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星屑の丘へ


 寝室で隠れてえんぴつで手紙を書く。外は夕方。


 昨日学園で悩んでからあっという間に一日がたった。


 チカサナ先生からは二つの出発日をもらったのは「今日の夜」と「明日の朝」だ。出発が2回あるわけじゃない。バカなあたしにもわかるようにあの人は選択肢をくれたんだと思う。その選択はもうすぐしないといけない。


「よし」


 書き終わった手紙は折りたたんでポケットに入れておく。ベッドの上には荷物を詰め込んだバッグ。そのそばにクールブロンがある。


 ベッドは二つ。あたしとラナの。ラナの方にも同じように準備された荷物があった。それを見ると申し訳ない気持ちになる。


「マオ」


 がちゃんと寝室のドアを開けて顔を出したラナにあたしはびくってなる。おどろいたぁ。


「……なんで驚いてんのよ」

「い、いきなりドアを開けるから」

「ふーん。まあいいわ。明日の朝のこともあるから今日はさっさと食事するわよ。手伝って」

「うん」


 明日の朝。


 そう、あたしはラナにもニーナにもモニカにもそう伝えた。明日の朝に港で集合する。もちろんあたしとラナは一緒に行く。……ということにしている。


 あたしはバッグとクールブロンをもって寝室を出る。それから何気なく玄関の近くにおいておく。それからエプロンをつけてラナと食事の用意を手伝う。


 毎日のことだけど、どうなってもなにかをたべないと元気も出ないし、動くこともできないから食べることはどんなに悩んででもやらないといけないんだなぁ、ってその時なんとなく思った


 ラナがかまどに魔法で火をつけて野菜を鍋で煮込んでいる。そこに何かを振りかけている。隠し味とか言って教えてもらえないけど、ラナが作ったものはたいていおいしい。あたしは食器を用意しながら何気なしに聞いた。


「『明日のこと』だけどさ。ラナはなんで手伝ってくれるの?」

「はあ?」


 何をいまさらという顔でラナが振り返った。でもすぐにまた鍋に向き直った。炎の魔法の魔力の調節をしているから話しながらって難しいのかもしれない。


「集中しているんだから変なことを言わないでよ」

「ごめん」

「……まだ、そんなこといってんのね。エトワールズみんなで決めたことでしょ。私は反対したけど。……それでもやるって決めたんだから付き合ってあげるわよ」

「…………」

「あんたさ」

「……うん?」

「もしかして私に気を遣ってない?」

「え?」

「わざわざそういうことを言うってことはなんか気にしてる気がするのよね」


 鋭い……。少し話しただけなのに全部読まれそうになる。ラナの言葉に動揺したらさらに疑われそう。


「あんたに言っておきたいことがあるんだけど」


 ラナはあたしを振り返らないで話す。彼女の向こうに鍋から上がる湯気が見える。


「悩んだら私にくらい言いなさいよ。一応年上の先輩様なんだから」


 ずきりとした。でも声音は出したくない。できるだけ明るい声を出した。


「うん……そうする」


☆☆

 

 ――夜。 


 ラナが寝ているのを確認してゆっくりと寝室のドアを開ける。物音を出さないようにする。ベッドはあたしが寝ているようにかけ布団を丸めた、それから本を入れてあたしが寝ているみたい見えるようにした。 


 心の中で行ってきますとラナに言おうとして、振り返った時に想った。


 ――ごめん。


 違う言葉が心に浮かんで、でも口には出さず唇をかんでそのままドアを閉める。リビングで手早く着替えて、机の上に手紙を置いておく。それから玄関から静かに出た。


 通りに出たらそのまま港のある北側へ走る。


 王都の北側は何度も言ったことがある。ここに船が着いて王都に到着した時は大勢の人がいた。流石に夜は人通りも少ない。ただ通りには酒場がまだやっているみたいだった。明るい声がそこから響く。


 海沿いに出る。ざざと暗い海の先に明るい月の光。


「マオ」


 振り返るとそこには銀髪の少女がいた。あたしと同じフェリックスの制服を着た彼女の腰には聖剣がある。彼女は優しい表情であたしを見てにっこりとしてくれる。それだけでほっとしてしまった……。


 ミラにだけこの時間を教えてしまった。間違っていたかなと思ってしまうと同時に安心してしまうあたしもいる。自分のわがままさには少し落ち込みそうになる。


 ――昨日のこと。


 あたしがフェリックスから帰る途中にミラと出会った。


 帰り道で待ってくれたみたいだった。長い時間を待っていてくれたのかと思ったら、近くにあるカフェの窓から本を読みながら待ってたといわれた。家に来るんじゃなくて待ってたってことは何か話があるんだろうと思った。


 あたしからはお父さんとどうだったと聞いた。ミラは「うまくはいかなかった」とだけ返してくれた。


「でも、私はマオとの道を歩くためにもう少し頑張ってみる」

「……」


 その言葉にあたしは迷ってしまった。ラナ達にうそをつくと決めたあたしが、ミラにだけ本当のことを言うのはただの甘えなんじゃないだろうか。そう考えるとあたしはミラにもうその時間を教えるべきだと思ってしまう。


「あ、あのさ。さっきチカサナ先生と会って……Sランクの依頼の出発の日が分かったんだ」

「そうなんだ。いつになるの?」


 ミラの瞳があたしを映している。ああ、あたしはそのままに口に出す。


「みんなを巻き込みたくない」

「……!」


 ミラは驚いた顔をしている。あたしは言うつもりのないことを言ってしまう。ただ言葉が溢れてきてしまう。きっと意味も分からないはずだ。


「魔族とか人間とかの話にも、イオスのことにも、何が起こるかわからないことにもみんなを巻き込むのが怖い。助けてくれようとしてくれることが……うれしくて……痛い……」


 ミラはあたしの言葉を黙って聞いてくれた。言ってしまったというべきかわからない。いつもなかったし、ついさっきまでそんなことを言葉で思っていたわけじゃない。ミラは一度目を閉じて、それからにこりとする。その表情は優しいと思った。


「……マオが初めて頼ってくれた気がした」

「……そうかな。今まで何度も助けれてこんなことを言うのは変だとおもうけど」

「そんなことはないよ。……でも、それならどうする気なの?」


 あたしはそれからみんなには違う時間を伝えることと手紙を書くことをミラに話した。そのことを何も否定も非難もせずミラは聞いてくれた。彼女は全部を聞き終わるとぽつりと言った。


「一人になるのはだめだよ」

「え?」

「……ううん。なんでもない。ただね。マオ……何があるかわからないからこそ準備は大切だよ。さっき言ったことはそのままでいいけど、明日のこといくつか私に任せてほしいことがある」

「ミラに任せる? なにを」

「それは……必要なこととだけ言っておくね。どうかな」

「……わかった。あたしはミラに任せるよ」


 なんのことかはわからない。でも、きっとミラのことだから必要なことなんだろうと思った。

 

 ――それが昨日のこと。


 あたしは港で会ったミラに挨拶した。その時に彼女の後ろにフードをかぶった人がいることに気が付いた。青い髪がフードからこぼれるように出ている。顔を見ればエリーゼさんだった。


「え!? なんでここに」

「こんばんは、マオさん。何で……? んー、助っ人? かな」

「すけっと??」


 エリーゼさんは自分の瞳と耳を隠すだけではなく、お忍びでやってきたのかもしれない。あたしはミラを見た。


「マオ。先に言うべきだったと思うけど……」

「ミラが考えたことなら……」


 エリーゼさんはどことなくうきうきした顔をしている。


「うー。お出かけなんて久々。すごい楽しみ」

「だ、大丈夫かな」


 なんか公館とかで見る時と少し表情が違う気がする。と、とにかく行こう。あたしとミラとエリーゼさんが船を探しているとある船の甲板から声をかけられた。


 顔を上げるとチカサナ先生がいた。またフェリックスの制服を着ている。くすんだ金髪できししと笑う姿は本当に少女のようだ。あたしが見上げる形だから彼女の後ろに星空が見えた。


 船はそんなに大きくはない帆船だった。係留されている船体はほんの少しだけ波に揺れている。


「きましたネ。マオさんに……おっと、そのフードの人は誰かわかりませんが……まーいいでしょう。きしし。早く乗ってください」


 船に乗るために板を橋みたいにかけてある。あたしは落ちないように気をつけて乗る。ミラはぴょんと乗ってエリーゼさんは「おじゃましまーす」と言いながら乗り込んだ。


 船の上にはすでに彼女がいた。紫がかった透明な髪をした少女があたしを赤い目でじろりと見てくる。ソフィアのそばには何かを食べながら大きな包み……まるで杖をくるんでるようなそれを持ったエルがいた。エルだけはあたしに手を挙げて挨拶してくれる。


「とりあえずそろいましたね。皆さん」


 しゅたっとチカサナ先生が下りてくる。腰には大ぶりのダガーを二振り吊っている。


「それじゃあ『Sランクの依頼 星屑の丘にある遺跡調査』に向かいましょー! おー!」


 チカサナ先生がいうけどソフィアはふんとそっぽを向いている。あたしは反応できなかったから、エリーゼさんだけが「おー! あ、あれ?」と言っている。ただミラが前に出た。


「チカサナ先生……船で行くにしてもこの帆船を動かす人員がいませんが……それに夜の航海は危険だと思います」

「ちっちっち。この船はただの船ではありません。ギルド所有の最新鋭の魔鉱石で動く仕組みを持った……えっと『魔鉱炉』っとかいう機械付きの船です。まー船体は古いものをそのまま使っていますけどね。それじゃあ出航!」


 ぱちんとチカサナ先生が指を鳴らすとごごごと船が動き始めた。すごい。確か王都に来る時に乗った客船もそうだけど船が勝手に動くなんて。魔鉱石で動くってことはあの時みたいに船の中に『魔鉱炉』に魔鉱石を入れているのかな」


「あ、係留ロープと碇をどうにかしないと船がぶっ壊れる。やばい。きしし。て、手伝ってくださいみなさん」


 チカサナ先生も船には慣れてないみたいだ。


☆☆


 船が沖に出た。総舵手に一人の男性がいる。……あの人が船を操作しているんだと思う。あとは何人かの船員がいるみたい。ギルドの人か……もしかしたらイオスの関係者かな。


 いつの間にか帆が張られている。これも魔鉱石で動いたんだろうか……すごいなぁ。


 それでもさっきミラの言う通りに夜の航海は危ないかもしれないってよくわかる。月明りがあるけど遠い場所に何があるのかよく見えない。


「わー。マオさん。いいね。王都がもうあそこに」


 エリーゼさんは王都を指さして嬉しそう。彼女はフード付きのマントを羽織っている。さっきまでフードをつけていたけどそれを脱ぐと青い髪がきらきらと月明りに光っている。


 ざあざあと船が波を切るように動く。


 それにしてもこの船はどうやって動いているんだろう。船内に入ってみようかな、ミラを誘ってと思ったら。ミラは樽に腰かけて俯いている。どうしたんだろ……あ。そうだ、ミラは船酔いするんだった。


「大丈夫ミラ?」

「……うん」


 目が死んでる。


 王都に来た時もそんな感じだった。あたしはその背中をさすってあげる。なんでもできる子なのに船だけはだめなんだね。エリーゼさんは「魚!」って水面を見ながら言っているのとは対照的……え? 魚? どこどこ?


「ほらあそこ、マオさん」

「暗くてよく見えない」


 船べりから顔をだして水面を見ても魔族との視力差かな……魚が見たい。いや、べつにどうでもいいんだけどさ。


「なんかエリーゼさんって普段と違う感じがするね」

「そう? まあ、いつもは周りに気を遣っているからね。こういう旅は正直楽しみ」

「……あんまり楽しくならないかもよ」

「それはそれでいいよ。あ、マオさん私のことは気にしなくて大丈夫よ。私は貴方よりも年も立場も上だから、貴方が抱え込むようなことはなにもないから」


 う……。エリーゼさんの赤い瞳がきらりと光った。それからいたずらっぽく笑う。


 なんか見抜かれているような気もしてあたしは「わ、わかった」と言って離れた。それからソフィアのところに行く。


「近寄らないでくださる?」


 うわ。いきなり敵視されている。でも、気にしてられない。


「一応、パーティってことだよね。だからよろしくって思って……」

「ふん……」


 取り付く島もない。近くにいたエルに目を向けると欠伸をしている。あの人はあの人で自由だ。近くに自分の弓を置いているみたい。


 はあ、なんかばらばら。エトワールズなら……、いやそれは思ってはいけないことだ。あたしにはそれを思う資格はないのだから。


「マオさん」

「キリカ……あ、チカサナ先生」

「キリカでいいんですけどねぇ」


 チカサナ先生はきししと笑いながらそばに来る。近くにあった樽の上にあたしと座る。足がぶらぶらする。


「これからいく星屑の丘ってどこ?」

「おっ、聞いておきますか。星屑の丘というのは王族所有の島にある丘ですね。普通の船なら入っただけで投獄です」

「と、投獄!」

「ご安心ください、これはギルドの正式な依頼『Sランク』ですから。ちゃんと許可はとっています。まあ、普段誰もいない島ですから何があるかわかりませんが、災害級の魔物が増えていたりして、きしし」

「無人島……」

「そう、無人島。かつて三勇者に与えるための聖剣、聖甲、聖杖の3つが天から舞い降りたとされる島です」

「!」

「驚きましたか? ま、今ではただの遺跡ですよ。まさに星が舞い降りた残骸。星屑の丘ってことですね。そこにあるのはすでに廃墟です」

「なんでそんな重要な場所が廃墟になっているの?」

「正確には一年に数回は役人が中に入っているみたいですが、島に魔物が増えて整備ができなくなったというのが実情みたいですね。最近は危険ということでギルドに依頼があるという感じです。貴方はそこに同行している……という筋書きです」

「筋書き」

「単なる廃墟としても……そこにあるものはそれなりに意味があるということですよ。真実の一端があるということですね。そんなに遠くなわけではありませんからすぐにつきます。さて、よっと」


 チカサナ先生は樽から降りた。あたしはもう一つ聞いた。


「チカサナ先生は、あたしがミラとだけ来たことに何か言わないの?」

「べつに、何も言うことはありません。きしし」


 それだけ言うと彼女は船酔いしているミラのところに歩いていく。


 船も動いていく。空を見上げると星が流れていく。いまみんなはどうしてるだろうか。明日の朝になったらきっと怒るだろうな。そう考えて目の前がにじみそうになったからあわてて袖で拭く。


 その瞬間だった。


 船が大きく揺れた。


 あたしは樽から落ちる。いてて。って痛がっている場合じゃない。何が起こったんだろう。立ち上がるとミラとエリーゼさんが船べりから身を乗り出して何かを叫んでいる。あたしもそこに行くと、船の下に大きな『影』があった。


 何かがいる。それもとてつもなく大きな。


 そう思った時水面から強大な白い何かが飛び出してきた。それは天に向かって伸びる。先端から大きな吸盤をうねうねとつけたそれは何かの触手だ。


 それが船に向かって振り下ろされた。黒い空が落ちていくような錯覚を覚える。あたしは身をかがめてクールブロンを手にする。……魔力のない状況じゃ、耐える方法がない。


「ふふふ。いきなり面白いね」


 エリーゼさんの声がする。彼女は紅い魔力を体から放つ、その手には一振りのレイピアがあった。


「面白くはないですけど」


 雷光の青い光とともにミラの聖剣が光る。


 二人は落ちてくる触手に向かって飛ぶ。青い光と赤い光が十字にそれを切り裂いた。吹き飛ばされた触手が海に落ちてざばぁっと波を立て、船が揺れる。


 甲板にエリーゼさんとミラが下りる。


 その瞬間にさらに海が盛り上がり、二つの巨大な目が光る。切り落とした触手は多くの持つ一つに過ぎない。白き細長い体にいくつもの触手を動かしている。明らかに怒っている。


「ありゃ。ネヴァ・クラーケンですね。災害級の魔物がいきなり出るとは。ある意味では幸先がいいですね。きしし」


 あたしの横でダガーを抜刀して笑うチカサナ先生がいた。彼女は言った。


「さあ、皆さん。死にたくなかったら必死に戦いましょう。きしし」



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