一人になろうとする子
弾丸を補充してあたしはで学園に来た。中庭を歩きながら考え事をする。
後でみんなと合流することになっているけど……。さっきのチカサナ先生との話が頭に残っている。
学園の中は今日も大勢の生徒がいる。あたしもその一人なんだろう。同じ格好をしているみんなが通り過ぎていくのをなんとなく目で追う。
冒険者という職業は危険も隣り合わせになる。魔物との戦いもあるだろうし、盗賊みたいな人たちとも戦うことがあるのかもしれない。だから一緒に冒険をする仲間もそういう目に合うのはきっと普通のことなんだと頭では理解できる。
いてっ
石につまづいてこけそうになった……。考え事をしながら歩くなんてあたしらしくないかも……。あたしは空いているベンチを探して腰を下ろした。
魔族と人間のこと、イオスのこと。あたしはそれを知っていきたいと思っている。何となく自分の手を空にかざしてみる。小さな手だって自分でも思う。実際力もないしね。……それでもあたしにはきっと責任がある。
魔王だったんだ。それはどう姿が変わってもあたしがやったこと。だから仮に報いを受けても……それは仕方ないことだとわかる。……でもそれにみんなを巻き込んでいくことは……。
胸の中に不快感が広がっていく気がした。はあとため息が出る。みんなのことは大好きだ。あたしのことを手伝ってくれようとしているのもすごくうれしい。……その先に何かあったらそれに巻き込んでしまいそうな怖さもある。
「ミラと話がしたいなぁ」
家に帰ってから何をしているんだろう。大丈夫かな。あたしはベンチに座ったまま足をぶらぶらさせる。そこで不意に気が付いた。ミラのことをあたしは当たり前に一緒に居てくれるものと思っている。……この前の雨の日のことを思い出す。
あの子が『剣の勇者の子孫』だとしても本当の魔王だったあたしとは違う。……でも、全部知ってもあたしと一緒に歩く道を探してくれると言ってくれた。それだけでなんだか心が温かくなるような気がして……嬉しいって思ってしまう。
ただミラに甘えていいんだろうか? そうあたしの中の冷静な自分の声があるのもわかっている。
「はあ~」
ぐるぐるする。どうしよう。
なんとなく目の前を通り過ぎていく光景をボケっと見た。あたしと同じ歳くらいの子たちがそれぞれ何か目的をもってどこかに行く。
そんな中女の子の声が聞こえた、一人じゃなくてなんか楽しそうな声。その方向を見ると複数の女子生徒が歩いてくる。真ん中には赤い髪をした男の子……ああ、アルフレートじゃん。最近モニカにも優しくしてくれるけど……この前はなんかあたしに自慢話をしてきたんだよね。
なんとなくじーっと見ていると。アルフレートが何かを話すたびに女の子たちがきゃっきゃって喜んでいる。
「ということで今度みんなを僕の家に招待しよう」
そんな話が聞こえた。アルフレートが遊びに誘っているのかな。それだけで女の子たちは歓声を上げている。あ、アルフレートがこっちを見た。……? 固まっている? なんか立ち止まってあたしを見てる。
――アルフレート様? どうしました?
――急にたちどまって……。
女の子たちも心配しているじゃん。なんだろ。
アルフレートが歩き出した。……近づいてくる。あたしの前にやってきた。な、なに。あたしを真剣な面持ちで見てくる。近づいてきて分かったけど、なんかほっぺたに軽い傷とかがある。手にも少し擦り傷があるみたいだ。
彼は口を開いた。
「君は誤解している」
ご……かい? え?
「確かにみんなを誘ったが、そういうわけではない」
何の話をしているのさ? あ、遊ぶくらいいいんじゃない? とりあえずあたしはそのまま聞いた。
「なんの……話?」
「何の? ……そうだな、実はさっきまで彼女たちに僕が剣や魔法の手ほどきをしてあげる話をしていたんだ。だからこそ広い庭のある僕の家に誘っただけで別に君が想像しているようなことは何もないということだけは説明しておきたい」
すごい早口。そ、そんなに気にしてないから説明してくれなくても大丈夫なんだけど……。
「……と、とりあえずあの子たちに魔法とか教えてあげるんだね。いいことなんじゃないの?」
それに想像していることと違うといわれてもあたしは何もわかってない。なんのことだろうとあたしは小首をかしげた。そのまま彼を見ているとなんでか困ったような顔をして、それからアルフレートはそっぽを向いた。
「そ、そうだ、興味があればよかったらき、君も……端で見たら……け、見学をしたらいい」
「見学って……あの子たちの邪魔になるかもしれないから大丈夫だよ。それに今ちょっと悩み事があるし」
「悩み事だと……。君が? そんなことがあるのか」
まるであたしが悩むのが不思議みたいな言い方だね。
「あたしも悩むことはあるよ。あとさっきから気になっているけどアルフレート怪我してない?」
「あ、ああ。これはさっきの授業で……偶然や奇策にしても君にしてやられたままなのは納得がいかないからな」
ふーん、努力しているってことか。偉いね。
それじゃあって思って、あたしはアルフレートの手を掴んであたしの両手で包む。
「な、なにを」
「魔力を貸して。見てたらわかるから」
おとなしく目を閉じたアルフレートが魔力を放つ。それを使ってあたしは彼の手の傷を治す。
――ヒール
最近この魔法ばっかり使っている気がする。でもまあ、攻撃魔法なんて使うよりはずっといい。白い光があたしの手からこぼれて、彼の傷をいやす。……うん。大丈夫そう。まあ、切り傷くらいならね。彼の手の傷が治っているか触って確認する。
「よし。あとはほっぺたの傷を……」
その時気が付いたアルフレートが無表情であたしを見ている。こ、こわ。なに?
「こ、怖いんだけどその顔。……とりあえずほっぺたも治してあげるよ」
「……る」
あたしが手を彼の顔に伸ばすとその手首をつかまれた。
「大丈夫です」
なんで敬語なの。いや、治してあげるって。
「脳が焼ける」
「はあ?」
何を言ってんのと言おうと思ったその前にアルフレートはあたしの手を放して走り去っていく。なんか叫んでいる……。相変わらずよくわかんないやつだね。あ、そっかよく考えたらアルフレートはあたしを嫌っていたから手を不用意に触って嫌だったのかも。それだったら悪いことしたかな。
取り残された女の子たちが慌てて後を追っていく。一人が振り返って言った。
――ちょ、ちょーしにのるんじゃないわよ!
調子にはのってないけど。その子も後を追って走り去っていく。
なんだか言いがかりというか、誤解がどうのとよくわからないことが多い。それでも少し気分転換にはなったかな。思い悩んで考え込むのは確かにアルフレートが言ってたようにあたしらしくはないかも。
はああって息を吐きだす。肺の中の空気を全部出す。
それから顔を上げた。
――やっぱりラナ達を巻き込むことができない。
Fランクの依頼や模擬戦の時とは全く違う。この先に危険なことがいっぱいある気がする。……あたしのことで大切な友達を命の危険にさらすのはきっと間違っている。
決めた。
……もしかしたらあたしはひどいことを思っているのかもしれない。エトワールズに対しての裏切りなのかもしれない。……気を抜くと下を向きそうになる。でも、あたしは決めた。ミラ以外には言えないけど結局今の魔族と人の問題は魔王だったあたしに原因がある。
そのあたしがどうなろうと自分のせいだ。ただ……それを知らないであたしのことを手伝って傷つくのはおかしいよね。
そして……あたしには自分が魔王だって言う勇気がない。卑怯なのはわかっててもそれを口に出すことができない。だからラナ達にこれ以上求めるのはおかしい。
……みんなには謝らないといけないと思う。




