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船に揺られて

 あたしは銃を杖代わりにしてなんとか立っていた。ああ、眠い。


 都合5人くらい相手したんだから当たり前かもね。


 そうだ、バランを助けないとってみたら、街の人? かな。介抱してくれている。とりあえずそれをみてほっとしたけど、もう疲れた。今すぐ休みたい。痛いし。


 そんなあたしの前にそいつはやってきた。


 黒い上着にリボンをつけたフェリックスの制服。紫がかった透明な髪を手で押さえながら、くすんだ赤い瞳があたしを見ている。その表情は不機嫌、というかあたしを睨んでいるかのようだった。


 ソフィアだ。この「知の勇者」の末裔の少し尖った耳が髪の間から見える。


「どーだ」


 あたしは言ってやった。あんたの用意した、と思う弓使いも倒してあげた。足がもうがくがくだけど。


「……思ったよりもその武器は使い勝手のよさそうですわね」


 魔銃のおかげって? 別に否定はしないよ。事実だしね。


「そうかもね。あたしがとりあえず勝てたのはこいつのおかげだよ」


 魔銃をあたしは見ながら言う。初めてイオスに感謝しそう。でも、あいつなんか企んでいるって自白してたから口で伝えることは絶対ないけど。


 あたしがあっさりと認めたからか、ソフィアは「ふん」といった。


「ああ、そう」

「それよりさ……約束を守ってよ」


 頭がくらくらする。でも、こいつの口からあの言葉を撤回させてやらないと気が済まない。あたしのお母さんを馬鹿にしたことは許さないから。


「そうでしたわね。冒険者カードをお返しするんでしたわね」


 そっちもあったね。忘れてたよ。


 ソフィアはポケットからマオと描かれた冒険者カードを取り出して、指でなぞる。すぐに火が付いた。


「なっ!! いでっ」


 余りのことにあたしは手を伸ばそうとしてこけた。何するのさ!! 

 ソフィアは燃えているカードをあたしの前に放り捨てる。


「返して差し上げますわ。それではごきげんよう」

「まて! ふざけんな! もう一つの約束は!」

「もう一つ……? ああ、あなたの生まれのことでしたわね」


 ソフィアはあたしを見下すように言った。


「…………今回の頑張りに免じて撤回しましょう。ご満足かしら……?」


 馬鹿にしたようにソフィアは笑う。そしてあたしの目の前で冒険者カードが焼けていく。手で取ろうにもどうしようもない。水で消してももう使い物にならない。


「くっそぉ」


 あたしは立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。周りに人が集まってくるのが人ごとにみたいに意識が遠くなっていく。ただ、ソフィアに一つだけ聞きたいことがあった。最初から気が付いていたことだけど……。


「ソフィア。待って」

「何度も言いますが、気安く呼ぶのはやめてくださるかしら」

「……あんさの魔族にかかわりがあるの?」


 赤い瞳。そしてわずかに尖った耳。ソフィアは魔族ではないと思う。ただ、その特徴が少しあった。魔王として魔族の中にあったあたしにはわかる。ソフィアはその質問には答えなかった。


 ただ、あたしを憎しみのこもった目で見ている。整った顔立ちをゆがめ、目を開いてあたしを見下ろしている。


 ソフィアが手を伸ばす。指の先に魔力が集まっていく。はは、あたしは何かに「触って」しまったのかもしれない。ただ、もう目がかすんでる。ソフィアが何かしようとしててもあたしにはどうしようもない。


 朦朧とする意識がむしろ気持ちいい。とろんと眠りに落ちていくようにあたしの体から力が抜けていく。


「ソフィア。マオに何をしているの!?」


 あたしの前に誰かが立っている。誰だろう、ソフィアとの間。あたしがなんとか見ようとすると足しか見えないし、はは無様。誰か知らないけど2人いるみたいだ。


 すべてが遠くなっていく。時間がゆっくりに感じる。

 ……眠い。どれだけたっただろう。


 誰かに背中を抱えられているような感触があった。

 うっすらと目を開けると、誰かがあたしを呼んでる。


「……オ! マオ!」


 ああ、その声は知ってる。ミラスティアだ。



 海を見るのは初めてだった。


 その日には魔王として立った少女は魔族の軍船に乗って青い海原を見ていた。数年前に前代の魔王が人間の王都を攻略してより、人間の間に「勇者」と言われる者たちが現れていた。


 魔王としての少女は彼らと何度か相まみえている。決着をつけることがいまだできてはいなかった。


 「勇者」達は人間には到底到達できない魔力をもち、各地の魔族の幹部を倒している。反面魔王はあいた戦力の穴を埋めるために各地の戦場に出向かざるを得ない。


 青い海はどこまでも続いている。太陽のもとに光るそれは魔王に似つかわしくないかもしれない。ただ、その少女は空を飛ぶ白い鳥に目をやっていた。翼を広げてどこに行くのか、羽ばたく。


「自由……か」


 魔王として立場を持つ少女はぽつりとつぶやいた。周りにいる魔王の幹部たちはなんのことかと顔を見合わせている。少女は自嘲した。


 生まれた合わせた才能だけでこの地位にある自分には最初から選択肢などなかった。


 人間は憎い。

 だが、もしも、


「争わなくていいなら……」


 その先を彼女は飲み込み、言葉にはしなかった・



 揺れてる。

 あたしの体が揺れている。


 波の音もする。気もちいい。もう少し眠っててもいいかな。ただ、おなか減ったなぁ。


「ん」


 目を開けると、どこだろココ。ベッドの上……みたいだけど、あれなんだろほんとに周りが少しだけ揺れてる。ほんとすこしだけ。窓がそばに会って外には白い鳥が飛んでる、なんて鳥かは知らないけどクチバシが黄色い。……あれ? いつか見たことがあるような気がする。


「マオ!」


 その声にあたしはびっくりして視線を動かす。するとそこに泣きそうな顔であたしを見ているミラがいた。あたしは何か言おうとしたけど、その前に抱き着かれた。


「目を覚ましたんだね。よかった、よかったよぉ」


 うわっ。ミラはあたしを抱きしめてくる。泣きじゃくるミラの髪があたしの頬をこする。くすぐったいよ。この「剣の勇者」の末裔様は優しいんだからさ……。


「ミラ、ミラ痛いって」

「……ごめんね」

「え?」

「あの時一人にさせたから……ソフィアから聞いたよ。ギルドの冒険者たちと喧嘩になったって」

「喧嘩……うーん」


 そうか。あたしは街中で暴れたんだ。ソフィアも都合よくミラに言っているかもしれないけど、よく考えたらすごいことしたもんだなぁ。でもミラが謝ることなんてないし、あたしは……


「あたしこそごめん……。ニーナと変な言い争いしちゃったし……ミラにも来なくていいって、言っちゃったし」

「いいよ、そんなこと」


 ミラはあたしから離れた、あたしとミラは目を合わせる。ミラはうるうると涙を湛えたままにこりと笑う。あたしも少し恥ずかしいけど、笑った。


「やっと目を覚ましたか」


 見るとニーナが部屋に入ってきた。


 よく見るとこの部屋にはベッドが3つある。あたしはその一番窓際に寝てたみたい。それにしてもこっぴどくやられたし、あれ? 痛くないや。肩も。


 あれ? なんだこの服。ごわごわしているなんかピンクのやつだ。でもちょっとかわいい。


「ふん。ケガは治療魔術をギルド所属の魔法使いにかけてもらった。あと、そのパジャマは私のだ。後で洗って返せ」


 ニーナは短くあたしのほしい情報を言った。パジャマ……そういうんだ。ネグリジェみたいなものかな。前生きてた時は着ていたけど。あたしはニーナを見た。この「力の勇者」の末裔は不機嫌そうな顔であたしに聞いた。


「なんだ?」

「いや、かわいいの着ているんだなって」

「なっ!!」


 すーぐ赤くなる。


「もう脱げ!おまえ」

「あたしけが人」

「何がけが人だ。訳の分からない騒動を起こして! 心配した……してないぞ!!!!!」


 勝手に自爆しないでよ。でも、逃さないし。


「心配してくれてありがとうニーナ」

「ぬ、ぬぬぬ」


 悔しそうにしているニーナ。それを見て、あたしとミラは笑った。ニーナはふんとそっぽを向く。


「あーあ。でも、ここどこなの、ミラ?」

「どこって、船の上だよ」

「ふ、船の上?」

「そう。これから王都に向かっているんだ。ほんとならバラスティで療養するべきかもしれないけど、イオスギルドマスターが王都の方がいろんなことができるって」


 あいつ……けが人を船に乗せたのか……。まあ、いいや。それにしてもだから海鳴りが聞こえたのか。

 

「よっと」


 あたしはベッドから降りる。おおっ、体が傾いた。


「あぶないよ。まだ本調子じゃないんだと思うし」


 ミラがあたしの背中を支えてくれる。


「ありがと」


 魔王の背中を支える勇者の末裔ってなんだろね。


「そういえば、イオスは? ミラ」

「船に乗っているはずだけどどこに行ったのかわからないよ」

「どこまで付いてくる気なんだろあいつ」

「こら、マオ。あいつ、とかダメだよ」

「はーい」


 あたしはそんな返事をしてぐうとおなかが鳴った。


「私ではないぞ」


 ニーナが即座に否定してくるけど誰も疑ってないし。というかあたしだし。この前はあんたがあたしに擦り付けてきたけどあたしはしないから。


 ミラがくすりとして言う。


「じゃあ、マオ着替えていこっか」

「行くって……どこにさ。というかあたし制服ぼろぼろだし」

「大丈夫だよ。ギルドマスターが新しい制服も用意してくれたから」


 手際よすぎて気持ち悪いなぁ。あたしにはあいつの掌で踊っている気すらするんだけど。

 あたしの心の声はもちろんミラには届いていないから、ミラはふふんと得意げに言った。え? なんで。


「この船には大きな食堂があるんだよ。もちろんピザもあるから!」


 あたしは、その言葉ににやけそうになってあわててきりっとした。


「口元がほころんでるぞ。マオ」


 うっさい。ニーナ。


指摘とかあれば、うれしいです

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