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魔王会談


 玉座から立ち上がったヴァイゼンは静かにあたしを見ている。ただそこにいるだけで圧迫されるような感覚を覚える。……いや、あいつの魔力がこの空間に満ちていくのを感じる。


「久しいな、マオ」


 ヴァイゼンにビビっていることはできない。ラナの言葉を借りるならあいつはあたしの『後輩』じゃん。


「そうだね。ヴァイゼン」


 正直今戦いになればどうしようもない。す、少し足が震えそうになるのをこらえて、あたしは足を広げて両手を組む。それにヴァイゼンはほんの少しだけ目を開き、ふっとほのかに笑った? 表情の変化が微妙すぎてわからない。


「マオ……あの人」


 背中からミラの声。あたしは答える。みんなもいるだろうけど声を出さないのはヴァイゼンの前にいるからだと思う。対峙しているだけであいつの魔力に気圧されそうになるのもわかる。


「そうだよ、あの時の男だ」


 あたしは振り返らずに答える。ミラからの返答はない。ただ近くにいることだけはわかる。それだけで少し勇気がわいてきた。あたしは一歩前に進む。少し落ち着いたからかもしれない、周りの様子が分かるようになる。


 玉座の部屋は高い天井の広い空間だった。外からの光が差し込んで明るい。


 ヴァイゼンのそばには巨漢の男が一人。ロイが着ていたのと似ている軍服をつけている。そしてヴァイゼンのそばにクリスが近づいていく。一度彼女は片膝をついて頭を下げた。


「人間どもと人間の犬を連れてきました」


 それにヴァイゼンがゆっくりとうなづくとクリスも立ち上がって彼のそばに侍る。ああ、たぶん巨漢の男もクリスも『魔骸』がつかえる。それにヴァイゼンがいる。戦力差のは決定的かもしれない。冷たいものをあたしは自分の中に感じる。


 だからといって負けているわけにはいかない。


「あたしに用事があるっていうから来たよ」

「…………ああ、そうだな。くっ」


 くくくとヴァイゼンは笑う。


「この状況でもその態度なのは感心する。私と互角に戦っただけのことはあるな……だが、今は全く力を感じない。あの時の力はどうした?」


 その言葉にヴァイゼンの左右の二人が驚いた顔をした。


 あの時は、舩の上でこいつと戦った時は大量の魔鉱石の力を使って無理やり魔力を体に取り込んだ。それを正直に教えてあげることはあたしだってしない。奥の手だってあいつが誤認する……気はしないけど隠しておく。


「教えてやらない」

「くそむし……貴様……なんだその態度は」


 ヴァイゼンよりもクリスが剣の柄に手をかけた。それをヴァイゼンが手で制する。


「マオ……後ろにいる人間たちはお前の仲間か?」

「そうだよ」

「そうか……人間……それに魔族自治領の娘か……貴様の主は元気か?」


 エリーゼさんがはっとした顔をした。


「それは皮肉の意味かしら。……あなたは魔王様とでもいえばいいのかな? 私たちは貴方たちの勝手な行動で相当迷惑をしているのだけど?」

「皮肉ではないな……。マオ、お前は人間の中に入って魔族とも共にいる。お前は共存を望んでいるといったな?」


 共存……。あたしはヴァイゼンに言ったことはない。さっきミラとの会話で話をした。


 それにヴァイゼンはエリーゼさんのことを知っていた。いや、知っていたというよりクリスとの会話を聞いてたのかもしれない。やっぱり何かの魔法があるのかも、……そんなことは今は考えている暇はない。


「そうだよ。人間と魔族だって一緒に居ることができるってことだよ」

「…………人間と魔族はそう単純な関係ではない」

「それでもあたしの友達には魔族は何人もいる」

「そうか」


 ヴァイゼンはあたしを哀れむように見た。ぐっ、その目にあたしは怒りを覚えた。それはあいつに対してというのもあるけど、強くはねつけられない自分自身を見せられているようだった。


「…………今のあたしは何もできない……それでも何かをしたいと思っている」

「…………人間と魔族の融和か」


 ヴァイゼンは天井を見る。


「それは不可能なことではない」

「!」


 男の言葉にあたしは驚いた。いや、あたしよりもクリスの方が驚いた顔をしている。


「な、何を言われるですがヴァイゼン様!? 人間どもと融和? そんな、そんなことは」

「無益なことだ」


 ヴァイゼンは静かに彼女を見て言い捨てた。短い言葉でクリスの動揺を鎮めた。だけど逆にあたしが前に出た。


「あんたが……もし無理じゃないと思うならさ! 王都を焼くみたいに戦争を仕掛けるより、別の道があるはずだよ!」

「ない。人間どもは殲滅する以外に我らの進むべき道はない」

「な、なんで!」

「…………この城は前の戦争で『神』とやらが人間に3つの武器を授けた場所だ」


 ――聖剣『ライトニングス』

 ――聖杖『オルクスティア』

 ――聖甲『ダングルオス』


 あたしが戦った勇者たちの使った神造兵器。それぞれ今はミラとソフィアとヴォルグが所有している。ヴァイゼンは(クウ)を見つめながら言う。


「そして人間に3勇者といわれるものが現れ、今から230年ほど前に我ら魔族と人間との戦争は、魔族の敗北に終わった。だが、歴史はそこが始まりではない」


 始まりがそこじゃない? ヴァイゼンはつづけた。


「この島はさらに昔は大陸と繋がっていた。そしてそこには人と魔族がともに暮らしていた」


 ……! ここで人と魔族が一緒に?


「この城はその時にできたものだ。1000年ほど前になるのだろう。流石に改修をして当時のままの姿ではないだろうが、この『星屑の丘』を中心に人と魔族が共に暮らす国があった」


 ヴァイゼンはあたしを見た。


「マオ。不思議に思ったことがあるか? なぜ人と魔族は同じ魔法を使うのか。多少の差異はあれどそれぞれの種族にも関わらずほぼ同じ魔法を使う。それは起源を同一とするからだ」


 魔法……確かにもともと魔王だったあたしが使う魔法もラナ達の使う魔法も似たものや同じものが多い。精霊に力を借りる呪文も同じだ。


「……はるか古代に魔族は森に住んでいた。少数でありながら魔法の力を使って豊かに暮らしていた。火や水の精霊とともにな。……その時代多くの人間は飢えていた。彼らは魔法の力を知らず、干ばつにおびえ相争った。それを哀れんだ過去の魔族の主たちが人間たちに魔法を教え、共に暮らすようになった。森を中心と集まって暮らし、村になり町になり、国ができた」


 ずっと昔の話なんだろう。あたしはそれを聞きながら言った。


「じゃあ、じゃあさ、今でも同じことができるかもしれない」

「……国ができ、人間たちは数を増やしていった。様々な魔法を彼らは駆使して開拓を始めた。それは魔族が暮らしていた森にも及んだ」

「……それは」

「人と魔族は争いを始めた。それは必然だったのだろう。魔族の教えた魔法は戦争には役に立つ。ひとりひとりの力は優れていても魔族は数が少ない。しかし、人間の欲望の前に我らも対抗することでだんだんと人と魔族は別の国を作り始めた。その結末が230年前の俗に『魔王戦争』と言われるものだ」


 ふっと笑うヴァイゼンの顔には虚しさを感じさせる。


「人と魔族の融和は可能だろう。だが、平和は力を蓄えることができる時間でもある。……飢えた人間を救った過去の魔族たちの行為がどうなったか? 今の魔族は北の寒冷な地に押し込められ、重税と魔鉱石の採掘により苦しめられている。……融和の報酬は奴隷としての身分だ。……マオ」


 ヴァイゼンの鋭い視線があたしを射抜く。


「私は人間が必ずしも悪意を持ってこれを為したとは思ってはいない。だが、より豊かになろうとすることも増えて拡大しようとすることも魔族も人間も同じだ。しかし必ず犠牲は必要なのだ。できるだけ心の痛まない存在がな」


 あたしは


 唇をかんでいた。


 冷静な言葉を言うヴァイゼン。それに向き合うためにあたしは一歩前に進む。


「人と魔族が簡単に一緒になれないことなんて、あたしが一番見てきた。……あんたが言う過去の歴史が本当なら…………すごく悲しい。……でも」


 戦争の時のことを思い出す。


 街を焼かれること……焼くこと。悲鳴を聞くこと、それを生み出すこと。


 3勇者と遊んだこと。戦ったこと。多くを奪われて、多くを奪った――。


 あたしは顔を上げる。ついでにヴァイゼンに指をさす。


「過去に悲しいことがあったなら、もう無理だって諦めるなんてくらいならあたしはこんなところにいないよ!」


 あたしはできるだけ大きな声を上げる。自分にも言い聞かせるように。


「あたしはこの世界に生まれて、お父さんお母さんと弟と暮らして村のみんなと一緒に成長した。ミラと会ってニーナと出会って、クリスとも喧嘩して王都でラナもモニカももっとみんないろんな人と出会った。人間も魔族も関係ない。あたしは……誰かを切り捨てたり、犠牲にするなんて嫌だ」

「……そう人間のすべてが考えるわけではない」

「そうだよ」


 あたしは両手を広げる。


「この世界はひどく優しくて、ずっと残酷なんだ。悲しいことも嬉しいことも、好きなことも嫌いなことも全部一緒くたにここにある。いいことも悪いことも……だから簡単じゃないなんてわかっている。……だけど何かを切り捨てて答えを出すなんて、もうあたしがやった」


 あたしは胸に手を当てる。


「そんなことうまくいかなかったよ!」

「……?」


 自分の言葉の意味を分かってくれるのはミラだけかもしれない。……弱い。それでもあたしは自分の正体を口にすることが怖い。ヴァイゼンは顎に手をあてて何かを考えている。でもあいつと向き合うには言うしかない。あたしの正体は――。


「私は剣の勇者の子孫です。魔王ヴァイゼン。貴方の言葉の通りならきっと恩知らずの一番上の方なんでしょう」


 ミラがあたしの横に並ぶ。


 えっ。その横顔。一度だけあたしに優しく微笑んでくれる彼女はヴァイゼンに向き合う。


「私の『聖剣』は人間から見れば多くの人を助けたかもしれない。……逆に魔族からみれば血塗られた剣なのかもしれません。恨まれて当然だと思います……私はそれでも魔族の友達がマオと一緒にいます。こんな私でも……人と魔族と一緒に歩ける道を探したいと思っています」


 クリスが叫んだ。


「虐殺者の子孫が偉そうに何をほざく……所詮お前らは人間の立場から言っているだけよっ! じゃあ、お前ら自分の親を殺されてみろ! 殺されたうえで殺した相手に頭を下げてみろ!!」


 彼女の赤い目が光る。


「恩知らずのゴミども。屑の人間ども! 私は、私は貴様らに……」

「クリス。下がれ」

「でも! ヴァイゼン様」

「下がれ」


 ヴァイゼンの言葉にクリスが下がる。憎しみをその目に宿している。あたしとミラはその瞳をまっすぐに見た。向き合わないといけないのはわかっている。ヴァイゼンの体から魔力が迸る。


「……子供の戯言にしてはなかなか言う。だが理想には力が必要だ。マオ、そしてミラスティア・フォン・アイスバーグ。お前たちがどれだけ言葉を重ねようと我らは止まることはない。そして止める力もない」


 暴風のような魔力。城全体が揺れているように感じる。船の上ではこの魔力に触れただけで多くの人が気を失ったのを見ている。ごごごと床や壁がきしむ音がする。


 はっきりいってどうしようもない。全員でかかっても敵わない。


 でもあたしはミラと手を無意識につないでいた。ヴァイゼンに対峙する。彼はゆっくりと歩いてくる。


「前にお前にこちらに来るように言ったな。どうだ」


 あたしは前に言われたことを思い出す。どうしようもないけど、悔しいからべっと舌を出してやる。


「そうか。ではお前たちを無理やり連れていくとしよう。聖剣も聖杖も邪魔になることには変わりない。ドンファン、クリス。貴様らは残りをやれ」


 きゃはとクリスは嬉しそうに笑った。それから剣を抜く。


 ドンファンと呼ばれた大男は「御意」と短く言ってその両手を構えた。


「こりゃ、やばいですねぇ」


 チカサナ先生がダガーを構える。


「マオさんと一緒に居たら退屈する暇がないってよくわかるわ」


 エリーゼさんもレイピアを抜く。


「…………エル」

「あい」


 ソフィアはエルから大きな杖を受け取る。


 そんなかであたしはミラにだけ聞こえる声で言う。


「ミラ。ごめん、勝てないけどみんなを巻き込むわけにはいかない。魔力を貸してほしい」

「うん」


 あたしを信頼するようにミラが手を握ってくれる。みんなを逃がさないいけない。ヴァイゼンの前でそれができるかなんて考えている暇はない。今できるあたしの本気を見せてやる!


 ――轟音とともにステンドグラスが割れた。


 巨大な影がそこに現れる。黒い姿のそれが様々な色のガラスを破った。


『グオオオオオオオオっ!!!!』


 それは一匹の黒竜。あたしたちもヴァイゼン達も振り返る。


 巨大な魔力の波動と咆哮。強靭なうろこは陽光に光っている。


「ぴ、ぴーちゃん!??」


 光の中から現れたぴーちゃんにあたしは驚いた。






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