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リハビリ:クロコの受難

仕事が忙しくて本編を練る時間がないのでもともと出す予定だった話をリハビリがてらにかきました。本編とは関係ないので読み飛ばしても大丈夫です

王都にはいくつかの教育を行う機関が存在する。


 冒険者の養成学校として発足したフェリックス学園は実際には様々な目的を持った若者たちが集まっているが、魔法や武技を専門とする大学や機関あるいは貴族の子弟を集めた学院も存在した。ただその中で唯一魔族にはその道はほとんど閉ざされている、魔族の子弟が入学できるのはフェリックス学園以外にはなかった


 それでも今の時代は王都の人々は若者の教育を行うことへ理解が深まっているといえるだろう。そ古代であれば文字の書けない貴族もおり、庶民が日々の生活に精一杯だったことを考えれば、それは豊かさの証でもあり、人々があらゆる階層からのし上がることのできる道しるべにもなっている。


 様々な学びは人の心を花開かせ、その才能を輝かせる。


 その才能に恵まれた一人の少女がいた。


 水色の髪を束ねて長く白いローブを羽織っている。たぼたぼの裾がたまに地面について歩くからか、少し汚れている。手には大きな杖を持っている。これも体の大きさには合っていない。


 大きな瞳をしたかわいらしい少女だがどことなく自信なさげな、ともすれば弱々しく見えた。


 彼女は魔法を司る王立の魔法の研究機関に所属している学生だった。年は若いというよりは幼い。


「火の魔法陣はこのように描いていきます。精霊であるイフリートの力を借り、炎を使うには……」


 研究機関の教室。その一つで初老の男性が黒板に魔法陣を描いていく。石灰でできたチョークが音を立てて魔法陣が現れる。円に囲まれた六芒星がそこにあった。緻密に描かれたそれは一定の美しさがある。


 初老の男性は黒のローブに研究機関の権威を表す刺繍が縫い込まれている。彼は振り向くと座っている学生たちに向かっていった。


「古来から魔法陣の形は決まっています。魔力を流すことに最も適すに洗練された形といっていいでしょう。そうですね、何か質問はありますか?」

「……あ、あの」


 おずおずと手を挙げたのはあの少女だった。周りを気にしながら立ち上がると彼女は眼を泳がせている。


「なにか?」


 少しいらだった男性はいらだちをにじませていった。それに少女はびくっと体を震わせた。少女は少し涙目になって、おびえたように言う。


「あ、あの、な、なんで、その、そのなんで、き、きまって、るんでしょうか?」

「もう少しはっきりしゃべりなさい」

「ひっ、すみません、ご、ごめんなさい。そ、そのき、決まった形、以外でも、魔力を、流す道は作れるとお、思うんです。な、なのに」

「つまり、君は古代から様々な賢人達が磨き上げた理論が信じられないと?」

「へ、え? ち、ちがって、そ、その、あの。魔法陣の前の、古い理論を前提に……あ、新しい、その魔法陣以外にも、魔法を作る……ってかたちが」


 ばんと初老の男性が黒板をたたいた。少女は縮こまってしまう。


「古い理論? 馬鹿にしているかね?」

「……ご、ごめんなさい」


 まわりからくすくすと声が聞こえる。またかとあきれている声もあった。それは初老の男性も変わらない。


「そんなことを考える暇があるならちゃんと学びなさい。君がそんなことをいうなど100年早い。落第生として君はやるべきことは勉強をすることです。もういい。座りなさい」

「……」


 その冷たい言葉で彼女は力なく座った。そのあとは彼女などいないように初老の男性も周りの学生たちもふるまった。少女は唇をかんで下を向いたまま声を押し殺して泣いていた。


 時間は彼女の悲しみが癒えるまで待ってくれるわけではない。


 日が傾き夕方になると彼女はとぼとぼと帰った。誰も彼女の周りにはいなかった。


 いつもそうなんだと自分を責めながら歩いた。かつかつと杖で地面を無意味にたたいた。王都の道は石造りだから音が響いた。そのうち彼女はふと空き地が目に入った。


 帰り道にあるそこは昔は家が建っていたのだろう。ただ今はその区画の地面がむき出しになっている。


「…………」


 杖で地面に何かを描いていく。


「魔法陣は魔力を使うための道具に過ぎないのに、美しいとか、きれいとか、そういうのよりきっともっといいやりかたがあるはずなのに……。もしかしたら……魔法陣以外にも魔法を引き出せる方法があるかもしれない。そうすれば人間が魔力を使わなくても道具だけで魔法が使えるようになるかもしれない」


 ぶつぶつ何かを言いながら文字を書いていく。


 ずりずりと杖でいびつな魔法陣を描いては、少し考えて少女はそれを分析した言葉を紡いだ。狭い空き地はいつの間にか奇妙な文字の羅列と出来損ないの魔法陣のような何かの絵で埋まった。通り過ぎる人々は彼女を笑ったが夢中になっていた。


 いつの間にか夜になっていた。


「あ」


 気が付いたとき少女は自分の思考の跡が刻まれている地面を見て唖然とした。やってしまったと思った。昔から空想を始めると自分でも止めることができなかった。ただ、今日の彼女は無性に悲しくなった。


 大量の文字の真ん中で彼女はうずくまって泣いてしまう。ぽろぽろとこぼれる涙は袖で拭いてもふいても落ちてくる。本当はこんなことをするのはおかしいと自分でもわかっている。


「うおっ。なんじゃこりゃ」


 声に顔を上げる。


 黒髪の青年が驚いていた。なぜか少しボロボロで腰に剣を指している。彼は少女を見つけると手を挙げた。


「おばさん。お前が帰ってこないから心配してたぞ。とりあえず見つかってよかったな」

「にいちゃん」

「……なんだ? 泣いてんのか?」

「…………」


 青年は少女が描いた文字や絵を踏まないようにして近づいてくる。彼がそばに来ると少女も立ち上がった。


「何があったんだ?」

「なにも……ない」

「……話をしたら落ち着くこともあるかもしれねぇぞ?」

「……」


 少女は何かを言いたげに口をもぞもぞさせたが何も言わない。青年はふうと息を吐いた。


「まあ、言いたくなれば言えよ。にいちゃんはいつでも聞いてやるからな」

「……わ、わたし。わたしね」


 意を決したように少女が言った。


「あ、あたまが、お、おかしいのかも、し、しれなくて、い、いつも。なにか、かんがえると、わけのわからないことが、きになって、あふ、あふれてくるの。だから、だからきっとお、おかしくて」


 少女は眼に涙をためていた。


「み、みんなにわら、わらわれるのがいやだけど、で、でもやっちゃう、のが、嫌なの」

「……お前のことを笑うやつがいるのか?」

「う、うん」

「……そうか」


 青年はかがんで少女と目線を合わせた。そして手を広げた。少女の描いた文字の羅列を見ながら言った。


「俺は笑ったりしねぇよ。お前はもっと幼いころからずっといろんなことを考える奴だったからな。すごいやつだって思ってたよ」

「そんなこと……ない」

「いーや! そうなんだよ! なあ」


 青年が少女の肩をつかんだ。


「リリス。俺はお前のことをすごい奴だって思っている。何もわかってない奴らが何を言っても俺はそう思っている。魔法のこととかは今勉強中だからお前の話が分からんこともよくあるけどな、それは俺がバカなだけだ」


 彼はふっと笑った。それにつられてリリスも笑いそうになって慌てて口元を抑えた。ただ青年の目を彼女は見ていた。しかし青年は立ち上がって少女の頭を撫でた。


「……こんなちっこい頭にいっぱいいろんなもんが詰まっているんだろうけどな。これだけは覚えておいてくれよ。お前が何を考えても、どうなっても俺はお前の味方だ」

「…………………………………………………………」


 リリスは顔を上げて青年を見る。彼女はしばらくそうしてから言った。


「わた、わたし。じ、じゆうに、しても、クロコにいちゃん、き、きらいに、ならない?」

「そりゃあそうだろ」

「な、なにがあっても?」

「そうだって」

「…………ぜったい?」

「絶対だって」

「……………」

 

 リリスは視線を下げて、クロコの見えないように口元をほころばせる。


「や、やくそく」

「約束する。それよりそろそろ帰るぞ」

「……う、うん」


 リリスの手をクロコがとって、歩き始める。リリスの描いた地面の文字を踏まないように帰る。


☆☆


「ぎゃーはっはっはっは!!」


 時は現代。


 王都の酒場で一人の女性が小さな酒瓶を片手にテーブルに上った。水色の髪をポニーテールして、お腹が見える短いシャツと長い脚の見えるキュロットをはいた彼女は、酒瓶を加えてごきゅごきゅと飲む。


 店にいる男たちが「いっき!」「いっき!」などとはやしたてる。テーブルの上の女性、リリスは飲み干すとぷはーっと全員の前で空の酒瓶を掲げて見せた。それでおおーと歓声が上がる。


「なんでああなったんだ?」


 それを見ながら店の隅で3人の座ったテーブルがある。黒髪を結んだ長身の男性が顔を手で覆って、リリスの醜態を見ているのはクロコだった。それをけらけらと笑う老人が一人。白髪を整えた彼はウルバンである。


「クロコ。お前のせいじゃないの?」

「な、なんで俺のせいなんだよ!? 俺は何もしてないだろ。それにあいつ子供のころはすごいおとなしかっただろ?」

「ははは。僕はそれでもお前のせいだと思うけどね」

「ぬ、濡れ衣だろ」


 そのテーブルに座るもう一人は、そんな二人の男性の会話に全く興味を示さないフェリックスの学生服を着た少女だった。ただその耳は長く、目が赤い。魔族の少女はフェリシアだった。彼女は少し高めの椅子に座り。つま先が地面についていない。


 フェリシアの前にはステーキがあった。彼女はそれにフォークを突き刺してかぶりつく。もぐもぐとくいちぎるように食べる。豪快といえば聞こえはいい。


「おい、フェリシア」

「なんですか?」


 フェリシアは視線を話しかけたクロコに向けずにいう。クロコは仕方なく近くにあったナイフとフォークをとった。それでフェリシアの肉を切る。


「これはこういう風に切るんだ。女の子なんだから、おしとやかにだな」

「……ふん」


 フェリシアは鼻を鳴らしたがクロコをじっと見ている。それにウルバンはおや? と声をかけた。


「なんだろうフェリちゃん、クロコには突っかからないね」

「はあ? くそじじい、私を何だと思っているのですか?」


 クロコはフェリシアの肉を切り分けながら「口が悪い……」という。


「おー飲んでる?」


 そこにリリスがやってくる。彼女はクロコの肩を組んで、手に持った木でできた容器に並々つがれたワインを進めてくる。


「やめろって、リリス」

「クロコ兄ちゃん……のんでますかぁ」

「うざがらみするな!」

「からみからみ。へっへへっ。おっ。フェリシアだっけ? マオの友達の」

「そいつの友達ではありません! いいですか? もう一度お前ら全員にいますが、あいつの友達ではありません」

「へっへっへっ。むきになるところ子供~」

「ちっ、よっぱらいが」

「まあ、子供には酒の味はわからないからリンゴジュースを持ってきて、クロコにいちゃん」

「お前が注文したらいいだろ!?」


 クロコとリリスはどうでもいい言い争いを繰り広げた。ただむっとしたフェリシアはリリスの手から容器を奪うとぐびぐびと飲む。クロコが「あ、おま。それ。酒だぞ」といい終わるまでにフェリシアは空になった容器をぽいと捨てた。地面に転がる。


「ふん。こんなものおいしくとも何ともありませんね。大人だとか子供だとか、お前らは私を何だと思っているのか」


 フェリシアは座って足を組んだ。両手もついでに組んでふんと鼻を鳴らす。


「おいおい、大丈夫か?」

「だいじょうぶでしょ~」


 リリスはクロコの横に座っててぎゃははと笑う。


「意外といい飲みっぷりの、マオの友達ね!」

「おい、そんなことを言うとフェリシアが怒るぞ。親父、水をもらってこよう」

「え~あそんでよぉ」


 リリスがクロコの手を取って引く。


「いてぇって、ああ、もうとりあえず。水を」


 そう思ってクロコが立ち上がった時、フェリシアが彼の袖をつかんだ。


「なんだ? フェリシア。水いらないかもしれないけどな……子供が酒なんて」

「……ちゃん」

「なんだって?」


 フェリシアが顔を上げた、顔が赤い。そして目に涙をためていた。ぽろぽろとそれがこぼれていく。


「おにいちゃん……どこにいくの」

「……は?」


 クロコは固まった。フェリシアはひっくひっく泣く。


「こ、こいつ。酔っているのか!? 酒弱すぎるだろ!」

「はははは」


 ウルバンは心底楽しそうに笑う。フェリシアはクロコの手を両手で抱くように持つ。


「おにいちゃん……ひっぐ、ひぐ。おかあさんもおとうさんもいないのに、どこいくの」

「お、おちつけ。フェリシア。お前は幻覚を見ている」

「ちょいちょい、クロコ兄ちゃんは私のにいちゃんだからね」


 リリスが反対の手を抱く。クロコは「お、お前ら離せ!!」という。


「やだぁ」 


 と泣くフェリシア


「へへへへ」


 と妙な笑いをするリリス。彼女は言う。


「マオだけじゃなくて若い子に手を出すロリコンにいちゃん」

「だ、誰が。げふつ」


 突然に表れた中年太りの男性がクロコを殴った。


「マオちゃんに手を出したってのかこのくそやろう。誰だてめぇ」

「あんたこそ誰だよ!! いきなり出てくるなよ!!」

「おれはマオちゃんに草むしりをしてもらっている男だ」

「誰だよ!! 濡れ衣で殴ってくんなよ、酔っ払い野郎!!」


 クロコと突然現れたおじさんのバトルをリリスは手をたたいて喜んでいる。逆にフェリシアは手に顔を当ててヒックヒックと泣いている。


「あはははははは。大好きだよにいちゃん。おじさんもっと殴って!」


 リリスは笑っている。





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