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竜の闘い


 城の壁もガラスもぶっ壊してぴーちゃんが入ってきた。


 ガラガラと轟音とともに崩れた壁の向こうに青い空が見える。黒い竜はあたしとヴァイゼンの真ん中に勢いよく着地した! 床がどぉんと音を立てて割れた! え? ぴーちゃんの重みに耐えられなかった!?


 浮遊感があたしを包む。落ちていく。下の階。やっぱりなんでぴーちゃんがここに!? ぐるぐると言葉がすごいスピードで浮かんでは消えていく。ただ口からは、


「うああ~!??」


 なんで間抜けな声を出してしまう。


 手が引っ張られる。耳元で声がする。


「マオ! 力を抜いて、着地するから!」


 ミラの声。どうなっているかわからない。視界の端に彼女の銀髪が見える。


 う、うん! そう言ったと思う。すぐそのあとにどーんともう一度衝撃があった。あたしは思わず目を瞑ってしまった。両手にはクールブロンを思わずぎゅっと握りしめていた。恐る恐る目を開けると視界がぼやける……ちがう、土煙が立ち込めている。


 ただ目の前にはあたしの親友の顔がある。……ていうかだっこされてる。お姫様みたいな感じのやつ。


「わっ!」

「だ、大丈夫? マオ」


 恥ずかしくなって慌てて下ろしてもらう。そ、それよりみんなは大丈夫だったんだろうか。そう思って天井を見上げると、そこには大きな竜の顔。あたしを見ている眼。大きな口に、大きなキバ。人が見たら恐ろしいと思うかもしれない。


「ぴーちゃん!」


 あたしは駆け寄ってだきついてしまう。顔までは高すぎるからたぶん右足? に抱き着く。けむりで全体が見えない。。硬い。鱗に覆われた肌とやっぱり鋭くて大きな爪。


「ぺっぺっ。い、いきなり加速してなんで城に突っ込むのよ……飼い主にそっくりで行動が読めない」

「ラナさん……大丈夫ですか」

「……頭を打った」


 煙の向こうに人影がある。すごく聞き覚えのある声がする。それを聞くと心臓がドクンと音を立てた。人影のひとつがこっちに来る。


「ここどこよ」


 短く切った赤い髪。あたしより高い背丈の女の子。フェリックスの制服を着て顔の前の土煙を払うように手を振っている。その姿を見てあたしは硬直してしまう。


 彼女の青色の瞳があたしを見つけた。だってあっちも一瞬だけ固まった。


 ラナだ。


「……な、なんでここに」


 あたしは絞り出すようにそう言った。ラナは無言であたしに近づいてくる。ジトっとした目であたしを見ている。


「…………」


 すごく顔が近い。こ、怖い。無言で来られて余計怖い。


 怒っている? それはそうだよ。あたしは噓をついてここに来た。手紙を残したとしてもラナ達をこれ以上巻き込みたくなかった……いや、それは言い訳かもしれない。みんなを守れる自信がない。その怖さにあたし自身が耐えきれなかったんだ。


「マオ様」

「……………マオ」


 ラナの後ろにモニカとニーナの姿が見えた。


 ワインレッドの髪を束ねて手にはハルバードを持ったモニカ。それにニーナ、土煙の中でも耳飾りが光ってみえた。


 二人もあたしを見つけたんだ。それだけであたしは背筋に冷たいものが走る気がした。息苦しい。


「あんたさ」


 ラナの声音は低い。やっぱり怒っているよね。


「なんか私たちに言うことはないの?」

「……ごめん、なさい」

「よし」


 それだけを言ってラナは顔を上げた。


 え? それ、それだけ?


 ……ていうかさ! モニカとニーナも「え?」って言っているよ! あたしが言うのはほんと……どうなんだってかんじだけどさ。


「ら、ラナ。それだけ?」

「あ?」

「ひえっ」


 両手を組んで首を少し傾げて睨みつけてくるラナ。妙な迫力がある。


「何がどうなっているのかわからないけど今どうなってんの?」

「すごいやばい状況……」

「はー」


 ラナは額に手を当てて息を吐いた。


「いつも通りね」

「う、うるさいな」

「マオ様!」

「わっ」


 モニカが急にあたしの両肩を持って揺らしてきた。


「ラナさんは言いませんでしたが! 連れて行ってくれないなんてひどいじゃないですか!」

「うわわわ」


 すごい揺らされる。ぐわんぐわんする!


「ご、ごめん。モニカ」

「……でも、ご無事でよかったです」

「…………」


 モニカの言葉にあたしははっとして「ありがと」って口に出ていた。


「私が言うことはだいだいモニカが言ってしまったな」


 ニーナ……。流し目であたしを見ながらぼそりという。


「先に言っておくが……すまない」

「なんでニーナが謝るのさ」

「いや……口が滑ったから」

「……何の話?」

「…………骨は拾ってやる」

「何!!? 骨?」


 困惑してモニカを見ると彼女は不自然なくらいにっこりしてる。こわい……怖い。なに、ニーナは何の話をしたの。


 なんか思ってたのと違う気がする。もっとこう、怒られたりしたり。……いや、失望されたりすることを覚悟していた。


 そこで不意に思い出した。


 ――「もしも誰かがマオのために来てくれたなら、受け入れてほしいなって」


 ハッとして振り向くとそこにはミラがいた。彼女はいつもの優しい表情で「ん?」とあたしに問いかけてくる。


「……約束したもんね」

「そうだね」


 あたしのお親友はそれだけでわかったように頷いてくれた。


 どちらにせよあたしたちにゆっくりしている時間はない。


 土煙が収まっていく。その向こう側で魔力の高まりを感じる。ヴァイゼン達も下に降りたんだ。 ぴーちゃんも威嚇するように唸っている。


 彼が放った紅い魔力が風のように叩きつけられる。


 魔力の風に土煙が払われる。周りが見えるようになっていく。


 ここは玉座の間の真下にある場所だ。広い。もしかしたら昔は舞踏場みたいな場所だったのかもしれない。ぴーちゃんの開けた天井の大穴から光が差し込んでいる。


 ヴァイゼンは右手を前に出している。さっきの土煙を払うために魔力を放つためなんだと思う。彼はあたしを見ている。


「竜か。これが貴様の切り札か? マオ」


 切り札なんて計算していたわけじゃ全然ない。ここに来ること自体知らなかったんだから。ただそう答えるその前にぴーちゃんの背中から一人が飛び降りた。


 それは一人の女性だった。黒髪をなびかせてスリットの入った赤いスカートが揺れる。鞘から白い剣を抜いたのは、あたしもよく知っている人だ。


「アリーさん」


 アリーさんはあたしを見た。ぴーちゃんが来たからもしかしたらとは思っていた。


「マオさん、魔力の急激な高まりを感じてぴーちゃんが突っ込んでしまいましたが、正解だったようですね。チカサナ!」

「あいあい」


 しゅたっとチカサナ先生がアリーさんと一緒に並ぶ。彼女はマントを脱いでダガーを両手に構える。さっきの落下でもちゃんと降りていたんだ。後ろを見ればエリーゼさんやソフィア達もいた。


「きしし。随分と心強い援軍が着ましたネ。アリーさんが一緒に戦ってくれるなら勝ち目が1パーセントくらいあるかもしれませんヨ」

「あれの前には現実的な数字かもしれませんが。Sランクとしてほかの皆さんを逃がす必要があります」

「ああ、貧乏くじですね。きしし」


 二人は体に魔力を充満させて臨戦態勢をとる。


 ――それでもだめだ。このままやり合えば負ける……仮に逃げられても犠牲出る。


 あたしはそれを許したくない。そう思ったら勝手に体が動き出した。


「マオ?」

「マオ!」

「マオ様!」


 ミラやラナ、それにモニカの声がする。あたしはぴーちゃんの背中を駆け上る、くう、こけそうになる。だけど頭までよじのぼってヴァイゼンに対して言う。


 あいつはさっきからあたしくらいしか見てない。……確かにSランクといってもアリーさんもチカサナ先生もあいつの相手にはならないから当然かもしれない。


 だったらあたしが相手をしてやる。ヴァイゼンに向かってぴーちゃんの上から叫んだ。


「ヴァイゼン! 今からぴーちゃんが炎を吐くからガードして! クリス達にダメージがないように守ってよね!! ぴーちゃん!!」


 あたしの声にぴーちゃんが咆哮する。巨大な口開けると光を放つ。光は炎になり放たれる。


 ヴァイゼンを巨大な炎が襲う。その中であいつは笑っているような気がした。ごおおおと轟音が部屋を包み、強烈なオレンジ色の光に照らさせる。だけど仕留めたりしてないはず。この間にあたしはみんなを振り返った。


「みんな、あたしがヴァイゼンを相手をするから。船まで逃げて。あいつらはこんなことじゃ死んだりしないよ。今のうち!」


 全員があたしを見ている。逆にあたしは一人だけを見る。そして手を伸ばした。ここで全員が一番生き残る確率の高い選択をあたしはしたい。


「ソフィアも来て! あたしと一緒に」

「は? なにをいってますの」

「……ミラ! ソフィアを乗せて!」


 聖杖を包んでいる袋を抱えた彼女は本当に何を言っているのかという顔をした。でも、やっぱり言いつのっている暇はない。ミラを見ると彼女は頷いて、ソフィアのそばに行った。


「ごめん。ソフィア」

「ミラスティアさん……? 何を? ……っ!!」


 ミラがソフィアを抱きかかえてそのまま白い魔力で身体を強化する。そのままぶん投げた。ソフィアが宙を飛んであたしの方に来る。けらけらエルが笑っている。空中を飛ぶ彼女の手を掴んでなんとかぴーちゃんの背中に乗せた。


「行って! ぴーちゃん!」


 炎の向こうのヴァイゼンは姿が見えない。それでも声をだす。


「ヴァイゼン! あたしが相手をしてやる! ついてきて!」


 ぴーちゃんが咆哮する。空気を振動させ、ばさりとその両翼を動かす。


 一瞬の浮遊感のあと、ぴーちゃんが開けた穴から逆に飛び出した。あたしはしがみついたままだ。城からも出て、空に出る。


 孤島の上。青い海が広がる世界。


「なんのつもりですの」


 怒気を含ませたソフィアの言葉にあたしは返す。


「あいつはきっと追ってくる。前にあいつの手はみたから……たぶん」


 言い終わる前に強大な魔力が収束していく。城を中心に魔法陣が展開されていく。


「やっぱりね」


 空を飛ぶぴーちゃんの上であたしは言った。あの強大な魔法陣は召喚するためのもの。シャドウのような異界の生物を呼ぶのじゃなくて。距離を圧縮させて別の場所にいる何かを運ぶ魔法だ。


 魔法陣から、巨大な体が光とともに現れる。青い鱗に陽の光が反射している。大きな頭部には後ろに反った巨大な2本の角。そして大きな口には牙が並んでいる。


 両翼を広げた青い竜。あの日あたし達を始末するために現れた魔物。


 その背に一人の男が立っている。遠目だけど少し笑っているようにも見える。竜の体から放たれる魔力に空間が歪んで見える。


 竜の背に乗ってヴァイゼンがそこにいた。


 あたしもぴーちゃんの上で両手を組んでそれを見る。挑発にのった……なんて思わない。あいつにとってはあたしとの戦いの方が興味がある、くらいだと思う。だけどあいつを引き離さないと勝ち目はない。ましてやあの閉じられた空間じゃあどうしようもなかった。


「この空の上でもう一度戦ってあげるよ、ヴァイゼン」


 ぴーちゃんの体に手を添える。それであたしの体に魔力が満ちる。




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