黒と青の竜。天を舞う。
竜は普通の人間や魔族よりも高い魔力を持っている。
あたしはぴーちゃんの巨大な体を触れる。
マグマのようにその皮膚の下を流れる魔力を感じることができる。黒い鱗に満ちている魔力。あたしはその流れをもとにぴーちゃんの体を感じる。
目を閉じる。
頭の中にぴーちゃんの体が浮かんでくる。羽の先、爪の先、その体の全体を流れる魔力の流れからつかむ。操るわけじゃない。ぴーちゃんの体の魔力の流れを整えて、その体を強化する。
『ォオオオオ!!』
ぴーちゃんが羽を広げて咆哮する。セレーナ島は孤島だ。周りの海に囲まれているからどこまでもその声は聞こえるような気がする。あたしはぴーちゃんの体から手を放して、その背中で立ち上がる。両腕をなんとなく組んでみる。あとは顎を上げる。
竜の魔力があたりを圧するのを感じる。ぴーちゃんがここにいるだけで空間が歪んでるように見える。
だけどあたしの眼前には巨大な青の竜が見える。その瞳があたしを見ている。青い体は鱗に覆われて空の太陽の光を反射している。広げた羽は白く見える。その体はぴーちゃんよりも大きい。
そしてその背中に乗っている男が見えた。マントを翻して彼の赤い目は静かにあたしを見ている。これだけ遠ければ声は聞こえない。それでもあいつはあたしとの戦いを求めていることは感じる。
ヴァイゼンは刀を抜き。ゆっくりとあたしを指す。
あたしはそれに対してクールブロンを突き付ける意味もないから。とりあえずべえってしておく。
「あなたこの竜は……いや…なぜ私を連れてきましたの?」
後ろから声がする。ソフィアを連れてきた理由は……今は言いたくない。
「ソフィア。あたしはぴーちゃんの魔力を借りて足が離れないように『引き寄せる』力を強化する」
「引き寄せる力? 重力……のことですの?」
「今はそういうんだね。まあいいや。あたしから離れたら落ちるよ! それにもう来る」
「来る? ……あっ」
青い竜がその口を開けた。世界を飲み込みように魔力が収束していく。その一撃を食らうわけにはいかない。
あたしは叫んだ。
「ぴーちゃん!!」
その声に反応したようにぴーちゃんが空を駆ける。あたしは手を背中につけて足元に魔法陣を構築する。竜翼を動かすたびに風を感じる。
青い竜が『竜の息吹』《ドラゴンブレス》 を放つ。高濃度に圧縮された魔力が一筋の光になって放たれた。魔力の光は空気を切り裂いてあたしたちに迫る。それをぴーちゃんは空中で回転するように身をよじって交わす。
あたしの横を魔力波が一瞬通り過ぎる。ばちばちと何かがはじけるような音がして、あたしの髪が少し逆立つ。そして眼下の海に直撃すると巨大な水しぶきを上げて水蒸気を上げる。その衝撃波は一瞬遅れてきた。
風にぴーちゃんの体が揺れる。あたしは両手をその体に触れて体のバランスを取れるように『強化』をする。操るなんてことはできない。空のことを一番知っているのはぴーちゃんなんだから任せるしかない。
影があたしたちを覆った。見上げれば青い竜が上にいる。頭上を取られる不利をやすやすと明け渡してしまったことにあたしはしまったと思った。そして青い竜がまた魔力を収束させる。2撃目しかも上からの攻撃!?
いや、違う。魔力の流れがおかしい。
青い竜の上に乗った男。ヴァイゼンが竜の頭で剣を抜く。そこに魔力が集まっていく。
光が分かれた。それは青い竜の背中に形を作っていく。魔力で作った光輪。
青い竜はそれを背にしている。空に浮かぶそれは神々しさすら感じる。だけどあれはやばいやつだ。
「あ、ああ」
ソフィアの声を意識している暇はない。あたしは対抗手段を――その前に青い竜の光輪が広がっていく。ヴァイゼンが刀を振り下ろすと同時に、広がった光輪から複数の光の刃が降ってくる。雨のようにあいつらからすれば眼下にいるあたしたちを仕留める気だ。
「ぴーちゃん!! 急降下!!」
『ウォオオン!!』
海に突っ込む角度でぴーちゃんが急降下を始める。前に飛ぶより! 落ちる方が早い! それにその方が相手に見せる体の幅が小さい。狙いを定めるにも難しい。
側面を光の刃が落ちていく。海を割る。それをあたしはちらりと見た。一瞬後に広がる水しぶき。その中に飛び込む。白い霧のように視界がなくなる。その瞬間にあたしはぴーちゃんの羽を強化する。水しぶきの中からすさまじいスピードで飛び出す。
空中戦で上を取られたままなのは不利だ。それを覆すのも難しい。
「ぴーちゃん!! 上昇して! 雲に突っ込んで!」
海面が見える位置を飛ぶ。空に浮かぶ青い竜は少し離れているうちに上昇する。ぴーちゃんほどの巨体の魔力を扱ってその体を強化することはあたしでも難しい。でもそんなことは言ってられない。セレーナ島が見える。ヴァイゼンを引き離すだけで精一杯だった。
みんな……ミラ……なんとかしのいでほしい。
一瞬だけ気が抜けた。だから光が迫っていることへの対応が遅れた。3撃目。青い竜の息吹は上昇するあたしたちを狙っている。当たる……! そう思った時。
「ぷ、プロテクション!」
ぴーちゃんの体を白い幕が覆う。ソフィアの体が光る。そして彼女手にある『杖』が光を放つ。
聖杖オルクスティア……取り付けられた赤い魔石が輝き。魔法陣を即座に展開する。それを覆っていた布はどこかに飛んでいく。
見とれている暇もなく衝撃が来る。プロテクションは数秒だけ『竜の息吹』《ドラゴンブレス》に耐えて割れる。その瞬間にあたしたちは天に駆け上る。
「はあ、はあ、はあ」
ソフィアは息を切らしている。
上昇を狙撃してくるなんて正確で強力な攻撃……あの青い竜は戦い慣れている。聖杖を使ったプロテクションでもソフィア一人なら限界がある。ミラの聖剣とニーナそしてあたしも含めて過去に防ぎ切ったことがあるけど、さっきのは一人だったすぐに割れた。それでも数秒の時間は戦場ではありがたいよ。
一度雲の中に逃げ込む。ぴーちゃんの巨体をすっぽりと覆ってくれる。
白い。前が見えない。
「ソフィア! ありがと」
「……うるさい! いきなりなんですのこの状況は! それにセレーナ島の残った魔族たちはどうするつもりですの!?」
「チカサナ先生とアリーさんとミラに任せるしかないよ……でも、あいつだけはあたしが相手をしないと無理だから」
もうすぐ雲からでる。
「はっ、ずいぶんと思い上がっていますのね。いきなり来たのはSランク冒険者のアリーですって? ……それよりも自分の方が上だと? そもそも私を連れてきた理由は何ですの」
「…………あそこにいたらソフィアは死んでる気がしたから」
「は?」
ソフィアは模擬戦の時。ミラと戦った時一人だけ勝手に行動していた。その上才能に恵まれているから、効果的で強力な魔法を放つことができる。……クリスにしてももう一人の男にしてもそんな危険な存在は『先に始末』するはずだ。
それは定石だから。
勝手に孤立している、飛び道具や魔法を使う敵を放置する理由はない。あたしが魔族だったらそうする。いや『本当は魔族』だからそう思うのかな? …………あたしは人間でもあるからそれはどうなんだろう。……ちがう、今はそんなことを考えている暇はない。
「ソフィアは実戦が足りない」
「……舐めていますの?」
短く言ってしまったあたしの言葉。でもソフィアの怒りに満ちた声にあたしはかまっている暇がない
雲を突っ切った時にあたしは一つの予測がある。
「ぴーちゃん!」
雲を切り裂いて上昇する。そこには青い竜がいた。そしてヴァイゼンが剣を構えている。
魔力を刀身に込めている。
――受けてみろ。
そう言っている気がした。じょーとうじゃんか!! あたしの軌道が読まれるくらいは予想していたよ! 魔王としての魔法を見せてやる! ぴーちゃんの体から魔力を借りる! クールブロンを魔法の杖の代わりに魔力を収束させる。
「永久なる焔を統べる精霊イフリートに命ずる。我が眼前に立つものをその一切を焼き払え! メギド・フレイム!!」
ヴァイゼンが剣を振るう。黒い魔力の斬撃が飛ぶ。
あたしがクールブロンを撃つ。魔法陣を弾丸が展開し魔力が業火を生む。
空の上で魔力のぶつかり合いによる衝撃が起こる。ヴァイゼンの魔力とあたしの炎が混ざり合って太陽のように光る。そしてはじけた。
轟音が響きあたりの雲が吹き飛ぶ。
黒と青の竜が距離を取る。天空でにらみ合う。
あたしとヴァイゼンもそれぞれが視線を交わす。
「あ、あ」
ソフィアが杖に縋りついているのをちらりと見た。あたしは声をかけようとしてやめた。もう油断している暇はない。




