ、ひとつだけ確認をするけど」


 クリスは笑った。炎の光が彼女の瞳を輝かせている。


「あいつらをぶち殺すのだから『魔骸』を使ってもいいのよね?」

「無論だ」


 ドンファンの体から魔力があふれ出す。


 黒と赤の混じった魔力の奔流が彼の体の中を包み。結晶となっていく。まるで鎧のように形成されている行く。


 炎に包まれる部屋の中で力を開放した男。


 巨体がさらに膨れ上がり、その頭の左右に結晶化した魔力の角が現れる。牛の角をさらに巨大にした、まがまがしいものだった。


 クリスは「きゃは」と笑う。


「人間ども、どれだけ抵抗できるかしら」


 彼女の体からも魔力が溢れる。

 

 2体の魔族はその力を開放する。



 炎の向こう。解放された魔力を感じたアリーは叫んだ。


「皆さん。すぐに退いてください!」


 振り向いた彼女、後ろに立っていた全員に説明は不要だった。まがまがしい魔力が部屋全体を震わせている。言葉にせずとも現状がすでに危機であるということは全員が感じていた。


「チカサナ。皆さんを連れて避難。私はあれを食い止めます」

「あいあい。皆さんそーいうことです。退きましょっと」


 チカサナは抗弁せずにアリーの言葉を受け入れる。その前にミラスティアが前に出た。彼女は手に持った聖剣に思わず魔力を流して臨戦態勢を取っていた。


「私も残ります」

「……ミラスティアさん。きしし。その意気はいいんですが、問答している暇はありませんよ」


 ミラスティアの肩をラナがつかんだ。


「ミラ。あんたでもあれ、あれはやばいって」


 彼女も今の状況を感じているのだろう。ロイとの戦いにも参加した彼女ですら、青ざめていた。ミラは彼女を見る。


「でも」

「でもじゃない! ニーナ、モニカ。あんたらも行くわよ。チカサナ先生!」

「あい。ありがとう、ラナさん。きしし、まあ伊達にアリーさんもSランクじゃないですしね」


 走っていく。チカサナの後ろをラナに背を押されてミラスティアも追う。後ろを振り向きそうになったが、前を向く。


 アリーは部屋から全員が出ていくことを確認して燃え盛る炎に目をやった。彼女の体から緑色の魔力が緩やかに立ち上り、身体を強化する。


 炎の向こうに影が揺らめく。巨大な黒い影。灼熱の炎の中を歩いてくる。それは巨大な斧を持っていた。


 刀身に赤い文様を刻んだ大斧を持っているのは二つの魔力の角を持つ男だった。ドンファンの赤い目が光り、彼は咆哮した。


「うぉおおおおおおお!!!」


 声が空気を振動させる。びりびりと殺気を感じるアリーはその中で笑う。


「ふっ。このアリーが相手になりましょう」


 ドンファンが地面を蹴った。地面にひびが入り、すさまじい速度でアリーに迫る。彼女は足元に風を起こし横に避けた、一瞬の差だった。ドンファンが空に振り上げた斧を地面に向けて振り下ろす。


 轟音が響き、爆風がアリーの体を襲う。


 斧の一撃で石畳は完全に破壊されていた。アリーは体勢を整えて集中する。黒髪が揺れた。


 彼女は懐に飛びこみ。最速の斬撃をドンファンに加える。だがその手には岩を切りつけたような感触があった。その斬撃はドンファンの服に一筋の切れ目を入れることができただけだった。彼の体は魔力によって強化されすさまじい硬度になっているとアリーは理解した。


 ドンファンがゆらりと斧を構える。ゆったりとしたしぐさのように見えるが、それはアリーが集中しているからに過ぎない。死線であった。


「……くっ」


 彼女は片足で地面を蹴る。次の瞬間には彼女のいた場所は強烈な一撃によって石畳ごと破壊された。土煙が上がり、その中『魔骸』を纏った魔族の影が揺らめく。


「流石に斬れないとは恐れ入りますね」


 自らの剣先を見る。わずかに刃こぼれをしている。中途半端な攻撃をすべて無効化するほどの身体能力の強化を行う者との戦いはアリーほどの実力者をして初めての経験だった。そして屈辱でもあった。彼女はゆらりと立ち上がる。


「必ず斬ってやりますよ」


 口から出た言葉はそれだった。彼女の体から魔力が溢れていく。彼女の闘志は衰えるどころか屈辱で燃えていた。


 ドンファンはそんな彼女を見て言う。


「その意気やよし。貴殿の名を聞いておこうか。我が名はドンファン・ゼイドル。女だてらによい戦士とみた」

「女? 全然気にされないのも嫌ですがあからさまに言われるのは失礼ですね。ただ名乗られたからには返すのが礼儀。私の名はアリー・ヴァリアンツァ。貴方も魔族の中では相当な手練れでしょう」

「アリー? ……『白銀』か。Sランクの冒険者などといわれているのは知っていたが、手合わせをしてその噂が虚妄ではなかったことが分かった。さて」


 ドンファンは構える。


「アリーよ。貴様に敬意を表して全力で葬ってやろう」

「光栄ですが……お断りいたします」


 ドンファンが踏み込んだ。巨大な斧を横に薙ぐ。アリーはかがんで避ける。すぐさまに反撃をする。だが、魔族の体には刃が通らない。


「エア!」


 剣に『加護』を与える。アリーは風を剣にまとわせて振るう。ドンファンの右腕に切りかかると同時にその巨体を風の力で体勢を崩そうとする。だが地に根が生えたように魔族の男はびくともしない。逆にアリーへ踏み込んで旋風のように斧を振るう。


「くっ」


 アリーがよける。汗がにじむ。息が切れるのはわずかな油断で死ぬことが感じていた。彼女は腕で汗をぬぐい、困難を前に彼女の瞳は強く光っている。


 ドンファンの斧に魔力が収束していく。


 それはアリーの覚悟をもってしても戦慄を禁じ得ないものだった。


 時空が歪むかのように錯覚する。それほどの魔力量だった。


 ドンファンは炎を背に赤い魔力を斧に浸透させていく。この大男は笑わない。短く告げた。


「アリー。これは貴様への敬意だ」


 ドンファンの手の中で斧が巨大化する。それは斧にまとった魔力が見せた幻覚かもしれない。だが、アリーは魔力を全力で解放して地面を蹴り後方に下がる。


 ドンファンが斧を振るう。


 魔力で作られた斬撃。赤黒い魔力を纏ったそれは城の壁にぶつかり、切り崩す。轟音と主に部屋が崩れ衝撃波が巻き起こる。城の柱が壊れたのか支えを失った天井ががらがらと崩れる。その中でドンファンは歩く。


 斬撃を受けた壁は崩れ、外の光が差し込んでいた。彼の一撃は城壁を叩き壊した。彼はアリーの死体を探したが見当たらない。


「逃したか? いや」


 斧を手に男は歩く。久しぶりの『魔骸』である。力を出して切れていない。全力の数分の1程度だろう。だが少しずつ感覚を取り戻していた。


 幸い人間はまだ何人か残っている。肩慣らしにはちょうど良いとドンファンは自ら壊した場所から外に出る。瓦礫が散乱している。


 殺気を感じた。ドンファンが上を向くとほぼ同時にアリーが飛び込んでくる。


 アリーが叫ぶ。渾身の力を込めた一撃を振るう。彼女の鋭い一撃はドンファンの首筋に直撃する。わずかに血が飛び、切れない。ドンファンの目がぎろりと彼女を見る。アリーは舌打ちをして彼の体を蹴って後ろに下がる。


「はあ、ぁはあ」


 肩を怪我している。あの一撃をその軽傷でしのいだことにドンファンは純粋に敬意を抱いた。アリーは先ほどから風の魔法を使っている。衝撃波などをその魔法で軽減したのだろう。本来であれば直撃しなくとも致命傷を受けていてもおかしくはない。


 だが、アリーは片膝をついた。無理な身体能力の強化と急激な魔力の放出で彼女の体は悲鳴を上げていた。だが黒髪の間から見える彼女の瞳から光は失われていない。


「きしし」


 後ろから声がした。


 ドンファンが振り向くとそこには小柄な女性がいた。顔の半分を隠す仮面をかぶっていた、彼女はマントを取り、中の黒のインナーが見えている。


「戻ってきてよかったですね。アリーさん。私も参戦しますよっと」


 チカサナは仮面を取って捨てる。それから腰から何か小さな丸薬を取り出して口に含む。


「まあ、やりますかね」


 両手にダガーを持ち。魔力を解き放つ。


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