魔族と人間の食卓 前編
食卓の上に布を敷いて、ごろんごろんって芋を転がす。
あたしとニーナはそれをひとつひとつ手に取って包丁を使って皮をむく。しゅっしゅってあたしは結構こういうのは得意。村にある小刀はもっと切れ味悪かったしね……。よしいっこできーた。ころんとつるつるになった芋を布の上に転がす。
今日はラナのシチュー。あたしは大好き。
そんなこんなでみんなで夜の食事の用意をしている。帰ってきたらいきなりいたメロディエとアルマがラナに怒られていた。その二人は今はなぜかお風呂の掃除をしている。聞くとメロディエとアルマでお皿を割ったらしいけど、何がどうなったら二人で割ることになるんだろう。逆に気になる。
「あいつら……皿を投げるなんて」
キッチンではラナがフライパンに油を引きながらぼそっと言っているのが聞こえる。ますます皿を投げたことが気になるんだけど。ラナはエプロンをしている。
「みろ、マオ」
ん? おっ。ニーナが皮むきを綺麗にできている。前より上達しているのすごい! あたしは「おー」って手をたたく。
「ふん」
少しだけ頬を染めて得意げなニーナ。練習したのかな。よし、この調子でニーナと全部やっていこう。
「ラナさん。お肉切れました」
ラナの横でモニカが鳥肉を切っている。モニカもエプロンをつけている。
「ん、あんがと」
ラナがそれを見てお肉に胡椒を振っている。あたしも芋をもう一つ向けた。この前は料理屋さんの芋の皮むきをしたけどみんなで食べるくらいだからそんなに量はない。
「いた」
! 見ればニーナが人差し指を咥えている。あー、指切ったの? 見せて、治してあげるからさ。どれどれ。
「なんだお前」
「いや、治してあげるから傷を見せて」
「……? 平気だからあっち行ってろ」
「大丈夫だから見せてって」
「嫌だ」
「何で抵抗するの!」
あたしとニーナは変な喧嘩をする。なんで治してあげるって言ってるだけなのに逃げるのさ!
「治すって……つばでもつける気か」
「あたしを何だと思ってんの!?」
人の怪我をぺろってして「治した!」なんて言うほどあたしはバカじゃないよ!
「はいはい、バカやってないでさっさと芋を剥いて」
ラナがすごく冷静に言ってくる。うう。なんだろう。この……何とも言えない気持ち。
そんなときに掃除が終わったのかお風呂場からアルマがやってきた。ツインテールの桃色の髪が少し乱れている。この人も今日はいろいろとあったよね。あたしはそう思って声をかけた。
「そういえばなんでアルマがここにいるの?」
「メロディエさんに連れてこられたんです。ここに居たらマオさんが帰ってくるからって……まさか初対面の人にあんなに怒られるとは思いませんでした」
しゅんとしている。ラナは怒ると怖いからね。メロディエと再会したのも家の前だったからここに来たんだと思うけど。
「マオ……あんたら知り合いなの?」
「あ、ラナはにはまだ言ってなかったけどさ、今朝知り合ったの。この人は職人のアルマ。今朝はドアの下敷きになったりして誘拐されたりして、磔にされたりして……いろいろあったんだけど」
「何言ってんのあんた」
「何言ってんだろうね。あたしもこんなことになるとは思わなかったよ」
事実を言っているだけなのにすごい悲惨な一日だよね。……あたしもアルマの初対面はすごい顔……忘れよ! 危ないなぁ、思い出しそうになった。
「ううう……ほんと碌な目にあってません」
ラナはあたしとアルマを交互に見た。
「まあ、マオにかかわったのが運の尽きね」
「な、なにそれ!」
あたしのせいじゃないし! ほとんどリリス先生のせい!
「どうでもいいけどマオとニーナは皮をむいた芋を洗ってきてよ、そんでモニカに切ってもらって。……野菜をもう少しなんか入れるか……」
「あ、ニンジンならあります」
アルマが腰からニンジンを出す。一本だけ。
「……なんでニンジンなんて持ち歩いてんの? 」
「……有り金はたいて買いました」
「はあ?」
ラナはアルマのことを「なにいってんのこいつ」という顔で見ている。ラナ……アルマは何も嘘をついてないし、事実をありのままに言っているだけなんだよ。
「よーし次は何をすればいい?」
メロディエも戻ってきた。なんか今朝よりも元気になっている気がするのは気のせいかな。
そんな感じで食事の準備は進む。みんなで作るのって結構楽しい。
大き目の鍋にいっぱいのシチュー。ラナがお玉でかき混ぜている横であたしは見ている。炎の魔法を調整してうまく使えるのはラナだからやってもらうことが多い。あたしに魔力があればいいんだけどね。
ミルクを入れて、ラナの作ったルゥを溶かした白いシチュー。芋とお肉といくつかの色とりどりの野菜がいっぱいに入っている。あと、きのこ! これおいしいんだよね。
「そんなに物欲しそうな顔をしても流石に今日は先に味見って名目で食べさせたりしないわよ」
「……そ、それじゃあ、あたしがいっつもそんなことしてるみたいじゃん」
「自分のことは自分じゃよくわからないものよね~」
「なにそれ!」
最近あたしは誰からもいっつもおなか減ってて食いしん坊みたいに思われている気がする。心外だよ!
ぐううっておなかがなるのを両手で隠す。ラナがにやってこっちを見たからとっさにいった。
「今のはモニカだよ」
「え?!」
驚いた顔でモニカが振り向いた。すごく自覚的に冤罪をかけちゃったけど……。あ、あたしじゃないってことにしておこう。両手を組んで少し顔を上げる。いやどういう態度をすればいいかわからないから、なんとなく偉そうなポーズをしてしまった。
そんなあたしの顔の横にモニカがパンを持ってくる。市場で買ったから焼いたばっかりのはず、白いパンってあたしの村じゃほとんど食べなかったから大好き。いいにおいがする。
「マオ様。今うそをつきませんでしたか?」
「つ、ついてないけど」
「ほんとですか?」
パンのいいにおいがする。なんで顔の近くに持ってくるのさ。ラナも笑っているし。なんだよ!
☆☆
食卓にシチューを並べて真ん中にパンの入ったバスケット。食器はバラバラの形。いいにおいがするシチュー、湯気と香りがする。
みんなで談笑しながら食べる。あたしの左右にはニーナとモニカ。
それにしても不思議なんだけどさ。
「なんでラナの作ったものっていいにおいがするのかな?」
「そりゃ、隠し味いれているから」
ラナがそっけなく言う。……隠し味? 気になる。あたしは木のスプーンでシチューを掬って食べる。ほのかに甘い優しい味。んん。……ん。…………お肉おいし……。
「うまい」
メロディエはすごく素直に表現している。実際美味しそうに食べている。アルマはその横でその様子を見ている。なんだろ。
……? なんかニーナもあたしを見ている。それからラナを見た。
「……ラナはやっぱりマオが食べているところを見るのがすきそうだな」
ニーナが何か言っている。ラナは「ん? まあ、前も言ったかもだけどこいつおいしそうに食べるから」と言っている。それからニーナは言う。
「いや食べているのを見ている時なんかラナは優しい顔をしているなって」
「…………へぇ」
ラナは空いてるスプーンを手に取ってニーナのシチューを掬う。
「ほら、ニーナ。あーん」
「は? なにを」
「ほら」
「え、ええ?」
ニーナはわけもわからずに差し出されたスプーンを咥えてしまう。それからラナは言った。
「おいしい?」
「あ、ああ」
「優しい顔してあげよっか?」
「……い、いや、いい」
「そう? マオはおいしそうに食べるけど、ニーナはかわいく食べるわよね。育ちがよさそう」
「……何を言っているんだ」
「ねえマオもそう思うでしょ」
ニーナがかわいいって話?
「うん。ニーナはかわいいよね」
「び、便乗するな」
ニーナはううって唸っている。
その時モニカがふふって笑う。あたしが見る。
「この前の公園で私に対していろいろと言ってくださった巡り巡って返ってきましたね」
モニカはいたずらっぽい顔をした。少し流し目で微笑をたたえて、左手で口元を隠している。赤い瞳がなんとなく妖艶な感じする。
ラナが言った。
「うわ、その表情。エロ」
「……は?」
モニカはすぐに目を見開いて顔を振る。
「い、いえいえいえ。その表現はおかしいです」
「……なんか小悪魔って感じがしたわ」
「ちがいます!」
モニカはむきになって反論している。さっきまでの表情とは打って変わって目を開いて顔をほんのり赤くして否定する。
ラナもけらけら笑っているからあたしも笑ってしまう。
「モニカもめぐって帰ってきたんだな」
ニーナがふふんっていうからモニカはううって唸った。
「……いつか必ずふくしゅうします」
こわい……。モニカは赤い顔のままパンを半分に千切って食べている。
「皆さん、仲がいいんですね」
食事を始めてからアルマが初めて話した。みんなとはそんなに長い付き合いというわけじゃないけど、一緒に居たらすごい楽しいから仲がいいって見てくれるのはうれしいかな。
アルマはスプーンを手に持ったまま言う。
「魔族の方と食事をするとは思ってはいませんでした」
魔族? ……モニカとメロディエのこと? そっか当たり前すぎて正直言われるまで何にも気にもしてなかったけど、アルマからすればそんな経験はないのかもしれない。あたしは言う。
「魔族とか人間とか言われるまであんまり気にしてなかったよ」
「…………そうですか。……きっと皆さんのことをみるとそうなんだろうなって思ってはいました」
「アルマは気になるの?」
「…………………気を悪くしたらすみません」
最初会った時もメロディエが魔族なのを見て依頼を断ろうとしていた。……ある意味では『普通の反応』なのかもしれないと思うと少し胸の奥がキュッとした気がした。
「あ、ご、ごめんなさい。変な空気にさせてしまって」
アルマが謝る。
ほんの少しの沈黙の後に口を開いたのはモニカだった。




