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感情の一声


 シグルズ・フォン・アイスバーグは自室で書類に目を通している。


 英雄の血筋ではあるが騎士団の団長を任されている彼を支えているのは彼自身の実力によらしむところが大きい。事実彼が騎士団や王都の兵を統括してからというもの王都周辺の治安は劇的にまで改善され、維持されている。


 彼の手元にあるのは各地から送られてきている報告書である。各地域の騎士団の命令系統を整備し、情報の集約を行ったことも彼の功績の一つであるが、彼自身の仕事もそれに伴って肥大した。各地の魔物の討伐や盗賊などの鎮圧、場合によっては領主に対する反乱の芽を摘むことを集められた情報から方針を決めて各地に指示を出す。


 良くも悪くも騎士団は団長に権限が集約されている。


 決済や指令を出すにあたってもシグルズ自らの判断が必要なことも今後の課題であった。彼は目頭を指で押さえた。自室にいる時でも休んでいる暇はない。


 最近では魔族の集団による犯罪が増えている。その対処も考えなければならない。王族の一部では魔族の自治領に武器を渡して討伐――言ってしまえば共食いをさせようとしているようだが、彼は反対だった。武力を得た魔族の自治領が反乱を起こすことも十分に考えられる。


「……ふ」


 自分も歳をとったと苦笑する。シグルズは現場にいて陣頭指揮をとることもするが、最近はこのような後方の整備に時間をかけることが多い。そしてそれには『政治』も含まれていた。


 騎士団は王都の最大の兵力であり、それを掌握することは権力に直結する。シグルズ自身は騎士団の兵力や騎士団長としての地位を利用して権益を得ようとは思わないが、彼が失脚することを願っているものも多い。


 貴族や騎士団内部の不平派とも渡り合うことも騎士団長として求められている能力であった。わずかなほころびは常に狙われている。


 こんこん。


 ドアをノックする音がした。シグルズはなんとなく娘だなと思った。


「入ってきなさい」


 そういうとドアが開き、一人の少女が中に入ってくる。白いブラウスに紺のスカートの少女。きれいな銀髪に金色の瞳をした彼女をシグルズは笑顔で迎えた。


「帰ってきたのかい? ミラスティア。久しぶりに会えると思っていたから、いないと思ってがっかりしていたところだ」


 ミラスティア・フォン・アイスバーグ。今の聖剣の所有者にてシグルズの一人娘である。シグルズは親の目かと自嘲しながらも最近ますます美しくなっていく娘を見て嬉しさと不安を同時に感じていた。


「お父さん……今戻りました」

「固いな。いいんだよもう少し肩の力を抜いて。お父さんはもう少しで出ないといけないから夕食は一緒に食べられないが……すまないね。でも一目見れてよかった」

「……私は」


 子供のころから聡明な娘だが引っ込み思案なところがあるとシグルズは思っていた。大人になるにつれて自分に対してもよそよそしくなるところに少しさびしさもあった。


 ただミラスティアは顔を上げた。


「少しだけ、お時間をいただけますか?」

「もちろんだ。どうしたんだい?」


 シグルズは書類を机に裏側にして置いた。それは最近魔族に襲撃された街からの報告書だった。立ち上がった彼はミラスティアを優しい顔でまっすぐに見つめる。その彼をミラスティアは見ている。


「ありがとうございます」

「そんなに畏まらなくていいんだよ。親子なのだから」


 反抗期がないだけいいと考えるべきか、わずかな寂しさも感じた。ミラスティアは少しの間沈黙する。それにシグルズは何らかの意思を感じ取った。ただだからと言って表情は崩さない。


「私の友達のことです」

「友達?」


 ああ、あの子のことかと内心思いながら言葉にしたのは「わからない」という演技だった。しみついた習性というべきかシグルズは言った。


「学園で友達ができたことは喜ばしいね。それでその友達がどうかしたかな」

「私の友達が……学園に出資している貴族から退学の勧告を受けていると聞いています」

「……それは……その子にも問題があるんじゃないかな」

「……その子はいろんな人に誤解をされている子です。いろんな無茶なことをよくしています。学園で評価される魔力があるわけでも、武器の扱いがうまいわけでもないから……低いランクにされてもいます」

「…………」

「それでも」


 ミラスティアは両の掌を胸の前で組んで目を閉じる。何かを思い出しているようだった。彼女は目を開く。


「あの子は……優しい。いつも誰かのために行動しているから心配になるくらいに。それに誰よりも強い子です。……もし、その退学勧告をしている人がいるなら、きっとその子のことを誤解していると思います」


 ミラスティアはシグルズの目を見て、はっきりといった。シグルズは頭を掻いた。


「……娘の前だからあまりとぼけるのはやめておこう。ミラスティア……君こそ誤解している」

「私が……ですか?」

「君の友達のことを低く見ているからそう扱っているというそういうんだね」


 シグルズはかつかつと窓際に歩いていく。夕焼けの空が王都を照らしている。


「あの子の中には何かがいる」

「……!」

「少し反応したね。あの子とは最近直接会って話をしたけどね。……お父さんはねこの年までそれなりにいろんな人を見てきた。ずるい人も強い人も、正直者も嘘つきもね。だからわかることがあるけど、あの子の心の底には化物がいる」

「そんな、ことは」

「目の光と言えばいいのかな、言葉遣いといえばいいのかな、幼く見えるけれど強い意志を感じた。それに修羅場もいくつかくぐっている」


 シグルズは振り向いた。夕焼けが彼の背を照らす。ミラスティアから見れば彼の顔が影になって黒く見える。


「あの子は災害級の魔物と幾度も遭遇して退けている。魔骸を利用する魔族と交戦しても生き残った。ミラスティアも最近アリー君と依頼を受けただろう?」

「!」

「その時にも彼女は関わっているね。FFランクとは考えられない戦闘力を持っている。……いや、彼女と対峙した時に確かに魔力を感じなかった。生き残っているのは……経験……そうだな。奇妙な話だけどそうなるかな」

「……どの、戦いでも私が一緒にいました」

「そうだね。君が一緒にいた。だから自分がやったといいたいのかい? じゃあ学園の模擬戦で彼女は君と互角だったとも聞いている」

「……」


 嫌なことだとシグルズは思った。中途半端に物事を決定したりはしない。


「流石に模擬戦の詳しい内容まではわからなかったが、ミラスティアの実力は私はよく知っている。その彼女に対して手を抜いたのかな? どちらにせよ。はっきり言ってあの子は異常だ」


 シグルズは言う。


「その上彼女は魔銃という武器を持っている。あれは国家機密だったはずだが。なぜ持っているのかは知らないが、それを渡したものとの付き合いもあると考えれば……わかるね? ミラスティア。あの子と付き合っていれば大きなことに巻き込まれることなりかねない」


 付き合うべきではないとは言葉にしなかった。わかったうえで動いてることをここまで言えば聡明な娘だからわかるだろうとシグルズは思った。ただ、ミラスティアはそれでも言った。


 彼女は苦しそうにひとつひとつの言葉を紡いだ。


「……マオは……お父さんの言う通り特別なところがあります……」


 ミラスティアは一歩前に出て訴える。


「でも、それでもマオは普通の女の子なんです! いつもいつも自分以外のことを悩んでいるようなそんな子で……私……私を『剣の勇者の子孫』じゃなくて、私として友達になってくれた……大切な親友なんです!」


 娘の必死な訴えを聞きながら。シグルズは目を閉じた。


「いいかいミラスティア。それは間違っている」

「……?」

「君もお父さんも『剣の勇者の子孫』なんだ。それを忘れてはいけない」

「!」

「良くも悪くも私たちは責任がある。君の持つ聖剣も多くの人を守るためのものだ。……望んでそうなったわけじゃないかもしれないが、私たちは英雄の子孫としての責務がある。そのためにはあきらめなければいけないこともある」

「……………」


 ミラスティアは自分をじっと見ている。シグルズはそれでも言った。


「付き合うべきものと付き合わないといけないこともあるんだ。仲がいいだけで済むことではないんだよ。いいかい? わがままを言わないでくれ」

「わがまま……?」


 ミラスティアはスカートの裾をぎゅぅと握っている。彼女の大きくて美しい瞳が少し潤んで見えた。


「……か」

「……?」


 ミラスティアの言葉が聞き取れなかったシグルズは聞き返そうとした。だがその前にミラスティアは部屋に響き渡るくらいに大きな声で叫んだ。


「お父さんのバカ!」


 論理も何もない感情の一声にシグルズは固まった。ミラスティアは踵を返して部屋から出ていく。


 一人残ったシグルズは頭に手を当てた。


「それは卑怯だな」


 娘に言われるのは効いた。


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