どうすればいい?
自分が傷ついたとしてもそんなことはどうでもよかった。
そんなの我慢すればいい。傷なんていずれ治る。自分のことだから何があっても黙っていればいずれどうでもよくなる。
……なのに自分の周りにいる人が傷つけられたらひどく悲しくなるのはなぜなんだろう。
人の悲しむ姿を見るのは自分なんかが傷ついたことなんて比べ物にならないくらいに辛い。
胸の奥が痛いって思う。何もしてあげられない自分がどうしようもなく役立たずで怒りすら覚える。
最初は誰かの助けになりたかった。
それが結局は何の役にも立たないでずっと本当は助けたかった人たちを苦しめている。
助けたいって思ったから……だから誰かを傷つけた。
いつの間にか、世界に恨みも、悲しみも、怒りも全部自分がまき散らしていると気づくこともできなくなっていった。
――でもさ、だったら同じことになったらどうすればいいんだろう。大切な人が傷ついている時に「もう自分は誰も傷つけたくない」って見捨てることが正しいの?
☆☆
ソフィアの魔法を分解した時に魔力を取り出した。右手に集めたそれが青く光る。
フェリックス学園の広場に集まっている生徒たちの全員の視線が集まっている。ただそれはどうでもよかった。目の前にいる『知の勇者』の子孫にだけ今は用があった。
「……元々さっきの魔法は貴方のもの……その弱点もよく知っているということですわね」
「そうだね。でもそれは半分だけ正解。さっき言ったでしょ? 魔力の構築が甘い……要するにまだまだ下手なんだ」
クリエイションは私が魔王として生み出した魔法。魔力を糸のように分解して様々なものに干渉させる。魔力を編んで『剣』や『魔銃』のような形にもできる。もしくは力の勇者の形をした水人形にして魔力の循環を利用して人間と同じような動きもできる。
ソフィアは確かに天才的だ。少なくともクリエイションを真似したものは人間にも魔族にもいない。彼女の先祖ならあるいはできたかもしれないけど、それを試しているのは見たことがない。
「ずいぶんと見下してくれますわね」
ソフィアの体を魔力が覆う。私にとってはどうでもいい。彼女は赤い魔法陣を展開して、呪文を唱える。
炎が舞う。一つの渦が集まってソフィアの伸ばした右手の前で球体になる。
私は左手を伸ばす。少ない魔力をもとに魔力を構築する。
「クリエイション」
青色の魔力の光が糸のように分かれた。左手を覆う魔力に形はない。
「フォート・フレア!」
ソフィアの声ともに炎が打ち出される。炎が私に迫る。左手を伸ばしたまま青い光を収束させる。小さな、小さな青い光を放つ魔力の塊。それを迫りくる火球に打ち出す。
青い光は火球に取り込まれた。一瞬ソフィアが勝ち誇った顔をしているのが見えた。
私は伸ばした左手をぐっと握る。
迫る炎の中から青い光が放たれて、私の手前で炎が形を崩す。私が左手をゆっくりと振るとその動きに合わせて炎が動く。ソフィアの手から放たれた魔法は今私の手元にある。
周りから困惑の声が聞こえる。ソフィアは何が起こったかわからない顔をしている。
「何を……貴様……何をしましたの? なぜ私の魔法が、打ち消されるでもなく、お前の手に」
「どんな魔法にしろ魔力で構築されている。だからそれを上書きして操作をしただけ」
「……操作? バカ……な。そんなことがあるわけ」
「別に信じる必要はない。どうせこれもくだらないことをいっぱいして覚えた一つだから」
所詮これもはったりにすぎない。ソフィアが本気で出力を上げた魔法で攻撃してきたらそれの支配率を変えることは困難だ。でもね。私にとってそれは重要じゃない。
今、この場で有効な手を常に使うことが私と『勇者達』が生きたくだらない時代のやり方だ。嘘もはったりも全力も手をあえて抜くことも、逃げることも、卑怯も価値はない。私とあいつらは生き残った方が勝ちで私が負けた。
「ソフィアは言ったね」
「な、にを」
「私が人を殺しそうな顔をしているって……わかってない。そんなことをするのにいちいち炎や風や水なんて使う必要はない、もっと、いろいろとある。……もちろんそんなことはしない。ただ――」
私は左手を彼女に伸ばす。炎を纏っている。
「お前は私の友達を傷つけた。それだけはここで同じ目にあってもらう」
「……っ」
ソフィアが下がった。……私は逃がさない。
「マオ様!」
「……!」
私はその声に振り返らない。
「もう、もう大丈夫です。そんなことをマオ様がする必要なんてありません」
「…………」
そういうわけにはいかない。ここで少なくとも同じ目に合わせないと……いや。
私は周りの生徒に目を向ける。
「よく見ておいて。『知の勇者』の子孫であっても……私の友達を傷つける人間に容赦はしない。二度とひどいことをするなら、こいつのようになる」
「……」
ソフィアに目を向ける。彼女の顔は……恐怖にひきつってた。その表情は昔よく見たから知っている。
「やめてください、マオ様!」
……モニカから嫌われるかもしれない。ただそれでもこの場で私は……。
そうさ、こんなにやさしい子が、ただ魔族だってだけで痛めつけられるなんてことを許すなんておかしい。
……今この場だけ、私は魔王に戻ったっていい。
「う、ううう」
ソフィアがうなっている? 左目を手で覆っている。もう片方……その右目の赤い目が光ってだんだんと色を変えていく。赤い目が紫の光を帯びてまるで宝石のような……宝石のアメジストのような光をおびた。
「…………」
彼女は右手を伸ばして指先を天に伸ばす。そこに魔力が集約していく。すでに恐怖はその表情にない。
何かするつもりらしい。そんなことはさせない。
私は炎を矢のように打ち出す。
「だめです! マオ様!」
モニカの声を背中に聞く。
ソフィアは天に掲げた手を振り下ろす。集約した魔力が光の壁になって私の炎とぶつかる。
一瞬の閃光。
炎と光がぶつかり四散する。その余波で周りの生徒が悲鳴を上げる。
その中でも私とソフィアは対峙する。彼女の瞳は宝石のように輝いている。今の一瞬の攻防、さっきまでのソフィアよりも格段に魔法の練度が上がったように思えた。
「…………」
「…………」
何が起こったかわからない。ただやるならやってやろう。私が両手を広げて、ソフィアは人差し指を立てる。私が今ここで――
ぽぴーーーーーー!!!
!?
あたしとソフィアが同時に驚いた顔をした。私たちの間に一人の魔族が割って入る。彼女は青い笛を口にして黄緑のポニーテールを揺らしながら笛を吹いている。あれは……特殊な笛だ。彼女はそれでもうまく音の鳴らない笛を必死に吹いている。
ソフィアが言った。
「なんだお前。ふざけているのか?」
魔族の少女。メロディエは顔を真っ赤にして振り返った。
「ふ、ふざけてなんかないやい!」
彼女はあたしに向かって叫ぶ。
「マオもいきなり走り出したらいきなり、戦っているし、わけわからんけど、そこの赤い髪の奴が必死だから止めないといけないと思っただけだ、ほ、本当は、ちゃ、ちゃんと演奏できれば、ここにいるやつらも、もっとちゃんと、くそ!」
メロディエは笛を吹く。高すぎたり、低すぎたり曲になってない音。周りからは笑い声も響く。その中で彼女はいた。
何してたんだ。
あたしは左手を見ている。モニカの声を無視して、自分勝手に……また昔と同じことを? 彼女のことを見ようともせずに何をしていたんだ。
「マオ様……」
背中からぎゅっとだ抱きしめられる。
「大丈夫ですから。私は大丈夫ですから。怖い顔をするのはやめてください。お願いします……」
「モニカ」
あたしは誰に言うでもなく、口に出た。
「どうすれば正しいの?」
あたしはソフィアを見る。彼女は周りを見ている。困惑しているように見えた。その瞳はくすんだ赤いものに戻っていた。……瞳の色が変わる? なんでそんなことになったんだろう。
あたしの前ではメロディエが笛を吹いている。周りから笑われても、あたしたちの争いを止めようとした彼女がいた。私にはこんなことができるんだろうか? ……ちがう、できなかったからこうなった。
あたしはモニカに向き直った。
頬にやけどがある。彼女が一番きつかったはずなのに、あたしを見て辛そうな顔をしている。
「……ごめん」
視界が少しにじんだ。
「……今でもあたしは……やり返すことが正しいって思ってしまうくらい、何にも変わってなかった。ごめん……ごめんモニカ」
「なんで謝るんですか? マオ様が何か悪いことしたんですか?」
「…………あたしは……あたしはね。モニカが思っているよりも、何千倍も悪いやつなんだよ」
「…………? なんでそんなことを……いえ」
モニカはあたしを見る。
「私がマオ様と出会ってから今までそんなこと風に思ったことはありません」
「…………」
「……それにそんな人が私を庇ってくれるわけがないじゃないですか」
「……違う」
「何が違うんですか」
「……何も知らないから、限度を知らないから、誰かのためになんて言っている奴が一番怖い」
あたしは残った魔力を手に集中する。モニカのやけどの上に手を置く。
「レザレクション」
白い光とともに彼女の傷をいやす。モニカは驚いた顔をしている。残った魔力で足りない部分は、自分の奥にあるものを使う。
人には魂がある。転生したあたしもそれがあるからここにいる。それは魔力のようで似ている。どうしようもない時にそれを魔力の代わりに使う。たぶん寿命とかじゃない。存在の一部を使う。もともと魔力とは違うものだから大した出力は出ない。生まれ変わってから前の戦闘で一度だけ使ったことがあるかな……
まあ、いいや。
「マオ様!?」
あたしは気が遠くなっていくのを感じた。




