待っていた彼女
『召喚術』は魔族の一部で使えるもの。
あたしが魔王だった時代にそれを編み出した人がいた。
最初は新しい発見だって騒がれていた、だけど当初呼び出せたのは小さな黒い塊だけだった。それを『シャドウ』と名付けられた。
それは結局戦争ではほとんど利用されなかった。あたし自身も使うことをしなかった。
だからあたしでもそれを実用していたのはヴァイゼンが使っているところを見たくらいだ。あの時は夢中というか無意識で戦っていたから何にも思わなかった。
時間の流れで改良されたのかもしれない。だけどどこかに干渉して異形の存在を呼び出す魔法は危険なはずだ。
呼び出したからと言って従ってくれるわけじゃない。ただ、魔族には異形を従わせることのできる方法がある。クリスやロイそれにドールズとかいうおじいさんが強力な魔物を従えていたのはきっとその方法による。
――あたしは引き金を引いた。
クールブロンから撃ちだされた弾丸が犬の形をしたシャドウを打ち抜く。そいつは黒い粒子になって消えた。一体を消しても森の奥から湧いてくる。
いけないや。今は考え事をしている暇なんてない。道を進んでいくとどんどん影は増えていく。一体一体は大したことはないね。だけど魔物と違って生物じゃないから恐れずに向かってくる。それをミラとエリーゼさんが切り払う。
ゴブリンのような形をしたシャドウが目の前から走ってくる。手にはこん棒のようなものを持っている。それは影じゃなくて島のどこかから手に入れたものだと思う。
エリーゼさんが飛び込んで手にしたレイピアで胸を突いて、蹴り飛ばす。鮮やかな身のこなしにあたしは一瞬ミラと同じくらいかと感じた。
すぐに周りから別のシャドウが殺到する。いろんな形をした黒い影はエリーゼさんに攻撃を加える。
その瞬間にすごい速さでチカサナ先生がきてダガーを振るう。一瞬で敵を切り払うと無駄にその場でポーズをしてる。いや、そういうのいいよ!
「エリーゼさんでしたっけ。これは貸しですねぇ。きしし」
「そういわれるとなんだか怖いけど、ありがとうって言っておくね」
それでも二人は下がってくる。数が多い
ミラ、エリーゼさんにチカサナ先生の三人の剣技を持ってしても数が減らない。それどころかさらに増えていく。あたしのクールブロンは一発一発しか撃てないから。大量の相手をするのには向かない。
「邪魔ですわ」
ソフィアが前に出た。複雑な文様が彼女の伸ばした右手を中心に赤い魔法陣を展開する。彼女の髪が揺れる。彼女は呪文を唱え魔力を高める。
「フレア・ストーム」
灼熱の炎が魔法陣から生み出される。それは渦を巻いて影を焼き払っていく。紅蓮の炎に中に消えて跡形もなくなった。
「ふん」
ソフィアが右手を払うと彼女の前に焼けた木々だけがある。
あぶなっ。下手したら森だらけの島だから火事になる。て……そんなことを考えている場合じゃないよね。
「おー。とりあえず道は開けましたね。今のうちに行きましょうか。きしし」
「あ、待ってって」
チカサナ先生が走り出す。あたしはクールブロンに銃弾を込めながら後を追う。
「流石にこんなに多いとは思わなかったわ」
あたしの横でエリーゼさんが言った。結構走りながら話すのはきつい。
「……で、でもエリーゼさん、実戦経験結構ありそうだね」
「そんなことないよ。いつも公館にいてばかりだから、お稽古の剣術だね」
「そ、そうかなぁ。なんかそうは思えないんだけど」
走りながら話すけど。く、クールブロンが重い。持って走るの結構きつい。エルが横で「ふぁいと」とか言いながら追い抜いていくし。ていうかエルは両手に荷物を持っているからなかなか弓を使えてない。ミラだって聖剣を使っているんだからソフィアも『聖杖』を使えばいいのに!
そ、そんなことを考えながら走る。山道だから坂になっているし。きつい。
その上シャドウの襲撃は止まらない。ソフィアの開いた道を埋めるようにシャドウはさらに増えていく。だんだんと人型の影が多くなっていく気がする。ゴブリンみたいな小さな人影。
そのたびに止まっては迎撃する。あたしは走ったり止まったりするのが結構つらい。みんな魔力で身体能力強化できていいなぁ。
「マオもソフィアも無理しなくていいよ。私が後ろにつくから」
ミラの声がする。え? ソフィア? そう思って後ろを見るとあたしの後ろにいる。汗をかいて微妙にきつそうなのはあたしと同じ。
「ソフィアは走るの苦手なの?」
「……」
すごい睨まれた。
ミラは殿 とでもいえばいいのかな、ミラは全員の一番後ろでシャドウからの攻撃を警戒してくれている。聖剣を抜いて近づいてきた敵を切り払うことを繰り返している。
確かにシャドウは多い。それでも今の人数にこのメンバーの力なら問題なく切り抜けることができるはずだ。
森を抜ける。
開けた丘に出た。背の低い草に敷き詰められた平原が広がっている。
その向こう丘の上に大きな『城』があった。
低い城壁に囲まれている。ただ高い尖塔が空高く伸びているのが見えた。城全体は石造りでそれはところどころが崩れて古い建物だということを感じさせる。ここが目的地なんだろうか?
そんな疑問をあたしが口にする前にチカサナ先生が言った。
「あれは星屑の丘に建てられたシヴァニアス城というものですよ。まあ、名前なんてどうでもいいですが、かなり古い建物ですからね。それこそ魔王との戦争の前からあったという話です。きしし」
そんなに古いものなんだ。あたしたちの時代より前……それにしてもこんな孤島にどうやって城なんて建てたのかな。……いやそんなことは今はどうでもいいよね。
はっとした。一瞬城に目を奪われていたけどシャドウ達が襲い掛かってくるかもしれない。あたしが森の方を振り向くと木々の間から影たちがこちらをのぞき込んでいるが出てくる気配はない。おそらく彼らは森の中で侵入者を撃退する簡単な命令を受けていたんだと思う。
「どうやら切り抜けたらしいですね。帰りはひと手間でしょうがね」
チカサナ先生もダガーを収める。それに合わせるようにエリーゼさんとミラも剣を収めた。あたしは大きく息を吐く。なんか疲れた。それにしてもあたしは体力がない。走り回るだけならいいんだけど武器を持って走ると疲れる。みんな涼しい顔をしているし、ソフィアだけはそっぽを向いてる。
少し休んでから。
あたし達は丘を登る。
さあと心地よい風が流れる場所だった。帰り道はあんまり考えたくない。
歩きながらミラのそばに行って小声で話をする。一緒にエリーゼさんもいる。
「ミラ、さっきの『敵』のことだけどさ。あれは操っている……たぶん魔族がいるはずだよ」
「そうだよね……。チカサナ先生はそれに気が付いていると思うけど……」
思うけどという言葉の先をミラは言わなかった。チカサナ先生が本当は何を考えているのかよくわからない。
エリーゼさんはあたしたちの会話を聞きながら言った。
「『召喚術』なんてあれだけの規模で使える魔族なんて一握りだから。かなりの手練れなのを想像していた方がいいかもね。マオさん」
「もし、もしさ……エリーゼさんは魔族と戦うことになったら下がっていてもいいよ」
あたしの言葉にエリーゼさんは目をぱちくりさせて苦笑した。
「心配しなくていいよ。マオさん。私はそれなりに大人ですからね。……大人はちゃんと複雑な事情を呑み込めないといけないのよ」
そういうと鼻歌を歌いながらエリーゼさんは前に行く。青い髪がさらさらと風に流れている。
「なんか強い人だね。ミラ」
「……あの人をマオの味方にできたらなって思ってる」
「え?」
ミラは小声であたしに言う。
「エリーゼさんは魔族自治領の中で結構強い力を持っていると思うんだ。それを味方にできれば、マオのためになると私は思ったから、あの人を連れてきたの。勝手だけど」
「……そうなんだ……ありがと、ミラ」
……なんかミラにはいろんなこと心配されている気がする。あーもう。そこまで言われたならちゃんとしないといけないじゃん。
「じゃあ、もっとエリーゼさんと仲良くならないといけないよね!」
ミラはくすりとして。答えた。
「うん」
☆☆
城の城門は壊れていた。昔は鋼鉄の扉だったのだと思うけど、それが地面に倒れている。中に入るのにそれを乗り越えないといけない。城門だった場所には崩れた城壁の残骸も崩れている。
中は草が生え放題の荒れ放題。
城内に続く道は石畳だから歩けるけどやっぱりところどころ地面が見えている。人間にとっては結構重要な場所なんだと思うけど、なんでこんなに荒れているんだろう。
「ああー」
あたしが思わずそう言ってしまったのは、城の入り口を見たからだ。
城の入り口は崩れている。中に入れそうにない。外から魔法で壊したらどうなるかわからないから別の道を見つける必要があるね。
「入口を手分けして探すようにしますか?」
エリーゼさんがチカサナ先生に言う。
「いえいえ。私がここに連れてきたのですからちゃんと考えてますよ。さ、こっちに来てください、ぐるりと回ると中庭に出てそこから入ることができます」
そう言われてやっぱりチカサナ先生はここに来たことがあるんだろうと思った。そりゃあ道案内として来ているんだからそうだよね……。
「こっちですよ」
そういう先生の背中を追って歩いていくと中庭に出た。周りを城の壁に囲まれた広い空間。真ん中に噴水があって、芝生がきれいに整えられている。
……真ん中にある噴水から水が出ている。……この空間だけなんか綺麗。明らかに違和感がある。
その噴水のふちに腰掛けている少女がいた。癖のある赤い髪をした魔族の少女。黒い服とキュロットを履いたあの子は前に会ったことがある。腰には2本の剣を吊っている。
「やっと到着したのね、ゴミ虫」
立ち上がった彼女は私たちに対していきなりそんなことを言ってきた。相変わらず口が悪い。でも、あの子……モニカの姉でそしてあたしやミラと戦ったことのある魔族の少女がいるってことは……穏やかに終わる気がしない。
魔族特有の赤い目を光らせながら両手を組み。敵意を向けてくる彼女。
クリス・パラナは吐き捨てるように言った。
「森で喰い殺されればよかったのに……あーあ。なんで死ななかったの?」
めちゃくちゃ言っているよ……。
 




