先輩の矜持
更新頑張ります!
自分がやっていることが最近よくわからなくなってきた気がする。
ラナ・スティリアは自分の手を見つめながらなんとなくそう思った。自分自身はそれなりに要領がいいと思っていた。それなのに最近の自分は何をしているのだろうか? 以前の自分であれば誰かのために必死に何かを訴えるなんてことはしなかっただろう。
大人であれ同じ立場の生徒であれ、それなりの付き合いをしていればよかったはずだった。そんな気持ちに反して今は多くの新しい出会いといろんなトラブルに巻き込まれてしまっている。自分らしくないと思いつつもそれが楽しいと感じてしまっていた。
「全部マオのせいよね……」
一人つぶやいた言葉には実感がこもっている。
何もかもが奇妙な同居人のせいだと彼女は心の中で笑った。最初の出会いは最悪と言っていいはずなのにそんなことを気にも留めないマオという少女に感化されていることは腹立たしいが自覚もしている。
向こう見ずで突っ走るくせにどこか大人びているところがある不思議な少女。その上魔法の腕は自分よりもはるかに高みにいることもラナにはわかっている。密かに胸に秘めた悔しい気持ちも彼女はニナレイアにだけ話をしたことがあった。
そもそも自分の本心を他人に話をすることも自分らしくない。もっと冷静で余裕のある態度をとっているのが自分だったんじゃないかと、ラナははあとため息をついた。
――ふと思い浮かぶのは、マオが自分の前で泣いたことだった。
それは二度あった。
入学試験で彼女が体調不良で倒れた時。
そして夜の街でギルドの帰り道。
いつもの明るい彼女が自分の前で弱さを見せてくれたことが今につながっているのかもしれない。だからこそラナはできることならマオの味方でいようと思っていた。マオがその親友である剣の勇者の子孫と仲たがいをした時も一貫して彼女の傍にいた。一緒に暮らしているのだから一番話も聞いたと思う。
それなのに今回は自分に黙ってマオは出ていった。
自分は実は信用されていなかったのか? ラナの脳裏にはそう浮かんでしまう。首を振ってかき消しては浮かんでくる。その想像をすると体の奥が冷たくなる気がした。ただ――マオの残した書置きを自分だけが見た。
内容は謝罪の内容だった。これ以上深入りすれば危険なことがあると彼女は警告していた。それでも黙って出ていくことに対してマオは何度も手紙の中で謝っていた。それを読むとなぜかあの夜に涙を流したマオの顔を思い出した。
ラナはあの夜にマオの「秘密」について尋ねなかった。ただそれだけなのに心の底から安堵したような、何かが切れたように涙を流すマオの姿をラナは忘れることができなかった。
彼女には重大な何かあるのだろうと思う。それをミラスティアだけが知っていることもわかっている。そしてその「秘密」が彼女に何かを引き寄せているとも感じた。実のところラナにもマオとともにいれば何か大きな事件に巻き込まれるのではないかという強い予感はあった。
その未来の何かから自分たちを遠ざけようとしているとラナにはわかっている。きっとその判断は正しいとラナは自分でもわかっている。ニナレイアやモニカを守るためにもそれは良いことなのだろう。
わかっていて、怒りがわいてくる。
「先輩を差し置いて一人で抱え込もうなんてふざけてんのよ」
どんな事情があるのかは話してくれないからわからない。ただ、どんなことがあっても所詮マオは自分の「かわいい」後輩なのだ。どんな大きな秘密があっても味方でいてやるくらいはしたい。遠ざけようとするくらいなら一緒に逃げてやるから言えとラナは心底怒りを感じていた。
☆
ラナが顔を上げた。
ここはギルド本部の演習場のひとつ。
ラナの横でハルバードを構えているワインレッドの髪の少女が不思議そうな顔をして聞いた。彼女、モニカは戦闘の構えは解かない。
「何かおっしゃられましたか。ラナさん」
「……別に。それよりもあんたとニーナであの人の剣をどうにかしないといけないんだからね」
もう一人の少女。金髪の少女がうなずく。彼女は両手に何も持たない徒手空拳であった。
ニナレイア・フォン・ガルガンティアはラナの前に出て構えている。
3人の少女の前に立っているのは一人の女性だった。
剣を構えた黒い長髪の女性はSランク冒険者のアリーだった。彼女はその体に白い魔力を静かにたたえている。先手を譲るということだろう。たとえ3人がかりと言っても相当の実力差があることは歴然としていた。
勝負はただ一撃をアリーに与えることでラナ達の勝利になる。だが、対峙したことでラナはそれが困難であることを悟った。恐ろしく静かに構えているアリーを見ているだけで妙な息苦しさを感じた。だが、ラナにも引けない理由はあった。
「……あんたを一人にはさせないわよ」
そう言って彼女は魔導書を右手で開く。その瞬間にモニカが地面を蹴った。魔力で身体を強化した彼女は一直線にアリーにとびかかる。彼女の巨大なハルバードが弧を描き振り下ろされる。
それをアリーは剣で受けて緩やかに流した。
「!」
ハルバードと剣がぶつかったはずなのに強い衝撃もなくモニカは体勢を崩した。彼女の斬撃はわずかに軌道をずらされてしまった。だがモニカはさらに強く踏み込み魔力で体を強化する。崩れた体勢を無理やり支えた。腰を捻り手にある戦斧を横に薙ぐ。
アリーは優雅に一歩踏み込んでモニカの肩に体を当てた、わずかに軸をずらすことで彼女の攻撃を弱め、その間にモニカの横を通ってその後ろを取った。
「思い切りのよい攻撃ですが、少し魔力の身体強化に頼っていますね」
アリーは剣を振るおうとするがはっとして横にそれた。わずかに遅れて彼女の横を水の球体が通り過ぎていく。見ればラナが魔法陣を展開していた。水の魔法での攻撃だが、目的はそれではない。
「モニカ! 離れて」
「……はい!」
水の魔法でできた隙にモニカが距離をとる。魔族の少女が自分にやられる前に離脱させることが目的だろうと思い、アリーはよい支援だと笑みを浮かべる。彼女には余裕があった。
「確かにお二人はなかなか筋が良いですが……今のわずかな攻防でわかったはずです。『Sランク』の依頼なんていうものに参加するにはまだまだ早いということが」
アリーは2人を見ながら言う。
――2人?
その疑問を想った時わずかな気配を感じた。アリーは背後からの気配に振り向いた。
そこにはニナレイアがいる。彼女は蹴りを繰り出した。
「あ、あぶな!」
アリーは普通に驚きつつも避けて距離を取った。何とか避けたがさっきまでなにも感じなかった。気配を絶っていたといっていい。そもそも繰り出されたニナレイアの蹴りには威力も速度も欠けていた。
ガルガンティアの術式である魔力を押さえて気配を絶つ『無炎』。ニナレイアが近づけた理由はそれだが、仕留めきれなかったのもそれが理由であった。
「な、なかなかやりますね。気配を消すことがそこまでうまくできるとは思いませんでした」
「くっ」
仕留めきれなかったニナレイアが悔しがっている。彼女も距離を取っている。アリーは周りを見回した。もしも空から見れば三角の形に囲まれている。ラナ、モニカ。ニナレイアの3人に包囲されている状況は純粋に考えれば不利な態勢だろう。
アリーは少し考えた。この勝負は最終的に彼女たちの納得のいくように負けてもらわないといけない。生来甘い彼女の考えていることはラナ達の納得のいく結果を出すことだった。ゆえに彼女はわずかに本気を出すことにした。
「一気にやるわよ!」
ラナの声。彼女は右手をアリーに突き出したまま呪文を唱える。青い魔法陣を展開させてアリーに狙いを定める。攻撃でも支援でもできるようにラナは魔法を放たない。正しい判断とアリーは思った。自分を狙っている魔法をこれ見よがしに構えれば牽制としても十分な効果があるだろう。その考察にアリーは「自分が凡庸な使いであれば」と心の中で付け加えた。
モニカが迫る。両手でハルバードを握り小さな振りで真一文字に振る、アリーがよけるとさらに踏み込んで突きを繰り出した。ハルバードは斧と槍の複合的な武器である。勢いのままの突進するモニカの突きには威力があった。
アリーはハルバードの先端に剣を合わせて軌道をわずかに逸らせる。
「あっ!」
叫んだモニカの横からアリーは剣を繰り出し、そのわき腹に一撃を加える。彼女は声を上げなかったが地面に転がった。アリーの剣には『刃引きの加護』を施してあり、切れることはない。
「!っ」
一瞬遅れてニナレイアが踏み込んだ。繰り出される拳をアリーは軽く避ける。気配を絶って近づいてきてもそうしてくるとわかっていれば不意を突かれることはない。アリーはニナレイアに斬撃を繰り出した。
「ぐあっ」
ニナレイアの胸を切り裂く一撃。実際には切れてはいないが衝撃に彼女は下がった。ただアリーはさらに剣に魔力を込めた。風の魔力を纏った白い剣。
「アクア・ショット!」
ラナの不意を突いたはずの魔法。透明な水の球体は高速でアリーに迫る中でふふとこの黒髪の女性は笑って剣を振るう。
緑色の魔力を纏った風が水球を切り裂く。水球が形を失ってはじけあたりに雨のように降る。その向こうで悔し気に顔をゆがませているラナがいる。アリーは言った。
「もうわかったはずです。力の差を恥じることはありません、繰り返しになりますがただ単にあなた達には早いだけなのですから」
「……っ」
ラナは唇をかんでいる。アリーはこういう顔に弱い。3人の少女から純粋さを感じてしまうからこそ罪悪感も微妙にある。ただ今はあえて強く言った。
「実力が不足している状況で危険なことに関わることは勇気とは言えません。むしろ一歩引くことこそ勇気です。悪いことは言いませんからそろそろ終わりにしましょう」
「そうはいきません」
アリーは視線を声の方に向けた。ハルバードを構えている魔族の少女が自分に向けて今一度向かって来ようとしている。
「……やめておきなさい。貴方の技量ではまだまだ私と打ち合うには足りません。……別にけなしているのではありませんよ。その年にしては良い腕だと思います」
「……そんなこと……どうでもいいです」
モニカの紅い目が光る。彼女の体から大量の魔力が迸る。アリーははっとした。
「何をしようとしているのですか? やめなさい」
「確かに通常の私の力では貴方には及びません……。でも、それでもこの勝負はたった一撃を入れるだけ……それなら私にも勝機はあります」
モニカはハルバードを構える。紅い魔力が彼女を包んでいく。
『魔骸』それは魔族の身体能力の全開を出す秘儀である。
モニカはこの一瞬のため今一度力を開放しようとしていた。
「魔族の全力なら本気を出してない貴方から一撃くら……ふぎゃ!」
高速で飛んできた水球がモニカに直撃した。ずぶぬれになって地面に転がるモニカ。その拍子に彼女の魔力の開放は止まった。アリーは「ええ?」と何が起こったかわからない顔をしている
「な、なにが起こったんですか……!?」
困惑するモニカにラナが近づいてきて叫んだ。遅れてニナレイアも駆け寄ったが彼女の前で言い争いが始まった。
「何がじゃないわよ! なーにやろうとしてんのこのバカ!」
「ら、ラナさん。み、味方に攻撃するなんて」
「味方だぁ? 勝手に気分が乗って力を使おうとしたのを止めてやったのよ」
「で、でもあの人に勝たないとマオ様を追いかけることもできません……。他の方法は……」
「はあぁああ」
ラナはため息をついた。マオと同じくこのモニカも年下の後輩なのだ。勝手に責任を感じて自己犠牲をされるのはたまったものではない。そういう時は年上である自分に丸投げでもすればいいのだと彼女は思った。
無論ラナにはわかっていた。自分が力不足だからこそマオもモニカも自分を頼ってくれないのだ。冷静に考えてよくわかることが彼女にはいらだたせる。ただ、この場は強がるしかない。
ラナはモニカに手を差し伸べた。
「さっさと立ちなさい。私に任せときゃいいのよ。水をかぶって頭も冷えたし……あの人に勝つというより一撃入れりゃいいんでしょ。楽勝よ」
モニカはラナの手を掴んでいう。
「え? 水をかぶったのは私では……」
「細かいことはいいのよ。ニーナ、あんたも協力しなさい。何がSランクよ」
ラナはこのチャンスにも余裕をもってたたずむアリーを見た。
「このラナ様が目にもの見せてやるわよ」




