マオ、戦う③
だんだんと騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってきている。はあ、はあ。それにしても矢が刺さるって痛いんだ……。目の前にいるのはナイフを持った盗賊のような男。ソフィアの「魅了」に掛かっているはずだけど、さすがにもうすぐ効果も薄れてくると思うんだけど。
「…………」
ナイフを逆手にもって、腰を落としてしっかりとあたしを見据えている。中途半端に戦って、中途半端に「魅了」の状態だからあたしを本気で仕留めようとしているんじゃないかな。
あたしは背中を建物の壁に預ける。弓使いが斜塔から狙撃してくるなら、狙えないところに行くしかない。つまりあたしには逃げ場がない。
あたしは銃弾を口にくわえて、手に持った魔銃のレバーを右手で動かす。薬莢が飛び出て、カランと床に転がる。
「……いっつ」
矢の刺さったのは左肩。ぽたぽたと左手の袖口から血が落ちてくる。あたしはその赤くなっている左手を見る。
「あんたさぁ」
あたしは盗賊風の男に聞く。魔銃を操作している間にあたしに攻撃してこなかったのはこの「魔銃」という武器を警戒したのかな、それとも意外とフェアなのが好きだったりって……それだったら宝石欲しさにあたしを襲ったりしないよね。
「名前とかあるの?」
「当たり前だろう、バラン。Dランク冒険者のバランだ」
「そっか、あたしマオ……」
よく考えたらあたしギルドで名前言われた気がするから知っているかな。バランはズボンと袖のない黒の上着。体に張り付くような格好で痩せているように見えて、腕周りが太い。
がやがやと周りに人が増えていく。へへ、銃を撃つようなのは厳しいね。誰かに当たっちゃうし。あたしは左手で壁に絵を描くように指を動かす。相手に聞こえないくらい小さな声で呪文をつぶやく。
「行くぞ!」
バランが飛び込んでくる。ああ、だるい。動こうとして足がもつれた。ただ左手だけを壁につけたまま、あたしの血で書いた魔法陣がそこにある。
あたしは顔をあげる。そして迫るナイフを睨みながら叫んだ!
「アクア!!」
魔法陣が青く光り、空気中の水分が集結する。魔力に流された水流がバランの顔に掛かる。そう、その程度の魔法、ただ顔にかける程度の水流しか作れない。
バランがひるんだ。あたしは魔銃を構えて、突っ込んだ。
「うあああああああ!」
両手でつかんだ魔銃を力いっぱいバランの横腹に叩きつける。バランは後ろに飛んだ。手ごたえがない、あいつ、自分で飛んで衝撃を殺したんだ。
「はあ、はあ」
やばい。力が入らない。意識してないと銃も落としてしまいそう。バランは月明かりの下で体勢を立て直した。腰を低くしてナイフを構える。くっそ、奇襲がうまくいかなかった。
バランは脇腹を抑えてる。多少効いたのかな? あとは魔銃で撃つくらいしか方法がないけど、それをやったら弓使いが倒せないだろうな。
次の瞬間あたしの目の前でバランの足に矢が刺さった。
「ぐあぁ」
悲鳴が響く。あたしには何が起こったかわからず、反射的に助けに入ろうとして、自分を押しとどめた。あたしは胸元をぎゅううっと掴んで自分に言い聞かせる。
「とまれ、落ち着け」
バランは苦しそうに足を抑えている。周りからも悲鳴が聞こえる。赤い血がながれている。これをやったのは間違いなく斜塔にいる「弓使い」だ。
おちつけあたし。
「いてぇ」
太ももに刺さった矢にのたうち回るバラン。血だまりが広がっていく。このままじゃ死んじゃうかもしれない。
あたしは唇を噛んで、体が前に行こうとしているのを押しとどめる。なんで今まで襲ってきたやつを助けないといけないんだって、思うけど。あたしを止めているのはそれじゃない。
弓使いはなんでこんなことをしたんだ。
冒険者たちは元々仲間なんかじゃなかった……のかな。でもそれでも攻撃まではやりすぎてる。周りのギャラリーは遠巻きに見ている。
あたしはギルドの光景を思い出す。
そういえば「弓」なんて持っているやつはいなかった。いたのかもしれないけど、でもあたしには見えなかった。
――「あたしがあんたの魅了にかかった冒険者を全員倒したら。さっきの発言はちゃんと撤回してもらうからね」
――「わたくしの用意した冒険者を全員倒せたら、考えてあげますわ」
ソフィアとの会話を頭の中で反芻した。
あいつ「用意した冒険者を全員倒せたら」って言ってた。もしかして――
あの弓使いはソフィアが直接用意した仲間?
だからほかの冒険者とは違って容赦なくあたしを攻撃してきた?
憶測でしかない。じゃあ、バランを撃ったのは……。もがき苦しむバランを見て、あたしは焦りがでてきた。ああ、もう。あたしの中ではバランに対する答えは決まっているんだって自分でも嫌になる。
そうさ、助けるよ。
「んぁ」
あたしは左肩の矢を持って、ほんと、ほんとに勇気を出して引き抜く。
――!!!! 痛い。こなくそ!
あたしが投げた矢が地面におちた。息を整えるけど、痛みでよくわからなくなってきた。バランのことをあたしは助ける。でもそのためには『建物の陰』から出ないといけない。
つまり弓使いの射程に入らないとだめだ。
きっとそれをあいつは狙っているんだと思う。いや、あたしが助けに入らなくても物陰から出てくるだけでいいんだ。だから、バランで試してみた? 失敗してもどうでもいいって ……むっかー。
「なめんなー」
あの弓使いはすごい嫌な性格をしていると思う。あたしは好きじゃない。
あたしは建物陰から出る。月明かりがあたしを照らす。それは弓使いにも見えているはずだ。あたしは左肩の痛みをこらえて、バランに手を差し伸べる。
「ほら。早く起き上がって」
「おまえ。なんで俺を」
「あーうっさいなー。倒れているから、助けるのになんか文句あんの?」
「でも、俺は」
「やかましい!」
あたしは半ば強引にバランの手を取って立ち上がらせる。太ももに矢が刺さったままだけど、とにかく陰に行かないといけない。
斜塔からの射撃、一瞬光った。魔力が奔る。
あたしは力を込めてバランをかかえて、影に逃げ込む。一瞬後に石畳に矢が突き刺さった。ベーだ。残念でした。矢は金色の魔力の纏って光っている。
「い、いてぇ。お前乱暴なんだよ」
そうだ。こいつケガがひどいんだ。あたしは上着を脱いで、あーだめだ。これじゃあ。あたしはバランの腰からナイフを取って上着を切ろうとしたら頑丈すぎてあたしじゃ切れない。だからあたしはシャツの右の袖を切って、バランの太ももを縛る。
「ほらこれで、足を縛っててよ、とりあえず出血を抑えないと」
あー今気が付いたけどあたしのシャツも結構ひどい状況だ。
上着を羽織りなおして、魔銃を手に取る。
あたしはバランの顔をぺちんとビンタした。お金に目がくらんであたしに襲い掛かった仕返し。これで許してあげる。
「いた」
「自業自得ってね」
ただ、あいつだけは倒す。もう疲れてくたくただけど、許せないし。
銃を肩に担いであたしは月明かりにもう一度でる。すぐ振り返って、遠くにある傾いた塔に銃を向ける。あたしからは相手の顔は見えない。あちらからは多分魔力の身体強化で見えている。
綺麗な三日月を背に斜塔が立っている。うっすらと人影があった。あたしは今あるだけの魔力を上着に通す。そのまま座り込んで。魔銃を立てる。
「……」
あたしが対峙する相手はあれだけ離れたところから射撃ができるような奴だ。でも一撃ごとに魔力のこもった矢を放つから連射ができない。
座り込んだまま、あたしは地面に魔法陣を描く。悪魔の形を象ったそれは魔族に伝わるものだ。今のあたしじゃどうせまともに起動することはできない。
魔法陣は魔力を通す道路みたいなものだ。
呪文は自分の魔力を変換して引き出すものだ。
魔法陣だけじゃ何もできないし、呪文はソフィアのような力を持った奴ならなくてもいい。だから、そもそも魔力量が少ないあたしが魔法陣を書いても基本的に起動することはできない。
あたしは書いた魔法陣を踏む。
斜塔に光が奔る。閃光のような矢があたしに迫る。体を動かすこともできない。ただ感覚でしかとらえることができない。その光の矢はあたしの左胸に正確に打ち込まれた。
額なら死んでたよ。
制服の魔術の防御と光の矢を包む魔力がぶつかり、ばちばちとあたりに電撃のようなものが散る。あたしはそれを「掴んだ」。四散しようとする魔力ならあたしは利用できる。
「玄の力を我に示せ、ファースタクト!」
光の粒子が玄に代わる。あたしを包む。
これは強化の魔法。身体能力を強化し、敵に立ち向かう魔法。ただ、「前の」あたしやミラそれにニーナのようにもともと体内に循環できる魔力が豊富であればそもそも使うこと自体がない。
ただ、あたしはこの魔法に一つ工夫をした。
あたしの右目を黒に染まる。そして十字に青い魔力の線が奔る。
あたしは奪った魔力を視覚と感覚の強化そして残った魔力は魔銃に込める。この状態が続くのは数秒だけだ。
あたしの視界は開ける。
遠くの弓使いの顔が見える。金色の髪をポニーテールにした女の子。手に白い弓を構えている。少し驚いた表情だけど、エメラルドグリーンの瞳が綺麗だった。ああ、そんな顔だったんだね。完全に見えるよ。
右目で狙いをつける。
あたしは銃口を向ける。そして引き金を引いた。
発射された銃弾は紫の光を一直線に伸ばして、弓使いの持つ白い弓に直撃して叩き折った――
☆
視覚強化が消えていく。相手の魔力を利用した数秒だけの魔法。
はあ、大量の魔力があればもっと強化できるんだろうけど無理だなぁ。でもとりあえず勝ったかな……。
ああ疲れた、とあたしは夜空に息を吐いた。




