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葛藤


 しばらくすればセレーナ島に到着するだろう。


 船べりから遠くを見ているのはミラスティアだった。潮風に銀髪を揺らしながら彼女はぽつりと言った。


「受け取ってくれたかな」


 確信はないがそれは遠くにいる仲間に対しての祈りが混ざった言葉だった。彼女は目を閉じて数日前のことに思いを馳せた。



 出発の前日ミラスティアは父親と面会する前に調べ物をしていた。屋敷の書庫には多くの蔵書がある。そこには過去の聖剣の伝承者としてのアイスバーグ家の歴代の当主たちの残した記録もあった。


 整然と並んだ本棚に囲まれた一室、その奥にある机でミラスティアは書物を広げていた。


 『星屑の丘』という場所について調べるために彼女は古い文献を開いている。


「あった」


 彼女の瞳がその文字を映した。それは書庫の奥にあった一般には出回っていない一族の伝記であった。


 ――星屑の丘は王族の守護するセレーナ島にあり。聖剣・聖甲・聖杖を神が人に授けた場所である。


「セレーナ島……王族の守護する……?」


 その時ミラスティアの脳裏にある仮説が浮かんだが、すぐに首を振って否定した。あまりに非現実的な想像だったからだ。それよりもミラスティアは別のことを考えていた。


 ――「みんなを巻き込みたくない」


 出発の時間を告げられるときにマオからミラスティアはその言葉を聞いた。少しずつマオは何かに巻き込まれようとしているのはミラスティアも感じていた。そしてその先に危険な何かが待っているような予感もしていた。


 ミラスティアは本を閉じて、そしてその瞳も閉じた。


 魔王がマオであるならとミラスティアは考えた。


 おそらく『魔王』のそばにいた人たちのために彼女は身を削って前に立ち続けたのだろう。自分の知っている親友はそういう子なのだとミラスティアは確信を持って言えた。そしてそれを打倒したのは自分のご先祖なのだ。


 過去に何があったのか遠い伝承でしかわからない。むしろ悪逆非道の『魔王』を打倒した輝かしい英雄の物語こそがミラスティアが幼いころから学んだことだった。その中で魔族という存在が危険なものであることも聞かされていた。


 だけど


 あの日、


 雨の中でミラスティア・フォン・アイスバーグは『魔王』の心に触れた気がした。


 誰にも二人の会話が聞こえない土砂降りの雨の中でお互いに心の内を語り合った。それは苦しいことでもあった。それでもミラスティアにとっては必要なことだったと感じた。


 剣の勇者の子孫としての自分。


 魔王の生まれ変わりの親友。


 本来なら交わらないはずだった。敵対してもおかしくない。ただ、偶然が重なって二人は手を取り合うことになった。それは幸運な偶然だとミラスティアは心の底から思っていた。


 ミラスティアがマオという少女に出会ってから様々なことがあった。


 それを時間として言えばそんなに長くはないだろう。だが、彼女にとっては出会った時から今までが本当に大切に思えた。


 自分の未熟さで仲たがいをしてしまったこともある。思い出しても苦しいと感じる。それでも魔王の生まれ変わりの少女はミラスティアに手を差し伸べてくれた。

 

 それがどんなに救いだったかを言葉で表すのは難しいことかもしれない。


 子供のころからの持っていた引け目も罪悪感も正面から向き合ってくれたことはミラスティアの心を軽くしてくれた。


 ――ただ、だからこそ思う。


 そんな親友の本当の過去を『今の世界』は悪としてみなしていること、そしてマオという少女が誰よりも優しいと感じること。その2つはいつか、いつか大きな災いとして降りかかってくるのではないだろうか?


 それを想うとミラスティアは怖いと感じた。


 自分の親友はいつも誰かを気遣っている。


 そして他人のことを語るときは明るくて、常にいいところしか見てないのに、自分のことを語るときは辛辣でともすれば自らを痛めつけるように語る。


 仲間の前で『魔王』であった自分のことを責めるようにマオが語る時、それを聞いたミラスティアは心が痛いと感じるほどに辛かった。ただ、マオが『魔王』について語ったとしてもミラスティア以外には遠い過去の人物を語っているようにしか聞こえないはずだった。


 いつかそんなマオが魔族の窮乏のために立ち上がるようなことがあれば……。また昔のように自らを犠牲にしてしまうかもしれない。その時自分は彼女のそばにいることができるだろうかとミラスティアは想像してしまう。


 その恐ろしい想像とともに彼女は思い出す。


 エトワールズのみんなと一緒に居る時のマオは本当に楽しそうにしている。ただ一人の少女として心から笑っているように感じることができた。それはおそらくマオを見るみんなも同じだろうとミラスティアは思っている。


 そしてそんなエトワールズをマオはこれ以上巻き込みたくないと突き放そうとしている。それは正しいのだろうか? ……ミラスティアにはマオの気持ちも分かった。大切だからこそ遠ざけようとすることは自分も同じようにしてしまったことがある。


 ただ、そうならないようにしてくれたのはマオ自身で、そしてそのマオはミラスティアが間違いだったと思っていることをやろうとしている。


 ミラスティアは両の掌を組んで考えた。マオに置いて行かれたラナ達はどうするだろう? 追いかけようとしてくれるだろうか。


「……いっそのこと……マオには内緒でみんなに話をした方がいいのかも」


 そう考えた時にふっとミラスティアは一つの未来を予測した。


 マオが『魔王』であることをいつかエトワールズの彼女たちもわかるかもしれない。彼女たちはあくまで『マオ』を見ているのだから、その事実に触れた時どう感じるのかはミラスティアにもわからなかった。


 ただ、ミラスティアは願わずにはいられなかった。


「もし、マオの正体が分かっても……それでも一緒に居るって言ってほしい」


 その願いには覚悟がいるだろう。あるいは実力も必要かもしれない。……そしてと考えた時ミラスティアははあと自嘲気味に笑った。


「私はやっぱり嫌な人間だよ。マオ」


 そのあとにミラスティアは一つの木箱を用意した。そこに指で魔法陣を描く。前に見たというより、自分の手に刻印してもらった『蝶の魔法』を使う魔法陣をその木箱に刻んだ。後で魔力を流せば発動するように細工を施す。それは魔鉱石を融かした特殊な液体を使った。ほのかに光る魔法陣は箱のふたをすれば見えなくなった。


 ラナ達が追ってくるとすれば船かあるいは空を飛ぶくらいしか方法はない。王族の島に船を使うのはかなり難しいだろう。あとは空を飛ぶこと、つまりはぴーちゃんしかありえない。そこまで考えた時ミラスティアは手の中の木箱を預ける人物を一人だけ考えた。


 そして追ってきてほしいと願った。


「ごめんなさい」


 願いながら謝った。だが、どんなことがあっても追ってきてくれるくらい強い気持ちがなければ『魔王』という現実には耐えられないだろう。……いや、それよりも全部を一人で抱え込もうとするマオとはいずれ一緒に居られなくなるとミラスティアは思った。


 書庫の奥で銀髪の少女は一人祈った。


「みんなのことを考えるふりをして……私は人のことを試している……のかな」


 ミラスティアは苦い物を感じながら、それでも木箱を掴んで部屋を出た。



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